第3話【6】
栃木県日光市――この地には大和の地で栄華を極めた徳光家の墓がある。
大和合衆国が誇る国宝、純金製の建物が並ぶ日光大神宮は国家遺産でもある。
そこに一台の高級車が停まった。タキシードの初老の運転手にエスコートされ、車から降りたのは制服姿の男子高校生と、一見若くは見える年齢不詳の女だ。
白金色の髪を腰まで垂らすその女は黒いトレンチコートを着て、お多福の面を被る。不釣り合いな男女の組み合わせだが、鳥居で待っていた白狐の面の男は気にも留めない。
「お待ちしておりました、ヒミコ様」
「天野くん、久しぶり。元気してた?」
「ご無沙汰しております。ヒミコ様は?」
「元気よ。この身体にも慣れたから……面に血がついているけど何かあった?」
白狐の男はさりげなく取り出したハンカチで面を拭く。
「カラスが悪戯していましたので」
「ご苦労様。ところで、この子わかる?」
顔なじみなのか、気軽に話す二人をよそに白馬福太朗しらうまふくたろうはまだ夕暮れにも関わらず、なぜか観光客が誰もいない大神宮を不思議がっていた。
彼が高校の帰り道を歩いていたとき、女はいきなり現れた。そして、車に乗せられて今に至る。
「もしかして、例の白虎の戦士ですか?」
気品のある男はお多福の女に尋ねた。ぼさぼさな黒髪、使い古された黒縁メガネ、ひ弱な体型はどう見ても教室の隅で本を読む、地味な男子高校生だ。
「私たちの伝家の宝刀、幻の殿様ね」
「初めまして、天野鎮あまのまもると申します」
手を差し伸べる白狐の面に、ズボンで何度も手を拭いて応じる。
「白馬福太朗です。ヒミコさんとは今年のお正月で……」
「ここで話すより、天野くん、大吉くんのもとへ連れて行って」
面をとった女に、かしこまりました、と天野は了承する。
三人は大きな石鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れた。
「うわぁ、すげぇ……!」
全て黄金で装飾されたその門は、あまりの美しさから訪れた者の心と時間を奪い、日が暮れるまで眺めてしまうほど神秘的な霊力が宿る。
龍、虎、亀、鶴、麒麟の他に、十二支の動物と十二の星座が守護のごとく、門全体に彫刻されている。派手ではあるが、気品が漂う威厳ある神寺、神社、仏像、動物像の数々に福太朗は目を奪われていた。
途中、天野が《九色の狐くしきのきつね》という組織のメンバーだと教わった。
ただ、その記憶も遠くなるほどかなり歩いていた。
本殿のさらに奥、森林の中に建物があった。こぢんまりとした城、日光城だ。
大和江戸城と見比べるのは不憫だろうか、いや、そんなことはなかった。
内装が豪華なのだ。飾られた壺、皿、絵画、屛風、刀剣などは大和史そのもの、教科書で描かれる国宝の品物が並び飾られている。歴史好きな資産家が泣いて喜ぶ品々で溢れていた。
そして、廊下の先、煩悩の数を表す一〇八段の階段を上がっていく。
かなりの急勾配ですっかり息があがった男子高校生をよそに、男と女は涼しい顔で今後について話している。彼は愕然としつつ、勇者として未熟だと痛感した。
三人は天守閣に着く。
「徳山閣下、お連れしました」
ご苦労、と老いた声だが力強い。天野が不死山が描かれた襖を開ける。
黄金色の陽射しが照らす山々が全方位に拡がり、湖を見下ろせるそこは天空庭園と称される。
廻り縁の高欄こうらんに手をかけ、日光を眺めていた紋付き袴姿の老人が客人に振り向く。彼の名は徳山大吉とくやまだいきちだ。正面を向く三つ葉の家紋は徳光御三家の結束を表すものだ。
「その子か、名も無き殿様は」
「あ、はい。白馬福太朗といいます」
「よく見つけたな、ヒミコ殿」
「赤い糸で結ばれていますから」
小指を立てた女は廻り縁、老人の隣に立った。「さすが日光ね。格別だわ」
と、高品質で純粋な霊気を深呼吸で味わう。そして、老人に微笑む。
「大吉くん、ずいぶん老けたわね」
「かれこれ、九十五だ。不死山が噴火する前に死ぬかもな」
「大吉くんは妖怪でしょ、天狗様の化身ですしょう?」
「バカいえ、ワシは人間だ。後五年で百歳、白寿だぞ」
「まだまだ若いわね。私なんて、千年は超えた。記憶が曖昧だけどね」
はっはっはっと、高欄という手すりを何度も叩いて豪快に笑う。
「これは一本取られましたよ」
「一本ではなく、奴らから一国を取り戻さないといけない」
「さよう。大和合衆国と同い年のワシにとって、この九十五年は大和革命の復讐の準備期間だった。やっと戦の幕開けという訳だ」
勇者、戦士、幻の殿様とされる子が呟く。
「黄金の夜明け計画」
「人間万事塞翁が馬よ。食うか食われるかの戦いとは、生きとし生ける者の真理。血で血を洗う戦の果てにたどり着く境地は、極楽浄土か無間地獄か否か……つまり、神と仏のセカイだ。盗まれたものを取り戻すこの戦、絶対に負けられんっ!」
手すりを叩くと、城が大きく揺れた。
その揺れを物ともしない一匹の、銀色の毛並みの猫が城の階段を駆け上がり、天守閣へと訪れる。
「みんな、おっひさーっ!」
物音に気付いた天野が警戒するも、その猫を見るや、すぐに跪いた。
「ようこそおいで下さいました、鈴鹿さま」
「天野っち、気楽でいいよ。ボク、堅苦しいの嫌いなんだよね」
何者なのか、親しげに話すその猫は立ち尽くす男子高校生に気づく。
「あー、君が例の子だね。ボクは大嶽鈴鹿おおたけすずか、よろしくね!」
と、お座りして微笑んで肉球を向ける。
「ハイタッチだよ、ハイタッチ。これがボクの挨拶さ、福っちって呼ぶね」
「あ、すみません! 福っち?」
手のひらをそっと肉球に合わせた。猫は満足そうに白金髪の女の元、廻り縁に登る。
「ヒミコっち、おひさー!」
どうやら、『っち』のあだ名をつけるのが好きなようだ。
「お久しぶりね、鈴鹿ちゃん」
「大吉が天狗っちの悪口を言うんだもん。天狗っちにチクっていい?」
「わ、ワシはそんなこと申しておりませぬ!」
額から冷や汗を滲ませる老人の右肩に、その猫は飛び跳ねて乗った。
「ハハハ、冗談だよ。人間って、ほんと憎めないよね」
耳を立てる猫を神妙な顔で見つめる男子高校生に、ヒミコが味方だと伝えた。
「この猫ちゃんはね、私たちの仲間よ」
「仲間というか、腐れ縁だよね。列島改造戦略なんちゃらで煩悩のままに、ボクらのお家を壊しやがった外道連中よりも君らと遊びたいだけさ」
「ずいぶんとお怒りですね」
「そうかな? あいつが処刑されたから、天狗っちと坊主っちも優しいけどね。ま、彼らと比べればボクは可愛いでしょ?」
甘える仕草を見せるも、下の老人は辛そうだ。護衛の天野が心配そうに様子を窺う。
「見た目は可愛らしいですよ」
女の社交辞令でも、猫は嬉しそうだ。
「ありがと! ヒミコっちも可愛いよ」
「美しいのほうが嬉しいですね」
「へー、人間って不思議だね。ところで、君ら以外にこの地に人間が入ってきているようだけど、彼らは何者なんだい? 他のモノノケたちが騒いでてさ」
「四年後に東京で開催される、ISCというスポーツのお祭りがあるんです。各国からこの国へ旅行しに来ているのですよ」
ISCとは、《インターナショナル・スポーツ・クラシック》というスポーツの国際大会で今年はバビロニア王朝で、四年後には大和合衆国の首都、東京で開催が予定される。
「いろんな国というところから来ているのか……よくわかったよ!」
徳山が両膝を、額を床につけた。猫は波乗りのよう華麗に背に乗ったままだ。
「鈴鹿さま。不死山噴火後は、なにとぞ徳光家をよろしくお願い申し上げます」
「あー、構わないよ。君たちの時代のほうがボクらは幸せだったし、黄金もいっぱいあげるよ。なんなら、強い刀もさ」
「ありがたき幸せ、感謝申し上げます」
「僕たち百鬼夜行ひゃっきやこうと君たち、えっと名前はなんだっけ?」
「犯罪推進委員会はんざいすいしんいいんかいと殺神隊さつじんたいです。味方の名前はお忘れなく」
「ごめんごめん、猫ちゃんの可愛さで許して、ちょんまげぇ~!」
天守閣が静寂に包まれた。訝しげに首を傾げる猫だ。
「鈴鹿ちゃん、つまらないギャグは控えましょう」
「へー、人間って不思議だね。笑うと思ったのに。まーいいや、僕たちと君たちが組めば、この地を守れると思うからさ。なんなら、不死山噴火ついでにぼっちっちも呼ぼうか。一人ぼっちで山キャンプしているからさ、あの子たち」
「それはやめましょう、人間では勝てません」
「可哀そうなぼっちっち。てか、ヒミコっちは龍だよね? なら、勝てるよね?」
「その話は今年の七夕が過ぎてからにしましょう」
「おっけーっ! じゃあ、七夕の日に会いに行くね。まったね~っ!」
と、銀色の猫は瞬き一つ、一瞬で姿を消した。
背中が軽くなった徳山が溜息一つ、緊張の糸が切れて胸を撫で下ろす。護衛の天野が優しく額を拭く。
「七夕の日……大統領暗殺事件から早六年か。坂元勝馬さかもとかつま、いい男だったが、彼らに歯向かうには知恵が足らんかったな」
「その近藤金之助のことだけど」
「あー、息子の件か。どうだ、仲間になりそうか?」
「本人次第ね。いたらいたで七夕の日に役立つから近々福ちゃんと戦わせて、どうするか決めてもらう予定よ。頼んだわね」
と、メガネの青年はしっかり頷いた。
「因縁の対決だな。ワシの孫が仲間にしろと、うるさくてうるさくて」
「なんにせよ彼が私たちに協力すれば、の話ですよ。願望、希望、失望、絶望、愛が怒りに変わるとき、人は悪魔にも鬼にもなる。さて、彼はどちらに転ぶかしら」
「鬼か……怖い怖い。味方でよかったよ、殺神隊のボスさん」
「お互い様ですよ、犯罪推進委員会の会長さま」
「どれ、少し早いが短冊に願い事でも書こうか」
「素晴らしい提案、言霊を残しましょう。福ちゃんも天野くんも書きましょう」
と、かつて大和国を天下統一し、大和江戸城を築いた徳光家の末裔、徳山大吉は天守閣内に飾る江戸幕府初代大将軍徳光正義とくみつまさよしの三つ葉家紋の鎧の真横に飾る笹の葉に短冊を結んだ。
女も願い事を記す。昔々、この大和の地に栄えた国に伝わる愛のおまじないを。




