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私の中のリアル  作者: 五月雨
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Player 04  Aisha Lucientes

「勝手に出歩くなと言ったでしょう」


 突き飛ばしてきた女のヒトが、冷たい目で私を見下ろしました。


「護られるだけのくせに。何もできない撒餌の分際で……!」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 私を呼ぶ声がします。


 はっきりとは聞こえません。でも呼ばれていることは確かで。


(アイシャ)


(アイシャ!)


(アイシャ……)


(…シオメラ)


「……んっ………」


 私は身動ぎしました。最後のひとつだけ、他のと違います。


 最初の声は、お母さん。いつも優しくて、私には辛い顔を見せたことがない。そんな人だから、私を育てるために無理をし過ぎて……もう死んじゃいましたけど。


 そこまで考えて気がつきました。ああ、これは夢なんだと。


 だったら逢いたい。夢なら理不尽なことも許されるはず。私がそうなってほしいと願えば、どんな望みも思いのまま……


 どうせなら、みんなと会いたい。


 欲張りな私は、そう考えてしまいます。


 カーテンの外は明るいから、出勤までには時間がある。私の仕事はパブの店員。人と関わるのが苦手なので、実は結構な負担です。なら何でそんな仕事を選んだのかというと……話せば長くなりますし、聞いても面白くないと思いますから今はやめときます。とにかくストレスが溜まってて、大好きな人達に慰めてもらいたかったのです。


 一人ずつ順番に思い出していきましょう。


 二番目は若い男の人。私より歳下だから、男の子って言ったほうが似合うかも。いえ本人は歳上だって言い張るんですけどね。彼は毎日のように顔を見るし、別に今じゃなくても。ただいつも怒ってるから、優しいところは見てみたいかな……


(笑ってくれないか。君に涙は似合わないよ?)


 ……嘘くさ。それに、ちょっとだけ気持ち悪いです。


 気を取り直して。三人目と四人目。女の人と男の人でした。


 昔の知り合いだった気がします。それと二人は互いに関係がある。けれど、いくら考えても名前が思い出せないんです。終いには本当にそんな人達がいたのか、だんだん自信がなくなってきて……


(無精者の姉でよければ。こちらこそ迷惑をかけるかも?)


 姉?お姉、さん。お姉さん……


 私は一人っ子です。兄弟姉妹はいません。


 思い出しました。命の恩人のこと。友達を助けてくれた人のこと。初めて会ったのは四年前の秋。そのとき確か、もう一人助けてほしいとお願いしたはず。


(やあ、シオメラ。今日はもう、店仕舞いなのか?)


(あらスミスさん。他のお店に入るのを見たから、今夜は来ないと思ってたのに……お話ししませんでしたっけ。私、浮気には厳しいんですよ?)


 お母さんにそっくりなほうが私。あの人好みの、大人の女を演じてましたから。


 目覚めたとき、私の顔は濡れていました。


 会いたいです。お母さんは無理でも、お姉さんとスミスさんには。音沙汰なくなって四年。いきなり姿を消したので、捜そうにも手掛かりはありません。毎日の暮らしに追われてばかり、そんなのは言い訳に過ぎないと分かってますが。


 まさか正夢になるなんて。このときの私は、思いもしませんでした。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「お姉さんに会ったんです」


 開口一番、私は語気強く言いました。


 二人とも変な顔をしています。顔が面白いとか、決してそういう意味じゃなく。


「…えーと……」


 小柄なほうの女の子が呟きました。こいつは何を言ってる、そう問い詰めたい本音が透けて見えます。一応、気遣ってくれているのでしょう。残念なものを見るような目が、なおのこと深く私の心に突き刺さって。


「あなたは一人っ子だったのでは?」


 温かみのある白いローブ、左手には樫の杖。背が少し高めで、全身鴉みたいな黒の相棒さんとは対照的。こちらは素で不思議そう。頭のいい人ですから、蒸発した私の父親に隠し子が発覚したくらいのことは考えているかもしれません。


 ここで私は、肝心の名前を言ってなかったことに気づきました。


「セシリアさん、じゃなくてカスミさん?いや違う、キンブルさんだったかな……?」


 四年前の記憶。それがなかなか思い出せなくて。


 理由は簡単です。どれを選んだら私の言いたいことが伝わるのか?と。


「お姉さんなのに知らないの?」


「ウゥヤさん。ここでいう『お姉さん』は、生物学的あるいは戸籍上の姉妹ではないのかと」


 そうです。イスカさんの仰るとおり。


「なるほど。それって僕達も知ってる人?」


「う、うん。ユンく……ウゥヤちゃんも、随分お世話になったはずだよ」


「リアルの面識はなし。つまりその人には、インカネイト名がある?」


「あ……」


 霧が晴れたように感じました。


 あの人の名前が口を突いて零れます。


「……レオンさん……」


 どうして忘れてたんでしょう。とても大切な名前なのに。


 レオンさん。リアルでも最初は、お姉さんのことをそう呼んでいました。


 理由は、何度も訊かないと教えてくれなかったから。


 いろいろ事情があって、名前は幾つもあるらしく。


 どうせ変わってしまうから、そんなのは憶えなくていいと。


 お姉さんって呼んでいいですか?そう頼んだときの照れくさそうな顔。


 それがあの人の本心だと、今でも思う。


「…レオン?レオンって、あのレオン?」


「他にいないと思います。ウゥヤさんが同じ名前の女性を口説いたり、あろうことか男色に走ったのでもなければ」


 げんなり。不貞腐れたように笑います。言われてみればレオンは男の名前。どうしてお姉さんは、そんな変わった名前をつけたのでしょう?


「……ないから。絶対にない」


 男色はさておき。相変わらず見てるほうも窒息しそうな重たさです。


 ウゥヤちゃんの中身――ユン君はまだ中等科一年生の男の子。野外エリアの進入制限を躱すために逆鯖を読み、また男性型インカネイトはリアルとの体格差が大きいため女性型のインカネイトを使っています。


 一方のイスカさんことアリスさんのリアル年齢は二十一。飛び級で大学院を卒業、都内の研究機関に勤める優秀な学者さん。


 同じくらい歳上の人を捜す私が言うのも何ですけど。あまり締めつけたらユン君が可哀想。このまま同年代の女の子と恋もできないっていうのは。


 もう少し自由にさせたほうがいいんじゃないかな、と。今後の人生を縛りつけるくらい、あれが大変な事件だったことは理解してますが。


 お気に入りの男の子を虐めて、すっきりした様子のイスカさんが呟きます。


「おふざけはこのくらいにして……」


「ふざけたのはイスカだろ。いたいけな子供の心を弄んでさ」



 火花。



 基本仲よしですが、そうじゃないときも結構あります。そちらの場合については、私がいないときにでも確認していただくとして。


「まぁまぁ二人とも。お互い知りすぎてると、遠慮がなくなって大変ですよね~。そういう相手がいれば、何かあっても心強いですけど」



 沈黙。



 やはりハンスさんの考えたおまじないはよく効きます。


 種明かしは、こう。


 イスカさんとウゥヤちゃんは、自分が他の人より頭がいいと思ってます。


 実際そのとおりです。だから中高生向けのアニメや小説みたいに、本当の気持ちを見抜かれて怒るとかはしたくない。あれって完全に丸分かりですし、見てるほうも恥ずかしくなっちゃいますよね。


 かといって認めるのも癪。結果として黙るしかなくなる。


 以上、解説終わり。全部ハンスさんの受け売りですけど。


 羨ましいとは思ってませんよ?


 ええ。


 ……このバカップル。


「何か言いましたか?」


 いいえ、何にも。


「…それよりさ」


 色の戻った顔で愉しそうなウゥヤちゃん。


「レオンが生きていたの?じゃあ早速お礼参りに行かないと♪」


「………え」


 すっかり忘れてました。実はこの二人、ゲーム内で煮え湯を飲まされています。連携して戦ったのに手も足も出なかったとか。


「そうですね……借りは返さなければと思っていました」


「いや、あの……イスカさんまで?」


 拉致寸前で助けてくれたのも、ランディさんという仲間の人でしたし。


 あの人がしたことと言えば……留守中アリスさんのマンションに忍び込み、外から帰ってきたところを問答無用で縛っただけ。


「てか本当に女?僕リアルで一度も会ったことないんだけど」


「……怒りますよ?」


「あなたとは違いますから」


 私の心配は、とりあえず杞憂に終わりました。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「あ。お客さんだ」


 呼び鈴が押されています。当然グラキエルの中までは聞こえませんので、来客を知らせるショートメッセージがSNS空間から届けられたもの。通知機能を利用するには、あらかじめ製品とリンクしておかなければいけません。お湯張り中のバスタブや全自動洗濯機、観たい番組を予約したテレビなどに繋げる人が多いそうです。


「……こんな時間に?」


「九時半だよイスカ。普通の大人は働いてる時間」


 イスカさんと私では、その理由に天地の開きがありますが。


 普通の時間に来たからといって、普通の相手とは限りません。スミスさんが見つからない以上、まだ事件が終わったとも言い切れず。


 いいえ多分――私は終わったと考えるのが怖い。知らないところで知らないうちに、何もできないまま終わっている。知ったところでそうなる可能性は高いですけど……それでも知らないのは嫌。自分の運命は自分の手で切り開きたい……なんて。


「……すみません。私、落ちますね」


「そちらへ行きましょうか?十分で着きます」


 魔法を使って移動、玄関先に怪しい人影がいたら戦うつもりでしょう。


 あれから修練を積んで、イスカさんがリアルで使える魔法は増えました。攻撃を逸らしたり相手の動きを一瞬止めたり、単純にマナを集めて時間の進みを速くしたり。ウゥヤちゃんに習った護身術と合わせて、アリスさんがいれば夜に外を出歩いても怖くありません。


 とはいえ魔法の使いすぎで死にかけたことさえありますし。時間を速めたら、それだけ社会的な寿命も減ります。正直あまり使ってほしくないと思ってるんですが。


 そういう難しい話とは別に、私は大丈夫のような気がしていました。


 理由はありません。ただ何となく。呼び鈴を押してるお客さんが、実はお姉さんじゃないかと思えて。


「どうかなぁ~?連中じゃなくたって、空巣が強盗に化けるかもよ~?」


「それだと出ないほうが危なくありません?放っとけば入ってくるんですし。残念ながら、盗られるものは何もないですけど……」


「じゃあ最後はひとつしかないね。お姉さん自身の」


「やめなさい」


 ウゥヤちゃんが茶化してくれるのに勇気を貰って。イスカさんの心配そうな視線に激しく揺さぶられながら。


 日当たりの悪いワンルームに即時ログアウトしました。


 私の新たな分身『シオン』は、二人が見てくれています。素朴な反応しかできないお人形さんが、自分の足で歩いて調整槽の中に戻るまで。


(帰っちゃったのかな……?)


 気配は……分かりません。そのとき十数回目の呼び鈴が鳴りました。不気味なくらい等間隔で一本調子。物音をさせないように玄関先へ移動します。


(誰だろう……?)


 お姉さんかもしれないとの期待は、私の中から消えていました。


 考えてみれば、あの人はこんな回りくどい真似をしません。いきなり壁を壊して入ってきて、それから魔法で似たような感じに修復します。


(そっと。そーっと……)


 築五十年の古アパートの床は、私の身体を支えて今にも音を上げそう。別に私が肥ってるとか……いやもう、そんなことはどうでもよくて。とにかく今のところは、よく耐えてくれています。貧乏でよかったと思うのは、こんなときくらい。


 玄関先に辿り着いて。覗き窓から外の様子を確かめます。


(!…ど、どうしよう?)


 目が合ってしまいました。お仲間を振り返って頷くスーツ姿の男性と。


 あえて気づかなかったことに?それは無理でしょう。覗いているのを知られた時点で、閉じ籠る理由は面会拒否の他になく。


 狙いはお姉さん。ここで敵対的に見られるのは、多分いろいろな意味で危険。


 私は思いきってドアを開けることにしました。でも、その前に……


「…どちら様ですか?」


「警察です。お訊きしたいことがありまして」


 白々しいほどに普通。普通すぎるのが、ますます怪しい。


「何かあったんでしょうか?四時頃仕事から帰って、その後は家にいましたけど……」


 眠たそうに。本当は怖くて、ぎんぎんに醒めてます。


「マスターから伺ったんですよ。昨夜あなたにお客さんが来たと。こちらの住所も履歴書を調べていただきました」


「どういうお知り合いなのか、話していただけませんかねえ……?」


 探るように。この感じ、私を量りかねています。こいつもあの女の仲間なのか――それとも単なる知り合い?締め上げて吐かせるべきか。優しく扱って懐柔すべきか。


 どちらにしても、この人達は私を知らない。お姉さんから恩を受けていて、大事な情報は簡単に喋ったりしないことを。そういう展開なら……


 チェーンとロックを外して、部屋のドアを開きました。


「…すみません。最近物騒なもので……淋しいところですが、お上がりください」


 改めて二人を観察します。物腰は丁寧、でも存在自体に迫力があるような。


 いわゆる絵に描いたような刑事さん。それだけにこの人達は贋者なんだと、多少の事情を知る私には読めてしまうのですが。


「公安三課調査係のロバート=セーガンです」


「同じく三課のフレディ=チャンです」


 首都警察の身分証。よくできていて見た目は本物っぽい。


 名前も顔も知らない女性を公安が捜す理由。それは四年前から追っている事件の重要な参考人かもしれないから。手掛かりは実質何もなし。だから少しでも情報に繋がりそうな糸は全部洗ってるんだそうで。


 そもそもどんな事件か?実は限りなく容疑者に近いのか?お姉さんが関わっているという根拠も要領を得ません。何か騒ぎが起こるときは、必ず現場の近くにいたとか。顔を知らないのなら、何故そんなことが分かったんでしょう?論破しても危なくなるだけなので、そこにはあえて触れませんでしたが。


 どういう情報を渡せば、この人達を煙に巻くことができる?安物のインスタントを淹れながら、そればかり考えていました。


 お姉さんとは知り合いの知り合い。魔法に関しては何も知らないふり。


 基本はこれしかありません。グラキエル内の話は、できるだけ控えるように。


 肚が決まると、お盆にコーヒーやミルク、砂糖を載せて部屋へ。どこで覚えたのか、ニケア人みたいにお構いなく、と言ってきます。


「…お待たせしました。それじゃ、何からお話ししましょうか?」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 その人が現れたのは、私がアルバイト先にいるときでした。


 とても綺麗な女性で、そんな人がこんなところに何の用だろうって。失礼な話ですけれど、最初はそう思ったんです。見るからに裕福そうだったし、生活感っていうか。私達みたいに疲れた感じがしなかったから。


 ええ。仕事中でした。お客様ですから、どんな方でもお相手する義務があります。その人が座った席へ、戸惑いながらも私は近づいてゆきました。


 ――いらっしゃいませ……御注文は?


 そこそこ礼儀正しく、かといって機械的にも受け取られない声。


 客商売は第一印象が大切です。他人のことは言えませんけど、お客さんは貧乏な人が多いですから。あまり丁寧に接すると、よそよそしくて嫌なんだそうです。


 気取ったメニュー表もありません。注文は四つだけですし。苦いエールと、苦くないエールと、蒸留酒と、日替わりのつまみ。一番最後はマスターの気まぐれです。安く作れて自分が食べたいものを、適当に考えながら仕入れてるんだとか。


 私の仕事はウェイトレス。日雇いの肉体労働者が、仕事帰りに一杯ひっかけてゆくような店の。客単価は低いですし、それは私達のお給料にも跳ね返ってきます。


 おまけに気性の荒い人が多くて、そういう店じゃないですからと誘いを断ったら大きな声で凄まれたり。家まで追いかけられた子もいるようです。つきあってる男の人がいましたから、とりあえず無事だったそうですけれど。


 母の店を再現する。その夢を叶えるためのバイト生活でしたが、私は後悔していました。酔ったお客さんの相手が、こんなに辛いとは思わなくて。父を亡くして独りだった母は、大変な苦労をして私を育ててくれたみたいです。


 あ、はい。その女の人のことですよね。憶えてます。きっと忘れたくても忘れられないんじゃないでしょうか。とても不思議な方でしたから。


 見た目の印象と違って、ああいう店の雰囲気にも慣れているようでした。


 でもお客さんはほぼ全員が男の人で……分かるでしょう?モデルみたいな美人さんがそんな店に来たら。グリフィンの檻の中に兎を投げ込むようなものです。注文も言わないうちに、面倒なお客さんに絡まれてしまって。


 本当は身を挺して守るべきなんでしょうけれど。私の力では丸太みたいな腕の建設作業員にかないっこありません。


 それとマスターの方針が放任主義です。ここは貧乏人の溜まり場だから、金持ちのお嬢さんなんかは来るなって。言いたい気持ちは分かりますけど、どちらもお客さんには違いありませんよね。なけなしの勇気を振り絞っている間に、女の人が動きました。


 これ以上分かりやすい対処もなかったと思いますよ。馴れ馴れしく触ろうとした男性の顔に、軽い調子で拳をめり込ませたんです。頭に来た仲間の人達が襲い掛かりましたけど、それも全部綺麗にかわして。


 騒ぎが収まると、マスターは女の人に請求書を差し出しました。


 男の人達には無理だと思ったのでしょう。それにしても非のない人に弁償させるのは間違っていると思いませんか?


 何にせよ、その日はもう店仕舞いです。喧嘩の一つならともかく、あそこまで乱されてしまっては。テーブルや椅子も半分が壊れてしまいました。


 マスターは言いました。手加減するつもりなら、できたんじゃないか。店に被害を出さなくても、あの男達を黙らせることはできたはずだ、と。


 喧嘩が始まってからも、確かに余裕は感じました。真剣っていうより、むしろ楽しそうで。若い頃はマスターも軍隊にいましたから、それで見抜けたのかもしれません。


 お姉さんは……すみません。そう呼ばせてもらうことにしたんですけど。メモ帳みたいなものを取り出すと、万年筆で何かを書き込みました。渡された紙を見て、マスターがひどく動揺したのを憶えています。


 後で知りましたが、それは小切手だったみたいです。一日分の売上と備品を全部補償しても余るくらい。きっと私なんかじゃ見たこともないような額だったんでしょうね。


 物珍しさに惹かれて、お客さん達はなかなか帰ろうとしませんでした。


 マスターが我を失っていたせいもあると思います。ここで見逃したら、明日の話題に遅れてしまう。あの店に集まっているのは、そういう人達です。他人の噂を追いかけては、無責任な尾鰭をつけて垂れ流す。お客さんのことを悪くいうものじゃないってのは分かります。でも、このときだけは嫌になりました。ただでさえ迷惑しているのに、いつまで経っても後片付けが始められないんですから。


 私達バイトも途方に暮れていました。仕事がないなら帰りたいですし、かといって野次馬……もとい、お客さんが残っているのを放っとくわけにも。まっすぐ私に視線を向けると、お姉さんは愉快そうにこう言いました。



 ――あなた、私のことを助けようとしたでしょう?



 息を呑みました。足元が覚束なくなるくらい驚きましたよ。この人は他人の心が読めるんだろうかって。本当はそうじゃなくて、最初から私を見ていただけだったんですが。どうして?と訊いたら、こっそり耳打ちしてくれました。私を迎えに来たのだと。ある人に頼まれて私のことを捜していた、と。


 その人は私の……別の店でのお客さんでした。名前は知りません。店といっても、現実世界のお店じゃなくて。あまり興味はないかもしれませんけど、『グラキエル』って聞いたことあります?体感型のVRゲームで、現実と同じことができるんです。そこで私は自分の店を持っていまして……


 インカネイト名――ゲーム内の名前はスミスさんと云いました。その懇意にしていた方が亡くなられて、遺産の相続人に私が指名されたと。お姉さんもゲームの関係で知り合ったそうです。他に譲る人がいないので、迷惑じゃないなら受け取ってほしい、と。


 疑いましたよ。上手すぎる話でしたし。でも最後には信じました。貧しい私なんか騙しても意味がないですし、スミスさんのことは存じていましたから。あまり早く信じたので、もっと疑いなさいって叱られましたけどね。


 お二人のお蔭で、思ったより早く自分の店を持つことができそうです。そのうち開店しますから、是非寄ってくださいね。


 ……お姉さんの仕事ですか?詳しくは知りません。


 ノンフィクションライターって聞いてます。ちょっと怪しい週刊誌に記事を書いてるフリーの……怪しいってところは自分で言ったんですよ。私の言葉じゃないです。あのときの弁償も必要経費としてスミスさんのお金を充てただけだって。でも警察が無名の記者さんを調べるんですか?それって何か怖いような……


 できればゆっくり話したかったんですけど。何でも次のネタを探すとかで。その……知っていることは全部話しましたし、これ以上何かを教えろと言われましても。


 あ、はい。連絡すればいいんですね。もしここに現れたら。


 もうお買い物に行かないと。最近は景気がよくないから、タイムサービスを逃すと大変なんです。お店の仕入れをするようになったら、今より厳しくなりますね。


 私のインカネイト名ですか?訊いても仕方ないと思いますよ。向こうの店は閉めてますし。『シオメラ』、母の名前と同じです。


 すみません、そろそろ……はい。お構いもしませんで。こちらこそ何かのときは、よろしくお願いします。こういう仕事してますから……



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ……これでよし。


 何とか誤魔化せました。


 余計なことは喋ってませんよね?


 心臓ばくばく。死にそう。今にも止まりそう。


 帰った、かな。もう帰ったかな……?


 確かめちゃダメ。そんなことしたら怪しまれる。


 こうしてる間に戻ってきたら大変。訊き忘れたことがあるとか言って。刑事ドラマでは見かける手口。気持ちを鎮めなきゃ。平常心、平常心……


「大きく息を吸って、吐いてみて。何回も深呼吸するの」


 ……深呼吸ですか?親切にすみません、ちょっと試してみます。


 吸って………吐いて。吸って………吐いて。


 吸って………吐いて。吸って………吐いて。


 落ち着いてきます。やっとのことで、いつもの私に。


 どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました。


 このお礼は、きっといつか必ず……


「相変わらずね。ますます磨きがかかったの?天然ボケの平和なところとか」


 へ?あれ?


「誰と話しているのよ。誰と?」


 言われて気がつきました。この部屋には私ひとりだったはず。


 じゃあ、さっきから私に助言をしてくれていたのは……


「……おはよう。勝手に上がり込んでるわ」


 妖精さん、じゃなくて。


 ……………………………。


 おおおおおおお姉さん!?いいい一体いつの間に!?


「あなたが頑張っている間。上手く追い返してくれたみたいね?」


 ……聞かれていました。あんなことやこんなことも全部。


 正直な気持ちだからこそ。それを本人に聞かれるのって、もの凄く恥ずかしい。


「もっとも、かなり誇張されていたけれど」


 九割事実じゃないですか。それに格好いいとも思いましたし。


「そう?」


 喧嘩マニアの危ない人じゃないです。お姉さんは私の命の恩人ですから!


「……本音を言ってくれてありがと。一応直しておいたけれど、壁の充填率は九十七パーセントでいいのよね?抜群の通気性を保証するわ」


 ちょ、ちょっと待ってください。それは隙間風が吹くってことですか?これから乾季が来るのに、私凍え死んじゃいます……


「大丈夫。心配しなくとも温めてあげるから?」


 そういう問題じゃないです。部屋の中が結露したりするんですよ?ただでさえ古くて、どうしたら快適に過ごせるか日々悩んで……いる、のに………?


 お姉さん。今、何て言いました?


「……迷惑なのは分かっている。でも少しだけいさせてほしいの。部屋を見つけるまでの間……二、三日でいいから」


 どうしたんですか?もしかして……お金、ないんですか?


「大丈夫。なかったら部屋自体、借りられない」


 あ。そ、そうですよね。スミスさんから預かったお金もありますし……


「それはあなたのものよ。明日、銀行へ行きましょう。振込先の通帳を用意しておいて」


 ……はい。用事ができましたから、どうせ仕事を休みますし。


 ところでお姉さん、本当に大丈夫ですか?いえお金のことじゃなくて、身体のほうっていうか……とても疲れてるんじゃないですか?顔色が悪いですよ。


「大丈夫。あなたは余計なこと気にしなくていいの。心配しなくてもスミス氏の情報は教えるし、部屋を見つけたら長居しないでちゃんと出る」


 …………………………。


 ……………………。


 …………っ。


 怒りますよ。


 誰がそんなこと言いましたか。


 私、お姉さんが帰ってきてくれて嬉しかったんです。それなのに、どうしてそんなこと言うんですか。


 私のお姉さんになってくれるって、あのとき約束しました。


 だからここは、お姉さんの家なんです。勝手に上がり込むとか言わないでください。


 家に帰ってきたら、最初に言うことがありますよね?


 忘れたんなら、教えてあげます。


 ちゃんと言えますか?言わないと叩き出しますよ。


 悪い子にはお仕置きです。御飯も作ってあげません!


「……いやあの。悪い子って……子供じゃないんだから」


 同じです!さあ言うんですか言わないんですか!


「……………」


 聞こえません。


「………………ただいま」


 もっと大きな声で言ってください。私は怒ってるんですよ?


「…ただいま。今、帰ったわ」


 ……はい。お帰りなさい。


 お姉さん、お帰りなさ、い……


「ただいま、アイシャ。苦労をかけたわね?」


 そんなこと、どうだっていいんです……


「……心配、かけたわね。そちらのほうを謝るべきかしら?」


 そうです。そのとおりです。


 私だけじゃないですよ。アリスさんもユン君も……みんな。


 今まで四年間も、どこで何をしてたんですか?


「……それは」


 いいです。言えないことなら訊きません。


 でも、これだけは約束してください。今度どこかへ行くときは、いきなり消えたりしないって。ちゃんと挨拶してから行ってください。


 言い方は分かりますか?そんなことも教えなくちゃいけない、お姉さんは本当にどうしようもない人ですから……


「大丈夫。今度はちゃんと言える。約束したことは絶対に破らない」


 嘘つき。すぐ出ていくなんて言ったくせに。


 用事っていうのは、お店の物件探しです。お姉さんと二人で暮らしながら、いつかスミスさんにも来ていただくための。


 『アプサス』三号店――最初が母の店で、次はグラキエル。そしてここミスラ市。この街に根を下ろして、新しいお店を開きます。母が喜んでくれるような、お姉さんが気に入ってくれるような。スミスさんが愛してくれたような……


 どこに行ってもいいですけど、最後には必ず帰ってきてくださいね。


「……あなたが許してくれる限りは、いられそうよ。それでもいいの?」


 当たり前です。


 さっきも言いましたが、私の家はお姉さんの家。遠慮なんてしたら怒りますよ。


 いつまででも、いてください。ずっと、ずっと……



 ☆★☆★☆★☆★☆



 お姉さんの名前はセシリア。エレン系ニケア人のセシリア=ローズ。


 ステラ=キンブル、カスミ=フロレンスというのは昔の名前。


 ちょっと綺麗な感じ。品のいいお嬢様みたいな。


 容姿が全く変わってしまったのは、やっぱり魔法。何か理由があって、完璧な別人になる必要があったんだと思います。


 黒髪に少し色の濃い膚は、前のお姉さんと真逆のイメージ。砂色の髪に抜けるような白い膚を捜しても、まず見つけることはできないでしょう。


 ちなみに私のほうは、褐色の膚に焦げ茶の髪。実の姉妹というには違和感があるかもですが、まあ片親が同じくらいには。純血エレン人より無理がないはずです。


 お風呂上がりのバスタオルを渡しながら、私は唐突に言いました。


「そうだ!お買い物に行きませんか?」


 思いついたのは急でも、行きたかったのは今に始まったことじゃありません。


「…さっき泣いた鴉が何とやら、ね」


 そう言ってお姉さんは呆れましたが。今の私には、これ以上の考えがないように思えました。兄弟姉妹のなかった私は、そういうのが羨ましかったのです。


「ささ。早く準備してください。服は私のを着ればいいですから」


 気乗りしない様子でしたが、強引に外へ連れ出します。お姉さんが何となく沈んでいるように見えたので。それに近頃は平穏ですし、四年も待ったんだからこれくらいの我儘は許されるだろうと。真剣に何かを考えていましたが、吹っ切れた感じの苦笑を浮かべると、最後には私の提案を了承してくれました。


 女の子同士のお出かけです。たとえ食料品の買い出しでも、学生時代に貧乏で友達と遊べなかった私には、夢みたいな状況に違いありません。


「はしゃぐと転ぶわよ?」


 なんて子供扱いも平気。それくらいで私の幸せオーラはへこたれません。児童相談所のワーカーさんとショッピングなんて行けませんし。


 普段はバスに乗るところ、三十分ほど歩いて馴染みのスーパーへやってきました。ここは安くていいものが沢山。買いすぎないよう気をつけるのが大変です。


「何か食べたいものはありますか?」


「任せる。アイシャの得意なものでいいわ」


 適当なのか信頼されてるのか分からないお言葉をいただいて。また少し不安を覚えつつ、暗い気持ちを振り払います。


 ……横目で窺うと。


 お姉さんの顔は、心ここに在らずといった感じでした。


 やっぱりあれでしょうか?


 ランディさんと連絡が取れないから。


 お姉さんが消えたとき、彼も一緒にいなくなりました。


 あのとんでもない人が殺されるなんて思えない。でもフェリック社はそのまま。グラキエルもそのまま。曰くつきの私達がプレイしても、前みたいに武装した人達が押し寄せることはなく。そして相変わらずスミスさんは行方不明。


 お姉さん達は勝ったのでしょうか。それとも負けたのでしょうか。


 痛み分け。これが一番ありそうでした。ある日を境に見られてる感じがなくなって。


 半年前の大統領選が終わった頃。それまで無事に過ごせたのは、ランディさんの代わりに護ってくれる人達がいたから。今日も見守ってくれています。鮮魚売り場の向こうから、そのうちの一人が怖い顔をしてやってきました。


「こんにちは。リノ君」


「挨拶はいい。それより、そいつは誰だ」


 まるで噛みつくような。初めて見る人だから警戒したのでしょうか。


 それにしても。


 初めてリノ君が、私の呼びかけに反応してくれました。


 いつもは即用事に入って、何というか会話が成り立ちません。


 思わず笑みが零れます。ちょっと変に見えるのは自覚アリ。


「…うふふん」


「何だよ?気味悪い奴だな……」


「いいえ。何でも♪」


 そうしている間に、私が説明する必要はなくなりました。


「お久しぶり。相棒さんはお元気?」


 親しげに肩を叩きます。当然リノ君は困惑顔。


「あれから上達したのかしら。パッケージは効率がいいけれど、術の特性に理解が追いつかなくなると問題よね。よければ少し教えてあげようか?」


「…お前は……あのときの」


「約束、守ってくれたみたいね。本当はなるべく秘密にしたいの。ただ、こちらも命が懸かっているから。今時、宗教が流行るとも思えないし」


「……宗旨替えをしろと?監視対象のアラヒトガミに?」


「肉体がなければいい、というのもおかしな話よね。別に信仰を求めるつもりはない。私と同じ地平に立たないか、そう訊いているだけ」


「……………………」


 二人の会話を理解するには、少し説明が必要かもしれません。


 簡単に言うと。お姉さんは神様で、リノ君は他の神様の使いです。どう見ても普通の人間だし、全然実感はないんですが。


 セフェリノ様の神官だからリノ君。名前はないなんて嘘をつくので、適当につけてあげました。相棒さんはザフィル様の神官だからフィルさん。当人同士では毎回違う番号で呼びあってるみたいですけど、そればっかりじゃ気が滅入っちゃいますし。


 もっと驚いたのは、四年前にユン君を攫おうとしたのがリノ君の仲間だってこと。


 魔法や神様に関する情報を集めて、必要なら危険を排除する。魔法を使えるリノ君達の部隊は『プリースツ』、使えないそれ以外の人達は『ナイツ』。名前の印象は逆ですけど、『プリースツ』一人に対して『ナイツ』十人が束になって勝てるかどうか。両者の間には、それくらいの実力差があるんだそうです。


 形式上、リノ君達は首都警察の公安部に所属しています。ただしミスラ市長や大統領の命令なら何でも聞くわけじゃなくて……分かりますよね?世界の平和を守る正義の味方も、お金がないと暮らしていけませんから。


 『ナイツ』はランディさんとアリスさんに、『プリースツ』はお姉さんに。それぞれ煮え湯を飲まされ……そういえば誰かさん達と似てるような。私?私はタクシーを無免許で暴走させただけですよ。はは……


 ちなみにランディさんも神様で、格から言えば一番有名なセラ様やルースア様より少しだけ下なんだとか。


 じゃあ、お姉さんは?リノ君に訊いてみましたが、それは分からないとのこと。


 現存を伝えられる神は三柱、うち一人はランディさん。もう一人は実在自体が怪しくて、最後の一人はリノ君達の敵。やたらとお姉さんに突っかかる理由は、このあたりが関係しているのかもしれません。


 そうそう、魔法の話。難しい理屈は分かりませんけど。お姉さんとランディさん、リノ君やフィルさん達、それからアリスさん。専門的なことを言えば、この三者が使う魔法は全く別物なんだそうで。


 一番大きな差は、願いを聞いてもらう相手と言葉。アリスさんの『言霊』は、日常のエレン語でも使える代わり効果が不安定。時には全然働かないこともあります。


 お姉さん達とリノ君達の魔法は……エルフ語。ほとんど誰も話せなくて、極東の島国リトラに住むエルフ族を除けば、分かるのは一部の学者さんくらい。


 神官は自分のしたいことを神様に伝えて、具体的な方法は全部丸投げ。お手軽に魔法を使うことができる。ただしパッケージ化されているから融通は利かない。対して神様は、細かく効果を決められる代わり複雑。どれくらい重力を軽くして、何とかの法則に手を加えて……と、戦いながら難しいことを考えなくちゃいけない。適当にやっちゃうと自爆することもあるというから怖い話。


 ……私が憶えてるのは、大体こんなところ。他にもいろいろ教わった気はしますけど、物覚えが悪いので一度には入らないんです。


 熱が出てきました。妖精さんは大丈夫ですか?…え。実は最初から分かってた?そうですか……そうなんですか。はい。


「…目的は何だ。技術供与の見返りは」


「別にないわ。強いて言うなら、あなた達に強くなってほしいだけ。同じ力を持っていれば、私を監視する意味はなくなる。そうでしょう?」


 考えているようでした。私も買い物が手につきません。


 やがてリノ君が、ゆっくりと背中を向けました。


「……上には伝えておく。だが、あまり期待するな。強過ぎる力は自然災害と変わらない。同じ力を手に入れても、監視対象が増えるだけかもしれん」



 ☆★☆★☆★☆★☆



「どうした相棒、難しい顔をして。老け顔がますます渋くなってるぞ?」


 俺の軽口にも、眉ひとつ動かさなかった。


 公称年齢二十九、実年齢も俺より二つ下だ……が、顔のせいでアイシャから敬語を使われる。時間遅滞の影響を考慮しても俺のほうが『プリースツ』での経験は長い――要するに先輩なわけだが、率直で無愛想な態度は直らないものと諦めている。


 昔からそういう奴だ。余計なことを言わないし、面白いことがあっても笑わない。辛いことがあっても泣き言を洩らさない。


「…あの女は厄介だ。あまり入れ込み過ぎるな」


「分かってるさ。会話が噛みあわなけりゃ、認めたことにはならねえだろ」


「リスクはゼロにすべきだ。ミスの恐れを否定できない」


 俺は黙った。この手の議論をして勝った例がない。次に言う台詞も決まっている。その内容が相棒の理解を得られることは、天地が逆になっても絶対にないが……


「あいつの優しさを無碍にするのかよ?」


「アカシャを握っているのはラフィニアだ。その現実を忘れるな」


 それ以上は責められなかった。言っても無駄――俺がそういう奴だと、相棒も理解している。話は終わり、いつもの俺達に移行する。


「…ところで今日のコールサインは?」


「9。あんたは8だ」


「了解。これよりプリースト8、εの監視及び警護任務を続行する」


「同じくプリースト9、εの監視任務に復帰する」



 ☆★☆★☆★☆★☆



「…悪かったわね。変な話をして」


「いえ……」


 売り場を歩いてきたのに、ラディッシュ以外は入ってませんでした。


「…戻りましょ」


「あ、待ってください。牛乳を選んでから」


 アイスクリームの前をスルー、乳製品コーナーへダッシュ。


 『濃厚四.〇牛乳』、高いからパス。『たのしい牛乳』、名前が怖いからパス。次点の『メゴミルク』を二本。お姉さんのところへ戻ろうとしたとき。


「……見つけた」


 私とお姉さんの間に何か立っています。


 誰かじゃなく何か。そういう言い方になったのは、本当にいるのか自信が持てなかったから。ぼやけて見えないとかじゃなく。見ようとすると意識が逸らされる?見た事実を忘れそうになる?仮性の認知症にかかるほど疲れてないつもりですが。


 声は……女の人、だったような。


 そう。思い出しました。私に背中を向けて、お姉さんのほうを向いて。血が通わない呼び鈴みたいな声で。ただひと言――見つけた、と。


「逃げて!」


 聞こえた瞬間。視界が真っ赤に染まりました。


 何が起こったのか――なんて考えられるんですから生きてるのは明白。私とお姉さんの間だけが違う色をしていて。粘りのある、と聞く割にさらさらした液体が染めてゆく。まるで中州を呑み込む大きな川。


 悲鳴が上がりました。


 誰もいません。逃げたんでしょう、異常な事態を察知して。


 私はというと……そのまま立っていました。牛乳の白いパッケージが、ばしゃりと威勢のいい飛沫を立てたことにも構わず。


 悲鳴は止みませんでした。リノ君が現れて、私の肩を激しく揺すります。


 痛い、痛いって。そんな乱暴にしなくても、ちゃんと私は……?


「いいから落ち着け!喉が潰れるぞ!」


「っ!?」


 口と首筋を押さえられました。


 叫んでいたのは、私。激しく噎せながら、彼の名前を呼んで。


「リノく……お姉さんが……!」


「…分かってる。俺に任せろ」


 見据えようとして――また視線を逸らされるような感覚。


 それを挟んだリノ君の反対側、総菜売り場のほうからフィルさん。粘りを増した赤いものに足を取られながら慎重に。元は……何だっ………何……な、に………


「…非該当。アカシャ上の記録なし……?」


「個人を目標とする奇跡は使えまい。我らは神と戦うために生み出された」


「泣かせた責任は取ってもらうぜ。手前の命でな!」


 ……………?


 鉛のような腕を持ち上げます。


 手に触れて。肩に触れて。鼻に触れて止まり――瞼に触れて。


 湿った指先。透明なもの。気がついてみれば。


 私の頬は、涙に濡れていました。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「プリースト9より各員へ。『聖遺物』を発見。繰り返す、『聖遺物』を発見。『ナイツ』各員、三七街区の封鎖を依頼する」


(ナイト4了解。これより周辺住民の避難と三七街区の封鎖を実行する)


(プリースト2及び3、四一街区にて別の『聖遺物』と交戦中。幸運を祈る)


(プリースト6及び7、急行する。到着まで一二〇)


(ナイト1、プリースト2及び3の支援を継続)


(『サーティーズ』、ナイト4の指揮下に入る)


「状況開始。プリースト9、これよりプリースト8と連携して三七街区に現れた『聖遺物』の捕獲を試みる。以上」


 プリースト9――長身のツォン人男性フィルさんが報告する間にも、リノ君は何者かと戦っていました。


 状況は分かりません。相手が見えないのと、リノ君の動きが速すぎるのと。


 会話の切れ端が、断続的に聞こえてくるだけで。


「……あなたは、リノというのですか?」


「さあな。生まれたときから名前はねえ。それより公安のおっさん共に催眠して、アイシャを調べさせたのはお前だな?」


「人の身で神に抗う。それは分を越えた不遜な行為」


「ほざけ!神が人間を苦しめるのか!?それじゃ伝説の一神教と同じだろうが!」


「神は一人ではない。しかし、最も優れた者はいる。それこそが私達」


 見えない何かがリノ君の拳を回避。そこで私は信じられないものを見ました。するりと躱した後――向こうの気配が、一瞬で分裂したように思えたのです。


「騙されるかよッ!」


 気合一閃、今度は攻撃が当たりました。


 顔が触れ合うほどの近くに、忽然と綺麗な女の人が現れます。


 古風な白無垢の衣装より色が薄い。白銀の髪は冷ややかに波打つ。お社の壁画とかにありそうな感じ。すごく綺麗ですが無表情。それがこんなにも怖いなんて。


「ラフィニア。死にぞこないの神。忌むべき運命の監視者!」


 リノ君の右腕は、その人のお腹を貫いてました。


 普通なら死んで、じゃなくても苦しそうにするはず。このとき初めて感情らしいものを見せました。でもそれは私が期待したのと真逆の方向で。


「えっ……?」


 笑っていたのです。


 まるで慈しむように。いいえ憐れんでる?人間全体を儚く思って。


 馬鹿な私でも名前くらいは知っています。どういう位置づけの神様なのかも。豊穣の女神、農業の守護者――秋の新嘗祭では、来年の豊作を祈ってお供え物をします。


 左足を前へ。続けて右、またもう一歩。


 その都度、傷口から激しく血が。


 目を離せませんでした。滑らかな動きに潜む現実感の乏しさから。


 そしてリノ君の身体をふわりと包みます。子守唄を聴かせる母親のように……


「あなたには名前がある。あなたは……完全ではない」


 指が泳ぐ。あれは時々イスカさんがする仕種。でも知らない字を使っています。


 きっと神様の魔法。それにしても、あんな状態から一体何をするつもり――


「…該当確認。『Vartija』,Voitko pelkistää häntä?」


 息を呑む気配。それはリノ君からじゃなく、フィルさんのほうから聞こえてきて。


「愛する者の与えし名に、抱かれて眠りなさい」


 二度目の悪夢。


 残されたのは赤い天使。


 それもナイフを突き立てられて、すぐ動かなくなりましたが。


 硝子玉みたいな目が濁ります。その後ろに悪魔の形相を浮かべたフィルさん。私は彼に、初めて恐怖というものを感じました。


「…リノではない。プリースト8だ」


 それは怒っているようにも、泣いているようにも見えました。


「俺達には名前がない。あってはならないのだ。この世を神の干渉から護るために」


 残骸の分解が始まっていました。


 お姉さんとリノ君、その赤に溶ける塩みたいな何か。飾りや衣装も見当たりません。少なくとも死んだときは、ちゃんと着けていたはずなのに。


「あ、あの」


「プリースト8!」


 女のヒトが駆け込んできました。悲鳴のような言葉と一緒に。


 フィルさんを見、血溜まりを見。誰のものか理解して。その場で激しく泣き崩れます。フィルさんが宥めるように肩を抱いても収まる様子はありません。


 どれくらい、そうしていたでしょう。女のヒトは、急にぴたりと泣き止んで立ち上がりました。それからゆっくりと私のほうへ。


 ああ、殴られる――何となく分かりました。でも、それでいい。私だけ傷ひとつ、痛みすらないなんて。無事に生きていることが、今はただ辛すぎる。考えてもみませんでした。私を護るために、誰かが大切なヒトを失う。そんな可能性があることを。


 指先が触れる前に、フィルさんの手が彼女の腕を摑みます。


「…離してよッ!離してよプリースト9!」


 そのままの姿勢で壁際へ。強引に抱きかかえられると、またしがみついて泣きはじめます。顔を埋めながら、今度は声を殺して。


「離してよぉ……離して、ったら………」


 同じようにお姉さんを亡くして。けれど慰めてくれるヒトがいない私は。


 たとえ嘘でも、冷静な顔を見せるべきじゃありませんでした。


「…まだいたのか」


 険のある声に、思わず身が竦んで。


「消えろ。お前に用はない。あの女が死んだ以上は」


 彼の言うとおりでした。


 そうじゃなくても、合わせる顔がありません。


 ごめんなさい。謝ったら生き返るの?助けてくれてありがとう。別にお礼なんか言われても。幼稚な自己満足。浅い考え。喜んでくれると思ったのに。勝手な思い込み。余計な真似をしなければ。要するに、いい迷惑。


 どこを歩いたのか。道順さえ忘れたまま。


 宵闇が迫る頃。私は自分のアパートに着いたのでした。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 どうしたらいいんだろう?


 ベッドで横になると、枕を抱いて考えました。


 また独り。今度こそ完全に。


 ランディさん。お姉さん。リノ君。


 私に深く関わった人は、みんないなくなってしまった。


 スミスさんの連絡先は分かりません。今となっては遅いですが、昨夜のうちに訊いておけば。それと本当に生きてるのなら、ゲームの中で捜すくらいしてくれても。


(……そういえば)


 アリスさんとユン君。二人は大丈夫でしょうか。


 楽な姿勢でドリームシェアを起動。


 闇に包まれた私は、リアルそっくりの浅黒い女の子に。


 棺桶を開いて外へ。


 私の会いたかった人達は、いつもの場所でお茶を飲んでいました。


「…来ると思ってたよ。シオンも狙われたんだね?」


「無事で安心しましたが……」


 予想どおり。アリスさんは通勤中を襲われたらしく。職場にも研究用の端末があって、今はそこからログインしてるとか。


「……何かあったのですね。自分ではなく他の誰かに」


 どうにか伝えられたのは、お姉さんとリノ君――そう勝手に呼んでいた『プリースツ』の男の子が消えたこと。それをやった相手も、赤い海に溶けて死んだこと……


「気づいたら……店の中が血だらけになってて」


「……マジっぽいね。レオンの奴、本当に死んだ?」


 そうとしか思えません。形も残らなかったんですから。


「それは本当にレオンさんだったのでしょうか?」


「私には何が何だか……」


「もう一人の神官は、サンプルを回収したと言いましたね?」


 白い粉と……そういえば。床に広がった血液のほうも。


「『ナイツ』の分析を待ちましょう。レオンさんはともかく、亡くなった神官の遺伝情報は持っているはず。それに該当しない塩基配列が少なければ……」


「レオンは生きてる、って?」


「ええ。致命傷を負わされる前に逃げたかもしれません。何らかの魔法を使って」


「顔が違う時点で解るよね。絶対、非常識な仕掛けをしてる」


 少しずつ呑み込めてきました。


 待ってるだけで状況がよくなったりはしない。この際お姉さんが生きてると仮定して。何をすれば助かるのか、まずはそれを考えないと。


 スミスさんのリアルを突き止めた理由。私がお願いしたこともありますけど、多分それだけじゃないはずです。本来の目的に適った別の動機がある。


 私がお姉さんを信じるのは、何度も命を救われたのと優しくしてくれるから。


 ですが大事なことは何ひとつ話してくれません。


 実は神様ってことも、直接あの人の口から聞かされたわけじゃなくて。それを教えてくれたフィルさんに、冷たく突き放されたのを思い出して苦しくなります。結局、蚊帳の外。仲間外れ。護られるだけの足手纏い。


「……私、信用されてないんでしょうか」


 思わず口を突いて出たのは、そんな言葉。


「弱いし、頭悪いし……ウゥヤちゃんやイスカさんみたいに働けないのは分かりますけど。身の回りのお世話くらいならできるんです」


 あのときお姉さんは、私に逃げてと言いました。戦う前から負けると分かって。


 もう戻らないでしょう。イスカさんの言葉が正しくて、あの中にお姉さんの血が含まれてなかったとしても。


「まあ弱いのは事実だよね。喧嘩を見ると固まっちゃうし」


 嫌になるくらい臆病。そんなじゃダメだって分かってるのに。


「最初は口からかな?真似して言ってみて……このビチ〇ソや」


「黙りなさい、すかたん」


 樫の杖で喉を絞めました。顔色悪く見えるのは私の気のせい。


「信用されていないことはないと思いますよ。資産家の父ではなく、あなたを頼ったことが何よりの証。むしろ私達より頼られている。ひとりの人間として」


「僕達、常識ないからね♪…ぐぇ」


 気のせいだと思います。黒ずくめの身体が仰け反り、痙攣したように見えたのは。


 動かなくなったそれを膝の上に、優しく髪を撫でながら呟きました。


「……あなたは弱くない。自分で考えるほどには」


「え……?」


「後悔したことがありますか?力が足りなかったとか、事情を知らなかった場合は別として。選択自体を間違えた――そういう経験が」


 ……いいえ。一度も。


「私は数えきれないほど。それが答えです」


 両手の小指を強く摑むと、お人形さんが目を覚ましました。


「夕食を二人分用意してください。仕事が終わったら、そちらへ向かいます」


「えー!イスカだけ狡いよ。僕も……」


 また静かになります。壊れ物を包むように、そっと抱き上げて。


「女子だけのお泊まり会です。遠慮してください」


 この子なりに慰めようとしてるのは解りました。でも十二歳のユン君には早いでしょう。


「買い物、できなかったんでした……」


「買って行きます。夕方までにメールをください」


 AR表示は十二時五十七分。お昼はカップラーメンで済ませるしかありません。


 それでも足取りは軽くなっていました。心配してくれる二人の気持ちが、本当に嬉しかったからです。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「ただいま、アイシャ」


 知らない声を聞いて、私はベッドから飛び起きました。


 ちゃんと私の部屋。鍵も掛けてますし、まともな方法で入れるわけが。


 でもこの人は、私の名前を呼びました。それにただいま、って。つまり彼女が誰なのかは、確かめる必要もないくらいに明らかで。


「お帰りなさい、お姉さん」


 今度は私とそっくりな、より色の濃い膚で微笑みました。本物の姉妹と言って通るくらいの、ウェーブがかった焦げ茶の髪を淡々と掻き上げながら。


「…よく分かったわね?」


「もしかしたら生きてるかも、って。アリスさんに言われたんです」


「……そっか。あの子とは続いているのね。今も」


 顔形はいいとして。目や髪、膚の色が別人。整形手術ではどうにもならないレベル。こういうのを普通、生きてたとは言いません。


「姿を消したのと関係があるんですね?」


「知らなくていいことよ。また出かけるから、戸締まりには気をつけて」


 待ってれば解決するんでしょうか。スミスさんのことやお姉さんの問題が全部。そうだとしても、私のために傷ついた人は放っておけません。


「リノ君を助けられませんか。できることなら何でもします」


「……残念だけれど」


 即答。これで一つ見えたことが。お姉さんは保険を掛けてました。一方的にやられるかもしれないと分かってたから。運命の監視者はそれくらい強い。


 でも名前がない人なら勝てる。例えばお姉さんに負けた『プリースツ』。もしかしたら『ナイツ』のメンバーも。


 まるでジャンケンみたいな三竦み。『プリースツ』はお姉さんも含めた神様が嫌い。神様はお姉さんを狙ってる。お姉さんの目的はグラキエルの秘密を探ること。


 最近は静かでした。フェリック社は続いてるのに。社長が行方不明になったから?大統領が代わったから?どっちにしろ私達は、多分あまり重要じゃなくなった。お姉さんと関わらなければ、これ以上危ない目に遭うことはなくなる……


「スミス氏に会いたい?」


 そう訊かれたら、あの頃の私は迷わなかったでしょう。


「…分かりません。どうするのが正しいのか」


 詳しく知ってしまった今では。夢を叶えられるのが嬉しくて、安易に頷いてしまいましたけれど。本来そのお金は、スミスさんの家族に行くべきもの。事故から四年が経っても口座のお金を下ろせたのは、別居状態の奥さんが失踪宣告を望まなかったから。手に職のある人だとしても、それってつまり……


「やめておきます。お金のほうも、スミスさんに返すか娘さんに届けてください」


「いい悪いではないのよ。あなたがどうしたいか。彼に夢を話したのでしょう?」


 伝えました。あの人も寂しい胸の裡を聞かせてくれました。


 でもそれは、リアルで会う見込みのなかったときの話。好きだから会う、嫌いだから会わない――私みたいな小娘が言うのも何ですけど、世の中そんな単純じゃないです。誰かを頼るしかないような、大きすぎる夢だとも思ってませんし。


「…分かった。あなたの意思を尊重する。もう一度スミス氏に相談してみるわ」


「支えが要らないとは言ってませんよ。精神的には甘やかしてください。四年も留守にした分、埋め合わせはしてもらいますからね」


「はいはい、それでは行ってきます。ああそうか、その前に身体を造作しないと……このまま行ったらスミス氏に知らない女だと思われるわ……」


 そうしてる間にアリスさんがやってきました。


「……この惨状は何です?」


「あ……いや……」


「メールもありませんでしたし……今日は私が作ります。いつもより味が落ちるのは覚悟してくださいね」


 惨状っていうのは。お姉さん用に引っ張り出した古着の山でした。来るのを忘れてたなんて、怖……いや申し訳なくて言えません。


「お久しぶり……ってほどでもないか。こんばんは、フェアチャイルドさん」


「生きていましたか。新しい身体の具合はどうです?」


 さして驚いた様子もなく。


「顔が突っ張る。まあ、それ以外は良好」


「…今なら勝てますね。私でも」


「お酒には強いみたいよ。お望みなら潰れるまで付き合うわ」


 アリスさんは嗜む程度。お姉さんはビール党。ちなみに私は何でもイケる……じゃなくて。実は今、激しく聞き捨てならないことを言いましたよ。


「ま、まあ。その話は後で」


 微妙に笑いながら後ずさり。


「大切な約束があるのよ。ほら、そろそろ時間だし」


 知りません。


「フェアチャイルドさんから聞いて。ユンイェ君でも」


「男と逢引き。その後始末を私達にしろと?」


「と、とにかく。知っていることは全部話していいから!」


 前にも聞いたような台詞を残して消えました。あのときと立場は逆ですが。


 アリスさん達が知ってるのは、グラキエル上で手伝うことがあったから。黙ってたのは偶然で、別に教えられない話じゃなかったとか。


「そんなに膨れないでください。大したことではありませんから」


「……うぅ。どうせ私は除け者ですよ。単なる家事手伝いのメイドさんですよ……」


「なら今度、ケチャップでオムレツに字を書くコツを教えてもらえませんか。ユンイェ君がメイドカフェに行ってみたいと言って聞かないのです。それらしい料理と雰囲気で、何とか誤魔化すことはできないものかと」


「……唄を歌わないとダメですよ。それも可愛らしい感じで明るく。『萌々おむらいす』は、一応そういうサービスですから」


「……………………………っ」


 ささやかな復讐を完了。


 私にとっては大ごとです。無事なのを隠してただけでも。ええ、洗い浚い吐いていただきましたよ。もちろん。当たり前じゃないですか。オフコース。


 二時間後。お姉さんから連絡がありました。フランク=プールさんが行きつけのバーで倒れ、市内の拠点病院へ緊急搬送されたと。

――別冊宝の山 今年の珍事件・怪事件大特集

 公安警察の不可解な動き マナ漏出事故は国外勢力をも巻き込む巨大な陰謀か? 



 今年も既に十月を過ぎた。まだ早いかもしれないが、今年あった珍事件・怪事件をおさらいしてみよう。

 最初に挙がるのは、アイドル女優アリシア(25)とお笑い芸人ヨセフ(34)の電撃入籍だろう。今まさに人気絶頂の美女と『一発屋』ダメ男の熱愛報道は、世のアイドルファン達に絶望を、うだつの上がらない三流男達に夢と羨望の嵐を巻き起こした。(中略)


 ここで少しマジメな方向にも目を向けてみよう。

 賢明なる読者諸氏は、四年前のとある事件のことを憶えているかもしれない。リカルド郡の精錬所で発生したマナ漏出事故だ。いつも飯の種を探している記者は、たまたま事故に目をつけた。第六感と呼んでもいいかもしれない。とにかく惹きつけられるものがあったのである。(中略)


 今更と思うだろうが、調べ始めてすぐ筆者は唖然とした。この事故に纏わる何もかもが、あまりにも胡散臭かったからである。郡知事の要請を待たずに陸軍が出動したこと。地元自治体には一切情報が下りてこないこと。事故から四年も経過しているのに、未だ収束の目途が立っていないこと。(中略)


 竜の尾を踏んだか――そう思ったときは既に遅かった。銃を持った黒服の男達に囲まれ、記者は地面に押さえつけられていた。「これ以上この件を調べるのはやめろ。さもないと――殺す」(中略)


 記者が暴力に屈しかけたとき、そこに救いの神が現れた。公務に差し支えるとのことであり個人名は伏せるが、彼らは公安警察を名乗った。確かに身分証を所持しており、その実力は本物と信じるに足るものだった。黒服の男達はあっという間に追い払われ、私は彼らに命を救われたのである。(中略)


 軍、公安警察、謎の黒服の男達――軍と公安の後ろには、間違いなく政府高官がいる。エメラルドホールのスタッフか、あるいは大統領本人が。では謎の黒服達は?彼らの背後にいるのは何者なのか。その答えは限られてくる。一国の公安警察と対等に渡り合える存在。それもまた他国の諜報機関か公安警察以外にないだろう。(以下略)

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