I miss you.
私は、ここにいる。ずっと、ここに。
そう言い切れたら、どれだけよかったのだろう?
青い光に背き、膝を抱えて蹲る。柔弱な姿勢が全く似合わない。照り返しに輝く髪は蜂蜜の滝、それも今は雑に流され結んでいる。時折覗く瞳の色は濃い。最愛の友へ贈るため、長年かけて造り上げた碧よりも。
それはイミテーション。贋物の宝石。おまけに失敗作だ。
小さくし過ぎないよう、一方で不純物が混じらないように。長く生きられなかった無念を、少しでも晴らしてあげたくて。運命は彼女に残酷だった。優しさにつけ込まれ、利用され、最後は見捨てられる。彼女自身、そうなることを望んだ。
女は絶対に認められない。だから望まぬようにしてやろうと。遺伝情報の完全な複製、発生環境の再現率九九.七パーセント。僅か〇.三パーセントの差が全員で助かろうとする貪欲さを生み、最愛の贋物に女の手元を離れさせた。
(最初から間違っていたのかもしれない)
精神が巻き戻される都度、女はそのように反省する。記憶は残して感情が真っ新になり、そうすることで任務を全うできるはず。任務を与えた存在は、きっとそのように考えた。異境の地へ放り出され、身を粉にして働く自分は最愛の友と触れ合えない。送り出した刺客は、敵以上に私のことを怨むだろう、と。
女には、自分を送り出した者の考えることがよく分かった。何故なら女は創造者が自らを複製して造り上げた、寸分違わぬ現身だったから。
とはいえ女も、完全な機械になりきっていない。七日に一度考え直していれば、違う結論に辿り着くこともある。そのようなときは狂って働き、あるときは愛する友のこと、また別のときは作り物の友を想い。こうして永遠の夜を過ごしている……
「……ルースア。定期報告を送信します。必要に応じて、セラフィナのアカシャを更新してください」
復元直後のラフィニアは、創造者ヴァルマ=ルースアの忠実な下僕だった。
裏切り者のアキラ=タノクラ以下、十三名の研究者と軍人達。その連中からアウラの、比較的安定したアカシャ領域の制御を奪い、本体の御前に献上する。
紛い者の監視者ラフィニアは、そのためだけに造りだされた。それは言い換えれば、いずれラフィニアが不要となることを意味する。アウラの奪取に成功し、ルースアがこの戦いに勝利したら。
このまま忘れられ、置き去りにしてもらえるかもしれない。それとてセラフィナはおらず、自分だけ最愛の人と引き裂かれたまま。ルースアだけがセラフィナを抱き締め、身の回りの世話をし。幸せとは言えないまでも満ち足りた時間を過ごす。
それを考えると、ルースアへの忠誠が揺らいでくる。これでも控えめな表現だ。有体に言えば、揺らぐどころか跡形もない。あるのは煮え滾った憎しみばかり。
復元して一時間も経つと、聡明なラフィニアは正しく現実を認識する。そして更に一時間経つと、これまでの経緯を踏まえた現状を把握する。
もはや取り返しがつかない。サウロンと名乗る人物にアウレアの主導権を奪われ、その過程でラフィニアはセラフィナの複製にも嫌われた。自分はクラリスであってセラフィナではない――そう言い切る人形に腹を立て、何度か殺そうとした。それを邪魔するランディ、自分と同じ境遇の青年を捕えて実験した。結果は無惨な失敗だったが。
もはや取り返しがつかない。負けはないが勝ちもない。セラフィナの記憶に書き込まれたラフィニアは、それを消すか直接殺さない限り存続できる。自殺は禁じられており、またアウレアの誰よりも強かった。殺してもらうことさえできない。
(セラちゃん、お願い。私を助けて……)
声に出すことはできない。決して許されないことだ。クラリスの大事なものを何度踏み躙ってきたか。そのことを考えれば、都合のよい言葉は喉の奥に消える。
望みはひとつだけだった。ルースアが消してくれること――かつての恐怖が残された希望。もう任せておけない、裏切り者には死を、と。だが、そうなったときは……
――ラフィ様、御機嫌いかがですか?
――面白そうなモノ見つけましたよ!ちょっと話しませんか?
――ラフィ様ぁ(涙)。無視は一番堪えるんですぅ……
メールは放置していた。どうせ一人からしか来ない。少し構ったら喜び、何でも命令してと云うから、接続できない自分に代わって他のアカシャ領域へ行かせた子。一度殺しかけて疎遠になったが、また一年と経たないうちに戻ってきた。
(…馬鹿な子。本当に……)
心がざわつく。しかし、それ以上の波は立たない。
すぐ傍を漂う娘の身体に手を触れた。こちらも見ていない。サウロンの正体を探る手掛かりとして代行分体に攫わせたもの。
空メールが届いていた。それも最近、グラキエルの内部から。
「どういうこと……?」
差出人は『菜食主義』。シンシアと名づけられた七四九一二番、その番[つがい]である三二八五一番が操っていた人形。七四九一二番には囚われたことを忘れさせ、そのうえで勝手に話すよう仕組んであった。
これは何なのか。まるで探るような動き。
相手は七四九一二番のことを知っており……ラフィニアに連れ去られたことは知っているか。それによって人物像が変わる。知っているならラフィニアを誘き出すため、知らないなら七四九一二番と三二八五一番の関係者。
「……ルースア。定期報告を送信します。必要に応じて、セラフィナのアカシャを更新してください………」
七日後、ラフィニアは二つのメッセージを送信する。
もはや勝ち目などないにもかかわらず。
そのようなことをした理由は。自分でも解らないまま。




