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私の中のリアル  作者: 五月雨
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Intermezzo  Reconstruction

 血が飛沫く。

 君は、怖いと言った。

 でも俺は戦う。

 欺く。盗む。奪う。

 これはゲームだから。

 嘲る。苛む。殺す。

 それがゲームじゃなかったなんて。

 どうすれば信じられるだろう?

(名もなきプレイヤーの述懐)

 二つの人影があった。


 重なり、弾けて。また重なり合う。それらは異常な速さで街並みを奔る。


 どちらも女。軽装かつ素手。ほとんど荷物なし。加えて実力伯仲。


 傍目にも分かる違う部分がひとつ。


 追う者と追われる者、その二つに分かれるということ。


 追っているのは砂色の髪、色白な膚に草色の目。厚いチュニックとウィンドブレーカー、硬めのトレッキングシューズ。どれも真新しく不揃いな感じが際立つ。


 追われているのは猫。簡単に言えばそうなる。猫耳、猫の手、猫の足、猫尻尾。こちらは小慣れていて、お飾りにも気を遣う余力のある熟練者とみて間違いない。


 だが、今は追われている。さも不器用な肉球の指には薄いプラスチックのカード。砂色の髪の手が鋭く伸びた。それを猫耳も往なして躱す。この手順を何度繰り返したろう。気短な運命の女神は、いよいよ飽きてしまったらしく。


「さ、返してくれる?これでも結構忙しいの。遊びで来ているわけじゃないから」


 砂色が間合いを詰めると、同じだけ猫耳も退いた。


 ほら、と語気鋭く迫る。まさに狙われた獲物。この場合、狩人は砂色のほう。追われる兎が猫耳なのは言うまでもない。


「あなた何者ですヵ。初心者でこんなに速いの、見たことないですょ」


 まさか!という疑惑の視線には、首を横に振って否定する。


「規約違反になるようなことはしていないわ。非常識なのは認めるけれど」


 ここは路地裏の行き止まり。進める方向が限られていた。そして詰め寄る余裕綽々の女は、新人のくせに油断も隙も抜け目もない。いきなり熟練者と対等に渡り合う化物は、余程の策を弄さなければ見逃してくれないだろう。


「~~~~~~ッ!」


 負けを悟った猫は、思いきりカードを投げつけた。砂色、片手で見事に摑み取る。


「ありがと。これを失くすと困るのよ。再発行にもお金が要るでしょう?」


「…一応、名前を訊いておくです。もう遅いし、すっかりヘトヘトですから。じゃにゃいと後日、賞品のお届けが……」


 そのとき異変は起こった。


 片や愉しそうに夜空を仰ぎ、または遠くの景色に視線を凝らす。


 空気が澱み、思わず噎せ返るほど纏わりつく。微妙に重いのだが、葉巻の煙とかそういう次元ではない。この感覚には、二人とも何となく覚えがある。


「ここって連合の直営だったかにゃ?アノ人達もこういうミスするんだ♪」


 十中八九、マナ密度の過多によるもの。近くの小屋で実験を失敗でもしたか。


 呑気でいられたのも最初のうち。見えないスピーカーから緊急メンテナンス及びログアウトを呼びかける木霊が響くと、猫は途端に色を失くした。間髪入れず懐に手を突っ込む。反射的に身構えるも、すぐ安堵する砂色。それを見て全身の毛を逆立てた。


「何してるの!『帰還のオーブ』持ってないですヵ!?」


 紫色に輝く丸い宝珠を突きつけた。もちろん武器の類ではない。天高くかざすと決められたホームポイントへ瞬時に移動できる優れもの。


「あぁもう、どうなっても知らにゃいですょ!」


 しかし砂色の反応は鈍い。業を煮やすと聖堂がある方角へ飛び去っていった。


 上空では、見えないスピーカーによる喧しい警報が続いている。



《……これより緊急メンテナンスを実施いたします。ユーザの皆様は、聖堂の調整ルームから速やかにログアウトしてください……》



 と、後ろで小さな悲鳴が上がった。


 どこから現れたのか、不気味な連中に給仕姿の女性が囲まれている。


 変だと思った理由――それは兵士達の動き。意思というものを感じさせない。人形染みていて、そいつらの顔を見たとき直感は確信に変わった。


 吶喊して叩きのめす。五体いたが、この程度は相手にならない。猫耳との戦いで疲弊し、動くのがやっとの状態であろうとも。


 全員同じ顔。そして一度は怯んだにせよ、何事もなかったように起きあがる。それも人形と考えれば当然。倒れない敵は、強いより厄介なこともある。


「急ぎなさい。ここは私が持つから」


「は、はい。すみません」


 慌ててエプロンを探ると、取り出したオーブを掲げる。華奢な身体がふわりと浮き、無事働いたことに安堵の笑みを浮かべた。


「助かりました。その……お名前を聞かせてください!」


「レオン。見てのとおり初心者よ。でも腕には自信がある。早く行って!」


 会話しながら同時に三体を突き飛ばした。


 確かに並みの腕ではない。悟った女は、浮かんだまま大きく頷いた。


「私はシオメラです。このお礼は、必ず……」


 光となって飛び去った。猫耳と同じ、聖堂のある方角へ。


 砂色の脳裏に男の声が届く。


(どうだ?何か思い出したか)


「…こういうことだったのね。通常回線を開いておけって」


(何があるか分からなかった。まあ……大体は予想どおりだが)


 嘯いた男に、レオンが噛みつく。


「先に言いなさいよ。何のためのバックアップなの」


(お前の性格を考えるに、大人しく聞いたのかは疑問が残るな。それよりどうなのだ?別の自分は見えるか。身に覚えのない記憶は出たか)


 男の問いに、今度ははっきりと頷く。


「……ある。さっきの子、聖堂でもまた襲われる」


(関係はありそうか?なければ無視していい)


「そういうわけにもゆかないでしょう。袖触れ合うも多生の縁。出会いは神の、別れは人の何とやらってね」


 バックパックを下ろし、中から似たような宝珠を取り出した。


 いや全く同じものである。それを天高く掲げ――僅か四秒後。レオンの姿は、聖堂二階のテラスにあった。悲鳴は聞こえないが、追いかけっこの気配を感じる。


 案の定シオメラだった。すぐ駆けつけて人形共を薙ぎ倒す。床に足が着いている今度は、深々と頭を下げて感謝の意を表した。


「ありがとうございます。また助けていただきました」


「何故ログアウトしないの?…あ、いや答えなくていい。大丈夫、もう分かったから」


 首を傾げる。とはいえ、さほど驚いてもいなかった。


 レオンの歪な言動を、存在自体を受け容れている自分に気づく。二人が会ったのは今日が初めて。しかし彼女の言葉なら信じてもよい――そう思えたこと。シオメラにとって、そちらのほうが驚きだった。


「スミス氏のことは任せなさい。だから、ちゃんと寄り道しないでログアウトするのよ?」


「えっ……!?」


 シオメラの腕を摑み、調整槽がある部屋の前まで連れてゆく。これも驚き、いつIDを抜かれたのか?いや正確な番号は知らないようだった。棺桶の前に引っ張ることはせず、視線で急ぐよう合図したのみ。


 念のため後で連絡するから、と。何が念のためなのか?そもそもリアルの連絡先など教えていない。シオメラには意味の分からないことばかり。それでも……


「……必ずですよ」


 言い残して先に落ちた。見送りを済ませ、やれやれと大きく背伸び。


「二周目とはいえ、疲れるわね……」


 首や肩の骨を鳴らすうちに、また人影が集まってくる。


 他の記憶も見えた。激しく戦い続ける自分。そちらは輪をかけて大変そうだった。多少はマシになっているものと期待して、疲れた身体に鞭を打つ。


「…仕方ない。もうひと頑張り……しますか!」


 蠢く人形兵の中へ、気勢を上げて飛び込んでいった。

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