表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
反逆の心臓  作者: だいふく丸
14/41

第2話【5】

「どどど、どうして全裸でトイレに入っていたんですか!」


 ジャージを着た男は女刑事から取り調べを受ける。


 罪状はトイレ全裸侵入罪か。白石の悲鳴は境内で捜査中の心霊公安官にも届く。


 何事かと突入したところ、神社の管理者が説明不可能な姿でおり、護神庁の信用に関わる事案だったので、こっぴどく叱った。彼らは再び境内に戻り、死神捜査を続けている。「そうですよ、なんで全裸だったんですか、隊長」


「兄貴、正直に話すべきです。何をしていたんですか、全裸で」


 部下二人からも問い詰められた上官はソファーの上で体育座りとなり、すっかり背中を丸くさせて、股の間に顔を埋めた。


 相当な羞恥心と屈辱感で胸がいっぱいなのだろう。


「わからない……わからないんだよ……」


 夢遊病の恐ろしさだ。本人は覚えていない。記憶喪失に近い。


 というより、全裸でトイレに入ったことはこれまでもある。


 それも問題だが、夢遊病で、しかも女性に見つかったことはない。恥ずかしさのあまり耳まで赤く、しくしく泣いている。


「たぶん、沖田さんのせいだ……沖田さんがあんなこというから……」


「あんなことって?」


 頭がおかしくなったのかと心配する一平が尋ねた。


「昨日言っていたんだよ。立てこもり犯はトイレで縛っとけっていうから、気になったかもしれない」


「いや、なりませんって」


 正論をぶつけた白石に、近藤は再び顔を埋めて号泣だ。


「あんな姿を女性に見られるなんて……人生終わりだよ……」


「でも、便器を抱きしめて寝るってすごいですよね」


 冷静な白石だ。人生で初めて便器を抱きしめる男を見た。動機がすごく気になる。


「けっこう、包容力があったんです」


「便器に?」三人は苦笑する。


「兄貴、疲れてんすよ。もう一回、寝ましょうよ」


 ぎゅるぅ~、追い打ちをかけるよう近藤の腹が鳴った。


 女刑事の悲鳴を聞きつけ、様子を見に来た巫女少女姿のカミが命じる。


「聖夜よ、こやつにラーメンをこしてやれ。もやしたっぷり、味が濃いやつじゃ」


「しょうがねーな。兄貴のためだ、こしてやろう」


 優秀な秘書のごとく、事務所内キッチンでテキパキとラーメンを作り始める。


 五分もすれば、山盛りモヤシとキャベツが乗ったインスタントラーメン《バリバリカタいぜ 鶏がら醬油味》の出来上がりだ。


 近藤は腹が空いた子犬のよう食べる。ちなみに、野菜は本殿裏の畑で栽培している。モヤシとキャベツはその畑で採れたものだ。


「よく噛んで食べるのじゃ」と、カミの忠告を聞かずに三分で食べ終えた。


「あ~、生き返った!」


 近藤がおかしくなったのは寝ていないだけではなく、立てこもり事件が発生してから何も食べていないからとも言える。


 けっきょく、護神庁で十二時間にも及ぶ取り調べを終えても、かつ丼は出てこなかった。空腹の犬が暴れ狂うのと同じかもしれない。


 事の顛末は、赤羽神社に戻った近藤は部屋でカップ麺に湯を注ぎ、今週末の注目レースを当てるために競馬雑誌を読んでいた。しかし、突然睡魔に襲われて、カップ麺を放置してシャワーを浴びていたところ、寝た。


 それから無意識に食欲が暴走、食べ物を探しに一階へ降りていき、昨日の沖田の言葉が引き金となり、トイレでの奇行に及んだのだろう。


「聖夜、ありがとう。先に食うべきだった。白石さんにはご迷惑をおかけしました」


 丁重に頭を下げる坊主の男だ。いろいろお疲れ様です、と気遣う。


「ちなみに、赤羽の飲み屋街は兄貴みたいな酔っ払いがゾンビのごとくいるんで、赤羽駅の交番は毎日大変なんですよ」


「え、全裸で便器を抱きしめる酔っ払いがいるんですか?!」


 ガックリ、頭を垂らす近藤に白石が謝る。


「傷つけたくて言った訳じゃないんで」


 続けて神社を訪れた理由を話す。「私、昨日の件で聞きたいことがあって」


「昨日の件? 立てこもり犯のことは話せませんよ」


 カミちゃまが腕を組んで見張っていた。心霊公安官に釘を刺されたのだろう。


「仮面の件じゃろ、近藤」


 そうです、とアイコンタクトで返す。白石には、


「心霊事件なんで、警察には話せません」と理解を求めた。


「やっぱり、悪霊の仕業なんですか?」


「うーん、悪霊といえばそーなんですけど、詳しくは話せません」


「どうしても、ですか?」


「どうしても、知りたいんですか?」


 一平の問いに、「不死山が噴火するから、です」と返した。


 聖夜が鼻で笑う、「信じているんですか? 今日、不死山が噴火するって」


 不死山とは大和合衆国で一番高い山で、噴火するという陰謀論がネットで人気だ。


「信じてはないです。ただ」




 言葉に詰まる女刑事に、近藤がポツリ、


「GFE関連ですか?」こくり、白石は頷いた。


 通称『GFE』と呼ばれる《グレート・フェニックス・エレメント教》とは、悪徳霊道士、天童天子てんどうてんこが教祖の新興心霊団体で、不死山の地下には不死鳥が眠っており、その不死鳥に祈りを捧げてパワーを授かろうという教えだ。


 ただし、一日でも祈りを辞めれば不死鳥が怒り、不死山を噴火させて大和合衆国を沈没させるという、民間人を恐怖に陥れる集金方法がたびたび問題視され、二年前に護神庁から解散命令が出た。だが、天童は信者たちを扇動し、あろうことか、大和江戸城を襲撃して大勢の死傷者を出した。


 首謀者の天童は事件直後に本部内で自殺したが、幹部たちはそれぞれ独自の団体を設立して、信者たちを取り込んだ。まとめて《GFE関連団体》と呼ばれる。


 その一つが殺神隊だ。天童の最側近、お多福の面がトレードマークの御多福幸子が教祖の意志を継ぎ、カミ殺しの組織を設立した。一匹狼の死神を次々に引き入れ、各地の神社を襲撃、心霊保安官や神社のカミを殺害している。


『飛翔せよ 日出ずる国の 不死の鳥 噴火に燃ゆる 不死の山より』


 そもそも不死山噴火説は、愛之助の父、近藤金之助が大統領暗殺事件の罪で大和江戸城前にて公開絞首刑の際に発した、辞世の句が由来の陰謀論だ。GFEはこの不死山噴火発言を悪用した団体だと護神庁が断定し、天童は近藤や殺神隊との関係が疑われた。


 なぜなら、近藤は十二守護神将の酉神様で、彼の部隊は《七翼の武士団》と称されるほど屈強なサムライ衆であった。天童はその関係者だと噂された。


 後に関係は否定されるも、護神庁内では未だに疑う派閥がある。


「私の母は、GFEの信者だったんです」


 唇をかみしめてカミングアウトした女刑事に、一平が空いた湯飲みに茶を注ぐ。


「そうですか。今は心霊病棟ですか?」


「はい。なかなか洗脳が抜けず、毎日決まった時間に不死山が噴火しないよう祈りを捧げているんです」


 娘の脳裏には、三月下旬に面会した母が映る。隔離部屋の壁に向かって一心不乱に祈りを捧げている女の背中だ。娘など眼中にない。むしろ、敵と思っている。


「ご家族は?」


「父は蒸発しました。弟はこの世にいません」


「なかなか波瀾万丈な人生ですね」


 と、聖夜が言葉足らずも同情を寄せた。しかし、白石は気丈に振る舞う。


「あ、でも、大丈夫です! 自分の人生は自分で切り開く。誰かに振り回さる人生なんて、幸せになれないじゃないですか。私、家族運ばかりか、男運もないんで、あんまりいい恋愛もしてこなかったんですけど」


「なら、うちの近藤をもらってくれないかのぉ」


 ブッ、と男三人が噴き出し、白石は怒り出す。


「な、なんで、笑うんですか!」


 彼女はカミちゃまの声を聞けないので、三人が笑った理由を自分の不器用な恋愛事情だと思った。恋愛下手なのは学友から笑いのネタにされて不快に思う白石だ。


「カミちゃまのせいです! カミちゃまが悪いんです!」


 と、三人がアカバネノカミを指さすも、白石はカウボーイハットを被るゴリラニンジャの置物しか見えない。


「絶対、嘘ですよね。私が見えないからって、カミちゃまのせいにして」


 一平が首を振るう。「今のはカミちゃまのせいですから」


「じゃあ、ちなみになんて言ったんですか」


「『うちの近藤をもらって』」


 その近藤が聖夜の口をふさぐ。「TPOを考えましょうね、芦田少尉。今それ言ったら、今度会ったとき気まずいからね。大人の気遣い、覚えようね」


 近藤には彼女がいない。霊道院時代にはいた。失恋のダメージが大きい。それは彼が刀を置き、カウボーイハットを被り、マグナムを握る理由と深く関わる。


 ごほん、女刑事が話を戻す。


「西田潤による立てこもり事件は他の信者を助長させるかもしれません。再び立てこもり事件が起きるかもしれません。私は新米警部なので大きなことはできませんけど、何か嫌な予感がするんです。この事件がきっかけで何かが起きそうな気が」


 第六感ならぬ、女の勘というものか。


 白石は仮面の悪霊、西田潤が多田野の身体を乗っ取り、立てこもり事件を起こしたことを知らない。この場では、近藤だけが知る情報だ。


「心配する気持ちはよくわかります。ですが」


 近藤は女刑事の気持ちを尊重した。自分自身も、立てこもり事件と赤羽神社襲撃事件を結ぶ仮面に疑念を抱く。熱心に取り調べされたからだが。


「白石さんが警察である以上、心霊案件には関われません」


「やっぱり、ダメなんですね……」


 重い嘆息を漏らす。無力感が肩にのしかかる。


「油断すればお主、死ぬぞ」


「え、うそ? 勝手にペンが動いた!」


 カミがホワイトボードで伝える。女刑事は大きな目を限界まで見開く。


「悪霊を舐めんなよ、小娘が!」


 と、その下に書き殴る。恐ろしさを表現したいのだろう。


 聖夜が補足する。「これがカミちゃまです。カミちゃまの祟りです」


 んなわけあるか、と聖夜の額にカミが投げたペンが刺さる。まるで槍だ。


「警察官とはいえ、霊能力者からしたら素人です。悪霊が憑依すれば交通事故に装って殺されるかもしれない。それが悪徳霊道士の仕業かもしれない。それとも、組織の仕業かもしれない。敵がどこにいるのかわからない。それが心霊事件です」


 と、近藤はテーブルの脇に置かれたミニスプレーを渡す。


「これ、あげます。ご存知でしょうけど、清水きよみずスプレーです。空気が悪いところに吹きかければ、悪い霊が良い霊になりますから」


 清水スプレーとは、清められた水が入ったスプレーで穢れた心霊に効果がある。駅の自販機で売っており、ミントやラベンダーなどアロマオイル入りが人気だ。


「あ、はい。ありがとうございます」


「あの……すみませーん! どなか、いませんかー?」


 受付から声がした。林手一平が急いで一階へと降りて行く。


 階段下から声がする。「近藤隊長、若い女性から心霊相談です」


「りょーかい! 白石さんは心霊は苦手ですか?」


「怖い話は好きです!」


「せっかくですし、見学します? 何かあったら自己責任ですけど」


 はにかんだ男はゴリラニンジャが被るハットを手に取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ