Incarnate01 Leon
「何してるの!『帰還のオーブ』持ってないですヵ!?」
猫耳の獣人が丸い宝珠のようなものを取り出す。思わず身構えたけど、武器の類じゃないみたい。それを高くかざすと、転生の神殿がある方角へ飛んでいった。
危なくなったとき、調整槽まで緊急避難するための道具。凄く便利だけど、別に珍しいものじゃない。旧市街を出たことがあれば誰でも持ってる。早く使ってよ!という心の声は無視された。上空では見えないスピーカーが喧しく鳴いている。
《……これより緊急メンテナンスを実施いたします。ユーザの皆様は、聖堂の調整ルームから速やかにログアウトしてください……》
早く逃げようよ。その叫びは何度も無視される。そして元から知っていたように、私の身体は小さな物音を振り返った。マナ中毒を拗らせた人達に囲まれる、片付けを諦めて逃げることにしたらしい給仕姿の女の子。
やっぱり分かってたみたいに全員を殴る。蹴り飛ばす。千切っては投げる。この程度じゃ傷つかないけど、心が痛んだ。私と彼らの間に根本的な違いはない。ただ死ねなくなっただけで。誰に教わらなくても直感で分かる。
私は影だった。この世に生を享けたときから。
自分を定義づけるものは、自分の中に存在しない。どこからか別の魂が降りてきて、私の心は縛りつけられる。声を出せなくなる。身体の自由が利かなくなる。感じている意識すら、私のものとは違う色に染められてしまう。
「急ぎなさい。ここは私が持つから」
「は、はい。すみません」
慌ててエプロンを探ると、助けられた女の子はオーブを掲げた。華奢な身体がふわりと浮いて、猫耳さんと同じ方向へ飛んでゆく。その間も話をしながら、魂だけの人は私の兄弟達を痛めつけていた。
「…こういうことだったのね。通常回線を開いておけって」
これ以上はやめて――ようやく声が届いたのか、身体は動きを止めてくれた。その代わり、今度は何のことか分からない独り言を始める。
「先に言いなさいよ。何のためのバックアップなの」
かと思えば、しっかりと力強く頷いて。
「……ある。さっきの子、聖堂でもまた襲われる」
共有する記憶を介して、私にも状況が呑み込めてきた。魂だけの人は、あの女の子を助けるつもりらしい。放っておけと言われたけど、それじゃ何となく後味が悪くて。
「袖触れ合うも多生の縁。出会いは神の、別れは人の何とやらってね」
そういう感じは嫌いじゃない。できるだけ思いやりを大切にしようって考え方は。でも正直なところ、私の身体は限界だった。屋根伝いに街中を走り回って、猫耳さんを捕まえたときにはボロボロ。少し動いただけでも死にそうなほど痛い。
帰還のオーブを掲げて、私達も調整棟へ向かった。もう一度女の子を助け、丁寧にお礼を言われて。オマケの願いごとを安請け合いする中の人に私が腹を立てて。
「…仕方ない。もうひと頑張り……しますか!」
頑張るのは私。あなたは勝手に他人の身体を壊してるだけ。
魂だけの人は私の身体に……いいやもう、まどろっこしい。私は隅から順番に、調整槽を調べ始めた。さっきのシオメアという名前の女の子が、どうやら人を捜してるらしい。名前はスミス、市内冒険者をやってる男の人。三個目の調整槽を確認した時点で、私達は眉間に深い皺を刻んだ。
「何よこれ……そもそも名前がないじゃない!」
覗き窓は不透明。個体を表す番号『ゆーざあいでぃー』の刻印もなし。これでは調べようがない。不機嫌に唸る間も、病気の兄弟達が次々押し寄せてくる。
「……分かった。とりあえず戻る。他にも課題は沢山あるしね」
右腕の筋肉を揉み解しながら、中の人は答えた。なるべく戦いを避けて離脱し、また屋根伝いに郊外の西へ。
「でも、少しだけ待って。彼らとの縁だけは、忘れずに作っておかないと」
どうにかやってきたのは、城壁の上にある天空広場だった。階段の途中に身を横たえ、申し訳ばかり束の間の休息。優れた身体能力を持つ兄弟達も、ここまでは登ってこない。簡単な応急手当てを済ませ、そのまま息を殺して待つ。
やがて二人組の女の子達が現れた。一人はローブに杖、残る片方は……ほとんど普段着と変わらない。でも動きは素早かった。筋肉がどうとかじゃなく、身のこなしが上手。そのあたりは私の中にいる人も一緒だけれど。
「…ごめんね、アイシャ。約束を破って」
見たこともない術式で天然マナの塊を消し去り。近くにいた男の人を凍れる時間の中に閉じ込めた。よく解らないけど、あれがシオメアの捜していたスミスさんらしい。
女の子達にも容赦なし。圧倒的な力の差を示して、最後に本体がいる場所や名前などを見抜いてみせる。細心の注意を払い、それらの情報が刻まれた金属板を取り違えて投げつけた。しかも小柄なほうが出遅れるように、わざと軌道を狂わせて。ローブの人が相棒を刺したときは、一体何が起こったのかと驚いた。
小さなほうの子が息絶えたのを見届けると、私はアスルタンを後にした。恐ろしく淡々としていて、自分がしたことの意味を解っているのか不安になる。裏切り、仲間割れの誘発。更には脅迫。とても褒められたものじゃない。
それからミロスへ、調整槽でひと休み。長い長い一日目の終わり。
数日後に来たときも、不可解な行動は変わらなかった。行きずりの重剣士を捕まえて酔い潰し、財布を盗んだかと思えば足りない分を払ってあげる。とんでもない金額が書かれた小切手は、バーテンさんに頼んで持ち主へ返してもらった。
翌朝、ある人をホームの前で待ち伏せ。アスルタンで戦ったローブ姿の女の人。情報収集がてら、悩みの相談に乗ってあげたりして。あのとき殺した小さな子が仲間の仇と知り、それなのに仲よくなったとか。自分があまり驚かなかったことのほうに驚く。
また何日か空けて、今度は追われるように連合の首都へ。途中で知らない人を助けたり、山賊を追いはぎしたりしながら日暮れ前に到着した。いいヒトなのか悪いヒトなのか、相変わらずよく分からない。あくまで勘だけど、彼女には何か目的があるようだ。
夜光都市イーサ。決して眠らないと評判の、世界で一番大きな街。
そこで私は、信じられない光景を目撃する。
☆★☆★☆★☆★☆
「…はいはい起きて。寝たふりしても分かるからねー」
深夜の王城。気怠そうな女の声が響いた。
言うまでもなく私。忍び込んだ謁見の間で、玉座に眠る皇帝の額を殴りつけたのも。
「…む……おぉ……」
「お目覚め?グラキエル史上初、正真正銘のNPCさん」
くわと覚醒した。眠りを妨げられた怒りが呪詛となって私を襲う。
「『動ける』『眠くない』『声美人』。えっと、それから……」
声が綺麗なのは私。いや違う、そんな話じゃなくて。
面倒臭くなった私は、場所を問わず打ち据えた。血を吐いて跪くまで、それはもう徹底的に。乱暴を働いて何になる?相変わらず考えが読めない。
「男は女と口喧嘩をしても勝てないのよ。もっとも……」
前髪を払いながら悠然と勝ち誇った。
「私は普通の喧嘩でも、滅多に負けたりしないけれどね」
その割には息が上がってる。何度か打ち返された部分が黒く痣のようになって痛い。
剣を持たなくても、この有様。私は武器を使わない。つまり今ので全力だった。双方が本気で戦ったらどうなるか。考えただけでぞっとする。
智慧の力でマナの流れを確認。皇帝スペイディアからも少量のマナが湧き出している。
正直、かなり驚いた。アウレア人を宿さない限り、私達インカネイトは混沌界のマナを引き込めないはずなのに。
「やはり彼には魂がある。記憶の抽出が無理でも、それならやりようはあるわ」
動けないよう玉座に縛りつけて癒しの奇跡を起こした。すかさずマナを注入すると、スペイディアの瞼が開く。寝惚けてるようだったけど話はできるらしい。私に訊ねられるまま、奇妙な質問に答えてゆく。
「自分の名前が分かる?」
「あなたの親は何という人?」
「いつ、どこで生まれたの?」
中でも一番分からなかった質問がこれだ。
「…自由になりたい?」
未来を縛る全てのものから。囚われてなければ、こんなこと訊かれたりしない。身体を乗っ取られた私なんかより、スペイディアのほうが自由に見える。
「……そう。東へ行けば、あなたを造った人に会えるのね」
最後の質問には答えなかった。
彼も分からなかったんだろう。自由とはどういうことか。今と何が違うのか。
スペイディアの視線は、もう空ろな硝子玉ではなくなっていた。相変わらず無表情だけれども、私達が来る前よりヒトらしくなったような感じがする。
中の人は気づかなかった。それが嘘をついてる人間の目だってことを。
☆★☆★☆★☆★☆
数日後。私は虫の息だった。東の町で変な武器を使う人と戦い、手も足も出ないままやられてしまった。これで終わりか、そう覚悟したけど死ななかった。ここへ来る途中、休憩の度に知らない言語で何か暗誦させられたことを思い出す。イスカさんとウゥヤさんが驚く前で、意識不明の重体があっという間に健康体へ戻ってゆく。
「……やっぱチート。リアルのほうも同じなの?」
「ええ。自前ではないけれど」
「ランディって人?それとも他の誰か?」
黙殺して周囲を見渡すと、まだ二人ほど倒れていた。
男のほうは知ってる。あまり親しくないけれど、確か一緒にお酒を飲んだことがある。女のほうは見覚えがなかった。どちらも命に別状はないらしい。
「…っ痛ぇ……アスランの奴はどうした?ってお前!あのときの」
「Hi,お久しぶり。フェリック本社の見学以来ね」
「……あれを見学と言うのか?不法侵入と呼ぶべきだろう」
「それより何があったのか教えてください。ハンスさんとエルネスタさん、レオンさんを倒したアスランさんがケイトちゃんを攫って逃げた――状況は考えるまでもなく明らかですが、正直そこまでの力が彼女にあったとは思えないのです」
「宙に浮く盾のようなやつ以外に、明後日の方角から光線を撃たれた。あんな装備は聞いたこともねえ。エルネスタよ、お前の人物評は間違っていたみたいだぜ」
軽装の女性騎士が項垂れる。でも次の瞬間には、顔を上げて弱々しく反論した。
「……あいつは……アスランは、私を撃つとき謝った。チートだけなら、どちらか一方でよかったろう。きっと何か事情があるはずだ」
「あれば納得するのかよ、お前は?不意討ちで殺されかけても」
「それはっ………する、かもしれないし。しないかもしれない……」
しっかりしろ、と檄を飛ばそうとしてやめた。エルネスタさんの相棒が近づいてくるのを見たからだ。それは自分の役目じゃないと思ったんだろう。
「チートはレオンさんも一緒です。ウゥヤさんだって規約違反者ですし。今更発覚しても人間関係に亀裂が入るとは思えませんが……?」
「イスカ、そいつは違う。納得してるのは俺達だけだ。えりっち女史のことは知らんが、少なくともエルネスタと『深紅の大熊』の連中は違反の類をしたことがねえ」
すすっと身を寄せてきて、ウゥヤさんが囁いた。
「…面倒だよね。まっとうなプレイヤーってさ」
私には何のことか分からない。苦笑を浮かべると愉快そうに言い返す。
「あら?きっと向こうもあなたのこと、そんなふうに思っているわよ」
ぎくりと固まったのを見て、また声を出さずに笑う。
「…さてと。ここは外れみたいだし、そろそろ行くわね」
逃げようとした私達を、今度こそと三人がかりで捕まえる。
「待ってよ。散々引っ掻き回しといて、それはないんじゃない?」
「同盟との休戦は御破算だ。責任取ってもらえるんだろうな?」
「納得がゆくように説明してもらいます」
ここでようやく、私も状況が呑み込めてきた。
魂のヒト本体の名前はクラリス。ハンスさんとイスカさんは父娘。ウゥヤさんは実は男の子。この四人は向こう側でも知り合い。いろいろあったけど、今は一応仲間みたいな感じになってる。争うことはあっても本気の殺し合いはしない、って感じ。
向こうの世界で事件があり、クラリスはその犯人を捜してる。元はあちら側のヒトだけど、複雑な策を弄してグラキエル側に隠れていることが分かったらしい。
それは私達インカネイトばかりか、この世界を造り出した人物。目覚めたばかりのスペイディアは父と呼んでいた。少なくとも男だと分かる。ただ気になるのが、どういうわけか昔話に登場する魔王『サウロン』を名乗っていること。
「…何か手伝えることは?」
「消化不良なんだよね。一方的に助けられるってのはさ」
「それなら……」
ケイトを見つけたら教えてほしい。またアスランが投降してきたら、とりあえず殺さないでおくこと。話を聞くのも私達が到着するのを待ってから。
どうもクラリスには、父様以外の大きな敵がいるようだ。そちらは感づかれないよう細心の注意を払っている。その敵は父様とも争っていて、もしかするとクラリスは漁夫の利を狙ってるのかもしれない。
「一応メアドを渡しておく。贋物ではないから安心して」
イスカさん達とフレンド登録。同盟の三人は、支部の惨状を収拾するので手一杯だった。攫われたのが盟主なら、攫ったほうも同盟所属のギルドマスター。しばらくゴタゴタ続きで身動きが取れないだろう。私とクラリスは、この隙にワヤドの町を脱出した。
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「どういうつもりかしら?」
「どういうつもり、とは?」
「騙したわね。東の町にグラキエルの創造主はいなかった」
かれこれ五分、押し問答を続けている。
前回来たときより、スペイディアの魂は輪郭が明瞭になっていた。
もう自力でマナを引き込める。クラリスが手を貸したとはいえ長足の進歩。あのケイトという子より、もしかすると完全なヒトに近いかもしれない。
「ますます親の顔が見たくなったわ。精霊術を使えないことも悔やまれるわね」
「私は使えるのだが……?」
「あなたの魂を覗くのよ。あなたの力を借りてどうするの」
さすが皇帝の名を与えられた大物。こんなことを言われたら、普通はもっと嫌そうな顔をする。何にしても、嘘をついた理由はまだ答えてくれてない。
「ケイトと私とでは、生まれ育った環境が違う。私はアスルタンの地下研究室、あの子はどこか別の場所だ。最後に生まれた一人だけが、現在の父の居場所を知っている」
時間を空けると他へ移ってしまう。東の町へ行けば会えるというのも、あながち嘘ではなかったわけだ。
「厄介なのに攫われた。犯人は運命の監視者とその下僕。多分、ここの造物主と私を会わせないようにするのが目的だと思う」
そこまで恐れられてるなら会っておくべき。仲間のヒトも同じ意見だという。元の世界を出歩けなくなったため、どうせなら本腰を入れて探してみようと思い立ったらしい。
でも困ったことに、ケイトがスペイディアとの交感を拒絶している。
協会と同盟には、それぞれ指名手配してもらった。だが人口の半数を占める連合のメンバーには知り合いがいない。間接的にも動かせる相手は皆無。しかし、よくよく考えればいるじゃないか。名目だけとはいえ、最も大きな力を持つ究極の操り人形が。
「あなたが檄を飛ばせば、プレイヤーはイベントが始まったと勘違いして動くわ。非公式アライアンスが先になったけれど、彼らの情報網が優れていたということで。クリア報酬は私が用意するから、もっともらしいお告げの台詞を今すぐ考えて頂戴」
お飾りの皇帝が演説を行う――その噂は瞬く間に拡がった。
土曜日へ日付が変わる十五分前、西の開拓拠点『夜光都市』イーサ。中央広場に面した連合支部前では、普段この街に住んでいる以上の数が集まっていた。目的は言わずもがな、連合皇帝スペイディア。協会と同盟の人達も、このときとばかり新しいインカネイトと契約した。敵国の都を本体で訪れるのは危険だからだろう。
このグラキエルに暮らす全てのインカネイトを統括する皇帝の詔に曰く。
一つ。皇帝の妹ケイトが行方不明になったこと。
二つ。見つけた者には報酬を与える。詳細は秘密だが、やや特殊な魔法の力。
三つ。ケイトは何者かに連れ去られたのかもしれない。かつて人類を混沌界へ追いやった邪神の力が増大しており、その奇跡を操る下僕の存在には充分注意すること。
意外と早く成果が出た。第一発見者は、どこかで見たことのあるような猫耳獣人。といっても急拵えのせいか何となく作り物っぽい。
報酬はスペイディアから手渡した。実装予定の新技能という触れ込みで。
物質と重力及び生命を操る『創術』
空間と自然界の法則を弄ぶ『法術』
八大元素と自然現象を司る『精霊術』
これらの適性キットから一つ選ばせる。勿論、複製や使い回しはできない。
罠の惧れも警戒して、最初はネフラさんが確かめてきた。ひと悶着あったものの、とりあえず情報どおりケイトとアスランを確保。私達が着く頃には父様の居場所を聞き出していて、そのまま北の未開地へ足を延ばすことになった。
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「……言っとくけど、絶対謝らないよ」
天下のお尋ね者は、再会するなり言い放った。
「先に不法侵入してきたのはそっちだし。あんたが来なければ、ケイトをワヤドから連れ出す必要はなかったんだ。エルネスタにこいつを見られることも。大体、邪神の下僕って何?ラフィ様が悪いヒトかなんて、正直今でも分かんないっての」
口喧嘩ならクラリスも負けていない。
「過剰反応したのはそちらでしょう?そもそもグラキエルに法律なんてあるのかしら。実効性皆無のお願いだけよね。ビットシステムのことも自業自得としか言えないわ。壊れやすい関係しか築けなかった、あなた自身の責任だもの」
いつになく厳しかった。
クラリスだって、そんなに余裕があるわけじゃない。
凄く焦ってる。一刻も早く。とにかく急いで。そうしないと……?
初めから存在しなかったように、みんな跡形もなく殺されてしまう。
今までなかったほど、クラリスの意識が明瞭に流れ込んでくる。
「…早く行こ。兄様のところ」
ケイトがアスランの袖を引く。少し我に返ったアスランも行くか、と答える。当然のようにネフラを向いて、二人の表情は凍りついた。
「お前達だけで行けるな。俺はレオンを補佐しなければならない」
毒気のある生温い視線が二つ、私の顔を貫いた。約束が違うとケイト。口に出さないけどアスランも一緒だ。二人にとってはネフラの存在に意味がある。それを知ったクラリスが、自分の苦境を素直に打ち明けられるか。
友達に捨てられた?甘えたい人に拒絶された?それとも気づいてもらえなかった?何もかも背負い込んで、積み上げた心の壁に臆病風が吹いてる。
「行ってあげなさいよ。私は一人でも大丈夫だから」
……駄目だった。相変わらずの強情な見栄っ張り。無駄に演技が上手くて、ネフラはあっさりと騙されてしまった。アスランとケイトは「イケメンゲットぉ!」「いけめん、げとー?」なんて無責任に言い合ってる。
「早く戻ろう。できれば待っていてくれと言いたいところだが……」
「無理なのでしょう。実験が終われば、造物主は次の場所へ移ってしまう」
私達だけで行くしかない。互いの無事を祈ると、北の未開地へ踏み込んでいった。恐れて誰も近づかない濃霧の魔境へ。
独りになると、クラリスが疑問を口にする。
「ケイトは何のために生み出されたのかしら?」
分からない。父様が何を考えているのか、そんなの気にしたこともない。
「本人は楽しくやっているし。ま、別によいのだけれど」
また黙々と歩き続ける。風に乗って何かの音が聞こえてきた。
あれは……狼?いいえ少し違うような……違和感の正体は、すぐに分かった。私の周りに集まってくる獣の群れは、狼より大柄で声を出さなかった。
それは体長がヒトと同じくらいある。元が犬のくせに頭だけがリュンクス並みの大きさ。口は耳まで裂けていて、ひと息に食べられそうな感じが怖い。ただし異様な進化には反動が付きもの、喉が腫瘍で完全に埋められている。
要するにこいつは、獲物を喰いちぎっても呑み込めない。濃密なマナの下でしか生きられない動く屍。あちらの世界では古くから存在したこと、ケイオスハウンドと呼ばれる変異動物だということを、流れてくるクラリスの意識から何となく知った。
「…こう数が多いと……っ!」
猟犬の腹を蹴り飛ばしながら愚痴る。
「どれだけマナ泥棒したのよ。あの紛い者はぁ!」
手足が爛れてきた。白い闇に紛れて、どうやらマナの霧もあったらしい。
魔法は使い放題、けれど完全に破壊するまで犬共も動き続ける。殴ろうが蹴ろうが手応えのない不気味な柔らかさ。どこからか補充してるんだろう、使っても使っても濃度が下がる気配はない。事態を切り開く答えは、となれば自ずと決まってくる。
「『変わりゆくもの』、我が双脚に倍する力を。『誰にも見えない、我は虚無が如く』」
尻尾を巻いて逃げる。
無茶でもやるしかない。獰猛な刑吏達の追跡を躱すには。
わんわん。ばうわう。はうはう……はうはう?
「…『変わらざるもの』。纏わる重力子を余剰次元へ!全部!」
同時に蹴り飛ばした。大地を、その反動として自分の身体を。
物凄い力。全身の骨と筋肉が砕けて破れて、思わず上げたくなった悲鳴を押し殺す。
騒いじゃ駄目。騒ぐと見つかってしまう。一秒でも早くマナの霧を抜けないと。猟犬達の包囲から逃げないと。ケイトは平凡な子だった。あの子が育った実験場は、少なくともここよりまとものはず。戦えなければ死ぬような環境じゃない。
仰向けのまま首を回した。山を越え谷を渡り、景色が信じられない速さで流れてゆく。
「………………っっ!」
クラリスがかけた自動治癒の魔法も、深く傷つけすぎたせいで追いつかない。少し動いただけで叫びたくなるほど痛む。でも大丈夫、まだ声が出せるから。
とりあえず。今の、ところは。
☆★☆★☆★☆★☆
まっすぐ突き進んでいた。天空の彼方へ向かって。
そろそろ下りたほうがいいような。さすがに寒くなってきてる。
「『変わらざるもの』。汝の干渉を解き放て」
身体に重さが戻った。がくん、と仰け反って強く軋む。痛みに歯を食い縛りながら、着地の準備を慎重に調える。
「『変わりゆくもの』。重力低減、万が一の如し」
風に運ばれて漂う。北向きの偏りが幸いした。このまま飛び続けていれば、安全に治癒を待ちつつ空から実験場を探せるだろう。
「…見つからないわね」
痛みが引かなかったから、一昼夜かけて身体の向きを変えた。俯せ――というのもおかしいけれど、今は背中が上でお腹が下。地上は濃い霧に阻まれて見えにくい。視覚的な探索は諦めて『智慧の力』を発動。熱源が発する見えない光?を捉える仕組みとか。
これもクラリスの意識から流れてきたもの。グラキエルの外から来た魂だけのヒトは、そういう不思議な知識を持ってるのかもしれない。つまり改めて考えるまでもなく、父様はアウレアという場所からやってきたヒト。私と同じ一つの生き物。
それはそうだ。私やスペイディア、ケイトにとって特別な存在でも。全知全能の主だって生まれる前の自分を造ることはできないんだから。
依然、ケイトの実験場は見つからない。でも今は、それより気になることがある。空へ上がるときは忘れてたけど、思い出してみれば当たり前の事実が。
調整槽を離れてから、そろそろ七十二時間が経つ。眠気も何のそののクラリスじゃなければ、まず起こり得ない問題が起きたこと。
身体が治らないのだ。正確に言うと、治る傍から変な膿が洩れてきて。痛痒いというか気持ち悪い。少しずつ感覚がなくなってきてる。寒さで麻痺したのとは違う感じ。もう掻くことさえ難しかった。早く実験場を見つけて調整槽に入らないと。
「もう少し我慢して。そろそろ最後のエリアを調べ終えるから」
クラリスが申し訳なさそうに呟いた。
「やはり無茶だったかしら。ケイトやスペイディアとは違うものね」
独り言にしては、妙に心が込められている。
相手は誰だろう。ネフラかアスラン?ユーザの感情は伝わるけど、音で聞こえない遠話もあるから実際に誰と話してるのかまでは分からない。
「返事は……ないか。こちらから連絡するって言ったのに」
ランディという名前の、アウレア側にいる男の人のことが浮かんだ。いつも冷たくて、だけど本当に危ないときは助けてくれる。この感じからすると、クラリスはその人のことが好き。なのに温かい気持ちは欠片も。醒めてる、というか諦めてる。
自分は本物じゃないから。贋物?作り物?よく解らないけどそういう。見捨てられてもおかしくない。彼の目的を考えるなら、確実性と効率を重んじるなら、無視されて当たり前。いろいろ悩んでる。一見雑そうなクラリスも。
と、『智慧の力』センサーに感。ヒトレベルの動熱源反応が……五十一。
明らかな村レベル。父様は実験を終わらせなかったようだ。ケイトが上手くいったから増やしてみようと考えたのか。広い意味では弟妹だけど、何となく複雑な気持ちがする。ケイトやスペイディアと同じ、その子達はヒトとして完成に届きつつある。私達出来損ないの、ひ弱で不完全なインカネイトとは違う。
最初は必要だから造られたはず。でも今は?これからはどうなのか。わざわざ遠くから会いに来た失敗作を見て、父様は一体どんな反応を示すだろう……?
「『変わりゆくもの』。重力低減、段階的解除。軟着陸を試みるわ」
私の不安も知らずに、緑の大地は少しずつ視界を埋め尽くしていった。
☆★☆★☆★☆★☆
「何?どうしたの?」
「ヒトが降ってきたってよ」
「行ってみようぜ!」
仰向けに落ちた私の周りへ、三人の子供達が集まってくる。目許の優しい女の子と、活発そうな男の子が二人。土遊びが大好きなのか、手足や顔にまで泥がついていた。寝転んだまま動こうとしない私の顔を、興味津々あるいは心配そうに覗き込む。
残りの四十八人は遠巻きに眺めている。すぐ現れると思った父様は、どうやらここにいなかった。呼んでもらう手もあるけれど、まずは自分の目で確かめたい。ケイト達のこと、弟妹達のこと、自分のこと、それ以外のいろいろなこと……
どうにか起き上がると、大きいほうの男の子がこんにちは、と挨拶を寄越した。
「あ……はい。こんにちは」
戸惑いながらも応じ、子供達の高さに視線を合わせる。このとき私は改めて思った。自分達インカネイトが何のために造られたのか、一度も深く考えなかったことを。
「お姉さん、だあれ?この村に他所のヒトは入れないはずだけど?」
女の子が訊ねてくる。どう答えたものか一瞬悩む。
ケイトの友達と答えてみた。すると女の子が二人、遊んでいた輪の中から呼ばれてやってくる。どちらも年齢はケイトと同じ、およそ八歳というところだろうか。
「……知らないよ。私、旧式に知り合いはいないもん」
「私も。どうしてそんな見え透いた嘘つくの?」
この村にケイトは三人いて、もう一人は風邪を引いて休んでるらしい。思い当たる節でもあったんだろう、クラリスが改めて二人の名前と村での役割を訊いた。
「ケイト=クラブマン。お仕事は鶏と牛の世話だよ」
「ケイト=スペイディア。巡回衛視……今は父様に護られてるから、全然やることがないんだけど」
拗ねたような口調が可愛らしい。もう一人はケイト=ダイアル。『智慧の力』で物資を管理するのが役目だという。
そして私達の知るケイト=ハーティリー。彼女の名前を出した途端、どこか警戒するようだった子供達の雰囲気が柔らかいものに変わる。四番目だからケイト、王侯貴族だからスペイディア。なるほどね、と頷く。
「あなた達こそ何をしているの?こう言ったら失礼だけれど、何もないところだし」
首を傾げると、互いに顔を見合わせて同じ意味のことを言い募った。
「ニンゲンになるんだ。凄いだろ?」
「大人になったらね、父様と一緒に悪い神様を殺すの」
「僕らは、早く大きくならないといけないんだ」
「……そう、なの………」
よかったわね、と頷くわけにもゆかず。ただ順繰りに頭を撫でてやる。それでも三人は嬉しそうだった。思わずいたたまれなくなり、長閑な風景に視線を飛ばす。そうしながら私は、自分が見たものについて想像を巡らせた。
実際に考えたのはクラリス、私は彼女の後を追うだけ。知らないヒトや土地の名前も含め、そのまま言葉にすれば大体こんな感じか。
思うにグラキエルとは、アウレアの一部に造られた箱庭の実験場。
人目を避けられる辺境でありながら、さほど人里からは離れていない。
候補として考えられるのは、リトラ共和国と小人族自治領の間にあるウンディーネ生息域。無数に浮かぶ島々のうち、大きめのものを利用しているのだろう。
クラリスはグラキエルとアウレアが地続きじゃないかと疑っている。
でも、それはきっと間違いだ。簡単に侵せるものを父様が精魂込めて造るはずない。何か仕掛けがあるのだ。神様でも行き来を拒めるような、とんでもない何か。
そっと目の端を拭う。次の言葉は、私の弟妹達に向けられたものだった。
「ここを出ましょう。微温湯にいてはいけないわ」
広げた両腕が痛い。その反動で脇腹や腰、膝、腿の筋肉も。屋根の上を異常な速さで走り回ったから。猟犬達を撒くために、無理な力で空高く飛び上がったから。
そろそろ捨てられる。私が動けなくなっても代わりはあるから。まだ壊れていなくても、飽きたら造り直すだけのこと。
「……あ」
膝が崩れた。いよいよ限界。
クラリスは私に苦笑を浮かべさせた。別に可笑しくなんかないのに。自嘲的な――けれど温かい気持ち。助けてやりたい、自由にしてやりたい。絶対に認めたくない。断じて受け容れられない。こんな理不尽を許してなるものか。
行き倒れを心配して、他の子供達も集まってきた。
このまま眠っていれば終わる――そう言いたくても身体の自由がない。クラリスは右手を挙げて子供達を宥め、どこか休める場所はないかと訊ねた。嫌な汗をかいた顔に、ぎこちない微笑みを浮かべながら。
「あるよ。私達のおうち。来て!」
☆★☆★☆★☆★☆
辿り着いた家は、私にとって見慣れないものだった。細かく寝室が分かれていて、何より一番大切なはずの調整槽がない。その代わり厨房や風呂場など、プレイヤーホームとかいう建物には必須の無駄な設備が調えられている。
私達にとっては、調整槽こそが本来の寝床だ。七十二時間に一時間は入らないと、全身が赤黒く爛れて死んでしまう。インカネイトの身体は、そういうふうにできている。例外はなかったから、誰も不思議に思わなかった。アスランみたいに携帯用の調整槽がなければ、街を離れて遠くへ出かけることはできない。
「…この場所と、この子達のデータだけでも……」
変色した手足を引き摺りながら、またランディというヒトの名前を呼ぶ。返事がなかったのか、深い喪失感のようなものが伝わってくる。
「……動力、なし。配線設備、形骸。いかなる近代工学的機能も…見つけら、れない。単なる石と木、原始的な丸太小屋と結論づけられる……」
クラリスは、それでもまだ諦めたりしなかった。醜く腫れた口腔で途切れがちな言葉を発する。
腐臭を放ち、完全に動かなくなった脚。腕より早かったのは血流量と心臓からの距離によるのか。肥大した肉腫が弱った皮膚を破り、赤黒いものを溢している。あと数時間で腕も上がらなくなるに違いない。
ここに座り込んでから十時間。私にとっては、まさに地獄の責め苦だった。
痛みによる覚醒、気力の鼓舞。動けなくなるのを遅らせるために、彼女は時々私の身体を打ちのめした。私の感じる痛みは、全部そのまま彼女にも還る。そこまでして何をしたいのか。狂気の沙汰としか思えない。
泣きたくなった。どうしてこんな目に?あなたの想いは、あなただけのもの。
納得できない。耐えられない。こんなことなら死んだほうがマシ。いいえ、それ以前に……生まれてなんかこなければよかった。
気絶して身体が自由になることもあった。けれど私にできたのは、寝返りを打とうとして失敗することだけ。これは私の身体だから、順番として私が先に意識を失う。
子供達も近寄らなくなった。譫言を呟きながら右手だけ動かす血塗れの肉塊。そんなものを見たいと思う子はいない。諦めてイーサに飛べば助かったかもしれないのに馬鹿な人。そもそも本当の身体じゃないから、どうでもいいだけなのか……
平穏な暮らしの羨ましさ。仲間と一緒にいられることへの妬ましさ。広い世界を教えてあげられない先達としての不甲斐なさ。そもそも自分は助かるのか、それともこのまま……?同情。嫉妬。不安。恐怖。その全部が入り混じった気持ち。
「…い、やだ。死にた、く………」
虚ろな意識の中、私は覚悟を決めた。
(でも……仕方ない、のか、な…………)
生まれて二六〇時間。短い生涯だったけど、別に後悔はしてない。
戦って勝って。戦って勝って。戦って負けて。戦って逃げて。
恵まれた弟妹達と出会って。他愛もない話をして。
(あ、れ……?)
何を後悔すればいいのか、それさえも分からなかった。
☆★☆★☆★☆★☆
「……死んだのかな?」
「多分。ずっと目を覚まさないし」
「死ぬところかもしれないよ。まだ顔が赤いもの」
幼さの残る声。きっとあの子達のものだ。言葉が聞き取れなくても内容は分かる。
死んだ者は土に還す、それが自然の掟。いずれ私は荼毘に付される。悪意のない証拠に、腐敗が進んだ私を寝室から追い出したりはしなかった。
前に目を覚ましてから……何時間が過ぎたろう。動けないのは相変わらずだけれど、こんな状態だから今もクラリスがいるのか判別しようがない。
かなり酷い姿だと思う。感覚は麻痺しているのがせめてもの救い。このまま燃やされたとして、あるいは何も感じないんじゃないか。
それでも勘弁してほしい。生きたまま焼かれるのは。どうしても避けられないなら、せめて意識がないとき。それくらいの慈悲は願わせてくれたって。涙が頬を伝う、その感触も分かった。こんなになってさえ、私はまだ生きている……
「ほう。これは珍しい」
男の声。早熟にせよ子供のものじゃない。
「ログインから百時間近く経過している。にもかかわらず病状は七十時間程度。極めて貴重なサンプルと言えよう」
喜んでる。あなたは誰?私をどうするつもり?
「ここには調整槽がなかったな。しかし、これなら間に合うかもしれん」
男のヒトは何かをしている。途中で子供達の甲高い声も混じったけど、話の内容は聞こえない。少なくとも言い争ってるのではなさそうだ。
「これでよし……と。三日も待てば充分だろう。それまで誰も近づいてはいけないよ?」
はーい、と元気な声。何か教え諭したらしい。同時にえー、という不満そうな響き。これで分かったのは、少なくとも男のヒトが子供達に好かれてるということ。
父様だ。根拠はないけど、直感的に理解する。
安心していいのかもしれない。そう思いたくて、私は両方の瞼を閉じる。もう二度と目覚めない恐れがあるのを知りながら。
眠り続けた。不思議とお腹は減らない。喉も乾かない。調整槽の中にいるときの感覚と似ていた。もしかして助かる?その思いが眠りの底へ誘う。
再び微睡の浅瀬へ浮かんだ頃、私は奇妙な夢を見た。
クラリスが私の存在に気づいている。そしていろんな沢山の話をする。身体を貸してくれてありがとう、とか。美味しいものでも食べに行く?とか。
私とクラリスは、いつの間にやら別々のヒトになっていた。まるで仲のいい姉妹みたいに、冒険へ行ったり街で遊んだり。無茶ばかりするクラリスに私が文句を言う。酒癖の悪いクラリスに不平を洩らす。どっちが姉でどっちが妹か分からない。それでも……
いつか、こんな毎日が送れますように。気づけば、そんなことを願ってる。
――大丈夫。心配は要らない。
誰かの声。耳元で囁くように。いいえ身体の内側から。次々と言葉が浮かんでくる。
――【ハートの4】を見つけたとき、こうなることは読めたはず。眠らないヒトの家には、ベッドも枕も存在しない。今更遅いけれど私の考えが浅はかだった。
悔恨。自責。でもそれより深くて大きい……喜び、あるいは満足?
――インカネイトに人格が宿るなんて。神様の存在を信じたくなるわ。
「あなたは誰?」
耳慣れた声に驚く。私は、自分の意志で言葉を発したのだった。
手足の感覚が、ある。これは夢なんかじゃない。
――クラリス=ヴェルファーシア。あなたの肉体に間借りしている者よ。
☆★☆★☆★☆★☆
「よいしょ……っと」
身体を起き上がらせた。思いどおり動くか、ゆっくりと確かめながら。
急拵えの調整槽を、慎重に内側から押し開ける。剝き出しの地面へ爪先を乗せ、少しずつ体重をかけてゆく。どうやら完全によくなったようだ。
痛まないからといって、クラリスみたいな乱暴はしない。治りかけかもしれないし、何より父様が私をどう思ってるのか。実験動物か何かとしたら、このまま黙って逃げたほうがいい。事情はどうあれ、造ってくれたことには感謝してる。
(あなたの父様と話したい。広場へ向かって)
「嫌ですよ。やっと自由になれたのに。あなたのことは嫌いじゃないけど……今だけは私の好きにさせてください」
周りの様子を伺った。
予想より早く治ったのか、近くに父様の姿はない。
ここは多分、最初に転がり込んだ家。ぐずぐずしていれば、また子供達が様子を見にやってくる。手間取ったら厄介なことになりそう。私は魔法を使えないし、何より弟や妹達を傷つけたくない。
こっそり裏口から出ようとすると、クラリスの魂が叫んだ。
(待って!お願いだから話を)
「い・や。散々危ないことばかりしてきたくせに。これは私の身体なんです」
誰もいないのを確認。難なく家から走り去って。村を出ようとした途端、私の歩みは低い唸り声のような音に呼び止められた。クラリスに言われるまでもない。そいつの正体はよく分かってる。今回の災難は、しつこく連中に追い回されたのが原因。
(…あなた、ケイオスハウンドの群れを一人で撒ける?)
無理。魔法の使えない私には。空飛ぶ道具でも渡されない限り。
(少なくとも私達は、この村を出ることができない。あなたから私へ、身体のコントロールを戻す方法が見つかるまで。それを知っている可能性が一番高いのは誰?)
不愉快なくらい明らか。それでも私には、まだ幾つかの選択肢が残されてる。
①正直に全部話して、ここに置いてくださいと頼む。
②クラリスのことは黙ったまま、ここに置いてくださいと頼む。
③私のほうが『ぷれいやー』ですと、真っ赤な嘘をつく。
④クラリスの言うとおりにする。
できれば②を選びたい。身体の主導権を渡さず、私が私として生きてゆく。生きてさえいれば、外の世界へ戻る機会は必ず巡ってくる。
①と③は危険。最悪、犬の餌にされるかも。残念ながら父様は、とても残念なヒトらしい。死ぬ寸前の行き倒れを前にして、嬉しそうな声が出せるんだから。
「…父様には会います。でも言うとおりにするとは思わないでくださいね」
☆★☆★☆★☆★☆
広場へ戻ると、父様は簡単に見つかった。
何をするでもなく、のんびりと子供達を見守っている。切り株の椅子に腰掛け、一人ずつ様子を確かめては満足そうに頷く。
心が温かくなった。できることなら、私もその中に入れてほしいと。他人のクラリスは、全く違う別の側面に気づいたらしい。
(よく見て。彼の右手人差し指。膝の上で字のようなものを描いている)
「……え」
確かに。言われてみると、指先が躍った軌跡に合わせて光の文様が浮かんでいる。あれは言霊の発展系『真言法』が見せる現象だ。仮に『智慧の力』と同じようなものだとして、あれは本人しか内容を視認できない。
だから読み取れるのは魔法を使ってることだけ、実際に何をしてるのかは詳しく教えてもらわないと分からない。子供達が病気になったりしないよう、体温や水分の管理をしてるという可能性もあるが……
(……『スペードの3。ウィロイド感染による矮化、除外。スペードの4。良好、経過観察を継続』……)
読み上げる苛立たしげな声が、私の思考を遮った。まさか、という驚きとやっぱり、という哀しみが交錯する。
慈愛の笑みを浮かべながら、父様は取捨選択をしていた。
生かす個体と棄てる個体――要するに殺処分だ。使えないものは容赦なく消す。怖い想像をしてしまった。もしかしたらハーティリーのケイトは……
(あの子は違うわよ。ここには今、ハートの4が存在しない。何らかの目的を持って送り出されたか、逃げ出して上手いこと助かったのでしょう)
いずれ非情な仕打ち。懐いた子供達を除外の一言で。抗議せずにはいられない。止めようとするクラリスの声は、私の耳元を素通りするだけだった。
「初めまして。私はレオンといいます」
いきなり現れた私を見て、父様は驚いた様子だった。まず誰なのか分からなかったかもしれない。あのときは顔も醜く爛れていただろうから。
次に、回復が早かったこと。ある程度まで治れば、クラリスの術式は致命傷さえも癒してしまう。私が元の意味で云うヒトじゃないから、インカネイトの稼働限界には効き目がなかったということになるか。
最後は、いかにも怒ってること。これで大抵のヒトは驚く。子供達が怯えてくれたのは好都合。父様との間を遮るものはなかった。
「説明してください。そもそもインカネイトって?何のために私達を造りましたか。新型の子達が大きくなったら、旧式の私達は用済みですか。新型でも除外された子は、あなたにとって価値のないものですか?」
私達に価値がないのは、私達のせいじゃない。
そういうふうに生まれたから。ただ、それだけのこと。
「…君は誰だ?何を知っている?」
「普通のインカネイトです。変な魔法使いに取り憑かれただけの。私達だって生きたい。怪我したら痛いし、病気したら辛いし。簡単に死にたくなんかないんです」
興奮して上手く喋れない。我ながら支離滅裂なことになってる。
「クイーン=スペイディア。皆を連れて戻りなさい」
自分は立ち上がると、私を切り株に座らせた。その間も指を動かし、沢山の文字を描いては頷いたり考え込んだりしている。
そして。
「…プレイヤー憑きにもかかわらず、自分の意志で動くことができる。君の魂は、私やあの子達と変わらない。完全な人間となったのだ」
言いながら頭を撫でてくる。それが心地よくて、そのまま耳を傾ける。他の疑問については、まだ答えを貰ってない。
除外という言葉。結局クラリスの勘違いだった。
トレイ=スペイディアは、ここで余生を過ごす。治療を受けながら死ぬまで穏やかに。得られた技術と知識は、次の『トレイ=スペイディア』に活かされる。
「……それって」
「用済みかと訊かれれば、そのとおりとしか答えられない。さりとて遊ばせる余裕がないのも、人材不足の実情なのだよ」
労働力としても実験台としても。
嘘はない。飾りもない。身も蓋もない現実。
要は、そういうこと。
手懐けようとしている。そんなふうには思わなかった。
「教えてもらえるかな。変な魔法使いのことを」
信じるしかない。知らないことが多すぎるから。自分のことも、父様のことも。兄弟姉妹のことも。これから何が起きるのかも。
「いい子だ。では、早速訊ねるとしよう」
目線を合わせるように、私の前で屈む。
「その魔法使いとやらは……クラリスという名前ではなかったかね?」
☆★☆★☆★☆★☆
「その変な魔法使いは、クラリスという名前ではなかったかな?」
もう一度訊かれて我に返った。どうして父様がその名前を?
向こうの人々は、大多数が魔法を使えない。ここグラキエルでも特定の試練を乗り越えなければ――それなのに。クラリスは最初から魔法を使えた。そういう意味でなら、父様が名前を知っていたことも理解できる。
クラリスの友達イスカ、中身はアリスという普通の人間。
彼女も魔法を使えるらしい。父様やクラリスとは雲泥の差だが、それでも貴重な実験台として狙われた。向こうの世界では、それくらい魔法を使えるヒトが珍しいのだ。
言い換えるなら、最も大きな不確定要素。
だから知っていた。影響を最小限に抑えるため。
けれど今、父様の身体はあちら側にない。やっと望みが叶うのに。頼れる協力者を見つけたのに。自分は手出しできず、歯痒い思いをさせられている。
「契約相手はね、ランディ殿というのだが……」
ざわり、と心の中で何かが騒ぐ。
「彼は役目を果たしてくれそうだ。よって次は、私が頼みを聞くことになろう」
落ち着かない。黙っていたらおかしくなりそう。抑えれば抑えるほど、ますます気持ちが昂ってくる……!
「……その、ランディさんは」
耐えきれなくなった私は、思わず口を開いてしまう。
「何でもありません。クラリスのこと大切に思ってるんだなって」
ただの勘。彼の頼みがクラリスに関するものとは限らない。
「私も大切に思っているよ。身を挺するわけにはゆかないのが残念だがね」
もう一度、私の頭を撫でてくれる。
内圧は下がっていた。代わりに後ろめたい気持ちが心を占める。私だけ幸せになっていいのか。偽善としか言いようのない感情。
「後でゆっくり話そう。弟や妹達にも挨拶してほしい。だが先に、少しだけ仕事の話をさせてもらえるかな?」
父様は表情を改めて言った。
「このまま一方的に伝えてもよいのだが……それではクラリス殿にフラストレーションが溜まるだろう。この辺で解消させておきたくてね」
意味するところは分かった。訊きたいことは沢山あるけど。とりあえず満足している。父様が私達を単なる実験動物と見ていなかったこと。今はそれだけで充分。
「次に会うときは、ちゃんとお礼を言わせてください」
「考えておこう。また生きて会えるのならね」
「……それは、どういう意味です?」
「インカネイトシステムには、元より重大な欠陥があったのだよ」
智慧の力を操りながら、父様は独り言のように呟いた。
「インカネイトの人格は、プレイヤーの魂に導かれた精霊力を鋳型として誕生する。是即ち……」
言い換えれば、インカネイトはプレイヤーと真逆の性質を持たされるということ。
穏やかなヒトは血の気が多く。勇敢であれば臆病。お人好しは計算高い、といった具合に。世話を焼くのが趣味なら、他人を虐めて喜ぶようになるのかもしれない。
「にもかかわらずレオン、君はよい子に育ってくれた。狡猾にして傲慢なプレイヤーを、我がことのように案ずる優しさを得て」
(……余計なお世話よ)
思わず苦笑が浮かぶ。でも父様は、一つだけ見落としている。私はクラリスの感性が嫌いじゃない。精霊力の引き算だけで決まるなら、これはおかしい。
「中庸だったのだろうよ。その点に関しては。どちらかへ偏ることなく、混沌の在りようを示したのかもしれぬ。混沌の逆は虚無……とすると、この仮説も誤りを含むか?」
思索に入ってしまった。こうなればもう、会話を成立させるのは難しい。
一度目を閉じて、それから開く。
すると世界は変わっていた。私の干渉を拒む世界へ。
再び傍観者となる。大人しく見ているだけ。自分の肉体を盗んだ役者が、舞台で勝手に暴れ回るのを。
私は後悔した。クラリスに身体を返すんじゃなかったと。
でも、もう遅い。父様を害する準備は、会うと決めたときから既に始まっている。
「…『変わりゆくもの』。我が身に倍する速さを……!」
(クラリス……クラリス。待って!)
初めから殺す気だった。しかし父様も、黙ってやられるつもりはない。
「『私に触れることはできない。なれど我が声は時空を超える』」
渾身の力を込めて繰り出された拳が、父様の目の前で止まる。二回目は放たれなかった。直接手で受け止めたわけじゃないから。
マナとマナのせめぎ合い。どちらの強制力が上か――矛盾する理屈と結果が、より優れた貢物を捧げる下僕に祝福を与えようとしている。この戦い、多くのマナを集められたほうが勝つ。長い年月をかけて鍛え上げた肉体のマナ耐性がものを云う。身体を酷使して死にかける都度、クラリスは時間が足りないと愚痴めいていた。
グラキエルが誕生したのは二年前。生まれて十日くらいの私では、どう頑張っても父様に敵うはずがない。
(クラリス、落ち着いて!)
「ヒトを何だと思っているの!一発殴ってやらないと気が済まないわ!」
父様も逃げない。走ったところで追いつかれるだけだから。
一方のクラリスも持久戦は不利。収束効率を限界まで高め、瞬間的に父様のマナ量を上回るつもり。言霊以外の魔法も使える彼女ならではの反則技。
「レオンがあれ以上責めなかった理由。あなたに解るかしら?」
「ふむ。瞬間湯沸かし器のような君を見れば、一目瞭然だな」
父様の軽口を取り合いもせず切り捨てた。
「諦めているからよ。最初から全部。インカネイトシステムには致命的な欠陥がある。それはあなたが言ったような意味ではなくて……」
ヴォイド。クラリスは忌々しげに呟いた。
「この子は虚無に巣食われている。心の隙間は、他のメンブレンと繋がりやすい。異なる法則の別世界から、相容れぬ存在を呼んでしまう……こんな感じに」
巨大な眼球の頭に縛られた手足。色は取りつく縞のない白無垢。透き通りも輝きもしない。清らかさや愛想の欠片もなく。見た目を裏切らない、しなやかで奇妙な動きを見せる。
そんな得体の知れない化け物が、どこからともなく私の傍に現れて。柔らかく尖った触手が殺到、余裕すら窺えた父様の顔色が瞬時に変わる。
よく見ると掌だけが大きい。指は普通の長さだから大したものは摑めないはず。口と膝下がなかった。背中には羽根のない翼が生えてる。よく分からないけど、あれは私の心が生み出したもの。私の心は虚無で満たされてるんだという。
「『変わらざるもの』。彼我を隔て給え。異界の住人に新たなる繭を」
虚無で満たされる?ないもので沢山?それは……私が、何もないってこと?
怪物が光の歪みに隠れて見えなくなった。
「『変わりゆくもの』。右手中央より重力子生成、指向性の相互媒介を増幅」
二人の間に引き合う力が働く。一瞬で右手が潰れ、その激痛を呑み込む。
父様も酷いことになっていた。砕けた骨の残骸が目に刺さり、溢れ出る血が止まらない。それは片腕を失くした私も同じ……はずだったが、ここで復元式が発動。まず傷口が塞がり、それから上腕、手首、掌、指と次々に再生してゆく。その間、僅か百秒。
「…っ!…『変わらざるもの』。彼の者を汝の記録せし状態へ戻せ」
額に手を回しながら、短い祝詞を唱える。父様の姿が一瞬ぶれて、あっという間に元気な姿を取り戻す。よく分からないのは、警戒する様子もなかったこと。まるで今あったことを全部忘れてしまったよう。
「気が済んだわ。用件に入りましょう」
右手を差し出す。プレイヤーがよくやる、仲よくしましょうの合図。
ほとんど殺しておいてそれもないけど、肝心の父様が憶えてなかった。難しくなりそうでも、自分に関わる話なら頑張って聞くしかない。
「…さて。こちらはランディ殿というカードを明かした。君も一枚、見せてくれるかな?」
「遊びのつもり?それなら賭け金をレイズするわ。私の命と全存在。これに見合うのはあなたが持っている技術の全て。戯言に付き合う暇はないのよ」
「ランディ殿のためか?」
「彼は今、何をしているの。場合によっては」
焦るクラリスを、父様は宥めるように嘲笑った。
「手遅れとは思わないかね?そもそも自分のせいなのだと」
「何ですって?」
「その短慮。長く傍に侍りながら、思惑を解さなかった。見限られて当然だろう」
「………………………」
「自棄を起こしたのだよ。だから私の駒となることに同意した」
神様も疲れるらしい。父様の声には同情が滲んでいた。気が遠くなるほどの長い間、戦い続けた勇者への敬意。それと引き換え――
「君は愚かな神だ。クラリス=ヴェルファーシア」
無闇に力を振るうばかりで、先のことは何も考えていない。ヒトの社会に溶け込めるはずもなし、そんなものは害悪にして災禍の源だ。
軽卒を悔やみ、従うならばよし。
ラフィニアを殺せとは言わない。覚悟なき者には、相応の役目を与える。
ヒト探しだ。仮初めの肉体を得てアウレアへ戻り、レイ=アルフォードの妻を見つけること。それさえ済ませたら何をしようが自由。以後の人生には干渉しない。監視者の側について、グラキエルを脅かしたりしなければ……
「…アルフォード氏の妻?」
「名は伏せておく。多分、教えても意味がない。危険なだけだ」
代わりに似顔絵を貰う。生きていれば三十六歳。一方、絵の中の少女は十五歳くらいだった。二十年以上も連絡が取れない相手ということになる。
「知ってどうするの。危害を加えるつもりなら……」
「それを君が言うかね?本社の地下で断絶結界を破っただろう。そのために彼は殺された。彼と彼の妻は、私にとって数少ない同胞だったのだよ」
父様達の村は、かつてラフィニアに仕えていた。
でも二十年前、事件が起こる。父様と二人を残して、仲間は全員死んでしまった。そのときのことは忘れない。忘れるつもりもないが、きっと忘れたくても忘れられない。
以来、復讐のために生きている。アルフォード氏の妻を探すのは、最後に残った唯一の同胞を護るため。取引材料にされるのは覚悟の上。藁にも縋る切実な願いだった。
「気に障ることばかり言ったが、こちらの苦境も理解してほしい。許してくれるならば……そうだな。君の新しい友人、彼女らも監視者の脅威から護ると約束しよう」
「あなたや私と同じ手口を?」
「うむ。悪い話ではあるまい?」
「もう一つ条件がある。レオンと自由に入れ替わることはできないかしら」
「アウレアへ行くときは眠ることになる。転生用のアカウントを作りたまえ」
別々のヒトになれば、それで問題は解決する。自力でマナを呼び込めない私のために、時々はログインしてもらう必要があるけれど。
(……要らなくなったからって、私のこと忘れないでね?)
「要らなくなんてならないわよ。これからもあなたは私の相棒。ここで動くときは、今までどおり扱き使わせてもらうわ。散々にね」
そういえば三回ほど死にかけた。まだ一箇月も経ってないのに。早く目覚めた幸運はあるけど、できればもう少し穏やかに生活したい。
(……死なない程度に、お願いします)
何かの作業をしていた父様が顔を上げる。
「名を呼べば入れ替わるように設定した。双方に権限があるから喧嘩はやめたまえよ?」
「普通はプレイヤーに任せない?」
「父親とはそういうものさ。我が子を贔屓したくなる」
高度な人工知能。私達の位置づけは、そういうことになった。
覚醒したインカネイト自体が稀だから、ここ数年は問題ない。被曝マナ量の累計が私と同程度に達したとき、アウレアのヒト達は初めて同居人の存在に気づく。魂の器となる私達が、ただの容れ物じゃなかったことを。
それまでに何年かかるか。私はもちろんクラリスや父様にさえ分からない。でも目覚める子の大多数は、きっと魔法使いなんだろう。
☆★☆★☆★☆★☆
「それで、どう思ったね?」
クラリスがいなくなった後、不意に父様から話しかけられた。
彼女は今、別のアカウントを作るためにSNS空間へ戻っている。通称ビフロストとかアマノカケハシ。残念ながら私は見たことがなかった。ここで名前や性別の個人情報を答えると、ランダムでインカネイトが形成されるらしい。
「見たとおりですよ。誰かのためなら、知ってて罠に飛び込むような。私は嫌いじゃありませんけどね」
「その優しさが曲者なのだ。レイ君のことは教えたろう?」
父様の昔話を聞かされたばかり。神妙に頷く。
私の記憶は、次にログインしたときクラリスとも共有される。脳の一部を間貸しする都合上、原理的に分けられないからだ。クラリスがアウレア側で見てきたことは、ある程度私の記憶にも影を落とす。そして二人の利害は、完全に一致したわけじゃない。
「優しくなるのはいけないことですか?」
「状況による。何かを成し遂げるときは邪魔にしかならんよ」
優しさは麻薬。味を占めれば、次は更に強い刺激を求めるようになる。それで得られなければ裏切られたと逆恨み――父様の考えでは、そうなっていた。でも優しくしてもらったことで、頑張れる場合もあると思う。
「ところで今後についてだが……」
「分かっています。私のほうからは、父様に隠しごとをしません」
平たく言えば監視役。こっちへ憑依してきたときは、今までどおり付き合いながら情報を引き出すように努力する。父様の邪魔になるようなことをしてないか。弟妹達の平和な暮らしを壊すような真似はしていないか……
「あれは伝えるべき情報だ。監視者の非道を知れば、最後の神として生きてゆく覚悟やら気持ちが折れるだろう」
ラフィニアとランディが相討ち。そのうえでクラリスが堕落すれば、もはや人格を持った神は消える。世界をヒトの手に取り戻し、復讐が完了した記念すべき瞬間。
クラリスのことなら大丈夫。アウレアへの転生を断ち切り、グラキエル側に閉じ込めてしまうのだ。ラフィニアの脅威がなくなれば、本体でアウレアに戻るかもしれない。飽くまで推測だけど、そうなった場合のことまで父様はきちんと考えている。
「できれば仲よくしてほしいと思ってます。父様とクラリスには」
「私もだよ。ラフィニアほどではないにしても、あのような化け物と面と向かって争うのは御免蒙りたい」
随分な言われよう。この件に関してはクラリスの味方。ちゃんと憶えといて伝わるように努力する。一応女の子、化け物扱いはちょっと酷い。
「あっ、お姉ちゃんだ。遊んで!」
「もう大丈夫だよね?僕達、ずっと我慢してたんだ!」
「早く早く!こっち!」
父様が頷く。これで難しい話は終わり。微笑み返して切り株を立つ。
「はいはい、今行きます。だからそんなに引っ張らないで」
「遅ーい。約束破るとね、ここじゃ御飯抜きなんだよ!」
「それは大変。お詫びの印に、今日は暗くなるまで遊びましょうか」
子供達の歓声が上がる。それに釣られて私も笑う。
「…父様も御一緒しませんか?たまには息抜きしないと……」
後ろを振り返ったとき。そこにはもう、誰もいなくなっていた。
――バージョンアップのお知らせ(予告)
『グラキエル』運営チームです。
今後実装を予定しております『パートナーペルソナシステム(以下、PPS)』についてご案内申し上げます。
※ PPSとは
何度も魔法を使用することによってインカネイト(プレイヤーキャラクター)の魂を活性化し、固有の人格を引き出すことができるシステムになります。
覚醒後はプレイヤーと心の中で会話したり、ログアウト中に簡単な仕事を任せたり、ウェアラブル端末でリアルへ連れ出すことも可能になります。ぜひ実装後にお試しください!
※ 現在ご使用のインカネイトや、実装前に作成したインカネイトも対象となります。
PPSの詳細につきましては、機能実装後に公開いたします。実装まで今しばらくお待ちいただきますようお願い申し上げます。
引き続き『グラキエル』をお楽しみください。
『グラキエル』運営チーム




