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反逆の心臓  作者: だいふく丸
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第3話【5】

 近藤が開いたままの扉を抜けると、担当教員の男が柵越しで少年を説得していた。


「球理、バカなことは止めるんだ! 先生が話を聞くから!」


 熱血教員の三木修平みきしゅうへいは教え子の暴挙に戸惑いつつも、無事であることを願い、懸命に訴えていた。一方、生徒は鼻水を垂らし、自分がしでかした悪戯と結果を悔いていた。


「僕はバカだ! あんなことになるなんて、死ぬしかないんだよ!」


「だから、どーいうことなんだ!」


「霊力で扉を閉めたんだ! あいつらが血だらけになったのは僕のせいなんだよ!」


「わかった、わかった! とにかく、こっちへ来るんだ!」


「もー、こんな力いらないって! あんなウサギ、拾わなければよかったんだ!」


 自身の傲慢さが招いた悲劇を嘆くとき、少年の瞳がオレンジ色に変わる。


 そして、気づいた。『ダルマさんが転んだ』のごとく近寄るカウボーイに。


「だ、誰だ?!」


 おいおい嘘だろ、と少年が霊眼を開眼した驚きを心に留める。


「覚えていないかな? 俺は赤羽神社の近藤愛之助、ラブヘルパーだ」


 と、霊体から肉体に戻り、少年に優しく声をかける。


「あ、ラブヘルパーさん!」


 赤羽神社で会ったカウボーイの心霊保安官だ。


「そのラブヘルパーだ。俺は君の味方だから大丈夫。田岡くん、話を聞くから、まずは飛び降りをやめて、こっちへ来てくれ」


「悪戯だったんです。霊力を試したくて……だけど、あんな風になるんだったら、こんな霊能力なんていらないよ!」


「そうだよね、霊能力はビックリするよね。大丈夫、俺が一緒にケガさせた子たちに謝ってあげるから。さ、こっちへ来て」


「でも、あいつら……絶対に許してくれない。死んだ方がマシだって!」


「そんな簡単に、死んだ方がマシとか言うなって。死んだら野球できないぞ」


「野球なんて、どうでもいいって!」


「そうか? お父さんのためにプロ野球選手になるんじゃないのか?」


「やらされていただけだから、本当はサッカーがやりたいんだよ!」


「キューリ、俺が悪かった! だから、死なないでくれ、頼む!」


 屋上に届く声は少年の父親だ。騒ぎを聞き、勤務する赤羽駅から駆け付けたのだ。


「父さん?!」


「俺が全部悪い! お前とちゃんと話さなかった俺が! だから、飛び降りなんてやめてくれ! お前の好きなことをさせるから! 頼む、球理!」


 と、息子は跪いて謝る父親の姿に涙を落とす。


「ごめん……なさい……」


「田岡くん、ちゃんと話をしよう。辛いことや苦しいことは、いつでも神社に来てくれれば話を聞くから。飛び降りをやめて、俺に何があったのか話してほしいんだ。ウサギのぬいぐるみのことを話してほしいんだ」


「そうだ。ウサギのぬいぐるみだ。ラブヘルパーさん、あのぬいぐるみって……」


 ウサギのぬいぐるみを語る少年、しかし、突風が校舎から吹く。


 魂が抜かれたよう、担当教員が静かに倒れた。だが、二人は気づかない。


 近藤は金網を登る少年を励まし続ける。


「田岡くん。恥ずかしがらず、このラブヘルパーの胸に飛んで来い!」


 柵をよじ登り、真上で止まる少年を受け止めようと、カウボーイが両手を広げた。


「敵を騙すならなんとやら、ね」


 倒れていた担当教員が起き上がり、背を向ける近藤を羽交い絞めにする。


 高校大学とラグビーで鍛えたその腕力は、心霊保安官といえども解きにくい。


「な、なにすんだよ。三木先生?!」


 戸惑う近藤、肩越しから顔を覗いて不気味な笑みに気づく。


「ラブヘルパーくん、さっきは痛かった」


 と、女の声だ。「なんでお前が! 勇月はどうした?!」


「ラブ助! やっぱり!」


 と、校舎から灰色制服の男が駆け付けた。


「やっぱりって、なんだよ、勇月!」


「お前が撃ち抜いた方に分霊していたんだよ!」


「はー、ボスさんは器用なことができんだな。離せ、アホンダラッ!」


「フフフ、彼は天才なのよ。二週間も経たずに霊眼を開眼したのよ、すごくない?」


「たった二週間?! スカウト部隊が喜びそうだな」


「ぜひとも死神にしたいのよ。だからラブヘルパーくん、その心臓をちょうだい」


「悪評につき、お断りいたします!」


 懸命に抵抗する近藤だが、震える右手が動く。誰かに動かされているようで、マグナムの銃口が少年の顔面を捉えた。


「う、撃たないでくださいっ!」


 と、柵の上で少年が命乞いだ。いつも冷静な心霊公安官も叫ぶ。


「ラブ助、何をやってんだ?!」


「勇月、来るな!」と制する。右手が完全に乗っ取られてしまったのだ。


「ボスさん、これがあんたの力か……すげーな」


「フフフ、殺神隊に入るなら撃たないであげる。ラブヘルパーくん、どうする?」


 一瞬、入らないと言おうとしたが、少年を助けたい一心が言葉を濁した。


「どうして俺を仲間にしたいんですか? どう見ても顔がホームベースでブサイクですよ? おまけに眉毛が太いですし、もしかして、そんな俺に惚れたんですか?」


「まさか。あなたの力が欲しいだけよ」


「やっぱり、俺に惚れたんじゃないっすか」


「冗談はやめて」


《桜ノ流儀 桜吹雪》


 数秒間の時間稼ぎ、それだけで十分だった。ニンジャが近藤の右腕を凍らせ、マグナムを使えなくした。


「味方を騙すより、敵を騙したほうが健全だな」


「舐められたものね」


 と、乗っ取られた教員の目が少年の目と合う。新たに転移された田岡球理は柵の上に立ち上がり、バンジージャンプのよう地上に向かって飛んだ。


「田岡くん?!」


「キューリ?!」


 地上の、行方を見守る父親と観衆が悲鳴を上げた。




「今だな。ゴー!」と、目撃していた女刑事が合図を送る。


《猩猩傀儡しょうじょうかいらい》


 袴姿のメガネの青年が両手で器用にゴリラ人形二体を操り、バレーボールのトスのよう、白ゴリラが両腕で走ってくる赤ゴリラを宙に飛ばした。


 屋上から落下する少年を、身軽な赤ゴリラが服を掴んで抱き込み、そのまま背中を向けて校庭へと落下した。すぐに救急隊員が駆け付ける。少年は無傷だった。


「見たか、ゴリラニンジャーズの連携プレイをッ!」


 校庭で準備していた落下防止マットは間に合わず、念のために近藤が呼んだ部下の林手一平が自慢の傀儡の連携で田岡球理を助けたのだ。


 観衆が溢れんばかりの拍手を送る中、柵を飛び越え、右腕が凍った上官が地上の少年の安否を確認する。「隊長、作戦成功でーすっ!」


「ありがとー、一平ちゃん! あとでラーメン奢っから!」


「卵アレルギーですっ!」


 校庭では部下が二体のゴリラと手を振っていたが、途端にブーイングだ。


「ごめーん、忘れてた。一平ちゃん、田岡くんは?」


「気絶してまーす!」


「御多福じゃねーわ、悪霊は?!」


 機転を利かせて言い換えた自分にラーメンをご馳走しよう、そう心に誓う。


 一平が何かを言おうとしたが、灰色の制服の男たちがバツ印を出した。


 四つん這いの近藤の背後、立ったまま校庭を眺めていた心霊公安官が通訳する。


「ラブ助、俺が連絡した。公安部長より、本件に緘口令が敷かれた」


「了解しました。で、ウサギは?」無駄な抵抗はしない。


「黙秘する」旧友とはいえ、心霊公安官だ。守秘義務がある。


「承知いたしました、桜ノ宮勇月少佐」


 濃緑制服の男は地面の冷たい愛銃を拾い、赤羽神社へと戻ることにした。




「なんで、お得意の麻酔霊弾を装着していなかったんだ、コンドーッ!」


 赤羽神社に戻った近藤愛之助と林手一平を、心霊公安官たちが詰め寄っていた。


 大島翔太が目を血走りながら、カウボーイの胸倉を掴んでいる。


「しょーがねーだろ! 廊下での戦闘後、急いで向かったんだから!」


「しょーがなくねーわ! テメェの判断ミスで、みすみす殺神隊のボスを逃すことになったんだぞ! よくそんなんで佐官階級だな!」


 上官を侮辱する一言を、部下が黙っていない。壁沿いで聞いていた緑色パーマの芦田聖夜が大島の左袖を掴み上げた。


「だったら、公安官が子供たちを助けてくだせーよ! 悪霊すらまともに退治できねぇ、口だけのボンクラ集団がァッ!」


「んだと、ゴラァ! 少尉の分際で、口答えしてんじゃねーぞ!」


 後輩を侮辱され、坊主頭の巨体な先輩公安官が聖夜の胸倉を掴み、もう少しで頭が天井につくほど持ち上げた。


 だが、血の気が多い若者は眼の色を変える。


「だったらヤルか、人買いども! 表に出ろや!」


「やめなさい、あなたたち。境内とはいえ、みっともないですよ」


 女性の命と称される髪を捨てた、つまり、見栄という煩悩を捨てた白頭巾を被る女が内輪揉めを諫めた。


「すみません、朝倉大佐」


 と、村西一気むらにしいっきが振り上げた腕を下ろして謝罪する。


「よいのです、村西少佐。人は不完全な生き物です。完璧ではありません。それゆえ、人生が思い通りにいかなければ苦しむ生き物です。一切皆苦いっさいかいくゆえ、一蓮托生いちれんたくしょうでこの任務を乗り越えていきましょう」


 女は仏のよう温かい微笑みを向け、両手を合わせた。左手には数珠が輝く。


「ははー、私にはもったいないお言葉、ありがたき幸せ」


 灰色の袈裟を召す女の名は朝倉陽子あさくらようこ、心霊公安官、階級は大佐だ。ソウリョ家系の朝倉家を継ぐ尼僧であり、赤羽神社に設置された《ウサギのぬいぐるみ事件》捜査本部、捜査指揮官を務める。


 朝倉は村西と大島の邪気を数珠で祓い、不貞腐れた聖夜に柔らかい口調で告げる。


「芦田少尉、彼らの上官として、あなたへの無礼をお詫びします」


 少尉の自分に、大佐が謝罪するとは信じられなかった。しかも、保安官を見下す公安官が、だ。驚く聖夜は慌てて頭を下げた。


「自分の方こそ言い過ぎました。すみませんっ!」


「よいのです、芦田少尉。人は不完全な生き物であり、この世は諸行無常です。絶えず変化する世の中で、人は生きていくしかないのです。愛別離苦あいべつりく、愛するがゆえに離れれば苦しむのが人間です。だからこそ、自灯明法灯明じとうみょうほうとうみょう、自分を信じることが大切なのです」


「ははー、ありがたきお言葉、忘れたらごめんなさい」


「よいのです、芦田少尉。人は不完全な」


「朝倉大佐、すみません!」


 と、永遠に説法が続きそうなので、赤羽神社の責任者、近藤が話を折った。


「大島少佐が指摘した通りです。屋上へ向かう途中で麻酔霊弾を装填すべきでした。そうすれば、御多福幸子を逮捕できたかもしれません。相手はぬいぐるみでしたが」


「よいのです、近藤少佐。人は不完全な」


「いや、俺も言い過ぎたわ。悪い、近藤。それにグリーンサラダ」


「自分も悪かったです。すみません。ちょっと、馬に乗って散歩してきますね」


 反省する聖夜が馬小屋の神馬に乗って、赤羽周辺のパトロールへと向かった。


「何かありましたか?」


 入れ違いざま、桜ノ宮勇月と分析官数名が帰還する。


 殺伐とした雰囲気を心配する勇月に、朝倉は花びらに触れるよう笑みで迎える。


「雨降って地固まる、人はそうやって生きてきたのです」


「は、はあ……」状況が呑み込めなかった。


「それよりも、皆さんにお伝えしたいことがあります。本殿で話しましょう」


 赤羽神社、本殿は民間人が参拝する拝殿と、八百万の神々を守るとされる龍神様の化身、大きな鏡、龍鏡を祀る正殿に分かれている。


 正殿に集まった心霊公安官および保安官、護神隊員十八名を前に、朝倉陽子は理路整然とした口調で語り掛けた。


「ウサギのぬいぐるみは今回の事件で六体目です。色はみかん色、七つの美徳と大罪でいえば、謙虚と傲慢です。残る色はトマト色、憤怒と慈愛です。どうして、殺神隊がウサギのぬいぐるみを赤羽にバラまいたのか、理由は不明です。ですが、立てこもり関連事件より、そちらに座る心霊保安官、近藤愛之助少佐を殺神隊に勧誘するのが目的だとわかっております。これは推察ですが、彼らはウサちゃんをバラまき、心霊事件を起こし、近藤少佐と接触する。そこで彼を脅迫行為で勧誘する作戦だと仮定します。そこで、待っているだけでは彼らの尻尾を掴むことはできません。私は皆さんにローラー作戦を命じます。題して、《もしもしウサちゃん、ウサちゃんよ》作戦です。赤羽のみなさんへ、今すぐ街宣車で呼びかけましょう!」


 朝倉大佐が意気揚々と語った作戦を理解した者は、残念ながら誰もいなかった。

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