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私の中のリアル  作者: 五月雨
Account-List 6
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Incarnate 02  Vegetarianism

 世の中、面倒臭くできてやがる。

 やっと選んだものは、俺の指から零れていった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 新都エルドラド、大通りの一角。野郎二人が公式ショップを冷やかしている。


 小さいのはスミス、自称解凍士。魔境化したアスルタンで偶然一緒に目を覚ました。棺桶ごと潰された奴もいるから、まあ運がよかったんだろう。とりあえず安全な場所に着くまで協力することに。それと遅く生まれた分、こいつのほうが新しいことを知っている。いろいろ聞き出してやろうと付き合ってみたが、世界の変貌ぶりは俺の予想を超えていた。


「いい時代になったよねえ。僕達インカネイトも自由に外を歩けるなんてさ」


 店中を動きまわり、値段と品質を比べている。


 昔は珍しかった貴重品の数々。なかでも携帯式調整槽、そいつが今や公式ショップで安く買える。通称寝袋とか言われていて、割と大勢が持ってるらしい。


 他にも遠出をするのに必要な装備一式。テント、保存食、毛布、種火、油紙……そもそも遠出ができるほど身体を保たせられることのほうが驚きだ。



 ――一本につき四時間の活動上限を延長します。

 ――ただし、連続三本以上の服用はお控えください。

 ――過度の使用は、あなたのインカネイトを破損する恐れがあります。



 商品名エナジードリンク、要するに経口摂取の癌化抑制剤だ。


 こんなものまで売られてやがる。根本的な体質改善はまだなのか、元より完全な肉体を与える気がないのか。どっちにせよ、あれから十年以上経過した。作戦はかなり先に進んでいるはず。あの野郎が健在なら、残された時間は僅かと思ったほうがいい……


「二ドルになります。ありがとうございましたー♪」


 一本お買い上げ、その場で一気に流し込む。味は……よくも悪くもねえ。使い道を考えれば許容の範囲内だ。普通に遊んでる奴らは、この薬臭さにさぞ閉口したろうが。


「やっぱ興味ある?それ僕のときもなかったんだ」


 スミスの買い物籠には十本セットが二箱ほど。どれだけ飲む気だと思ったが、こいつの意図は別のところにあるようだ。ここの値段は全部定価、モノの値段は需要と供給により決まる。ここから遠く離れるほど、転売屋の暗躍も増えるのだろう。


「……僕さ、あまりお金持ってないんだよね」


「貸さねえ」


「まだ何も言ってないよ?」


 白々しい。物欲しそうな目で見てたくせに。


「……………………」


「……………………」


「貸さねえ」


「年一割でどう?」


「だから貸さねえ」


「欲張りだなあ。なら年二割。これ以上は違法だってフランクが言ってた」


 こいつのプレイヤーだろう。金を借りることが多いのか。そういやレイはグラキエルの管理人。相応の資産を持っていてもおかしくねえ。


「絶対儲かるよ?何なら共同経営でもいいんだけど?」


 騒ぐガキは無視して、フェリック銀行へ行ってみた。


 混乱を避けるため、口座は俺の名前で開かれている。マナ紋認証により本人確認、窓口担当の女が告げた金額は。


「七百五十二万三千四百七十一ドル五十三セントでございます」


 同額のイェンと等価。これだけあれば家族三人遊んで暮らせる。いや……ちょっと待て。無意識に数えたが、そいつは誰と誰と誰のことだ……?


「お金持ちだね。なら少しくらい」


「そういう趣味はねえ。普通に働け」


「資本金が要るかな。僕に投資しない?倍にして返すからさ」


「取り立てが面倒だ」


「僕、お得だよ?そこそこ強いし」


「……………………」


 使えそうなのは事実。捨て駒としちゃ悪くねえか。


「…利益を半々、目減りしても元本は払え。その代わり死ねばチャラの投資契約だ。償還は一月後。生きていたら、ここに来い」


 金額は五千ドル。死体を捜すのも面倒だった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「…ヒトを捜してるんだよ」


 訊きもしねえのに、スミスは滔々とのろけた。


「僕のために頑張ってると思うんだ。あの場所を連れ出すって約束したから。もう大丈夫って教えてあげないと」


「……そうか。まあ好きに頑張れ」


 恩が売れれば用はなかった。一月後、生きていたらフェリック銀行本店前へ。役立つことがあれば借金を棒引きしてやるつもり。何かあったときのため連絡先は聞いておく。連絡されると五月蝿いからフレンド登録は断った。適当に撒いて静かな場所へ向かう。


「ッ!?…っ……」


 全身が痛む。相変わらずの虚弱体質だ。世の中が変わっても、俺達インカネイトの不完全さは昔のまま。少しずつ腐って、血腥い薄汚れた肉塊に変わっていく。感覚が失せ、意識が消え――やがて本物の生ゴミに。そういう奴を何人も見てきた。


 器として造られたインカネイトは、自然の生物じゃない。


 俺の発生はイレギュラーだった。六十七番目の実験体――グラキエルと呼ばれる前のここへ単身送られた使い捨ての駒。そいつが偶然生き残り、マナ耐性の高さから依代に選ばれた。そんな欠陥品がヒトの意識に目覚めるとは。


 歩いてくる間も、結構な数のインカネイトを見た。男も女も大人もガキも。


 大半はプレイヤー憑きだが、一部は俺と同じ疑似人格だ。パートナーペルソナシステムとか気取った名前がついてる以上、俺の存在は既にバレてると思ったほうがいい。


 誰に?そいつは決まってる。この世界の創設者だ。俺達インカネイトを造り、体感型VRゲームとして売り出した張本人。外向きの定型文だが、この説明には嘘が多い。元から世界は存在したし、グラキエルも俺達も仮想じゃなくて本物だ。


 俺達の親父様は、ガキの仕返しみてえなことをするためにグラキエルを構築した。なるだけ多くのアウレア人を取り込み、監視者の箱庭を空にする――こう言っちゃ何だが、お気に入りの人形を盗んで隠す、幼稚な嫌がらせと大差ねえ。


 俺には開拓初期の記憶がある。そいつを辿れば、レイは復讐に消極的。創造者サウロンが始めたことを仕方なく手伝っている。復讐なんて不毛な真似は――だが殺らなきゃ殺られる。そんな感じで。


 暇を見つけては、女にメールを出していた。それも五人、次々相手を換えながら。待ってろよ、今思い出す……ああそうだ、まず最初の一人。こいつは正式な嫁さんだった。そのうち行方が分からなくなって次。こいつらは三人同時が多かった。それも音沙汰なくなると最後の一人。向こうからの連絡を拒否するところが変わっていた。


 一方的に近況を送りつけ、返信の類は求めねえ。共感を諦めた時点で、向こうからしてみれば頑固な自己満足に映る。相手の女は嫌な思いをしたことだろう。


 念のためアドレス帳を開いてみる。そこには『シンシア』と『真咲』。他にも『みぃちゃん』『理佳』『ファム』『ハンス』そして『サウロン』。最後のひとつはともかく。レイの行方を知ってるとすれば、まずこいつらだろう。


 サウロン以外の六人にメールを出してみた。何を言えばいいか?俺という存在をどう説明するか?ハンス以外は見たこともねえから白紙で。


 みぃ、リカ、ファムの三人は宛先不明。


 要するに死んだ。でなけりゃ着信拒否。


 届いたのはシンシアとマサキ。ハンスは留守番モード、器が覚醒前だから定型文を返してくる。中身との落差が激しくて思わず笑っちまった。ンなことしてるうちに、別の相手からショートメールがひとつ。



From:Cynthia To:Vegitarianism 0419/08/13 11:36

Sub:

 SNS空間に来て。



 これだけだった。SNS空間ってのは世界の境目。便宜上空間と呼んでるが、実物としては存在しねえ。プレイヤーの意識の中だけにある仮想の出入口だ。ここで取り憑く肉体を選び、アウレア人がグラキエルへやってくる。故郷の伝説に因んで、ビフロストとかタカマガハラとかいろんな呼び方をされてるらしい。


 インカネイトの俺は、無論その場所に行けねえ。どうしたもんか悩んでると、また次のメールが着信した。



From:Cynthia To:Vegitarianism 0419/08/13 11:41

Sub:

 あなた、誰?



 もっともな問いだが、教えてやる義理もなかった。このまま黙っとけば、勝手に面白い話をしやがるだろう。



From:Cynthia To:Vegitarianism 0419/08/13 11:42

Sub:

 どうして黙ってるの?レイのこと知ってるんでしょ?



 心配している?連絡が取れねえとか、そういう感じだ。


 忽然と姿を消す。これだけでも異常と分かる。問題は意思に反してのことか。そうだとしたら、あいつは俺の身体を二度と持ち出せねえことになる……


 ブラウザを閉じ、メールも視界から追い払う。


「………へっ」


 笑いが込み上げる。何やら訳は分からなかったが。


 俺は自由になった。化物に叩き起こされる予期しねえ形で。


 エナジードリンクは二ドル。一本で四時間は持つ――一日六本必要な計算だ。預金を全て注ぎ込めば千五百年以上生きられる。実際には飯も食うから半分以下だろう。とりあえず寿命が尽きるまでは。五年か十年か?それとも数日か――いずれにせよ。


 纏め買いした薬を、ひと息に呑み干す。ほんの少し痛みが軽くなった。毎日続けりゃ治るかもしれねえ。だから何だとは思うが、苦しいより楽なほうがいい。


(そうさ。俺は強かった。だから生き残った)


 これまでも。そしてこれからも。悪運が続く限り、静かな余生を送れそうだ。


 実験体の多くは、開拓半ばで死んでいった。時間の凍結領域に送り込まれ、身動きできなくなった奴もいる。運がよければ助けてもらえたが、そうじゃねえ奴は今もそのままだ。開拓しやすいエリアかどうか、見極めるための道具扱い。初期の連中は、まだよかったろう。ほとんど自我も目覚めねえうちだったから。


 最悪なのは俺みてえな連中。レイやサウロンの器として働き、半端に目覚めて事故死した奴ら。それか……あまり考えたくねえが、捨て駒にされちまった奴ら。今グラキエルにある危険は全て計算ずく。娯楽として成り立つよう、怪物から秘境まで大半はサウロンが設計した。開拓当初の危険とは比べもんにならねえ。


 一体何のために?俺達は地獄へ投げ込まれた?


 答えは知ってる。家族を奪われた復讐のためだ。計画が順調なら、これ以上は関わらなくて済む。お払い箱の病人は、黙って行く末を眺めてりゃいい。


 あいつらの未練がましい顔が浮かぶ。いや……本当にそんな顔をしてたかどうか。感情のねえ器は、何があっても無表情のまま。先に目覚めた俺の恐怖が、死を理解した生物の本能が、幻の記憶を心に刻み込んだのかもしれねえ。


 銀杏の枝から一枚剝がれて、まっすぐ俺の額に落ちる。


 そう、確かあの日も。こんな静かすぎる一日だった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 第三象限調査隊の二班、その八十六番目の男。三二八六一番。


 そいつが俺の記号だった。男が一で女が二。女なら三二八六二番って具合に。


 法則性は解る。が、それにしても変というか、やはり意味不明なところがある。


 俺の前に八十五人も野郎はいねえ。というより班分けされた中では、俺達が一番最初のはずだ。もっとも奇妙な番号のつけ方は、このときに始まったことじゃねえ。単純な通し番号も十三番から始まり、俺は七十九番と呼ばれていた。


 一人ずつ書き込まれては、半径百メートルほどを歩いて安全確認する作業。同じ中心で範囲を広げてくように。脳へ信号を送られて無意識に動く。


 死んだ連中の遺体もなかった。レイの器になり一部記憶が共有されると、そんな疑問が浮かびもする。が、結局すぐに氷解した。俺と似た顔の男が時間の不連続面に嵌まって硬直、そいつはサウロンの呟きと共に忽然と消える。そんな光景を思い出すことで。


(…あと二周。七十九番、あと二周で終わりだよ……)


 憂いを含むレイの声。その頃の俺は人間未満、何も感慨は湧かねえ。


「資材の確認は大丈夫かな?彼にはこのまま残り、マナ転送ポイントのマーキングをしてもらう。転生術式の応用には、まだ時間がかかりそうだからね」


 こっちの声は無色だった。普通に穏やかだが、今考えりゃそれこそ異常。死への生理的嫌悪とか、あいつにはそういうもんが欠けてるんじゃねえのか?


(……三、二、一……到達。半径百メートル以内の解凍を確認した。今から拠点の設営にかかるよ。印をつけたら最初の転送地点に戻って)


 言われたとおりにする。この程度のことなら、言葉による指示でも実行可能だ。


 作業を終えて振り返ると、俺が送られてきた――この世に生を享けた場所には、いつの間にか小屋ができていた。屋根付きの四角い建屋で、三方向にしか壁はねえ。足を延ばして寝るどころか、座るのすら厳しかったが。


 そんな出来損ないの倉庫に、次々と資材が送られてくる。最初に届いたのは食糧。どれも保存の利くやつばかり。水、毛布、着替え。火種と救急セット。小屋の周りに溝を掘るスコップ。それから六十六本の小さな木杭だ。


 最後の一つだけが何に使うのか分からなかった。レイが俺にログインして、杭を打ち込んだ場所の前に立つまで。あいつはそれを一本ずつ、丁寧に数えさせやがったから。


(七十九番。しばらく食べながら休んでいて。その間に、物資の構築で減少したマナを補充する)


 どれをどのくらい食えばいいのか、具体的な指示はなかった。となると生き物の本能に従って、腹一杯になるまで食うだろう。手の空いたサウロンが見てなけりゃ、俺は食い過ぎが原因で死んでたかもしれねえ。


 詰め込んだ保存食を水で流し込みながら、どこかでレイがやってるらしい作業の結果を眺めていた。マナは目に見えねえから、進み具合は何が何やら。魔法を覚えた後なら、多少は肌で感じられたんだろうが。


 食うのを止められて、やることのなくなった俺は倉庫の壁に寄り掛かった。何となく見上げる空は黒い。寒気を感じて、意味も解らず身震いした。


 その勘は当たる。数分後、湿った重いもんが降ってきた。お喋りなレイは、そいつを『みぞれ』と呼んだ。組み込まれた俺の知識にはねえ――そのことに気づいて、わざわざ雨と雪の間みたいなものだよ、と余計な講釈を垂れる。


(もっと暖かい季節なら、君も楽だったんだろうけれど……僕が無理を言ったんだ。早く家族の元へ帰りたいからって)


 視線が強制的に倉庫内の一角へ向けられた。そこにあるものを拾い、包まるようにとの信号が届く。それは最初に送られてきた、大きめの毛布だった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 どれくらい、そうしてたろう?胃が満たされ、身体も温まってくりゃ、ヒトは眠くなってくる。俺は贋物だが、それだけ造りはいいってことだ。持病の癌は別の問題。アウレア人にも違和感がねえくらい、俺達インカネイトは精密に造られてる。


 今にも寝落ちしそうだ。仕事もなく放置されたら、考えることも知的好奇心もねえ容れ物なんざ本能に従うだけ。食うのは止められてるから、独りの俺にできるのは寝ること。羊の一匹も数える前に沈んじまった。


(…再……はできな……かね?)


(無……すよ。術の発……標は彼……じになっ……ます。派手に使え……緒に凍………)


(…操……を優……たのが裏…に出……か)


 サウロンとレイの声。いつになく緊張してる。間延びというか呑気というか、どっちも普段は悠長な話し方をするくせに。


(……自力で、何とかさせるしかない)


(…ああ。我らも聖域を出たときは、命賭けの戦いに挑んだものだ)


 物騒な言葉が聞こえて、それから目が覚めた。覚醒の信号か何かだろう。疲れは相変わらずだが、意識だけは冴えてる。何があったか分からねえまま、塒の倉庫を飛び起きた。屋根の外へ顔を向ける。そこで見つけたもの。


(気をつけたまえ七十九番。あれはそちらの世界に棲まうものだ)


 息を乱すな。聞きつけられる。首が三つある馬鹿でけえ犬――そいつが小屋のすぐ傍、五十メートルの距離を伸し歩いていく。どれだけかというと、直立した俺の頭が奴の齧りやすい高さにくる。虎やリュンクス以上だ。


 そう。一見長閑なここには、得体の知れねえ化物がいる。調査中に出くわさなかったのは、俺が休んでるときマナを流し込んで解凍した範囲に閉じ込められてたからだろう。


 空飛ぶ大目玉に一本足の巨人、極めつけは蠍と獅子と人間の継ぎ接ぎなんてのも。趣味が悪いにしても、こっちの神さんは想像力が豊かなのか。


(ケルベロス、というそうだよ。神話に聞く地獄の番犬らしい。我らが新天地には相応しくない住人だがね)


 本能的に感じた。見つかりゃ死ぬ、あんなのと戦いたくねえって。


 だが逃げても食われるのは一緒だ。ここは半径百メートルの空間。なら俺達に取れる選択肢はひとつ。サウロンは術を、レイは身体の操縦を。俺の役割は……とにかく目を開けること。視点を揃えたほうが動き回るには楽。


 退治するため、俺の身体は行動を開始した。


 まず木立に隠れる。それから何か呟いた。血流が早まるような違和感。生きてるからには違うんだろう。とにかく何かを試して無駄に終わった。


 犬野郎は気づいてねえ。一瞬動きが速くなって戻った――いや遅くなった。何かがおかしい。何がどう?意識が飛びそうな?引き伸ばしたり縮めたりされてるような?上手く説明はできねえ。吐き気がする……


 足元の草が音を立てた。ここで初めてケルベロスが振り返る。


 実際には鼻を高く上げて嗅いだだけだ。まだ俺の存在には――


(くそっ!)


「っ!?」


 いきなり迫ってきた。右手を喰い千切られ、命令にねえ叫びを上げる。


 ただの悲鳴。痛みがさせる機械的反応。だが苦しかった。息が切れる。苛立つ誰かの声。動け、動いてくれ――できるかよ、考えてもみろ。本物の人間はどうだ?腕を切り飛ばされたら一撃でショック死するそうじゃねえか。


 思惑が外れたとしても、そいつは『リアルにしか俺を造れなかった』サウロンの失策。正直それどころじゃねえ。腕が飲み込まれるトコは見なくて済んだ。


(七十九番!起きて!奴を捉えるんだ!)


 うるせえ。せえ。るせえ。せえ。


 てえ。いてえ……え。てえ。


 身体が這い回ろうとする。器用に反応を窺いながら。意思は封じられても反射までは止められねえ。そいつをやったらインカネイトは機械になる。アウレア人の器として致命的な欠陥を抱えちまう。


 また違和感。いや元に戻った?痛みのほうも容赦なくなる。


 何か動いた。四、五、六、七……血に染まる怪物の口。


 俺の意識は途切れた。さすがに死んだろう、そんなことを考える暇さえなく。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 次に目覚めたのは屋根の下。爛れた皮膚が突っ張る……まだ痛え。


 動く気もなかったが、動けなかったから寝てた。不思議と腹は減らねえ。三日経っても四日経っても。いつの間にやら、違う顔の連中が増えた。


 七十九番改め三二八六一番。傷が癒える頃、新しい記号を与えられる。


 レイが初めてログインしたのもこのときだ。ケルベロスとの戦いで俺のマナ耐性は異常な数値を示し、めでたく創造主様の器候補に選ばれたらしい。記憶の共有とインカネイトの覚醒。それらの問題は認知すらされなかった。器が器に過ぎなけりゃ機密は守れる。


 俺――レイを隊長とする調査隊は、徐々に出歩ける範囲を広げていった。


 勿論犠牲はある。プレイヤーなしのインカネイトなんざ、術の発動起点か無謀に突っ込むしか能がねえから。敵が向かってくりゃあ黙って喰われる。そのとき微かな悲鳴を上げながら虚ろな目が見開かれる。生き残りはいなかった。なるべく安全な後ろに控え、ひたすら時間解凍の術を使った俺ひとりを除いて。


 やがて見通しのいい場所に怪物の影は消え、最初の都アスルタンの工事が始まる。大量のマナを纏って建築資材に軽量化の術式をかけ、そいつを奴隷共に運ばせるわけだ。サウロンがいねえときは現場監督の役割も。毎日毎日その繰り返し。


 だが、そんなある日。俺はついに覚醒した。記憶を記憶として認識し、自分が他の誰でもねえ自分と分かる。レイは取り憑いてる他人、肉体の主は俺なのだと。


 上書きされてるから、自分の意思で動いたり声を出したりはできねえ。ただしレイが寝落ちしたときは自由になった。そういうときは身体の傷みが酷く、延命用の調整槽に駆け込むまでの短い自由だったが。そんな俺の挙動を、サウロンは帰巣本能と理解した。


 記憶の共有が始まり、新しい疑問が浮かんでは自分の中から答えを見つける。それが眠ってる間も続けられた。次々襲ってくる悪夢という形で。最初にケルベロスと戦ったときの顛末も知った。サウロンが咄嗟に俺の複製を造り、囮にしたうえで焼き払った。その十人は盛土で埋められ、小高い丘になってるらしい。


 同時にレイの心も覗いた俺は、不思議と反感を覚えなかった。相変わらずサウロンには馴染めねえが。二人とも相当な地獄を見てきたようだ。


 発動体の役割を終えた後も、レイは俺を手離さなかった。


 単純に強かったからだろう。アスルタンから遠くは、まだまだ危険地帯が多い。今んトコ放っといてるが、別の目的もあるようだ。いずれまた怪物共を押しのけて、奥へと分け入るつもりなのかもしれねえ。


 記憶の共有がひと段落して。レイの仕事もアウレア側での社長業が多くなって。しばらくは平穏な日々が続いた。


 ジェイと知り合ったのもその頃になる。二つの世界を繋ぐ窓口が骨材剝き出しじゃマズいってことで、扱いやすく見栄えがするのを設計してくれるよう頼んだそうだ。


 血の気は多いが、悪い奴じゃねえと思う。起業したばかりの学生社長で、頭の固いオッサン共に嫌気が差してたらしい。感覚を仮想空間に投影する新技術が作れそうだから投資しろと持ちかければ、ほとんど全員からこんな答えが返ってきたという。



――ところでその仮想空間とやらは、いつ完成するのかね?



 ジェイにそんなもんを造る技術はねえ。サウロンやレイにしたって同じ。俺がいるこの世界は存在する実体だ。レイは歳も近いし、素朴な奴だから気が休まったのかもしれねえ。サウロンの奴が表に出てたら、グラキエルが陽の目を見ることはなかったろう。


 俺達の側もジェイを得て、商品を世に売り出しやすくなった。体感型情報共有端末マインドリンク。あるいは仮想体感ゲーム機ドリームシェア。営業が進むにつれ、世に出されるのはいつか、投資は入り用かと余計な雑音も増えてきた。


 人手を増やして急ぐべきだと機敏なジェイが持ちかけ、レイもそれを承諾した。人材はジェイが連れてくるが、金はねえからサウロンが雇う。正確にはこの頃立ち上げた会社、フェリックの社員とする。


 ジェイは社長の肩書きに拘りがあるのと、レイとは対等なビジネスパートナーでいたいという理由から、自分が興した小さな会社の代表に留まった。


 いよいよ外部へのお披露目、テストプレイヤーを募る段。


 レイとジェイは、プレイヤーに紛れ込んで客の反応を窺おうとした。そこで二人とも仮の名前、インカネイト名を考えなけりゃならなくなった。ジェイは当時知られてたアクション俳優ハンス=ゴルドウィンから。レイの奴は何を考えてか……菜食主義。好き嫌いじゃなく宗教とか信条とかそんな理由で野菜しか食わねえってアレ。そいつを後で聞いたとき、心当たりのあるサウロンは渋い顔をしやがったが。


「お前、肉食えなかったっけ?」


「いや。普通に食べるよ」


「じゃあ何で?ワケ分かんねえだろうが」


「事情があってね。当てつけてるんだ。いつまでも過去を引きずらないほうがいいって」


「女か?そういやお前、嫁さんがいるんだってな。今度紹介しろ」


「だから無理なんだって。ミスラにはいないから……君こそ家に帰ってるの?エリンさんを大事にしないと。アリスちゃんもそろそろ初等科だよね?」


「ぐっ……単身赴任のお前に云われたかねぇ。云われたかねえ、が……」


 それぞれ即席の仲間とパーティを組み、アスルタン近郊をうろついた。


 南の森には近づかねえ。あそこにはわざと狩り残した一つ目一本足がいる。いつでも殺れるが、ゲームとして考えた場合は駄目だろうと。


 βテストは滞りなく終わった……と言いてえところだが、実際はそうじゃなかった。このテストで稼いだ資産を、本番にも引き継ぐ仕様にしたのがマズかったらしい。


 結論から言うと、最後の最後で俺達は出し抜かれた。一度くらいパーティを組もうと管理者特権で得たレア情報引っ提げて野良を募ったが、集まった連中は全員グル。そろそろ着く頃合いに休みを入れたら置き去りにされた。金目の物も全部抜かれて。


 正直、殺られなかったのは幸いだった。ここが遊びと思ってる奴は、平気でインカネイトの生命を奪う。サービス開始後は、そういう輩が増える。地獄の黎明期を生き延びた俺が、ヒトの騙し討ちで?ジェイは笑ってたが、そんな気にはなれなかった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「……やめる、だって?今更このグラキエルをかね?」


「いいえ、ここまで作り込んだんです。ゲームはこのまま公表しましょう。企業向けの実験室も、これまでどおり継続します」


 久々にログインしたレイは、俺の口を借りて言い切った。話の相手はサウロン。向こうの身体は隠してあるというから、二人が会うのもしばらくぶりだろう。


「では何をやめるというのかね。仮想現実は我が社の成長分野。それとも陳腐化したメインフレーム演算、サブフレーム端末製造、遠話通信をやめるつもりかな?しかしながらこれらの分野は、今以て我が社の中軸だよ」


 経営の実権はサウロンにある。レイは表向きの広告塔と、聖域の主とかいう厄介な敵を引きつけておく囮に過ぎねえ。サウロンなら消されるだけだが、レイは何か身を護る強力な切り札を持ってるらしい。


「…やめるのは、復讐です。家族を殺されたあなたには辛いでしょうけれど……主を斃したところで何も戻りません。彼女が僕達に手を出しきれないことも証明されました」


 前提条件が崩れる。要はそういうことだ。


 二年ぶりに再会したとき、サウロンは言ったらしい。仮初めの平和だ、奴を斃さぬかぎり安息はない、と。


 元々レイは復讐なんざどうでもよかった。サウロンが恩人の息子だから、借りを返さなければと思っただけ。心の声は、そいつが今だと叫んでる。サウロンに復讐を諦めさせ、別の幸せを探してもらう。


 俺も同感だ。死んだ家族とやらには悪いし、そいつらもそう願ってるとは言わねえ。だが生きてる奴には、そうしていい権利があるんじゃねえのか。


「諦めてくれるなら、株式を返して戻ります。暮らす当てはありますから」


「……………………」


 感謝はしている。母親に命を救われて。身の立つようにまでしてもらって。だが、もう会わないでほしい。過去を忘れさせてほしい。言外にそう伝えていた。


「…分かった。君の言うとおりにしよう」


 約束は守られなかった。あのとき以来レイはログインしなかったし、俺には確認する術もねえが。グラキエルは今、恐らく奇妙な方向に進んでる。それに金を稼ぐだけなら、もっと簡単な方法もあったはずだ。


 アスルタンの魔境化。連合皇帝の妹の失踪、同盟主の捨てインカネイトがそいつに酷似してた件。同盟中世エリア本部であったという異様な戦闘。噂を拾ってるだけでも物騒なネタにぶち当たる。まず何者かの介入があったとみていい。サウロンが恐れる聖域の主か、それとも別の誰かなのか。


「…愛想の欠片もねえ酒だがな。まあ勘弁してくれや」


 小高い丘の上。最初は六十六本だったのが、百九十五本に増えた杭の前。


 エナジードリンクの蓋を開けると、俺はひとつひとつ丁寧に注いでまわった。


 どれも番号が刻まれてる。十三番から七十八番、そして繋がらねえ五桁の番号が百十九本。残る十本だけは、突き立てられたときと同じ。汚れちゃいるが真っ新のまま。


 忘れられた墓。アウレア人の間でそう呼ばれてることは最近知った。


 遠からず俺も、ここで眠ることになるだろう。埋めてくれる奴がいればの話だが。


 フェリック銀行で私書箱を開設、そこに証文と遺書を預けておく。遺体を片づけたら、貸金をチャラにして二万ドルやると。


 準備は調った。だが世の中ってやつは、何事も面倒臭くできてやがる。


「…あなたが菜食主義か?」


「……あ?何だお前。昼寝の邪魔すんじゃねぇよ……」


 念願のぐうたら生活を再開すると。マサキって名前のインカネイトが押しかけてきた。俺のことを父親とか何とか、本体はレイの娘だろう。起きがけに無言メールを出した覚えがある。他人の話を聞かねえあたり、母親はあのシンシアって女か。


 そいつには悪いが、多分父親は死んじまった。長年使った器の俺に、音沙汰もねえのがその証。まだ生きてるのなら、ここでやり残したこともあるだろう。例えばカネ、例えば仕事。苦労して築いたものを捨てるのは惜しいはずだ。


 母親が生きてることくらい、教えてやりゃあよかったか。それで来なくなるなら儲けもんだ。僅かな余生を親離れできねえガキに費やすのは気前がよすぎる。


 あれから十二日。薬を続けてるにもかかわらず、俺の身体は悪くなっていた。止めりゃ痛むし、咳に赤いもんが混じる。あとどれくらい保つか。


 マサキは高等科エリアに現れた。てことは未成年だろう。十八禁エリアに移れば、とりあえずは避けられる。逆鯖読むとかの知恵を見せたら、そのときは母親のことを教えてやってもいい。それがあいつにとって幸せなことか分からねえが。


 これでまた静かに眠れる――その期待は甘かった。十八禁エリアの正式名は無制限エリアという。そいつはつまり、出入りをするのに成人なら自由ってことだ。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「いたよ、にゃー。あそこ」


 そいつはまだガキだった。歳は十三くらい、小柄で普通にめかし込んでる。ここ数日は女難の相でも出ていたか。ここは寝たふり、騒がれちゃ堪らねえ。


 それと俺は、大事なことを見落としていた。同性の保護者がいれば、未成年でも街区の検問を通過できる。適当な女を捕まえて、マサキがここに現れねえとも限らねえ……


「…本当に噂どおりだね。イケメンだけどやる気なし」


 ふむ、と頷いて、もう一人は観察するように俺を見つめた。


 ほっとけ。やはり若い女は苦手だ。他人を無遠慮に値踏みする。そういう手合いは、若い女ってだけで自分が上にいるような妄想をしてやがるから気鬱だ。


「ケイト、見てみ?何か分かることない?」


 怯えた空気。狂犬でもいるような緊張感が伝わってくる。


「大丈夫。私がついてるから」


「う、うん……」


 背中を向けた俺の腕、微かに指先が触れて引っ込められる。それでキャー触っちゃった、伝染さないでよとか喚きたてる汚物プレイか?胸糞悪くなりかけたが違う。こっちが不安になるくらい二人とも黙っていた……ところが。


(!?……何だ?)


 嗚咽が聞こえる。ケイトとかいうガキのほうだろう。


 ますます解らねえ。無視し続けるのも限界だった。


「…誰だよお前ら。昼寝の邪魔しやがって」


「ごめん、起こすつもりはなかったんだけど……」


 私はにゃあびぃ、こっちはケイト――そう自己紹介する。にゃあびぃは二十歳くらいで金髪碧眼、まぁどこにでもいるエレン人とやらの造形だ。


「お遊びなら他でやってくれ。それと、こいつも何とかしてくれ」


 しがみついて離れやがらねえ。俺はまた父親か何かか?


「ん~……ケイト?このヒト困ってるよ。一度離してあげたら?」


「や」


「逃げたりしないって。やる気なさそうだし」


「や。兄様と一緒にいるの」


 広い意味でならインカネイトは全員兄弟と言えなくもねえ。が、それはこの女も一緒だ。俺とこいつの何が違う?


「じゃあ離れなくてもいいからさ。考えてること教えて。ケイトはこのヒトの個体情報を調べたんだよね。それで何が分かったの?」


「っ!」


 そういうことか。その言葉で俺の疑問は氷解した。


 ケイトは管理者権限を持ってる。つまりはサウロンの手先。


 緊張が表に出たのかもしれねえ。にゃあびぃはあえてケイトの隣に腰を落ち着けた。そのまま寝転がり、気持ちよさそうに背伸びをする。


「俺に何の用だ?」


「用事はないかな。見てきてほしいって頼まれただけ」


「何を?」


「連絡取ったよね?で、そっちの中のヒトが誰なのか気になるって」


 まさか調べられねえとでも?個体は特定できるくせに。どうやら権限の偏りがあるらしい。俺みてえな死に損ないともスミスのような訳アリとも違う。


 それにしても。


「リアルのことは喋んねーだろ。普通」


 真顔で固まる。


 にゃあびぃ、黙ってりゃそれなり。黙ってりゃそれなりなんだが。


 滂沱と涙を流しやがる。緊張感の欠片もねえ。


「…またミスったあああ!明らかに誘ってるぽかったから、訊けば教えてくれると思ってたあぁぁぁ!」


 まぁアレだ。こいつは多分、サウロンの駒じゃねえ。囮役のレイと違って、あいつは自分の素性が割れねえように細心の注意を払ってた。


 てことは。


 まさか、そのまさかだ。


 俺のほうこそ、やっちまったのかもしれねえ。


 無言メールを送った中で、接触してきたのはシンシアとマサキ。こいつらが確実に別口という根拠は。今も無事だと言い切れるのか?


 反射的に最後の一人をコールした。


 俺の味方と言えるのはあいつだけ。ハンスの奴は、この世界に仕組まれた悪意と無縁だ。そのくせ真相から一番近いトコにいる。


《…現在ログインしておりません。御用の方は留守番インカネイトにお申しつけください……》


「二十四時間働けるんじゃなかったのかよ!?」


 次に怒りの矛先が向いたのはサウロンだった。


 あいつこそ何してやがる。テメェの駒が監視者の手に落ちてんじゃねえか!


 嫌な予感がした。気は乗らねえがサウロンに話を訊く――いや、そもそも忘れてねえか。あいつがもう殺られてる可能性を。ケイトの涙は、どっちでも説明がつく。


「……詳しく話せ」


 気の抜けた声で呟く。あいつの生死はどうでもいい。大事なのは、この世界だ。


「話を、聞いてやる。ラフィニアの駒だろうが、それ以外の敵だろうが何でもいい。この場所を護るための力を貸せ」


 ムカつくことに、俺の推測は正しかった。


 親父が雲隠れしたこと、マサキが本物だったことを除いては。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 十日前に遡る。


「私も最初に聞いたときは、半信半疑だったんだけどね」


 サウロンがガキどもを全員連れて、開拓の最前線へ出向いたときのこと。


 全員ってからには、ここにいるケイトも含む。親父はにゃあびぃが監視者の手先――本人が言うには『元』らしいが、とにかくラフィニアと繋がってるのは知ってた。繋がってたんじゃなくて繋がってる、一度ぶっ殺されかけたそうだから驚きだが。急に連絡が取れなくなり、それでも興味を持ちそうなネタがあれば何となくメール。いずれ親父はもう勝ったつもりでいた。厭味たっぷりの勝利宣言には丁度よかったんだろう。


 そんなわけで、敵の駒と仲よくやってるケイトもハブられなかった。キング=スペイディアは連合皇帝の役目がある。『管理者の子供』総勢五十二名マイナス一、それと引率の女。遠足よろしく出掛けたわけだ。


 場所は東の未開地。同盟領の先って言ったほうが分かりやすいか。連中は開拓に無関心だったが、莫大な褒賞金がかけられてからは結構な数が宗旨替えしたそうだ。かつて世界を滅ぼした破壊神を捜せ――とは、珍しくいかにもな話じゃねえか。


 PSE――Paradime-Shift-Event、プレイヤーの間じゃそう呼ばれてるんだってな。碌に告知もしねえで世界の在りようがいきなり変わるから、まともな連中からは評判が悪い。ただし後付けで規格外の報酬が出るから、欲塗れの廃人が血眼になって狂ったように探しまわってるとは聞いたことがある。


 で、同盟幹部のエルネスタって奴から通報が入った。にゃあびぃともケイトとも知り合いかつ、協会の有力ギルドや連合メンバーとコネがある女。協会との抗争で一度ギルドを潰してから、慢性的な金欠に悩んでたらしい。


 それはさておき。破壊神の社は、巨大な地下遺跡の中にあった。


 造り自体は簡単。全長三十キロメートルに及ぶ直線の横穴が掘られ、数キロメートル間隔で地上との連絡通路がある。


「目立つから地下遺跡って言ったけど、神様がいたのは上のほうだったんだよね。ケイトから聞いた限りじゃ……学校の保健室とか医務室にしか思えなかった」


 俺には分からん譬えだが、病気や怪我があるってことか。


 破壊神と呼ぶくらいだから、あまり近づきたがる奴はいねえ。討伐隊を組織するか、それとも何かに使うか。ただのイベントで終わらせる気はなかったろう。


 恐らくこいつが最後から二番目のPSEだ。その破壊神に何かをすることで、サウロンの目的が達成される。何がどうなってそうなるのかは知らねえが、直接アウレア人の手を借りるとは急いだもんだ。それくらい現状は俺達が有利。ただしそいつは、ちょっとしたことで引っくり返っちまう、と。


「ここが他所の星ってのは聞いてるな?」


「うん。空に光ってるやつ。全然実感湧かないけど」


「そっちは贋物だ。本物じゃねえ」


 ラフィニアは何も教えなかったのか。自分の手足となる駒にさえ。


 あるいは本当に?全く気づいてねえとしたら。親父やレイ達は……理由もなく地獄の底を覗き込んだことになる。いや意味ならあったろう――お蔭でこの世に生まれてきた、俺や他のインカネイト達にとっては。


「それってどゆこと?日蝕や月蝕がランダムなことと関係ある?」


「俺も詳しくはねえ。もしかするとあるかもな」


 サウロンの行動は、ある可能性を示していた。


「…そこから先は僕が話すよ」


 スミスだった。まだ返済期限には早い。


 だが、いいところに来た。こいつの力は何かと役立つ。


「…スミスさん、だったよね。私達に何か用?」


 ケイトがにゃあびぃの後ろに隠れた。


 警戒。まるで犬か猫だ。前に揉め事でもあったのか。


「そうじゃないんだけどね。ただ……」


 ただ……何だ?妙に歯切れが悪い。


「ラフィ様が悪いヒトなのは分かってる。けどさ、そっちの知り合いもマトモとは言えないっしょ」


「信用できない?」


「ケイトのこと特別な駒としか見てないし。そういうのって嫌いかな」


「今度ライターに会ったら伝えとく。いつ会えるか分からないけど」


「要らない。私あいつ苦手だから……それよりあの遠足、部外者は呼ばれなかったはずだけど?」


 あは、と笑うだけで済ませやがった。どうせ尾けてたんだろう。


 それとライターって誰だ。とりあえずそこを……どうした、微妙な顔しやがって。揃いも揃って関わりたくねえような奴なのか。


「何ていうか、ね。助けられたと言えなくもない……けど」


「こっちは邪魔されたよ。うっかり五年も閉じ込められたし」


 最後は二人とも頷きあって同意した。


「疫病神、それか災害。こっちのほうがしっくりくるかも」


 …酷い言われようだな?


 だがまあ、そいつに悪意がないことは分かった。


 順を追って説明しろ。これからどうするかは、お前らの話を聞いて決める。何もしねえ選択肢を含めてな。


「歩きながらでいい?僕達の存続に関わることだから」


「頼めるかな。お互い見落としがあるかもだし」


 生存ならぬ存続。そいつは笑って言う台詞じゃねえ。


「あ……ちょっと着替えてくるから待ってて。この身体じゃ何かあったときヤバ気だし」


 着替えてくる?そりゃ一体どういう意味だ。


「にゃーはね、身体を三つ持ってるの」


「使い分けてるのか?」


「うん。きっと一番強いので来ると思うよ」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 話の続きをしようか。


 にゃあびぃさんは破壊神を見つけたところまで話したんだよね。


 じゃあ僕は、その次から。実際見つけたのはエルネスタさんとその仲間なんだけど。そっちも知り合いだから話しておこうかな。僕の元プレイヤーだったヒトとはすぐ会えて、五年の間に集めた仲間とは、その日のうちに引き合わされたよ。俺の苦労を無駄にしやがってとか、いろいろ難癖をつけられながらね。


 結論から言うと、エルネスタさんのギルドは壊滅状態に陥ってる。


 どうしてそんなことになったのか?理由は簡単。破壊神と呼ばれた探し物が、どこから見ても普通の綺麗な女のヒトにしか思えなかったからなんだ。


 角が生えてたり変なオーラが出たりもしてない。そんな偏見、僕達には失笑ものだけど。背が高め、雰囲気は白いほうのエルフに似てるかもね。


 とにかくそんなわけだから、エルネスタさんと仲間達は色気を出した。何なら自分達で破壊神を倒してしまおう、と。そしたら気前のいいことで有名なPSE、とんでもない額の報酬が貰えるんじゃないかって。


 付け足しておくと、彼女はケイトの知り合いだけど何も知らない。このグラキエルがただのゲームだと今でも思ってる。だから間違っても悪気はないし、彼女の行動がどんな結果を呼んだとしても責められるべきじゃないと思う。


 で。寝かされてる小部屋に最初の数人が踏み込んだ。そもそもインカネイト以外の人種がいること自体驚きだけど。だってそうでしょ?冒険者が踏み込む前の未開拓地は、極端にマナ濃度が低いから時間が凍って動かない。加えてここだけ奇妙に整ってる。生活感があるっていうか、まるで誰かが破壊神の面倒をみてたみたいに。


 で、枕元に近づいたとき。全員が一瞬で消滅した。まず前衛の三人、それから慌てて駆け寄った後衛の二人が。声も上げられなかったから、誰かが様子を見にきては消されるの繰り返し。戦いとすら言えないけど、結果として戦力の逐次投入をやってしまった。


 大勢の仲間と通信が途絶えたこと、エルネスタさんまで戻らないとあってサブマスターのデュランさんが動いた。作戦失敗、ここは撤退したほうがいいと。


 ワヤドに戻ったら、死んだメンバー達は新しい身体でログインしてた。みんなで無理ゲーがどうの、とりあえず見つけたから報酬はいただきだと盛り上がった後。デフォルトのふにゃけた筋肉を触りながら、エルネスタさんも薄気味悪そうに呟いたらしいよ。


「何だあれは?まるで五年前と一緒じゃないか……」


 理不尽な死を与える。運営の指示に従うほど被害が大きくなる形で。


 それきり、この件からは手を引いてしまった。同盟メンバーが連合皇帝とは直接繋ぎを取れないから、エルドラド防犯協会の『猫』を通じて。僕がフ……アサギの器だった頃からいる古参のプレイヤーで、アライアンスに関係なくとても顔が広い。


 『猫』から皇帝へ、皇帝から父様へ。情報を摑むと父様はすぐに動いた。ここからはケイトの話と重なるね。皇帝以外の管理者の子供にレオンと僕。レオンっていうのは僕みたいな子さ。目覚めさせた奴はアサギどころじゃなく危険だけど。父様は彼女に全幅の信頼を置いてる。ほとんど自分の代理ってくらいにね。


 ……いい加減、本題に入れ?…やだなぁ、とっくの昔に入ってるよ。ていうか、もう終わったも同然だし。


 父様がどうなったか知りたいんだろ?行方不明ってどういうことか。


 同じさ。エルネスタさん達と。破壊神の枕元に近づいて一瞬で消された。


 本体じゃないことは分かってる。本当の名前は誰も知らないし、本体は絶対見つからない場所に隠してある。だけど一向にログインしてこないんだ。


 エルネスタさん達のときと違ったのは、みんな見てたから他に犠牲が出なかったこと。すぐにレオンが指揮して引き揚げさせた。でも、どこに帰ったのか分からない。リークを期待されてる分、僕とケイトは全部を教えてもらえなくてね。


 あとヒントになりそうなのは、これくらいかな。父様が直接話した言葉。



 ――I.L.C. Reserch Institute.

 ――古の統制者『アウラ』だよ。

 ――危うく自殺に巻き込まれるところだったな。

 ――私の復讐は、ようやく完成する。



 最初のひとつは、壁の文字を読み上げただけ。


 君なら何か知らないか?ケイトも僕も、そう考えてここに来たのかもね。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「お待たせ~」


 誰だお前――という顔の俺を余所に、ケイトが喜んで抱きついた。


「お帰りアスラン!」


「この身体も久々かな。相変わらず賞金首のまんまだし」


 中身はにゃあびぃ。やはり女だが、こっちは顔つきが鋭い。


 その顔も、街を出るまで隠していた。中立エリアとはいえ、それなりに同盟メンバーはいる。アスランは昔、そいつらの恨みを買ったそうだ。


「さてと。じゃあ準備はいい?」


 スミスの問いかけに頷く。新型のケイトを除き、全員がエナジードリンクを買い込んだ。金欠テンバイヤーはアスランから借りたらしい。この女も一筋縄ではいかねえと思うが、そこは面白そうだから黙っとく。


 道中、ケイトとアスランは喋り通しだった。


 スミスの話を伝える意味もあったが、無関係なのも多かった。食い物、流行りの服、男の趣味……等々。最後の一つは男がいるとやりにくいし、男のほうもいたたまれなくなるのが普通。最近の若い奴らに俺の常識は通じねえようだ。


 レイの奴はよく保った、いやあいつは妻子と別居状態だったから違うのか――余計な感慨を覚えながら知ったのは、ありとあらゆるケイトの好みが、多分にアスランの影響を受けていることだった。


「それにしてもよ……歩きにくいったらねえな」


「文句言わない。見た目アニキのくせに」


「そういう問題じゃねえ。退路を確保しなかったのか?」


 草木が伸び放題の道は、もはや道とは呼べねえ。それでも明らかに人工物の黒い舗装が、こいつを道だと教えてくれる。加えて大勢のアウレア人が数日前に通ったばかり。草の丈が低い場所を選んでいけば、まず迷うことはあるまい。


「…おい。ありゃ何だ?」


 しばらく進むと、空中にいきなり文字が並んだ。



 [VAROITUS] LÄPIKULKU KIELETTY

 Vaatin sinulle perääntyt,pikaisesti.

 Et peräänty,hyökätä.



 俺には分からん言葉で書かれている。前のときも同じことがあったのか。


「さあ?僕は見なかったけど……」


 スミスの答えをケイトが即座に否定する。


「…あったと思う。父様は読めたのかも」


「ん~……これさ、言い方かなり厳しいよ。まんま教科書どおりだもん」


「あ?」


 全員がアスランのほうを振り返る。


「…警告、進入禁止。あなたに、立ち去ることを?今すぐ……単語レアだから難しいな……要求します、か。立ち去らなければ……攻撃します、って」


 マジで驚いた。意外と博識らしい。


「あれが読めるのかよ?」


「一応、帰国子女だから。ニウェウス語とアトルム語はできるよ。ツォン語は苦手だけど」


 立ち去らなけりゃ攻撃する?随分な物言いだ。


 しかし。


「ここから先は俺達で行く。お前はどっかに隠れてろ」


「……………………」


 ケイトは俺の忠告を無視した。初から従うつもりはなかったらしい。ILC研究所――斜めに傾く入口の塀には、そんな文字が刻まれている。


「…『変わらざるもの』よ。此方は統制者の干渉を拒む……」


「…『変わりゆくもの』よ。時の進むこと惑わざるべし……」


 俺が眠ってる間に広まった技で、名はそれぞれ『法術レクサルス』『創術クレアラス』。プレイヤーの反逆を恐れてか、『言霊殺し』は管理者専用だ。


 もっとも例外はあるらしい。この技術をサウロンに与えた女。そいつが何を考えてるかは、つるんでる連中も今ひとつ分からねえという。


(まあいい。誰が何をしようと、アウレアさえなくなれば……?)


 強烈なマナの気配が弾けた。


 何ともねえ。悪ふざけかとアスランを睨んだが、心外そうに首を振る。


「…何だってんだ?」


「攻撃だね。結界のお蔭で助かった」


 次は分かりやすい攻撃が来る。身構えた途端、いきなり熱線が浴びせられた。


「ぅわちゃちゃちゃちゃッ!」


 一つや二つじゃねえ。全身への十字砲火。俺達は密集隊形だ。全方位からの攻撃なんて真似、できるもんなのか。宙に浮かぶ盾で身を護りながら、アスランが叫んだ。


「見えない端末を使ってる!とにかく動き回って!」


「何で攻撃が通るんだ!」


「直接マナを使わないからだよ。ビットシステムは、稼働に必要なエネルギーだけをマナの力で生み出すんだ」


「歪んでるな?んなもん考えた奴は……ってぇ!いきなり何しやがる」


「別に。前見てないと殺されるよ?」


 盾の欠片で殴られた。大きさの割に痛え。あのくそガキは燃やされて死ね。顔を隠しても、あんだけ震えてりゃ分かる。


 ケイトはアスランの後ろ。盾が無数に分かれ、不規則な動きをしては爆音と光を弾き返している。自走式の防御端末らしい。


 アスランはというと、飽和攻撃を繰り返していた。火力はねえが必ず当たる。問題は俺達も避けようがねえってことだが。そこは耐熱の術式でやり過ごす。にしても気になるのは、やたら叙情的な言霊の字面。あれは大袈裟で恥ずかしいとか、それは大上段に構えすぎとか。傍から見れば妄想狂、よくて稽古中の大根役者。唇を尖らせて不貞腐れたところを見ると、そういう自覚は一応あったらしい。


「……定型句だから、しょーがないんだよ」


「だよねえ。僕達、贋物の魔法使いだし」


 そんなわけで俺は上位技術の真言法中心だ。あれは記述式だからバレないうえ、口述式の言霊は意図的に詠唱を伸ばしてある。それも効果が大きいほど無駄に。ゲームバランスは勿論、普通のプレイヤーに『言霊殺し』を禁じたのと同じだろう。


 資質ある術者なら『統制者よ希う』の一言で足る。世界の真名を知っていれば。ただしそのためには、自分の命を削ってやるしかねえ。


「…セレスよ希う。俺にマナを集めろ」


 こいつは賭けだ。上手くいけば全部片づく。


 アウレアの統制者『アウラ』を起こす。そいつが親父のやろうとしてたこと。


 統制者を失った世界は消滅する。霧のように晴れるのか?悪夢のように余韻を残すのか?そいつは知らねえ。とにかく俺は、レイの記憶を通してサウロンから教わった。


 ケイト達新型のインカネイトは、調整槽がなくても死なねえ。アウレア人の裏返しじゃなく、自然に育まれた本物の魂を持っている。アウレア人を追い出したとしても、この世界は滅びねえ。ケイト達の呼び込むマナだけで、この世界は充分やっていける。


 不確定要素は危険だ。法術や創術、精霊術をもたらした女のこともある。その件については、親父も同じ考えのはず。生かしておいたら、いつ寝首を掻かれるか。長年捨て置いたとはいえ、息子の複製に引導を渡されるなら本望だろう。


「囮は任せた!俺は本体を叩く!」


「りょーかい!」


「うん。気をつけて」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ひび割れた舗装は、未だ草の芽を抑え込んでいる。


 一番デカい建物の、扉に医務室[medical-room]と書かれた小部屋。遠くからでも解るよう、壁と垂直に名札がつけられてるらしい。


 高密度マナの加速を活かし、追い縋る無数のビットを振り切った。攻撃態勢ができたときは圏外へ逃れている。一度標的から外れれば追ってこねえ。あいつらが決まった命令どおりに動いている証拠だ。警備を指揮する奴がいれば、あからさまな囮は放っておく。その代わり深く侵入した命知らずを狙う。


「さて女神様よ。どちらにお休みあそばしますか……?」


 幸いなことに、内部の表示は全てエレン語とアトルム語の併記だった。ニウェウス語はどこにも見当たらねえ。先程の拡張現実は、ここを造った連中と無関係なのか。


 入口付近に間取図を見つける。医務室は……あった。結構近い。ただし隣の棟だ。これじゃ視線が通らんから、各個撃破されても伝わらねえ。


 一度外に出て入りなおす。問題の部屋はすぐ見つかった。


(この先に統制者が……?)


 そいつを目覚めさせれば、アウレアは元の岩塊に還る。


 問題はその後だ。目覚めた統制者が、もう一度同じ真似をできるのか。自分の意思で自分を犠牲にできるのか。だとすればグラキエルがアウレアから生まれたように、グラキエルを踏み台にして第二のアウレアを創るかもしれねえ。


 災害と呼ばれる女の手を借りればできるだろう。だが、もしも――アウラ本人が統制者になる方法を知ってるとしたら……?


「…セレスよ希う。不合理な死から護れ。お前以外の統制者に触れさせるな」


 マナの微動に包まれる。毅然とした女の声で分かりました、と言われたような。空耳じゃねえが本物でもねえ。そんな気がしただけ。


 堂々と近づく。ドアは開けっ放しになっていた。


 先客がいたからだろう。ノブには抉じ開けられた形跡がある。エルネスタ達に訊いておくべきだった。あいつらが最初に来たときはどうだったのか。


 さて、まずは一番簡単な方法から試してみる。


「…朝だぞ女神様――――ッ!起きろ――――ッ!」


 起きねえ。女神様も変わったことも。


「朝飯だぞ――ッ!今日はお前の好きな……林檎の素焼きパイだ―――ッ!」


 本当かどうかは知らん。アトルムとやらの伝承にあると親父から聞いた。


「……………………反応なし、か」


 躊躇っても始まらねえ。構わず踏み込む。



 ――password?



 扉を潜る刹那、また拡張現実が。もはや今更、無視する。


 寝台は二つあった。そのうち奥の窓際のほう。そこに女が寝かされている。スミスの言うとおり、なかなかの美貌。しかも生気がある。正しく寝息まで――快眠と言えるかどうかは判らなかったが。


 統制者システムとは、人格を封じてモノ扱いする技と思っていた。


 それより性質が悪い。こいつは今も夢を見ている。見させられている。何百万のヒトが蠢く、無遠慮な悍ましい夢を。何百年、千年。もしかしたら数千年も。


 言葉にすれば、そんなことを感じ取った。


 外の入口と同じように、またマナが弾ける。セレスの加護が効いてるらしい。アウレアの奴らは、セレスの名を知らねえ。グラキエルを含む、こちら側世界の統制者――サウロンの親父とレイ、その器だった俺だけが知っている。連中は幸運だった。自分達の世界を自分達の手で壊さずに済んで。


 だが状況は変わった。親父が消え、事情を知るレイも死んだとすれば。このまま時計の針を進める。アウレアと断絶し、これ以上の干渉を防ぐ。箱庭が壊れるのを見物したいなら見せてやる。その代わりグラキエルは俺達のものだ。


 ナイフの鍔が鳴った。こんなのでもヒトは簡単に死ぬ。


 狙いは喉元、外す心配もねえ。俺は苦しむ兄弟達を何度も介錯してきた。


「……悪ぃな」


 こっちも仲間の命がかかってる。


 掲げた右手を、容赦なく振り下ろした。

―――AEに係る会議要旨復命


日時  平成四十一年三月七日 午前十時から午前十一時四分まで

場所  ILC研究所管理棟 一〇一会議室

出席  ILC研究所/田之倉玲理事長、ハムザ=オズディル振動粒子研究室長、セラフィナ=カスキ主任研究員、後島緩葉主任研究員

    アメリカ合衆国/エリオット=ロウ技術大佐、セフェリノ=コト陸軍少佐

    ヨーロッパ連合/カリスト=ミラノ技術大佐、リネーア=フランソン陸軍中尉

    日本国/胡座満

復命者 外事部外国課特種係長 胡座満



 平成三十九年九月十一日復命の統制者適性について、ILC研究所田之倉玲理事長より所属研究員に係る試験結果の報告があったもの。


 適性レベル2:セラフィナ=カスキ主任研究員

 適性レベル1:西都原昌男研究員、アナスタシア=ネヴラキス研究員

 適性なし  :田野倉玲理事長、ハムザ=オズディル室長、後島緩葉主任研究員、ヴァ ルマ=ルースア主任研究員、ウド=バール研究員、白石真琴研究員


 平成三十九年九月十一日復命に記したとおり、『統制者』と仮称する技術を危険なく運用するには、適性レベル3以上が推奨される。調査範囲を拡大すれば適格者が見つかるものと考えられるが、本件は極めて重大な機密を含むため、不特定多数の被験者を募ることは好ましくない。よって、本研究は凍結とし、新たな課題をプレゼンターより受け取る目的でのみ、カスキ主任研究員が起動するものとする。なお、従事者の安全に配慮し、フィンランド語を解するルースア主任研究員又はフランソン米陸軍中尉若しくはフランソン欧陸軍中尉を立ち会わせることとした。

 また、加速器の出力増強に係る我が国の分担金について、与党幹部の内諾を得たことを報告。各国代表と協議のうえ、文部科学省に対し、実験用電力の自己完結化及び耐震強靭化を名目とした補正予算の要求を要請することとした。

 次回協議の日程を確認して終了。




日時  平成四十一年四月七日 午前十時から午前十時十七分まで

場所  ILC研究所管理棟 一〇一会議室

出席  ILC研究所/田之倉玲理事長、オズディル振動粒子研究室長、セラフィナ=カスキ主任研究員

    アメリカ合衆国/セフェリノ=コト陸軍中佐

    ヨーロッパ連合/カリスト=ミラノ技術大佐、リネーア=フランソン陸軍中尉

    日本国/胡座満

復命者 外事部外国課副主幹 胡座満



 アメリカ代表より、AE研究の拠点をアメリカ国内の米軍研究開発基地に移転したいとの提案。ヨーロッパ連合代表も同意する由。具体的な候補地は未定だが、現在のILC研究所における機密保持が不充分であるとの主張による。

 しかし、同研究所は既に警備を各国軍属に変更しており、かつ、生活必需品の搬入及び施設管理も直営により行っている。よって、アメリカ代表の指摘は当たらない。この点は田野倉理事長及びオズディル室長からも疑義が示され、一層の警備強化を図ることで、ひとまず議論を打ち切った。次回協議の日程を確認して終了。



日時  平成四十一年五月七日 午前十時から午前十一時二分まで

場所  ILC研究所管理棟 一〇一会議室

出席  ILC研究所/オズディル振動粒子研究室長、セラフィナ=カスキ主任研究員、ヴァルマ=ルースア主任研究員

    アメリカ合衆国/セフェリノ=コト陸軍中佐    

    ヨーロッパ連合/カリスト=ミラノ技術大佐

    日本国/胡座満

復命者 外事部外国課副主幹 胡座満


 アメリカ代表より、改めてAE研究の拠点をアメリカ国内へ移転したいとの提案。外部の研究者すら受け入れを断っており、機密保持の観点では説明がつかない。

 上記の点を問い質したところ、コト陸軍中佐は自らが全権であることを繰り返すのみで合理的な説明はなかった。ヨーロッパ連合代表は完全な沈黙である。

 また、AE研究を今後はアメリカ単独のものとし、これまでの正式参加国はオブザーバとしてのみ関与を認める旨、併せて通知された。現在のオブザーバ参加国については、一切の関与を拒否するとのこと。事実上の独占であり、ロシア及び中国を意識したものと推察される。次回協議日程を確認して終了。

(疑似アカシャのノイズ発生により閲覧中止)

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