My dear, your daddy thinks……
冒険者が三名、廃墟を突き進んでゆく。
ここはアスルタン。かつて始まりの都と呼ばれた場所。
「あんたの娘さんがいれば、楽だったんだがなぁ……」
長剣を操る男がぼやく。速さ重視の軽装タイプ、背中にも目があるのではと思う神反応が売り。魔法を織り交ぜつつ、迫りくる人形兵を巧みに押し返す。呑気に聞こえるが、息は割と上がっている。このまま戦い続けられるのは、持って一時間というところ。
「連れて来たいと思うか?リアルにも影響しかねない場所へ?」
大剣を振りかざした男が、諭すように言う。こちらも軽装だったが、一応金属鎧だ。部分鎧を改造し、胸部や膝など特に重要な部位だけを覆っている。他は合成樹脂か皮革製品に差し替えており、獰猛なだけの筋肉脳ではないことが窺える。
「…それもそうだ。俺だってステラを巻き込みたくはねえ」
父親達の背中を護りながら、残る一人の女はくすりと声に出して笑った。俄然、片割れが疲労も忘れて噛みつく。
「あっ。こいつ笑いやがったな。何がおかしいのか説明してみろ」
女はひらひらと片手を振りながら、愉快そうに言い返した。
「いえいえ別に。何でもないわ。本当に何でも」
「んなわけあるか!今こいつ絶対に笑ったぞ。社長からも言ってやってくれ」
「社長はよせ、肩が凝る……それより道が空いた。この隙に突破しよう」
雲霞のごとく押し寄せる異形の群れ。挑むこと一時間、その努力がようやく報われつつある。『始まりの都』改め『魔都』アスルタン。ここで五年前に災いが起こり、繁栄を極めた都は一夜にして混沌の坩堝へと変貌した。
魔剣士アサギは、かつて別の姿で旧市街へ戻り、そこから正常にログアウトしている。そのとき置いてこざるを得なかったインカネイト『スミス』の生存を確かめるため、新しい仲間と共に死地へと舞い戻ったのである。
戦士ハンスの場合、事情はもう少し複雑だ。やはり行方不明の友を捜すためだが、恐らくもう死んだものと諦めている。それでも力を貸すのは、壊れかけていた娘との関係を修復してもらった恩があるから。加えて娘共々命を救われれば否応もない。そして何より彼はこの仮想世界『グラキエル』の開発者兼、運営会社のCEOだった。
「退いて。念押しに一発」
マナを凝縮し、人形兵の群れを包み込む。マナとは可変性の結晶であり、閾値を超えると周囲の時間を置き去りにする。人為的に時の最果てを超えさせられた物質は、この空間から消えて見えなくなった。世界は厳密な貸借関係により成立している。失われた質量に見合うだけの熱や光が放たれるべきなのだが……それも街はおろか、大地を丸ごと吹き飛ばして釣りが来るくらいの。
クラリスは考える。ヒトの故郷で研究された理論は概略を摑めた。しかしマナに関わる技術だけは、どうしても理解できない。『プレゼンター』と仮称される存在が生み出し、彼女の遺伝的原型セラフィナ=カスキに与えられたもの。そう頼む、あるいは命じればそうなることを知っているのみ。よく解らないものを便利だから使っているという意味では、神と呼ばれるクラリス達も当世の人類と大した違いはない。
「さ、急ぐわよ。あまり長くは持たないから」
削られた空間は即座に繋ぎ合わされ、一瞬前とは違った並びの建物だけに奇蹟の痕を見ることができる。逆に道を塞いだこともあるため、取り扱いには注意が必要だ。
大手ギルドが軒を連ねた商業地区を抜け、いよいよ中心街へ。ここは官庁街とでも言うべき、三大アライアンス支部と聖堂が鎮座している。財貨目当ての遺跡荒らしなら商業地区で捕まるところだが、三人の目的は違う。予定より早く今回の作戦が行われたのも、思いがけずして二つの事情が重なったため。
一つは、あるハイランカーの集団が商業地区にいるとき、奥のほうから爆発とも圧潰ともつかない轟音を耳にしたこと。アスルタンが魔都として再開放されて以来、一度もなかった変化である。クラリス自身、事件直後の荒れた状態を見てはいるが、そのような現象を起こしそうな原因に心当たりはなかった。ゲームマスターであるサウロンに訊いてみても、ここは現実と同じだから何があっても不思議ではないと煙に巻かれるばかり。結局業を煮やした彼女は、燻し銀を二人連れて踏み込んだ次第である。
(……状況は、どうかね?)
「まだ何も分からないわよ。連絡を待てと言ったでしょう」
小声でやり返す。クラリスがサウロンと繋がっていることは、他の二人に内緒なのだ。アサギの本体は若さを、ハンスの本体は無二の親友を奪われたものと信じている。誤解の部分もあったが、完全な間違いというわけでもない。
注意を受けてなお、サウロンは引き下がらなかった。
(言い直そう。身体の具合は、どうかね?レオンには別の用を頼んだから、新しい器を用意したのだが……)
「そちらは良好。無駄口叩かないだけ、あの子より楽かもね」
笑う。この肉体はマナ被曝が少なく、アサギやハンスと同じように未だオリジナルの人格が芽生えていない。
先を行くアサギが、ちらりと視線を向けてきた。そこに微かな疑念が含まれているのを見逃さない。命のためとはいえ、彼は一度不本意な形で連れ去られている。それゆえクラリスを口で言うほど信用していなかった。彼女が妹と呼ぶ娘を巻き込んだことは、内心苦々しく思っている。そのアイシャが弁護してくれなければ、どうなっていたか。ハンスにしても状況は同じ。何か重要な秘密を隠していると、薄々ながら感づいている……
(命懸けでランディがくれた幸せ。いつまで守り通せるのかしらね)
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三人が予想したとおり、聖堂の壁は一部が吹き飛ばされていた。
現場を見れば何となく解る。原因は特異な変異を起こした二体の混沌。元は人形兵か処刑人だろうが、それにしても大きい。ここまで育つとなると、余程マナに対する耐性が強かったとみえる。居合わせられなかった事実に、サウロンはさぞ口惜しがるだろう。
「……もう死んでいるな。いや、これは殺されているのか……?」
「違うだろ。それにしては、傷跡が小さすぎる……」
どちらも微かな打撲傷があるだけだった。弾力に富む混沌の魔物を、鈍器で仕留めるのは不可能とみてよい。刃物とて簡単ではないのだが、恐らく怯ませるためにやったもの。目的が何にせよ、ここまで来て怪物に挑んだ者がいるのだ。結果として流れ弾が建物に当たり、調整棟の一部を損壊した。
問題は、その場所。何の偶然か、ここはスミスの調整槽が置かれていた部屋に当たる。幸いにも潰れておらず、おまけに中身は空となっていた。デジタルデータが支配する贋物の世界ではない。となれば、考えられることは……
「……あいつ。自分の足で出ていったのか?」
「分からない。そういうことがあり得るのか……いや、あり得るのだろうな。娘のイスカやレオンのことを考えるなら」
パートナーペルソナシステム。器たるインカネイトが自由意思を持つ仕組みのこと。このシステムが導入された時点で、スミスは覚醒の条件を満たしている。
議論を続ける仲間と離れ、クラリスは別の調整槽を調べていた。
名前は『菜食主義』。もっとも表札はないゆえ、闇雲に当たっても分からない。頼んできたサウロンの情報提供により、どれがそうなのかは事前に摑んでいる。果たして目指すべき調整槽は、スミスのものと概ね変わらない様相を呈しており。
「…発見。目標は既に離脱。生死不明」
(そうか。ならば噂が本物という可能性もあるのだな……)
以後、サウロンは静かになった。そのほうがクラリスにとっても楽である。仲間の元へは戻らず、現場を俯瞰しつつ、検証を続けた。
菜食主義とスミスの調整槽は、概ね同心円上に位置している。中心は倒れた二体の魔物。その争いが飛び火し、調整棟を破壊したと考えて差し支えなかろう。問題は何故、ここまで来た冒険者が無謀な喧嘩を売ったのか。グラキエルの秘密を知る何者かが、同じように昔のインカネイトを助けにきた?それは考えにくい。しかし……
儲け話に繋がるとは思えない、のである。純粋な名誉心から挑戦した可能性もあるが、どこから情報を手に入れたのかという疑問は残る。
「…やはりサウロン。あなたではないの?適当な冒険者をモノで釣って……」
(人聞きの悪いことを言わないでほしいな。私は、ヒトの心を弄ぶ真似などしないよ。どこぞの神を気取る、陰険な監視者と違ってね)
「ニアを悪く言わないで。あの子なりに悩んでいたのよ」
(どうすれば君に最高の世界を贈れるか、だろう?)
この話は終わり。どう足掻いてもクラリスの分が悪かった。判明した限りでさえ、ラフィニアの所業は正当化できるものではない。サウロンのほうも分かっているらしく、これ以上敗者を追い詰めることはしなかった。
(…エルドラドの菜食主義は、オリジナルと思うしかない。だがレイ君は死んだのだ。となると動かしているのは誰なのか……)
「自然に目覚めたとは考えられない?」
(難しいね。彼のインカネイトは最初期型だ。活動時間が限られている。癌化抑制剤を使用しても、調整槽なしでは二十日がいいところだろう)
「プレイヤーのほうは洗ってみた?」
(ユーザ名は『レイ=アルフォード』。面白半分のなりすましが)
「…当たってしまった。そんなところね」
口座の残高が地味に目減りしているという。
それにしても、パスワードまで抜けるとは考えにくい。アウラのアカシャを握るラフィニアなら、時間をかければ可能と言えるか。
「大丈夫。手掛かりならある」
(その件は君に一任しよう。レイ君の遺児を庇護できれば。彼が殺されたことについては、君も私も一定の責任があるからね)
責任。かつて一身に背負い、結局最後は潰されてしまったもの。
全てを何とかしようと考えるからいけない。時には放置すら必要な場合もある。それが元の人生における失敗から学んだこと。
自分の手が届く範囲しか、ヒトは責任を持てない。いや手が届く範囲ですら、何もできないことが珍しくない。所詮は自己満足に過ぎないものを、他人にまで求めるから話がややこしくなる。
マサキ=アルフォードの庇護はサウロンの都合。クラリスの都合ではない。手を抜くつもりはないが、失敗したとて非難される謂れもない。
疲れてしまった。今の自分を見て、尊敬する父はどう思うだろうか――きっと叱られるに違いない。叱られるだろうが、それでも案じて、愛してさえくれるだろう。私欲に塗れた自分を、クラリスは恥じ入りながらも認めてきた。
(潮時なのかもしれない)
これ以上生き永らえるのは。七百年過ぎたが、そのこととは無関係である。
この五年間――アイシャやアリス達と知り合ってから、クラリスは存分に『生きる』ことができた。普通の恋だけは無理だったが、それは仕方がないものと諦めている。一生を添い遂げられぬ人外の身、おいそれと浅はかな真似をするつもりはない。
またランディとラフィニアが揃って消えたため、大きな争いの種はなくなっている。サウロンは不安材料の一つだが、彼はアウレアのアカシャを使えない。最強の矛がなければ、最強の盾だけ持っていても。いざとなればアウラ本人が動くだろう……
「おーい。そろそろ帰るぞ」
不意に呼びかけられ、思わず身震いする。子供返りしていたのか。人間クラリス=ヴェルファーシアは、そういう臆病なところもある少女だった。
「また忙しくなるな。我々は仕事に戻らねばならないが」
「いや、俺は大丈夫だぜ。大統領からコッチの調査も任され……あ」
「聞き捨てならないわね。もう一度殴りに行かないといけないのかしら?」
男達が笑う。不穏な心の裡を悟られずに済んだらしい。
顔に爪を立てる。それで少し落ち着く。だが、ほんの少しだけ。首と肩にも似たような痕が残っている。レオンの身体には、何度同じ傷を刻んだか。
「……………」
背中を追いながら。不自由な女神は、そっと溜息をついたのである。
――約束……して。私をもう、ひとりにしないって。
なお心の裡に留め置かれたままだった。




