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反逆の心臓  作者: だいふく丸
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第5話【3】

「村西少佐が殺された?!」


 神楽殿側、鎮守の森の中で近藤は驚きの声を上げた。


 屋台の店員が様子を窺うので、近藤は何事もなかったかのように振る舞う。


「声がでかいぞ、ラブ助」


「そうね。少し声を潜めましょう」


「すみません。で、誰が殺したんだ?」


「心臓が抜かれていた。死神だろう」


 事件に心当たりはある。つい先日まで、殺神隊のボスが悪霊を憑依させたウサギのぬいぐるみを赤羽の街に撒き、心霊が原因の事件が相次いでいた。首謀者である元霊道院生の死神を取り逃がしたが、しばらくは襲撃してこないだろうと、捜査指揮官の朝倉陽子が赤羽を警護する心霊公安官を減らした矢先だった。


 腕を組む江藤が思慮しながら提案する。「死神が祭りの来訪者に紛れているなら、民間人への危害を想定すべきこと……明日の祭りは中止すべきでは?」


 近藤は渋った。「簡単に言わないでください。赤羽のドンが認めません」


 苦笑する江藤だ。「そうでしょうね。ただ、近藤少佐のお仕事は赤羽のドンと私たち護神庁の仲介役でもあることをお忘れなく」


「その仲介役よりも上の人間がいるかぎり、明日も開催するでしょうね」


 近藤は突き放した言い方だ。江藤もその背景を理解できるので納得する。


 赤羽のドンこと三橋光一郎みはしこういちろうは護神庁の事務方役員と仲が良い。同級生なのだ。


 近藤が赤羽神社配属当初は彼の生い立ちから、色々と揉めた過去がある。


「問題が起きれば近藤少佐の全責任に、か。じゃあ、このまま放置プレーで民間人を楽しませるのね。隣に殺人犯がいるって、なかなかのスリルね」


「言葉にトゲがありますね。公安官、何か言ってくれ」


 旧友でもある公安官、桜の額当てをする桜ノ宮勇月に助け船を求める。


 真剣な眼差しで彼は告げた。


「この件を知る保安官は……江藤少佐とラブ助、ここの二人だけです」


 思わずメガネがずれたのは江藤だ。自然と囁く言葉は強まる。


「どういうことですか、桜ノ宮公安官」


「そういうことです」他言無用という意味だろう。


「お前のおじ、じゃなかった、戌神様が来られたからか?!」


「そうではない」小さく首を振った。「が、これ以上は言えない。二人に伝えたのは私の独断だ。公安部からすれば背任行為だろう」


 メガネをかちゃり、その言葉の重みを瞬時に女性保安官は理解する。


「公安官は釣りがお好きですよね。ウサちゃんのときもそうでしたよね?」


 微笑する江藤は他意を込めた。その美貌ゆえ、公安官の内情は近藤以上に知る。


「私も釣りは好きです。荒川ではしませんけど」


 額当ての男はその言葉に便乗する。「沖にいる鯛を釣るには、まずは浅瀬でエビを捕まえないといけない」


 近藤も真意を理解した。公安部が秘密裏に作戦を実行していると。


「そういえば、荒川にもザリガニがいたっけ? 子供が溺れないよう見張らないと」


「子供を守るのがラブヘルパーの使命だからな。頭が下がるよ、ラブ助」


「当然だろう。ラブヘルパーは愛の戦士なのだから」


「その調子で明日も頼むよ」


 と、勇月は江藤にアイコンタクトを送る。だが、彼女は目を細めた。


「この件で何かあれば……桜ノ宮公安官、私は裏切りますから。保身で」


「その覚悟を示したつもりです、江藤少佐」


「桜餅のあんこぐらい甘いね、勇月は。そういうところ、嫌いじゃないけど」


「変えようにも変わらない。なら、受け入れるだけだ。君の眉毛のように」


「あら、お二人さん、そういう関係なの?」


「そういう関係?」


 真意が読めず、二人は顔を見合わせる。


「隠さなくていいわ。BL大好きだから。あと、女の子が百合を咲かせるのも」


 どうやら愛にはメン類のようにさまざまなジャンルがあるようだ。舌なめずりする、年が一回り離れた人生の先輩から漂う危険な香りに二人は変な汗をかく。


「あ、いた! ここにいたのか、ラーメン親父!」


 坊主頭の近藤は頑固親父なラーメン店主さながらだ。実際、味にはうるさいが。


 その店主を探していた赤羽署の女刑事は鎮守の森の中でやっと見つけたのだ。


「ど、どうしたんですか、白石警部?! ラーメンのおかわりですか?」


「私、そこまで大食いじゃないですって!」


 話していた内容が極秘事項なため、近藤はしどろもどろな態度になってしまう。


 白石の顔を見ると、顔色がよくない。目が泳いだまま女刑事は話を進める。


「大変なんですっ! 未来ちゃんがどこにもいないんですっ!」


 護神隊の三人は顔を見合わせ、公安官は額を抑えた。




 三船未来は山車レースが始まるまで付き添いの白石と商店街を巡っていた。


 途中、公衆トイレの前で白石を待っていた。とある若い男が少女に話しかける。


『三船未来さんですよね?』


 少女はその地味なメガネの青年に尋ね返した。


『は、はい……どうして私の名前を?』


 見知らぬ男、印象に残らない風貌だ。


『林手一平さんってご存じですか?』


『あ、はい。ゴリラの』


『そう、ゴリラの。呼んできてほしいって言われたので』


『私を? でも、白石さんがトイレに』


『あとで僕が呼びますよ。行きましょう』


 少々強引な性格か、少女の腕を引っ張った。未来はその細い腕を払う。


 白石がハンカチで手を拭きながら出ると、少女はどこにもいなかった。


『あ、あの、ここにいた女の子を見ませんでしたか? 右胸に缶バッジを付けた』


『缶バッジの女の子? あー、お兄ちゃんとあっちへ行きましたよ』


『え、お兄ちゃん?』


『ええ、高校生ぐらいの男の子と』


 トイレ前、スマートフォンをいじるゴシックドレスの女が指さした方へと、白石が隈なく探したが少女は見つからず、赤羽神社の心霊保安官に助けを求めたのだ。




 親指の爪を噛む江藤が確信めく。


「その蝶の仮面をつけた、ゴスロリの女が怪しいわね」


「ど、どうしてですか?」


「未来ちゃんにお兄ちゃんはいないでしょ? まして、ウサギ事件のあとでしょ。警戒心があるはず。見知らぬ男に話しかけられたら怖がるはず。男が連れ去るところを見ていたのなら、女は普通怪しむでしょ。それに、兄じゃないって助けを求めるはず。つまり、その女がその男のグルで見張っていたってこと。あなたは初動捜査を惑わす囮に引っかかったのよ」


「まさか、そんな……っ!」


 ハッとした女刑事の脳裏で、女の余裕めいた薄ら笑いがべたつく。


「その女、何か特徴ありましたか?」


「え、はい。髪が白いんだけど、輝いていて」


「白金色か……あとは?」


「美人でした。江藤さんよりも」


「私より? 白石さんはせっかくのお顔なのだから、もっと気をつかったら」


 美貌には人の何倍も気を遣う女性保安官だ。嫌味と捉えられ、白石は平謝りだ。


「違います違います! そういう意味じゃなくて……なんというか、勇月さんの妹さんに似たお上品な感じ……お姫様のような……」


「白金髪をした高貴なお姫様が赤羽に出たと。わかりました、俺も探します」


「待って!」江藤が制する。「愛之助くんは山車レースがあるでしょ?」


「そうだった! だっるっ!」


 本音が漏れる。「そのレース、代わりに俺が出てやるよ」


 白石が後ろを振り返った先に現れた男、ツーブロックヘアーにこだわりがあるが、一千円カットの店しか使わない、チノパン姿の大島翔太だ。


「大島?! 協調性のないお前には無理だろ」


 怪訝で冷静な反応の同期生に、怒りマークが額に浮かぶ。


「協調性がない、じゃねーよ。バカに合わせたくねーだけだ」


 怒りの矛先を近藤ではなく、同僚の勇月に向けた。


「勇月、お前は公安官だろ? 同期の縁で黙ってやるが、保安官には気を付けろ。村西先輩を殺した人物は……」


「え?! 村西さんって、ゴツイ坊主の人ですよね。お花が好きだった」


「大島くん、あなたこそ気を付けましょうね」


 と、女刑事の疑問を遮った江藤が諫める。そして、白石に宣告した。


「知らぬが仏よ。今のは聞かなかったことにして。いいわね?」


「はい……でも、私は」


 心霊事件、警察官が踏み込めない事件だ。不甲斐ない自分自身に情けなくなる。


 そんな若き捜査官を、過去の行き当たりばったりで同僚に迷惑をかけてきた自分と重ねたのは王子神社の女性隊長だ。肩をすくめた女刑事を優しく抱きしめる。


「大丈夫、必ず見つかるから。さ、みんなで未来ちゃんを捜しましょう」


 彼女の一言に、男たちは二つ返事で頷いた。

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