表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の中のリアル  作者: 五月雨
Account-List 6
25/34

Intermezzo Engagement

 永遠に生きられるのなら、努力してもいい。

 消えるものを積み上げても仕方ないけれど、

 世界の終わりは見てみたいから。

(閉塞史観のプラグマティズム)


 魔都。この場所が新しい名前を得て五年が経つ。


 この街を支配する魔法使いが、他所から資源を引き込もうとして失敗した結果の有様だ。時間を動かすにはマナが要る。それゆえ求めたのだが、何事も過ぎれば毒。受け取る座標に間違いがあり、広く市内に拡散してしまったのである。


 住人が望んだのではない。『処刑人』または『人形兵』と呼ばれる彼らは、互いを傷つけあうのに夢中。自分達のいる場所がどこかなど考えたこともあるまい。


 元が何であれ、今は単なる衝動の塊。原型を失ってなお形を保てるかぎり膨張を続け、最後には周囲の全てを喰らい尽くす。己が取り込んだのか、それとも取り込まれたか。見る者によって答えは違うという。


 万分の一の確率。そのような二つが偶然、近くにいた。


 丈はどちらも五メートル。片やヒト型、片や四足獣型という違いはあれ。互いを認識するなり、両者は争いを始める。周囲の者達を巻き込みながら。多量のマナを浴びて異形となった者達に、まともな生存本能はない。ただ動くものに引き寄せられるだけ。


 三日も続いた頃。それは唐突に起こった。ヒト型の腕が魔都で最も大きな建造物にめり込み、撥ね飛ばされた獣型がその近くに激突した。


 白亜の壁は崩れ、開いた穴から内部が覗く。幅一メートル程度の扉が隙間なく並び、こちらは中の様子が見えない。しかし、何が入っていたのかは明らかだった。巨神達に打ち砕かれたあたりには、粘りつく赤いものが残されていたから。


 このような状況下で、彼は目を覚ました。


 窮屈な二立方メートル足らずの空間。周りは木の壁に囲まれている。その一角に小さな隙間、身体を縮めて力を溜め、思いきり蹴飛ばす。壊れかけていた扉は、鈍い音を立てて転がった。そこから出るなり、青年は空気の悪さに顔を顰める。


「何だよこれ……前より悪くなってるんじゃないか?」


 げんなりとした様子を隠さない。が、すぐ表情を改める。危険が差し迫っていることに気づいたからだ。幸い今は、その危険が他の危険を引きつけている。幸運が重なれば、あるいは脱出できるかもしれない……


 そのとき、更に派手な音が響いた。同じ部屋の圧潰を免れた反対側。思わずぎくりとして、巨神達の反応を伺う。


 二体は争いをやめていた。生存本能を失くしても、刺激への反射は残っている。獣のやることは、率直さにおいてヒトの赤子と変わらない。


(やばっ……!)


 扉は開かなかった。このままでは自分も巻き込まれる。


 見捨てるべきか。咄嗟の思いと裏腹に、身体は真逆の行動を始めていた。


 叩けば壊れそうな部分がある。内側からでは力が入りにくいそこを、斥力の奇跡で狙い撃った。扉が吹き飛ぶと同時にヒト型の拳が殺到する。殴り潰された調整槽から間一髪、勢いよく転がり出たのは黒髪の素早そうな男。


「…危ねえ。死ぬかと思ったぜ」


 命の恩人を振り向きもせず、巨神共を睨みつけた。


「菜食主義だ。お前は?」


「スミス。ねえ、それって名前なの?」


「うっせ。とにかく切り抜けんぞ。お前も手を貸せ」


 五年前。スミスが眠りに就いたとき、これほどの怪物はいなかった。菜食主義のほうも同じ、いやもしかすると更に酷い。彼の相棒が姿を消したとき、少なくともアスルタンは今のような魔境でも廃墟ですらなかったはず。


 一体、何があったのか。知っていそうな奴に、二人ほど心当たりがある。そいつらに話を聞く。まずは、それからだ。


「俺が引きつける!乗ってきたら、あとは上手いことやれ!」


 無茶だった。実質的には何も指示していない。隙を作るからどうにかしろ――大雑把なうえに他力本願。半ば呆れつつも、やるしかないのは分かる。生き残るにはどうしたらよいか、少ない時間で考える。自分だけ助かる選択肢は、早々に捨てた。いつか迎えに来ると言った相棒に、無様は晒したくなかったから。


 上手いことやれと言われたが、スミスの扱える魔法は一つしかない。


 先程使ってみせた『斥力』。創術クレアラスと呼ばれる分類に属し、物質と四つの力を司る。極めれば時間さえ支配できるという。


 だが、今この手にあるのは殴り技だけ。加えて混沌の怪物には、力学的な攻撃が効きにくい。だとしても動きを封じるくらいはできるはず。


(…あれを使うか)


 頑丈そうな柱の数本に目をつける。元より建築に詳しかったわけではない。相棒の男がいたとき、他の誰かと語っていたのを聞いたことがある。向こうの土地では大理石造りの建築が珍しいそうだが、それでも基本的な構造は変わらないという。


 あとは運だ。囮が役目を果たせなければ、その時点でスミスも終わる。幸い他の処刑人は減っており、壁を伝って一階へ降りるのに邪魔は入らなかった。


 落ち着く暇もなく、二体の巨神と追われる兎を窺う。兎は逃げるのに必死だ。しかしその兎は、ただ怯えるだけの哀れな獲物ではなかった。


「セレスよ希う!あの化けモンを躓かせろ!」


 ヒト型のほうが転ぶ。腰から二階の床に嵌まって動けなくなる。もがく腕を躱しつつ、今度は獣型が迫ってきた。元より前傾姿勢、転ばせるのは難しい。が、相手は魂を失った容れ物だ。となれば、石か矢を防ぐのと同じ手が使える。


「セレスよ希う!あらゆる物体は通ること能わず!」


 獣型が見えない壁に激突して悲鳴を上げた。生存本能も失くしているため、懲りずに何度も同じことを繰り返す。徐々に間合いを詰められているが、比例して向こうの身体にも大きな傷が増えてゆく。ヒト型も似たようなものだった。自分の身体を傷つけながら脱し、獲物を追いかけては再び大理石の床と壁に嵌まっている。手数が空いたときは、魔法の火で巨神達の顔や腕を炙ることも忘れない。


「セレスよ希う!セレスよ希うッ!セレスよ希うッッ!」


 後を尾けながら、スミスは男の素性に考えを巡らせた。


 気になるのは彼の魔法。先程から同じ言葉を連呼している。


 法術レクサルス創術クレアラスとも違う。あれらは『場』に働くものだ。一方の精霊術スピリタスは、声に出したり文字で書いたりする必要もない。


(あそこで寝てたからには、インカネイトじゃないかと思うけど……)


 とりあえず考えるのは後。そろそろ巧いことやらねばならない。どこを突けば崩れるか、逃げる時間も稼げるか。スミスは巨神達を生き埋めにするつもりだった。あれを力ずくで倒すのは無理。ここまでの動きを見るかぎり、菜食主義も解っている。


「…あの柱。これと、それと、あれ」


 全部で四本。聖堂を支える最も重要な柱が、周囲と自分の重みにより崩れてゆく。


 軽量化の術式は施されていなかった。以前この場所で事故が起きている。意図的なものゆえ、どちらかと言えば事件だが。あまりの巨大さから建材を軽くしていると見抜き、細かな振動により一部を崩落させた者がいたのだ。


 創造主はインカネイト達を見捨てていない。主にとっても不本意だったのだ。いつか連れ出せる日のことを考え、できるだけ自然の重量に戻しておいたのである。


 果たして目論みどおり、巨神達は瓦礫の中に生き埋めとなった。その事実が二人の間に、また新しい別の問題を生む。


「………おい。コラてめぇ」


「どうしたの?早く逃げないと、また起きてきちゃうよ?」


「んなこたぁ解ってる。俺が訊きてえのは、俺ごと巻き込んで片づける気だったんじゃねえかってことだ。イエスかノーかで簡潔に答えろ」


「ノーに決まってるじゃない。もっとも」


 スミスは意味が分からないというふうに肩を竦めた。


「運が悪ければ、そうなるかもくらいには思ってたけどね?」


「やっぱり思ってたんじゃねえか!」


「運が悪ければ、だよ。君、異常に素早いし。それver.3.0以降の術式だろ?僕と同じ旧世代にしては、使える種類が多いよね?」


「…………………」


「どこ行くのさ?っていうか当てはあるの?」


 やはり答えない。そのまま廃墟の大路を歩いてゆく。駆け寄って並ぶと、スミスは屈託のない笑みを浮かべた。


「僕はスミス。解凍士だよ。改めてよろしく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ