第4話【2】
「あー、もー飲めねぇてっ!」
「ガハハッ! 俺に勝とうなんざ、百年早いわ! 大将、生の大、プリーズ!」
はいはい、と店主が手際よくジョッキにビールを注ぎ、年の割には白髪が目立つオールバックの男に差し出した。右腕の片腕の男は周囲の酒飲みたちと乾杯し、
「くは~っ! 生きててよかったァ!」と飲み屋で幸せを嚙みしめた。
男は優越感に浸るべく、
「大人をなめんなよ!」と、赤羽駅そばの飲み屋街の真ん中で酔いつぶれた若者たちを肴に喉を鳴らす。
そんな悪い大人、沖田翼に呆れる近藤愛之助は顔が真っ赤な部下に水を飲ます。
「ほら、聖夜。水だ。ゆっくり飲め」
「次は……次こそはぜってぇ、負けねぇから!」
「何度やっても同じよ。地力がちげーんだ、地力が」
かれこれ酔いつぶれたのは四人目だ。赤羽署の若手刑事たちが川の字で転がる。
相席する赤羽署の女刑事、白石美空が勝ち誇る大人を諭す。
「沖田管理官、やりすぎですよ。アルハラで訴えられますよ」
「聖夜が勝手に戦いを挑んできて、たった二杯で潰れたんじゃねーか!」
四月初めに二十歳となった芦田聖夜は沖田に酒をおごってもらった。
そのときも飲みすぎて潰れたわけだが、負けず嫌いの彼は本日も酒飲み対決を挑み、また負けたのだ。
焼き鳥のモモ肉を二本いっぺんにかじりつく沖田はいう、
「つーか、お嬢ちゃんは強いな。それ、何杯目だ?」
「七杯目ですね」はー、と飲んべぇたちが驚嘆する。
「私、酔わないタイプなんです」
「は~、嬉しい限りだな! たまに飲もうぜ!」
「沖田管理官とは飲みません!」
「なんでだよ! やっと飲み仲間ができたと思ったのに」
と、カウボーイハットを神社に置いてきた近藤の肩を抱く。
「こいつはさ、タチの悪い酒乱なんだよ。で、ゴリラマニアは未成年だからバナナジュース飲んで帰るだろ。聖夜は酒に弱いくせに泣き上戸で面倒だろ。王子神社の江藤は男と飲まねぇだろ。となると、お嬢ちゃんしか飲める相手がいないのよ」
「警視庁の誰かを誘えばいいじゃないですか」
沖田は護神庁から警視庁に出向している。現在は刑事課の管理官を務める。
「誘っても、飲めねーんだもん。刑事はみんな酒が弱すぎんだよ」
いいや、違う。護神庁で沖田の部下だった男が警視庁人事部に伝えた、飲ませたがりの面倒な野郎だから絶対に飲ませるな、と。彼は沖田のアルハラに困る一人だ。
アルコールの恐ろしさを知ることがない白石は無邪気に褒める。
「それって、沖田管理官がお酒に強すぎるからですよ」
「やっぱり?! 俺って酒つえーよな! 大将、お嬢ちゃんに和牛ステーキを」
「一生ついていきます、沖田管理官!」
敬礼する白石だ。ステーキが大好物だ。小食だが。
そもそも、なぜ警視庁本庁に勤務する沖田が赤羽駅の飲み屋街で赤羽署の若手刑事と飲んでいるのかといえば、今朝方、荒川河川敷で発見されたスーツケースの中身が若い男のバラバラ死体だったからだ。
発見者は赤羽神社の心霊保安官、近藤愛之助だ。彼はすぐさま赤羽署に通報、署内に捜査本部が設置され、事件の残虐さから本庁から捜査指揮官として沖田が派遣された。なにせ遺体がバラバラで死後一週間ほど経って腐敗が進んでおり、解剖結果に時間がかかると東京第一大学の担当法医学者から連絡を受けた。
事件解決に不可欠な心霊もすでに遺体から離れ、天界へと還っている。
『解剖もダメ、心霊もダメ、何もすることがねーじゃん。どーするよ?』
『管理官、地道に聞き込みをしましょう!』
やる気のある白石とは対照的に、沖田はパイプ椅子にふんぞり返る。
『んなもん、だりーわ。遺体が誰かわかるまではウォーミングアップってことで、初日の捜査はこれにて終了にしよう! さ、お前ら飲みに行くぞ!』
捜査初日ではあるものの、肝心の遺体が誰かわからず、特別することがなく、沖田は夕方で捜査を切り上げ、飲み屋で若手警官と事件解決に向けた決起会を開いた。
現在、赤羽署の捜査本部には電話番の二人しかいない。彼らの夕飯はカップ麺だ。
「白石警部、俺に聞きたいことはあるか? なんでも話してやるよ」
飲み友達ができた沖田は上機嫌だ。かつお節たっぷりのタコ焼きを頬張る。
「じゃあ、立てこもり事件の犯人について教えてください」
「あー、こないだの仮面の事件か」
「沖田さん、ダメですよ」と、近藤が制する。赤羽立てこもり事件は心霊公安部から広域重大事件と指定され、部外者に口外すれば守秘義務違反とり、懲戒処分が下る。
「愛之助、赤羽に守秘義務なんてねーだろ」
「ありますよ! 赤羽をバカにしないでくださいよ」
「そーですよ、近藤さん。赤羽は飲み特区なので話しても大丈夫です!」
「飲み特区ってなんですか……」
「まー、勝手に話すわ」
と、沖田は店主から本日十七杯目のビールジョッキを受け取る。
「立てこもり事件は仮面に憑依した悪霊が真犯人だった」
「あーあ、朝倉大佐に知られたら怒られますね」
旧知の仲である近藤は端っこの席に座り、店主こだわりの白湯ぱいたんラーメンを頼む。
「仮面に憑依?」白石は食べかけの焼き鳥の串を置く。
「いわゆる悪霊案件だ。悪霊を仮面に憑依させ、その悪霊仮面を民間人が付けた結果、事件が起きたって真相だ。その悪霊、西田潤がお嬢ちゃんと因縁深い、GFEの信者だ。結局、不死山噴火しなかったじゃねーか、あのアホンダラ!」
喉をぐびぐび鳴らし、タコ焼きを何個も頬張る。ちなみに、チーズ入りだ。
悶絶する沖田をよそ眼に、白石は事件の真相から自身の過去を思い返す。
《GFE》とは、大和一高い不死山の地下深く眠っている不死鳥に祈りを捧げることで大いなる力が得られると、高額な霊感商品を民間人に売ってきた悪徳カルト教団だ。二年前に護神庁より解散命令が発令、その直後に報復として大和朝廷の長、天守様が居城する大和江戸城を襲撃した。
その際、沖田は教団幹部の奇襲に遭って左腕を失った。
白石の母親はGFE信者だった。現在は心霊病棟で治療入院している。
元信者の現状を知る女刑事は、その犯人が現在どうしているのか気になった。
「それで……その信者の方は?」
「さーな。俺はそこまで知らねぇ。愛之助、どうなったんだ?」
「俺に話を振らないでください」
と、近藤は瀬戸内海の塩と宮崎地鶏のスープをすする。あっさり塩味だが、鶏油ちーゆの甘みとコクがあり、何度もレンゲでスープを口に運ぶ。
「かてーこと言うなよ、愛之助」
「そーですよ、どうなったんですか、近藤さん」
「いやいや、ラーメンを食べましょう。美味しいですよ」
「んなもんは祭りで食うわ」
と、タコ焼きを食べ終えてジョッキも空にする。
「大統領暗殺事件を起こした父親の代わりに、お前さんを世話してきたのはどこの誰だと思ってんだよ」
「土方さんですよ。沖田さんからはカラオケと競馬を教わっただけです」
「カラオケと競馬だって、人付き合いに大事だろうが。で、どうなったんだ?」
「そこまでですよ、沖田大佐」
声の主は近藤の幼馴染にして、心霊公安部所属の桜ノ宮勇月少佐だ。桜の額当てと灰色の制服を脱ぎ、長髪でカジュアルな服装だったので近藤も気づかなかった。
「んだよ、色男はつめてーな。氷の霊力そっくりだな」
「そういう家系ですから、うちは」
と、女刑事の横に座る。
「これ以上は心霊事件です。警察の方は知らなくてけっこうです」
同じセリフを立てこもり事件の翌日、ショッピングモール前で公安官に言われた。
「警察だからって……心臓が右にないだけで、そんなこと言わないでください!」
白石の目から大粒の涙が溢れ出た。出すつもりはなかった。酒のせいか、そう自分で納得したいほど悔しかった。警察庁にキャリア入庁しても、警部となっても、母親を救えないままの自分が許せなかった。
「あの、その……」戸惑う公安官だ。悪い大人が囃し立てる。
「あ~あ、泣かしちゃった。これだから色男はダメなんだ」
「そんな、泣かすつもりじゃ……」
狼狽する旧友を庇うため、そっと近藤が白石にナプキンを渡した。
「白石警部、悪酔いしました? うちまで送りますよ?」
「おいおい、ナンパかよ、カウボーイ?」
「沖田さんは酔いつぶれた部下たちをうちまで送ってあげてください」
「しゃーねーな。タクシーをおごってやるか」
と、沖田はスマートフォンを握って席を立つ。
「すみません。泣くつもりはなかったんです。だけど……」
「こいつに悪気はないです。許してやってください」
「泣いちゃって、すみません……」
「私の言い方が悪かったせいです。白石さんに他の公安官が無礼を働いていたなら、謝罪いたします」
電話を終えた沖田が事情を知らないであろう公安官に教える。
「このお嬢ちゃんの母ちゃんがGFEの元信者で今は病院で治療中なんだ。西田潤も被害者といえば被害者だ。家族会でなんとかGFEの呪縛から救おうと頑張っているこのお嬢ちゃんに、『知らなくてけっこう』は人間辞めた発言だ。公安官は血も涙もねぇな」
アルハラのお前がいうな、と近藤は内心に文句を留める。
勇月は丁重に頭を下げた。「すみません、私の力量不足です」
「大丈夫です、本当に……私が泣いたせいで、桜ノ宮の方にご迷惑を」
「それで」仲を取り持つよう、二人の間に座る近藤が尋ねる。
「勇月が酒飲むなんて珍しいけど、どうしたんだ?」
「飲みたくなるときはあるんだよ」
と、桜がモチーフの日本酒とおでん盛り合わせを頼む。好きな具はちくわぶだ。
「ウサギの件、手詰まりのようだな」
大根を盗み食う沖田が言い過ぎたと思い、若き公安官を気遣った。
「お多福が笑っているでしょうね」
ウサギのぬいぐるみ事件は七つ目の赤いウサギ、最後の一個が見つからない。
捜査指揮官、朝倉陽子の発案で園児送迎バスを改造したウサちゃん号を導入したが、幼児からの情報提供があっても、違うウサギのぬいぐるみだ。
そもそも最後の一個があるのかもわからない。捜査本部は捜査員の数を減らし、ぬいぐるみは六体だったと結論付けようとしていた。
「じゃあ、河童の話でもしてやろう。俺が霊道院時代の話だ。林間学校で秩父に行ったときだよ。川で溺れていた子供を助けたら、緑のあいつと出会ったんだわ」
「近藤ちゃん、あれだよね、ウサギって」
色黒の店主がふと思い出す。「駅のポスター、指名手配のぬいぐるみだよね」
「そうですよ。赤いウサギを捜しているんですけど、見つからなくて」
「店でさ、見たような気がすんだよ」
「え?!」近藤の目が見開く。
「えっとね、キレイなお姉ちゃんがお客さんの女の子にあげていたような」
ちくわぶを箸で持ったままの公安官が訊く。
「いつ頃ですか? そのお姉ちゃんと女の子の特徴は?」
「えっと、飛び降り騒動の前かな。そのお姉さん、すんごい美女でさ、のんべぇたちの目をハートにしちゃって。髪が白いのにキラキラして、彼氏が羨ましかったな」
十日ほど前のようだ。「それで女の子の特徴は?」
「あー、リスみたいなちっちゃい子だよ。たまに飲みに来るお母さんと一緒でさ。焼き鳥の鳥皮が好きなんだ。最近は来てくれないけど。そこの小学校の子かもね」
胸騒ぎする保安官と公安官はお互いの顔を見合わせた。




