第5話【4】
「――実行委員会より、お知らせいたします。次走は十分後になります」
正午過ぎ、山車レースが始まった。
近藤と白石は邪魔にならないようインターバルを見計らって、三船未来みふねみくが若い男に連れ去られた商店街の公衆トイレへとやって来た。
「ここのトイレです! 中にいる間に未来ちゃんが消えて……白金髪の女が」
「立っていたんですね。で、男が連れ去ったと……」
近藤は相手の狙いが何かと思慮を巡らせていた。身代金目的の誘拐犯かもしれないが、頭の片隅にはウサギのぬいぐるみ事件、殺神隊がよぎる。
白金髪……どこかで聞いたような気がするんだよな……。
思えば立てこもり犯からの赤羽神社襲撃事件で、奴らは何かと俺を組織に入れようと勧誘してきた。となれば、今回の誘拐も自分を勧誘することが目的か……。
公安部が釣りをしている。エサは俺か……未来ちゃんか……。
とにかく、今は救出することが最優先だな。
カウボーイハットと法被の紐を結び直す。横目で女刑事を見ると、白石美空はまだ自分を責めているのか、視界の焦点が合っておらず、何度も首を振っていた。
「未来ちゃん、れいちぇるずを見てアイドルに興味を持ったみたいなんです」
「へー、アイドルに?」
突拍子もない話だが、近藤は何の話だろうと耳を傾ける。
白石が三船未来と一緒に祭りのライブを楽しんでいた時だ。少女がふと女刑事に自分の胸の内を話したのだ。
『私も……翔子さんみたいに誰かを笑顔にできるかな』
『未来ちゃん、アイドルに興味あるの?』
意外だった。未来はどこか大人びている。それは小学校でいじめに遭い、四年生のときに勇気を振り絞っていじめを止めさせた経験が影響している。そのためか、エンターテインメントの世界に違和感を持っていた。
この世界に悪人を懲らしめるヒーローなんていないし、恋愛禁止をうたうアイドルも嘘をついて活動している、斜に構えて社会を俯瞰して見てきたのだろう。
しかし、初めてアイドルのライブを経験した少女は衝撃を受けた。
どうしてこんなに元気で、幸せそうな笑顔で、楽しそうに踊って歌えるの?
仕事といえばそれまでだが、仕事以外の理由があると感じ取った。
それが何かはわからないけれども、周囲の大人たちが一心不乱に熱狂している姿は少女の心に小さな灯あかりをともす。アイドルってすごいんだ、と。
そして思う。自分もあんな風に歌って踊れるかな、誰かを元気にできるかな、と。
少女は自分自身の可能性に目を向け、新たな目標を持とうとしていた。
しかし、自分自身を客観的に見た場合、舞台技術は練習でどうにかなるとしても、変えられない事実が小さな胸に突き刺さった。母親の一件だ。
『でも、お母さんがあんなことしたから……無理だよね』
未来の母親は殺人を犯した。被害者は未来を虐待した彼氏だ。悪霊に憑依されての犯行だとしても、殺人は紛れもない事実だ。母親が殺人者のアイドル……。
白石は冷たい小さな手をしっかりと握った。
『なれるよ! だって、神社の近藤さん、ラブヘルパーじゃん!』
『ラブヘルパー? あ!』
未来は自分と同じ、親が殺人者でも人を救っている人間に気づく。
『愛の戦士とかなんとかで、ヒーローみたいな感じで悪霊から赤羽の子供を守っているよ。近藤さんの父親も事件を起こしているけど、子供の近藤さんは元気にラーメン作っているよ』
『ヒーローか……私は魔法少女がいいな。あのフリフリな衣装……着てみたいな』
『じゃあ、明日、れいちぇるずのコスプレする?』
『うん!』少女の笑顔は太陽のよう朗らかだった。
「――って、明日は一緒にコスプレして、祭りを楽しもうとしたんですけど」
近藤は自分と似た境遇となったその少女を愛おしくなった。大統領暗殺事件が起きて、前を向けるまでたくさんの人の支えと月日が必要だったからだ。
今でも父親に関しての罵詈雑言と陰謀論で心が引き裂かれそうなときがある。
父親の墓に向かって罵詈雑言をぶつけたくなる。実際、何度もしているが。
しかし、その少女はすぐに生きる希望とやらを見つけたようだ。
「未来ちゃん、強い子ですね。きっといい刑事になれますね」
「え、刑事?」
「はい!」心に嘘一つないのだろう、そのカウボーイの男は続ける。
「加害者遺族について、白石警部もご存知でしょうが、かなり大変ですから。贖罪を背負って刑事やる必要はないですけど、ラブヘルパーやりだしてから気づいたことがあって、ひと一人救うって、辛いことが多いんですよね。救って当たり前って思われちゃうじゃないですか。給料もそんな高くないし、何を拠り所にして続けていくか、ちゃんと考えないと心が病んじゃうんです」
「あの……近藤さんは何を拠り所に?」
右手中指のハートの指輪、慈愛の証を示す。
「愛です。俺の母親の遺言なんです、『愛で人を助けなさい』って。愛之助って名前のまんまなんですけどね。その意味がなんとなく、ラブヘルパーで気づきつつあります。赤羽に赴任して早四年、ラーメンと競馬が生きがいの近藤愛之助くん、今年で二十二歳ですね」
「えー、近藤さんって二十二歳なんですか?! 私よりも年下なんですか?!」
「そっちに驚きます?!」
「てっきり、アラサーかなって……」
「失礼な!」
太い眉で顔が野球のホームベース、自他共にイケメンではないと認める。
神社好きな女子高生たちからバカにされたこともあるが、近藤は若々しさだけは気を付けていたので、白石から率直に老け顔であることをいじられてしまい、口をへの字に曲げた。
ちなみに白石は今年で二十四歳だ。キャリア入庁なので一年で警部となった。
カウボーイの頭上スピーカーより、実行委員会からお知らせが入る。
「まもなく、王子神社チームが出走いたします。危険ですので、直ちに中央通路を開けて下さい。繰り返します……」
音声に気を取られた二人の背後から、一人の青年が足音ともに近寄る。
「近藤愛之助さん……ですよね?」
背後を振り返る。そこには魔法と剣のファンタジーゲームの主人公か、光沢つく真っ白い甲冑を着る、真っ黒なドクロ仮面を被る男がいた。
不釣り合いな格好と仮面に、近藤は苦笑する。
「コスプレイヤー……じゃないですよね?」
「僕についてきてください」
「まさか、君が未来ちゃんを?!」
ドクロ仮面がが振り向いた瞬間、いきなり白石が気を失った。
近藤が即座に介抱する。「お前……何者だよ?」
「静かに」と彼は剣を抜き、心霊保安官に白刃を向けた。
「無用な殺生は嫌いなんです」
「何が目的だ? 教えろ」
「ついてくれば教えます。応援は呼ばないでください」
と、白石を路地のカフェ前のベンチに座らせ、その背中を追う。
ドクロ仮面は赤羽神社を通り過ぎる。二人は神社そばの赤羽中央公園に入り、林の中へと足を踏み入れていく。
そして樹木の間に剣を向けた。彼の霊力に反応し、空間が裂けていく。
空間の裂け目が万華鏡のよう多彩に変化していく……魔界だ。
「近藤さん、この中に三船未来がいます。殺神隊に入ったら解放します」
「入らねーよ、死神」ドクロ仮面は鼻で笑う。「そうですか。では、戦いましょう。どちらかが死ぬまで」と、彼は魔界へと吸い込まれた。
「魔界を生む死神……強いよな。勇月を呼ぼう」
近藤は冷静だった。その死神は彼を見張るべきだった。
仲間を呼び、確実に幹部クラスの相手を捕まえると決断する。ポケットからスマートフォンを取り出したときだった。
「とっとと入って、ヘルパーしてこいやッ!」
いきなり背中を強く蹴られ、心霊保安官も魔界へと消えていった。
「福ボー、しくじんなよ。さーて、ワシはおっちゃんらと賭け事や! せや、福ボー
とラブヘルパーがどっち勝つか賭けよっと! おーい、おっちゃんたち。ワシに勝ったら、このおっぱい揉ませたるで!」
黒をベースに緑と茶で髪をグラデーションする女はコテコテの関西弁を話し、着物の上着をはだけさせる。花魁に憧れを持つコスプレイヤーは公園の端に集まり、山車レースで違法賭博する世捨て人の輪に入った。
彼女はこの上なく金を求める欲望と酒臭い人情が好きだ。
名は磯部理沙いそべりさ、さそりのごとく毒を持つ死神だ。




