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反逆の心臓  作者: だいふく丸
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第2話【4】

 立てこもり事件から一夜明け、東京都北区赤羽警察署ではひと悶着が起きていた。


「課長、どうして捜査できないんですか!」


 課長補佐の白石美空しらいしみくが朝から怒鳴るのも無理はない。


 立てこもり事件の現場、赤羽ショッピングモールを訪れたところ、護神庁から派遣された灰色制服の公安官から『捜査協力はできない』と言われたからだ。


「しょーがないでしょう、心霊事件なんですから」


 デスクワークが板につき、五年前まで精かんな顔つきで引き締まった体型だった課長の細山田恵吾ほそやまだけいごは二重顎をさすりながら部下に答える。机には自販機で買った砂糖たっぷり缶コーヒーとスポーツ新聞だ。


「心霊事件でも赤羽で起きた事件ですし、うちが捜査をすべきでは?」


「あのね、白石警部」話を遮る。「殺人検挙率がどうして高いかわかります?」


「えっと、心霊保安官が被害者の心霊に聞くので、犯人がすぐわかる」


「その通り!」と、指を鳴らす。鳴らないが。


「軽犯罪は魔が差したモノが多くて俺たちが対応するけど、凶悪犯罪はたいてい悪霊が起こすらしい。神社の心霊保安官が心霊に話を聞き、俺たち警察がその話のもとに捜査をする。ま、裏取りです。すると、あら不思議、犯人がすぐ見つかるんです! 国家霊道士のおかげでキャリア様がどんだけ出世されたことやら」


 白石はキャリアとして警察庁に入庁、今年度から警部となり、赤羽署に配属した。


「要は、面倒くさい事件は護神庁に丸投げ、警察は美味しいところだけ頂くと」


「そんな言い方はしていないじゃないっすか、白石警部」


「そー、聞こえましたよ、細山田課長」


 とはいえ、警部という響きに頬が緩む。憧れだった肩書だからだ。


「白石さんが心霊事件に手を出したくなる気持ちはわかります。手柄をあげて、東京のはじっこ、赤羽から本庁に栄転して、出世コースを歩みたいわけですよね?」


 ここでの本庁は警察庁だ。厳密にいえば白石は警察庁から警視庁に出向し、赤羽署は研修の意味合いが強い。キャリアは一年程度で全国の警察署へ転勤を繰り返す。


「そーは思っていません」


 図星なので、口をへの字に曲げる。


「第一、赤羽で巨悪事件なんて起きないし、赤羽署ではお気楽にやってください」


「つい昨日起きたばっかりじゃないですか」


 と、スポーツ紙の見出し《赤羽で不死山噴火男が立てこもる》を指さす。


 あ、と細山田は虚を突かれて声に出る。


「ま、白石さんは課長補佐ですから、面倒なことは部下に任せてください」


「課長補佐だからこそ、ちゃんと事件を捜査したいのです。昨日の事件、課長からも 捜査協力をお願いしてください」


「え~、護神庁と戦いたくないよ。そーいう面倒なことは署長に言ってください」


 と、缶コーヒーの栓を開け、ぐびっと喉を鳴らす。


 本庁の同期から評価を聞いていた。とにかく元気で活発、正義感が強い。おまけに戦闘力が高くて美人なキャリア様で、とある片腕の管理官のお気に入りとか。


「私は立てこもり犯の動機が知りたいんです。それに、あの仮面のことも」


 脳裏に浮かぶのは立てこもり犯が付けていた仮面だ。昨日の護神庁から受けた取り調べでも何度も聞かれたので、事件の原因では、と気になっていた。


「その犯人がカルトにはまって洗脳されて『不死山が噴火するぞ』と叫んだ、そう思っているんでしょう? 自分の母親と重ねて」 


 細山田はときおりデリカシーを忘れる。キリッと白石の目つきが鋭くなった。


 二人は先日会ったばかり、白石にとって今日が赤羽署での初勤務だ。


「申し訳ありません、キャリア様。どうか、赤羽の永住権を私から奪わないでください」


 赤羽での東京はじっこ暮らしに魅了された男は頭を下げて謝罪する。将来、白石が出世して警視庁の人事部に配属されれば、赤羽から島流しの刑になるかもしれない。息子が来年中学校に、娘は小学校に入学する男は転勤などしたくはない。恐妻にこっぴどく怒鳴られてしまうからだ。


 恐る恐る顔を上げた上司は肩をすくめて、人差し指を立てた。


「そこまで捜査したいのでしたら、ラブヘルパーに頼んだらどうでしょう」


「ラブヘルパーって、赤羽神社の近藤さんですよね。昨日の事件で会いました」


「そーそー! ラブヘルパーの父親はアレだけど、近藤くん自身は赤羽を愛するカウボーイ。もしかしたら、赤羽を守る仲間とかなんとかで捜査できるかも」


「え、でも、捜査していいんですか?」


「いいも何も、どうせ勝手にやるでしょうに」


「あ、はい、そうするつもりでした!」


 潔く自白する新米警部に、かつて熱い刑事だった自分が重なる。


「ところで」事件について尋ねる。「今日、不死山が噴火すると思う?」


「噴火ですか……まったく、思いませんっ!」


 キッパリ、否定した。スポーツ紙には専門家が噴火確率を述べている。


 ゼロ%だ。フロアの憩いの場のテレビから垂れ流し状態の情報番組でも、違う専門家が不死山噴火を完全否定し、視聴者に信じないよう呼び掛けていた。


「ですよね~。じゃ、悪霊に憑依されないよう、いってらっしゃい」


 細山田は基本放任主義だ。聞こえはいいが、実態は放置主義で面倒事から逃げる。


「不死山噴火よりも、どうしてタイガースは勝てないのか知りたいね」


 と、机いっぱいに新聞を広げ、早朝の日課であるプロ野球の結果を読み始める。


 残念なことに、贔屓チームが開幕から五連敗、糖分に逃げる細山田だった。




 白石は赤羽署から赤羽ルンルン商店街を通り、赤羽神社へと向かう。


 赤羽神社は商店街の中にある。赤羽出身の資産家が建立しただけあり、敷地面積がなかなか広く、月末にある祭りでは飲食店が軒を連ねる。神馬の馬小屋や鎮守の森もあり、初詣や夏祭りでは王子神社同様に賑わう。


 両端には灯籠、注連縄がかけられた赤く立派な鳥居をくぐる。左手には社務所と手水舎、右手には神楽殿と馬小屋が建ち並び、参道の向こう正面に構える本殿が参拝者を迎える。


 誰かいないかと、境内をキョロキョロ見渡す白石の目に飛び込んできたのは、神楽殿の裏でぶつぶつ独り言を呟くメガネの青年だ。


「はぁ~、神通力でも直らないなんて。頑張ってくださいよ、カミちゃま」


 悲しいのか、地面に膝をついてうな垂れていた。彼の前には祭りの神輿だろうか、右腕が欠けた大きなゴリラ人形と、その腕だろうか、太い腕が置かれている。


「カミちゃま、なんかすごい霊力で直してくださいよ。修理代払いたくないです」 


 月末に開催予定の赤羽おバカ祭りの催しの一つ、山車レースに出走予定だった山車の装飾品、ゴリラ人形が昨日の死神との戦闘で破損してしまった。


 無残にも右腕がもげ、くっつけようにも素人では無理だった。


「このゴリさんの制作費でお金がないんですよ」


 山車の前で呟く心霊保安官に、恐る恐る白石は声をかける。


「あの、すみません。林手さん……ですよね?」


 林手一平はやしでいっぺいは振り向く。白石に笑顔を向けた。


「あー、昨日の! 白石警部さんですよね」


「はい。あの、何をされているんですか? てか、このゴリラなんですか?」


 白石が挨拶したとき、ゴリラ人形はまだ届いていなかった。


「何って、ゴリさんを修復できないか考えていて。祭りに使うので」


「なるほど。でも、誰としゃべっていたんですか? 一人でブツブツと」


「白石さんは見えないんですね、カミちゃま」


「カミちゃま?」


「この赤羽神社のカミ、アカバネノカミの愛称ですよ。本人は『カミちゃま』呼びを嫌がっていますけど、気にしないでください」


 と、一平は何もない空間に目をやる。どうやら『カミちゃま』とやらがいる。


「へー、そこにいらっしゃるんですね」


 女刑事はぺこりと会釈する。「ゆっくりするのじゃ、ですって」


「あ、ありがとうございます」通訳する心霊保安官に尋ねる。


「一平さんも、霊能力者なんですよね?」


「僕は傀儡師かいらいしといって、人形を操る霊道士ですね。相棒はゴリラニンジャーズなんですけど、昨日の死神との戦闘でブルーゴリ、あいたッ!」


 カミちゃまが足を踏んだのだ。口を滑らせた一平の落ち度だろう。死神との戦闘の場合、心霊公安官より緘口令が敷かれる。とくに殺神隊の死神の場合はより厳しい。


「言える範囲で結構ですよ」事情を察する新米警部だ。


「いろいろあって、山車のゴリラが損傷して、カミちゃまに頼んで直してもらおうとしたんですが、無理だったんですよ! くっそ、足を踏むなら直してからにしろよ!」




「一平、うるせぇよ! 耳がキンキンするわ!」


 と、神楽殿からひょっこり顔を出すのは緑髪の芦田聖夜あしだせいやだ。頬がげっそりしている。「聖夜はただの二日酔いだろ」


「ただの二日酔いじゃねーよ。風邪だよ、風邪」


 と、再び大の字で寝転がった。上官よりも先に護神庁での取り調べを終えた二人は警視庁の沖田管理官に誘われ、赤羽駅東口そばの飲み屋街に連れて行かれ、朝まで酒を飲んだ。


 沖田は酒豪だ。かなり強い。だが、聖夜は二十歳になったばかり、酒の恐ろしさを知らず飲みまくった結果、地獄に落ちた。ちなみに一平はまだ未成年の十九歳、バナナジュースで乾杯した。酔っ払った聖夜を神社に放置し、風邪をひかせた犯人だ。


「それで何の用ですか? お参りですか?」


「あ、その、昨日の件でお話があって」


「捜査の件でしたら、僕らは何も話せませんよ」


 一平は淡々と説明する。白石には見えていないが、護神庁の心霊公安官と心霊分析官数人が霊体姿で境内を捜査していた。殺神隊の死神、そして仮面の手掛かりを探っているのだ。


 むやみやたらに話せない。さきほど口を滑らせたことでより厳しい目が光る。


 女刑事は事件現場で似たことを言われたが、簡単に引き下がるつもりはない。


「わかりました。ただ、近藤さんには昨日助けていただいたので、その……お礼をしたくて、ランチをご一緒にと思ったんですが、ダメですか?」


「ご自由にご一緒すればいいと思いますけど、隊長は部屋で寝ていますよ」


 時計をちらり、九時を過ぎている。「昨日の件で、朝まで取り調べだったんです。その内容は僕らも知りませんし、話せません」


 と、警察官との会話を盗み聞く心霊公安官が彼らにチラチラ視線を送る。部外者の白石が邪魔なようで、早急に神社から出すよう一平に目配せを送っていた。


「それなら、後にしたほうがいいですか?」


「もしかしたら、かくれんぼ中かもよ?」


「かくれんぼ……まったく、聖夜は悪い奴だな」


 もう一度起き上がった聖夜に、一平がほくそ笑む。霊体の公安官が睨む。


 聖夜は公安官に嫌がらせをしたのだ。彼は訳があって公安官を嫌う。


「かくれんぼ?」


「隊長はかくれんぼっちが趣味なんです」


 どうやら近藤愛之助の寝相がひどいようで、二人は客人を向かいの社務所へと案内した。社務所は警察でいえば駐在所だ。一階に受付と売店、来客対応の応接間があり、二階は心霊保安官の事務所とワンルームの近藤の自宅などがある。


 保安官は地域の心霊保護を務めるとともに、神社の管理のほかに地域の行事も取り仕切る決まりだ。今月末には赤羽で祭りがあり、赤羽神社の保安官は祭りの実行委員会と準備を進めている。


 三人は二階へと上がる。すぐ右側、近藤の部屋のドアは開いていた。


 三人はこっそり覗く。男の一人部屋は片付いているものの、テーブルには競馬雑誌が開いたままで、食べようとしていたのか、大盛りカップ麺バリバリカタいぜ とんこつ味が箸とともに置かれていた。


 聖夜がフタを開ける。完全に麺が伸びていた。


 ベッドのタオルケットが乱れているあたり、


「部屋にいませんね。外には僕らがいたので神社からは出ていない。社務所内か」


 二日酔いにはとんこつ味一択、聖夜がぬるいスープと伸びた麵をすする。


「どこかに行ったと見せかけて……押し入れだ! 出てこい、ラブヘルパー!」


 押し入れを開けるも空っぽだ。近藤の趣味、鷲のスカジャンが目立つ。


「医者曰く、夢遊病の一種だと。別名かくれんぼっち、と勝手に呼んでいます」


 二階を捜索する。一平は道具室や浴室、聖夜は屋根裏部屋を捜す。


「すみません、トイレ借りますね」


 続いて、白石は一階を捜索する。女刑事は男三人の職場とは思えない小奇麗な事務所に感心しつつ、トイレのドアノブに手をかけた。


 そこには全裸姿で便器を抱きしめる男がいた。




 きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!

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