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私の中のリアル  作者: 五月雨
Account-List 3
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Player 08  ”froggy”

「そこで見ている人は、誰かさんに私を監視するよう頼まれたの?」


 平静を装って逃げ出した一時間後。私は絶体絶命の危機に陥っていた。アスルタン防犯協会の『猫耳』と監視対象の鬼ごっこ。それを必死に追いかけて、気づいたら新市街の裏町にいたのがそもそもの始まり。


 監視対象――目を惹く金髪と白い膚の女レオンは、災害イベントで逃げ遅れた子を助けていた。あれだけ走ったにもかかわらず、五体の処刑人を一蹴。尋常ならざる強さはどこから来るのか。しかも始めたばかりの初心者というから二重に驚く。


 ……感心してる場合じゃなかった。処刑人は私にも迫ってるのだ。


 レオンと助けられた子は『転移のオーブ』で飛んでいった。私も後を追いかけるべく、懐から握り拳大の宝石を取り出して……


「…うそ?」


 作動しなかった。今までこんなことは一度もなかったのに。


 処刑人があーあー言いながら集まってくる。その数、分かんない。とにかく沢山。滅茶苦茶一杯。私を八十三回くらい殺してもお釣りが来る。


 この『にゃぁびぃ』は無力だった。連合で情報を得るためだけのアカウントだから。それにしても鬱。今更こんな初歩的なやられ方をするなんて……



 えっ!私の出番、もう終わりなの?


 お願いです妖精さん。もっと面白い話するから……うそーん。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 昔、幸せだったことがある。


 子供の頃じゃない。大人になってからも全部上手くいった時期があったんだ。


 名前なんてどうでもいいだろ。俺様みたいな男が酒の席でする話だ。大いに脚色されてるかもしれないぜ。


 在学中に起業し、俺は情報インターフェイスの分野で成功した。


 私生活も上々で、軌道に乗っていたから卒業を待たずに結婚。最高の女だった。油断していると背筋も凍る思いをさせられるのがいい。金の心配がなくなると、あいつは家庭に専念すると言って仕事を辞めた。頭はよかったが、元々万人向けの性格じゃない。まともに会話できたのは、俺とあいつの兄貴くらいなものだったろう。


 何もかも順調だった。俺の仕事が忙しくなり、家に帰れない日々が続いて。あいつが二人目の死産と共に他界――そのことを知らない俺が付き合い酒を飲んで帰り、当時幼稚園の娘に冷ややかな視線を浴びせられるまでは。


 忘れるはずがねえ。夜更けの午前二時。寝ているはずの娘が瞼も擦らず待っていた。大きな瞳に冷たい無関心の光を込めて。あの子は事務的な口調で告げた。


 母さんが死んだよ、と。


 今にして思えば、何か言うべきだったのかもしれない。それこそ暴力的に当たり散らすのでも。俺は頭が真っ白になり、幼い娘は感情の行き場を失っていた。その後は推して知るべし、後悔先に立たずというやつさ。


 そう。俺には娘がいる。飛び級で修士課程へ進み、企業との共同研究により新技術の特許まで取得した自慢の娘だ。その華々しい活躍のくだりも、俺を赦すつもりはないらしく今後は仕送り不要という絶縁メールを寄越しただけだったが。


 一年前の話だ。そろそろ法的にも自立する。親らしいことをさせてもらえるのは、あと一年か二年だろう……


 そういえば見ない顔だな。最近協会に入ったのか?…な、何だって?さっき抜けたばかり……これから夜光都市へ行って連合に入る!?…要するにお別れってことじゃねえか。そういう、ことなら……最初に、全部言っ、て………



 ☆★☆★☆★☆★☆



「…痛ぇ」


 翌日ログインした俺は、気怠い声で呟いた。


 典型的な二日酔い。ドリームシェアの優れた演算力は、御丁寧にも昨夜の不行状をきっちり再現してくれたというわけだ。


 とはいえ記憶は残っている。あれほど深酒をしたのは久しぶりだが、呑まれるには至っていない。開発力はもちろん各界の古狸共と渡り合い、一代で財を成した俺様に限ってそんな初歩的なミスを犯すはずが……


「……ない」


 慌てて懐を探った。何度確かめても、愛用の長財布がない。


 やられた、と思った。あのレオンとかいう女は、昏睡強盗か何かだったのだ。協会の前衛十傑と謳われた俺様を狙うとは、度胸の据わった女もいるもの。


 こうしちゃいられねえ。あの財布にはイスカ――これまたいけ好かない元仲間の女だが、あいつから預かった高額の小切手も入っている。


 愛剣の重みを持て余しながら昨日の店へ向かうと、意外なことに財布はすぐ戻ってきた。念のため中を調べると、女のくせに力強い字で三万ドルと書かれた小切手がひとつ。生意気にも掏摸の常習犯が、お情けをかけてくれやがったっていうことか。


「…あのねえハンスさん。あんた昨夜のこと憶えてないの?」


 何のことだ、と訊き返す。


「珍しく気分がいいとか言って、店にいた全員に奢って回ったじゃないか。そのまま眠っちまって、仕方なくあんたの財布からお代をいただいたんだけど……」


 続けられた言葉に、俺は愕然とした。


「…女の人が払ってくれたんだ。足りない金額全部。どこの誰か知らないけど、泥棒扱いなんてとんでもない。今度会ったら、ちゃんと謝っときなよ」


「………すまねぇ」


 何たる不覚。相手が悪い女でなくて助かったが、危ういところだった。これだからノーシンの親父にもへこぽんにも年甲斐がないって言われるんだ。分かっちゃいる。イスカの奴が生意気な態度を取るのも、俺のこういうところが嫌いなのだと。


「おや?ハンス君じゃないか☆」


 噂をすれば何とやら。居心地悪く店を出ると、大通りの調整棟側からへこぽんが歩いてきた。動きにくそうな全身鎧はいつものこと。材料工学の粋が凝らされており、見た目よりは軽いらしい。もっとも生半可な鍛え方では、寝返りすら打てないのも事実である。


 今日はトレードマークのランスを持っていなかった。代わりに早業の利きそうなロングソードを提げている。戦場では俺が奴の護衛に付き、一撃必殺の大火力を活かす。つまり今日のところは、どこかへ攻め込む予定がないということ。


 ちなみに俺とこいつは互いのリアルを知っている。『グラキエル』以前からの知り合いで大学の同級生。もっと言うなら、十二年前に早逝した亡き妻の兄だった。


「どうしたの。元気ないねぇ。何か悪い物でも食べた?」


「ねーよ。ただ、いろいろ思い出しちまってな」


「イスカちゃん見てるとエリンを思い出すってやつ?君も相変わらずだなぁ。さっさと忘れて再婚すればいいのに」


 義兄としては相当に問題のある台詞を吐きやがって。


「それもねーよ。大体、言ってたのはお前じゃねーか」


 盛大に溜息をつく。そうだっけ?と首を傾げる様子があざとい。


 こいつはこいつなりに心配してくれている。いやもしかすると他人の俺じゃなく、血の繋がった姪を案じているだけかもしれなかったが。


「………素直じゃないねえ」


「うっせ。それより今日はどうしたんだ。さすがに筋肉達磨は暑苦しいと分かって、少しはダイエットする気になったのか」


 リアルのへこぽんは別人だ。顔貌はともかく、能力的な傾向は奴の理想なり願望を示している。一方の俺は、年齢を除いて現実側と大差ない。


「き・ん・に・く!筋肉最高!それは今更当たり前だから措いとくとして。会合だよ」


 重要な情報は末尾の一語だけ。


 俺達『あいす☆とーねーど』のサブマスターは三人。まず戦闘の俺、経理のノーシン、そして渉外のシャロン。それぞれの得意分野でマスターを補佐する。もっともシャロンは気の弱いところがあるから、難しい交渉ではイスカが副官としてサブマスターを補佐するという意味不明なことになっていたが。


 何にしても会合はシャロンかノーシンの親父の役目だ。そのどちらも連れず、へこぽん一人で待ち合わせ場所に向かうのは理解できない。


「…ちょっとね。危ない話みたいなんだ。一人まで同席可だから君でもいいよ☆」


 シャロンと連絡がつかなくて困っているらしい。俺はある噂を思い出した。まさかとは思うが――沈黙する俺を見て、へこぽんも首を横に振った。


「違うと思うよ☆だってシャロン臆病だもんwむしろイスカのほうが心配かな?」


 同感だった。あいつは時々、向こう見ずなところがある。普段は慎重過ぎるくらい慎重なくせに、思い詰めるととんでもない無謀をやらかすのだ。基本的にソロ、または偶然利害の一致した行きずりを当てにして。


 事前に知っていたら、あのウゥヤとかいう捨てアカ野郎を斬り捨てても止めた。死ぬと当面ログイン不能、そんな状況で狩りに行くなど狂っている。


 会合の眼目は、その噂になる見込みだという。俺は表情を変えず小さく頷いた。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「……と、いうのが現在の状況でございます。会員ギルドの皆様方には、熟慮と慎重な行動をお願いいたしたく……」


 幹事ギルドのサブマスターが眠くなるような声で喚く。


 まるで三流企業の会議室だ――欠伸を噛み殺しつつ、俺はそんなことを考えた。区役所でも幾らかマシのはず。あいつらは年功序列だから出世のために上司へ阿る必要がない。部長や局長ともなれば別だろうが、民間企業はもっと酷い。一代で中堅の経営者に成り上がった俺は、上に取り入って甘い汁を吸おうとする連中を厭というほど見てきている。


 へこぽんも俺と似たようなものだが、愚の骨頂を前にしてもイラついたりはしないらしい。そのあたりがギルマスを張る器の差というやつか。


 協会幹事ギルドからの会員ギルドに向けた説明内容はこうだ。


 去る一時間前、公式サイトに運営からのお知らせが示されたこと。噂は真実であり、何らかの不具合でゲーム中に死んだインカネイトは当分使えないこと。死んだのと別のインカネイトは使用可能だが、ただしアスルタン以外の調整槽からログアウトしていたものに限られる。新規インカネイトの作成は制限されないこと。


「…すると、あれですか?運営のアナウンスに従って聖堂から落ちたプレイヤーは、この問題が解決するまで『グラキエル』をプレイできない?どうしても遊びたければ、初期ステ初期装備の弱々君でログインしろと?」


「そう、なりますね。運営からの直接的な言及はありませんけど……」


 相手を間違えた皮肉に、先程のサブマスターが応じた。こういう役は苦手なのだろう、自分が悪いわけでもないのに泣き出しそうな顔をしている。あの女は五十点――頭はいいかもしれないが、まず俺の会社では雇わない。先に文句を言ったほうの男は論外だ。喧嘩を売る相手を間違えてどうする。


「あくまで現状です。いずれは正常化されるものと思われます」


 当たり前だ。その発言は問題の解決に何ら役立っていない。無意味な気休めを吐いたので、更にマイナス五点。俺達が考えなければならないのは、この難局をどう乗り切るか。不具合の悪影響を最小限に留め、あるいは利用して他アライアンスに先んじるか。


「そこで我がギルドから、皆さんに提案があります」


 おっ。この状況で何かやるつもりなのか。先程現状報告をしたときよりも覇気がある。ということはこの女にとって、ここからが本題ということなんだろう。斯くして話の内容は、ややもすると消極的なものだった。


「…不具合が正常化するまで、連合及び同盟と休戦条約を結びます。私達のアライアンスは少人数です。再ログインも封じられた消耗戦では勝ち目がありません」


(何だと……?)


 正直不快だった。しかし声高に反対を唱える連中よりは、冷静に戦力分析ができていると思う。隣に座ったギルマスのスピーカーじゃなければ、十点上がって五十五点。いつものことだが、この期に及んでへこぽんは何の反応も示さない。


 武闘派で鳴らしたギルドのマスターが、挙手と共に発言した。


「……趣旨は理解できますが、こちらから持ちかけたのでは弱気と侮られるのではありませんか?」


 対案はない。だがまあ、もっともな危惧だと認めておこう。この状況で数を恃みに協会の領土を蚕食しないメリット。それを連合と同盟に示すことができれば、この策は半ば成功したようなものだ。


「先に同盟へ話を持ちかけます。同盟が連合と組んで協会を滅ぼしても、連合との国力差は縮まりません。奪った領土が力になるのは早くても一年後。協会という第三勢力がなくなれば、同盟は連合の圧倒的な戦力に押し潰されるだけです」


 六十点!そこまで分かっているなら話は早い。あとは誰を使者に選ぶかだ。既に根回しを済ませてれば、一気にもう十点くれてやろう。


「…まず同盟、それが成功した条件付きで連合とも交渉する許可をいただきたいのです。お認めいただけるなら、全権大使を誰にするか話し合いたいと思います」


 ……決めてないのか。しかし、これはひとつのチャンスだ。俺は話下手だが、イスカに交渉を纏めさせればギルドの影響力は爆発的に跳ね上が……


「惜しかったねえ。シャロンとイスカを派遣できれば、うちの手柄だったのに><」


「…あんま悔しがってねえだろ。ていうか自分は行かねえのかよ」


「僕、口下手だしw君と一緒でね☆」


 まだ手はある。あのいけ好かない口が達者な女を、うちの手駒として働かせる手段は。


 褒賞だ。具体的に言えば金。あいつは金に汚い。俺も他人のことは言えねえが、ある程度の成功を摑んで――いや幼い頃の娘に見捨てられて、金が全てではないことを悟った。娘のほうは相変わらず生活費稼ぎに汲々として、貴重な若い時間を無駄に食い潰している。ほんの少し甘えてくれれば、俺は会社を擲ってでも娘の将来を応援するのに。こうして考えると、イスカは亡き妻より娘のほうに似ている。


 議論は煮詰まっていた。休戦を持ちかけるのはいい、しかし誰がそれを説明に行くのか。断られた場合、その使者は十中八九死ぬ。領地持ちのギルドにとって主要メンバーの一時退場は痛い。かといって末端の構成員を派遣すれば、碌に話も聞かないだろう。協会が責任を持って侵略の脅威から守ってくれるのか。


「そこは代表幹事殿に頑張ってもらえばいい。何たって代表だからな」


「…大変なリスクです。相応の高額報酬を用意できないかと考えています」


「で、結局誰がやるんだ?」


 六十五点。そこまで条件が揃えば及第点だ。


「うちは得しないけどね。まあ昔の仲間を助けると思えばいいんじゃない?」


「多少はあるさ。恩に着せれば、これからも便利使いができるだろ?」


 にやりと笑みを浮かべた。それに対し呆れたように肩を竦める。


「……小悪党だねえ。だからこそ僕より会社を育てられたんだろうけど……」


 放っとけと言い返して、俺はやおら立ち上がった。


「心当たりならあるぜ。領地を持ってなくて腕が立つ、加えて喉から手が出るほど金が欲しい。そういう奴ならいいんだろ?」


 俺の台詞を聞いた途端、ずっと曇っていた女サブマスの顔が輝いた。あの笑顔は悪くない。特別ボーナスでプラス五点、辛うじてB評価の七十点だ。捻くれた俺が云うのも何だが、性格のよさってやつは何物にも代えがたい信用になる。イスカの代わりじゃないが、あの女はうちのギルドに引き入れるとしよう。


 逆に隣のギルドマスター。自分は一切口を聞かず、最初から最後まで部下に任せきり。あいつは話にならない。経営者として失格だ。


「まあ任せとけって。その分たんまり報酬を用意しとけよ?」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 我々が旅に出た経緯はこういうわけだ。それにしても……


 君が娘の友人達が話していた妖精か。よもや私のところにも現れるとはな。


 いや、それほど驚いてはいない。つい先日、神に命を狙われているという女と会ったばかりだ。もっとも私にとっては、そいつ自身神様のように思えたがね。そら、例の一緒に呑んだ女さ。今にして思えば、あれも情報収集だったのだろう。


 …言いたいことは分かる。口調が違うのは何故か、だな。


 俺にも若い頃はあった。最初に言ったとおり、若い頃は幸せだった。詳しくは説明しないが、そういうことだ。人間の不合理、不条理と嗤ってくれ。


 また娘と話ができるようになったから、全く不幸というわけではないが。幸福と言い切るには遅すぎた。戻ってこないものもある……


 くれぐれもレオンのことを頼みたい。七百歳の魔女にしては、昔の私と同じ危うさを感じる。心が老いていないのだよ。見た目から違和感を覚えるほどには。無理をするのと、完全に退路を断ってしまうのは別だ。


 それではな。私は仕事に戻らねばならん。機会があれば、また会おう。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ……あれ。なんか戻ってきた。


 私の話、飽きたんじゃなかったっけ。


 違う?忙しそうな人を優先しただけ?


 どうせ暇な学生ですよーだ。


 付き合ってる人もいないしね。



 次にレオンを見つけたのは、協会の前線拠点ミロスだった。


 あれから数日、お互いキャラが変わっている。何度ログインしようとしても、『にゃぁびぃ』ではできなかったからだ。多分、向こうも一緒。じゃあ、どうして同じプレイヤーと分かるのか?それはとある筋の情報――君にはまだ秘密なのだよワトソン君。


 あ、いえすみません。本当は頼まれたヒトに教わっただけなんですが。


 接触した相手のことも調べるように言いつけられた。あの猫耳は名物だから、わざわざ調べなくても分かる。お約束でアスルタンから落ちたところ、閉め出し喰ってログインできないとか。不具合によるものだろうが、とりあえず一人目は解決。


 二人目も有名人だ。『あいす☆とーねーど』サブマスターのハンス。直接見たわけじゃないけど、派手にお酒を飲んでたらしい。おっさんは今もミロスにいる。監視継続中。


 調べられたのはこれくらい。いよいよ明日からレオン本人を追いかける。それというのも、とある方からこんなメールが届いたため。



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:43

Sub:お願い

 暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 疲れていませんか。風邪を引いていませんか。冷たいものを飲み過ぎて、お腹を壊したりはしていないと思いますが。

 ごめんなさいね、いつまでも子供扱いして。

 偶然に知り合ってから二年。あなたももう、立派な大学生ですのに。素敵なお店を見つけましたから、近いうち一緒にお出かけしましょう。



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:47

Sub:お願い2

 あなたにメールを書くと、つい欲張ってしまいます。私の悪い癖ですね。

 お願いというのは、グラキエルの中のことです。ミロスからログインして、レオンというインカネイトの行き先を確かめてほしいの。前にも言いましたけれど、自分で調べるわけにはゆかなくて。

 緊張する必要はありません。上手にできなくても、私がお手伝いしますから。

 それでは気をつけて。ログインするときは、くれぐれもお腹を出さないようにしてくださいね。



「…………………」


 ブラウザをそのまま、私は仰向けに寝転んだ。天井と床の間、そこに世界の全てが浮かんでいる。


 ラフィ様からのメール。ラフィ様の労いの言葉。子供扱いされることさえ嬉しい。加えて今回の御褒美は一緒にお出かけ!?まだ一度しかリアルではお会いしたことないのに。もうキャーっていうかここここれってもしかするとアレなのかしらと思ってみたり。


(落ち着け。私)


 仮想世界内の私は、一応クールなお姉さんで通ってる。


 でも我が愛しのラフィ様は、通ってるとかそんな次元じゃなくて本当にクールでスマートでビューティフルでエクセレントかつスウィートって感じ?


 ああ、もう駄目。目がハート型になるのを止められない。遠話をいただいたことは二度。あの可愛らしいお声を思い出しただけで涎が……


 はっ。こうしてはいられない。今すぐ仕事に取り掛からないと。


 ちょうど学校から帰ってきたところだった。実家に住んでるから、御飯の支度とか洗濯とか面倒なことは全部お母さんに任せられる。その分だけバイトしたりラフィ様のために働いて、想う存分幸せに浸っていられるわけなのです(妄想含む)。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「『中世』エリア。インカネイト名『けろ』」


 田舎町の調整棟を出て。鈍色の空を見上げる。ひと雨ありそうだ。今のうちに『レオン』とかいうインカネイトの人相風体を確かめなくては。


 何も言われなかったけれど、ラフィ様からの依頼には必ずある条件がつく。それはターゲットとの接触を可能な限り避けること。そして速やかなリテイクが利くように、グラキエル世界からリアル側へ映像回線を開くこと。リアル側からグラキエル世界への遠話やメールは繋がらないようになっている。プレイ中の興醒めを防ぐのが目的らしい。


 本部の総合案内。人手や儲け話、様々なものを求めて冒険者が集まる。


 顔見知りという程度だから挨拶はそこそこ。いわゆるメインは同盟の所属、この子はそれほどアクティブじゃない。何にしても不具合の噂が響いてるようだ。狩りに出る人が少なくなって、すっかり暇そうな受付さんに話しかける。


「新しいヒト来てます?いたら教えてほしいんだけど」


「全然。PSEの影響でしょうが……」


 こういう訊き方、ここではあまり珍しくない。央都から出てきたばかりの冒険者は、移籍先のギルドを決めていないことがよくある。そういうヒヨっこに前線の歩き方をレクチャーしつつ、自分のギルドへ加入するよう働きかけるのだ。


 私もその口だと思ったのだろう、受付氏の表情が残念そうに歪んだ。


「あまりお勧めできませんね……多分、二人とも寄生ですから」


「寄生?それって場違いなくらい弱いってこと?」


「ええ。本当かどうか知りませんけど、昨日登録したばかりだって言ってましたし。寄生じゃなければ、あれは絶対チートですね」


 それが事実だとすれば重大だ。今のところグラキエル世界では、ゲームデータの改竄が確認されていない。名うてのハッカー達にしてみれば難攻不落のお城。私が考え込む素振りを見せると、受付氏は肩を竦めてわざとらしく笑った。


「大丈夫ですよ。そこの道で強い人と話してましたし。『あいす☆とーねーど』のイスカさん。ああ見えて優しいから騙されたんでしょ」


 聞いたことはある。有名な荒らしにギルドを潰され、そのショックで隠遁生活へ。今は落ち着いて、初心者サポートのようなことでもしているのか。


「その二人、名前を聞いてもいいですか。ついでに外見とか特徴も。仲間内で関わらないようにしますんで」


 不特定多数の拡散は避ける条件で聞いたところ。


 二人のうち片方は『レオン』。やや色の濃い膚に長めの黒髪――と、ここまではラフィ様の情報どおり。黙っていれば清楚な美人。つまり口を開けば鬱陶しい。ほとんど初期装備プラス協賛企業の試供品。そのくせアウトドアライフに必要なあれやこれは揃えてある。武器は護身用のダガーのみ。


 もう一人は『ウゥヤ』。こちらも多分女。色白な黒髪黒目。曖昧な表現になったのは、小柄で極端に細く身体の凹凸が小さいから。幼児体型というよりは少年のような印象。完全な初期装備、武器の類は一切なし。


 二人とも賃貸ホームを持てないくらいの初心者らしい。調整棟前のカフェから見張ることに決め、受付氏にお礼を言って建物の外へ出る。


(と、その前に……)


 くるりと向きを変え、別棟の調整室が並ぶ界隈へ。


 悪質なストーカー事件が起きてから、アスルタンでは調整槽の中を窓越しに窺うこともできなくなった。私は甘やかされたいタイプだが、ここの男共にそんな気遣いを求めても無駄なことは分かっている。部屋番号にキャラ名、姿形さえ覗き窓からばっちり。プライバシーなんてあったもんじゃない。


 入院病棟みたいな廊下を進むと、目的の部屋はすぐ見つかった。昨日来たばかりだから調整槽の番号も新しいだろうと考えて正解。欠番が発生しなければ、次の数字を使うしかない道理である。それも基本プレイ無料という課金体系の結果だ。


 他のタイトルでは、ログインしなくなったキャラの顔アイコンを『遺影』と呼ぶ。その例に倣えば、こちらはまさに棺桶。中身の遺体もあるし、最初から共同墓地に納められているオマケつき。その気になれば故人の御霊前でお葬式さえ挙げられる。


 ここの場合、これが文字どおりだから洒落にならない。そしてある日、忽然と調整槽の中から消えてしまう。あくまで噂だが、アスルタン大聖堂の地下には、廃棄インカネイトを土に還す処分場があるという。実際に運び出されるのを見た人はいないから、猟奇趣味の連中が広めた都市伝説に過ぎないのだろうが。


 求人受付で聞いた二つの名前――『レオン』『ウゥヤ』。記された棺桶が並んでいる。隣りあってはいないが連番だ。イスカ氏にくっついて来たとの話とも辻褄が合う。


 軽い興味を覚え、ウゥヤ氏のほうを覗いてみた。聞いたとおりの黒髪、眠っているため瞳の色は分からない。男の受付氏は多分と言ったが間違いなく女の子だ。丁寧に観察すれば分かる。私の趣味から言えばマジで可愛い。


(えっ……!)


 不意に死体の目が開いた。こちらも漆黒だが、そんなことはどうでもいい。


 動かないと決めつけていたものが動いたとき、誰しも心臓が止まりそうになる。私は部屋の反対側まで後退り、靴の踵が軽金属に当たって情けない音を立てた。不機嫌そうな呻き声を従え、棺桶の扉がせっかちに開く。


「…何あんた。誰か知り合いの知り合い?」


 胡乱な声は、可愛らしさと無縁だった。特定の親しい者以外、あらゆる存在が敵。そう思い定めているような。少し迷っただけで、ウゥヤ氏の機嫌が目に見えて悪くなる。


「そういうつもりなら手加減しないよ。こっちも割とややこしいほうだからね?」


 後ろ手に扉を閉めると、露悪的ににやりと嗤った。そこで直感的に悟る。こいつは素人なんかじゃない。本物の悪党。できれば関わらないほうがいい……


「いや、あの……私は」


「何?よく聞こえないなぁ」


 寄ってきて近くの棺桶に片足を載せた。因縁のつけ方が慣れている。どう答えれば無難に情報収集を続けられるか。より具体的には、ここで嘘をつくべきか否か。


「……なんて、ね」


 不意にプレッシャーが消えた。反対側の棺桶に寄り掛かる。安心はできない。このまま忘れてくれればいいが、満足してもらえそうな答えを捻り出せていなかったから。


「即答されてたら疑ったな。謀を企むときは平凡に……昔から言うだろ?」


 あんたがそれだったら僕の負けだな、と皮肉っぽく笑う。


「…レオンの奴、まだ寝てるのか。イスカさんによろしくとか言ってたくせに……」


 隣の棺桶を爪先で軽く蹴りつけた。


 はっと息を呑む。このチャンスを逃す手はない。


「知り合い……ですか」


「貧乏仲間かな?イスカはハイレベルのお金持ちだけどね」


 意外にも畏敬の念が感じられた。いや違う……親愛?または憧憬。


「用があるなら見張ってたほうがいいよ。ここを離れるとか言ってたし」


 いつの間にか知り合いという前提で進んでいる。もっとも情報を集める上では都合がいい。毒を喰らえば皿まで。


「…行き先は聞いてます?」


「ううん。でも何となく分かるかな。夜光都市だ」


「理由は?そこまで言い切るからには、彼女の目的を知ってるんですよね」


 ここで再びウゥヤ氏の目の色が変わる。獲物を見つけた獰猛な獣の気配。


「やけに拘るね。レオンを庇う義理もないけど……あんた何者?ここで僕と会ったのも偶然じゃないのかな?」


「それは偶然。でも君のことは知ってました。先日、市場で刺された子でしょ。あれ……でも確か、そのときの犯人って」


「うん。イスカだよ。何か文句ある?」


 けろりとした顔で言う、こいつの気が知れない。あるいは本当の基地外かも。


 でも、あとちょっと。できるだけ多くの情報を引き出す。離脱のタイミングについては、この場をモニターしているラフィ様にお任せ。


「二人とも寄生とか言われてますけど、本当は違うんですよね?私は才能がないから、なるべく強い人にコネを作りたくて」


「嘘だろ。じゃあ何でイスカさんのところに行かないの。僕達と違って彼女は分かりやすく強いよ。古巣だってある。そもそもレオンは普通にゲームを遊ぶ気もない」


 …遊ぶ気が、ない?それは企業関係者か何かって話……


「義理はないけどさ。興味はあるんだよね。あいつが何を調べているか。スクープをものにしたら何でも奢ってくれるらしいし」


 ウゥヤ氏の殺気が爆発的に膨れ上がった。文字どおり蛇に睨まれた蛙。恐怖の視線から逃れようとして、けろぴょんフードを目深に被る。


(ラフィ様、もう限界です……!)


 両目を瞑った。そして再び瞼を上げる。


 そこは薄暗い廊下だった。協会ミロス総本部、調整棟へ続く道。


 ここで何をしていたのかは分かる。


 『お願い2』のメールの直後、ラフィ様から追伸が届いたのだ。



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:50

Sub:追伸

 お疲れ様。調べてくれた情報をフィードバックします。

 ・求人受付で聞き込みの後、二分ほど休んでから移動すること。

 ・レオンの行き先は夜光都市。目的は何かを調べるため。



「…………………」


 溜息を洩らす私に、無論そんなことをした記憶はない。


 だがラフィ様の予言は正確だ。一度だって外れた験しがない。外れた場合は修正されてるのかもしれないが――それにしたって異常な力。神様でも泣いて赦しを請うんじゃないか。気に入った結果が出るまでゲームをやり直すことができる。


(……二分、経った)


 重い足を引き摺り、改めて調整棟へ向かう。


 途中で黒髪黒瞳の小柄な女の子と擦れ違った。視線を交わすも、それ以上の接触はない。彼女がウゥヤ氏だろう。確かに素人丸出しの初期装備だ。姿形は思いっきり好みだから手取り足取りチュートリアルしたいところだけど今は自粛しておく。


 入院病棟みたいな廊下を進むと、目的の部屋はすぐ見つかった。昨日来たばかりだから調整槽の番号も新しいだろうと考えて正解。欠番が発生しなければ、次の数字を使うしかない道理である。それも完全無料というビジネスモデルの結果。


 他のタイトルでは、ログインしなくなったキャラの顔アイコンを『遺影』と呼ぶ。その例に倣えば、こちらはまさに棺桶。中身の遺体もあるし、最初から共同墓地に納められているオマケつき。その気になれば故人の御霊前でお葬式さえ挙げられる。


 ここの場合、これが文字どおりだから洒落にならない。そしてある日、忽然と調整槽の中から消えてしまう。あくまで噂だが、アスルタン大聖堂の地下には、廃棄インカネイトを土に還す処分場があるという。実際に運び出されるのを見た人はいないから、猟奇趣味の連中が広めた都市伝説に過ぎないのだろうが。


 求人受付で聞いた二つの名前――『レオン』『ウゥヤ』。記された棺桶が並んでいる。隣りあってはいないが連番だ。イスカ氏にくっついて来たとの話とも辻褄が合う。


 一方の調整槽は空であり、先程の勘が当たっていたことを示している。やはり廊下で擦れ違った黒髪の子がウゥヤ氏なのだ。


 余興は切り上げ、早速棺桶を覗き込む。斜め八十度の傾きに固定されたものを目にして、私は心の中で感嘆した。


(……綺麗………)


 整った鼻梁、目の位置、口元。インカネイト特有の濃やかな肌。


 黙っていれば美人、と求人窓口の受付氏は言った。眠っている人間には表情がない。心根の卑しい者なら、確かにそのほうが美しいかもしれない。


 しかし彼女の場合はどうだろう?棺桶の中で生気を失くし横たわってなお、私の目には華やいで見える。喋ると台無しになるというが、その様子はちょっと想像もつかない。神秘性が損なわれるとか、単に受付氏の好みと違う――世の中には俗っぽい艶やかな女性が好みの男性もいる。それだけのことだったのでは。


 しばらくぼんやりと見つめ、ようやく私は我に返った。


 同じミスを繰り返すわけにはいかない。貴重な情報は得られたものの、それでさっきは『再編』してもらう羽目になった。あらゆる失敗を何度でもやり直す力――私はそういうふうに認識している。


 この行為にどんな意味があるのか分からない。それでも私はラフィ様の指示に従う。目覚めたら後を尾け、本当にイーサへ向かうのか確認する。


(私は特別。ラフィ様に認められた唯一の存在)


 本当にそうなのか。頭の中を疑念が駆け巡る。


 例えばレオン氏。あり得ないくらい綺麗な人。彼女は一体ラフィ様の何?


 どうにでもできる存在ではないと思う。とても強い拘りがあるから、わざわざ人を使ってまで調べさせている。それも相手に悟られないよう、慎重に慎重を重ねて。怒らせたりして嫌われるのは避けたい?遠慮のようなものを感じる。


 それって、どういうことなんだろう?


 もしも……もしもだけれど。私なんかより遥かに特別な存在だとしたら。


 考えられないことじゃない。目立った才能もない私を、今後も選んでくれるという保証はどこにある?


 首を振って頭から不吉な考えを追い出す。


 棺桶の中を覗き込むと、やはり神々しい女の貌を今度は負けじと睨みつけた。さっきは不覚にも驚いたが、見慣れてくればどうってことはない。


(これはテストなんだ。よりラフィ様に相応しいほうを決めるための。上手く相手を出し抜けたら、必ず私のことも見直してくれる)


 できれば独占したい。でも多分それは無理。


 私とラフィ様が知り合ったのはグラキエル関連のオフ会。正確にはプレイヤーじゃなく『ウォッチャー』とのことだった。リアル世界と同等の精緻さを持つグラキエルには、それ専門のグルメ番組や旅行番組が存在する。迫真の絵が撮れるため、アクション系の映画は全て仮想世界で撮影されるほど。端役として出演したこともある私は、テレビ局主催の視聴者招待イベントに現役プレイヤーとして参加していた。


 要するに私の代わりは、探せばいくらでもいる。誰かに必要とされたいなんて思ったのことのない私は、こういうときどうしたらいいのか分からない。


(ここまで綺麗なら、私だけを見てくれるのかな?)


 やっかみも込めて、美しく生まれついた抜け殻を観察する。


 詮無いことだ。レオン氏は何度もランダム生成をやり直したのかもしれない。その執念深さが苦労の成果を大きく損ねている可能性はあれ。私はリアルのほうも悪くない自信がある。今も付き合っている以上、失望されてはいないはず。


 ようやく見飽きて、私は調整棟を後にした。


(何とかなるよね。多分……)


 根拠なき希望。希望的観測とは異なるもの。


 寂しさ募って操られたり、嫉妬に狂って殺したり。そんな極端で尖った真似ができるわけない。幼稚なくせ無駄に知能が高い、アニメやラノベに出てくる中高生とは違う。


 私は大人。それが許される歳は、とっくの昔に終わっている。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 総本部前のカフェでは、簡単な軽食も楽しめる。


 何となく小腹が空いて、席に着くなりレモンティーとサンドイッチを頼む。戦闘狂の同盟はもちろん、由緒ある連合の都市でもお目にかかれない逸品だ。素材から本来の手順を踏んで作られた料理は、複製データの試食品と比べ格段の複雑さがある。


 協会には愉しむことを目標に掲げるプレイヤーが多く、その関心はリアルの住宅事情に阻まれて叶えられなかった慎ましやかな夢へと向かう。


 例えば園芸。例えば機械弄り。例えば牧場や愛玩動物の放し飼い。ユーザの全員が必ずしもホームを求めないことから、土地は需要に対して無尽蔵と言えるほどの供給がある。


 肉厚パティと芳醇なトマトの旨味。弛んだ味覚を紅茶のカテキンがきりりと締める。レモンの爽やかな鋭さに送り出され、また食欲が増すという繰り返し。


 昼前の中途半端な時間帯だった。この時刻までに来ない人は、まず昼起きして朝食兼昼食を摂り、それから所用を済ませて夕方にログインする。ヘヴィなMMOプレイヤーには最も多く見られるライフサイクルだ。私も普段はそうであり、その常識に頭の先から爪の先まで完全に浸かりきっていたのが今回の失策。


「……むぐっ………!?」


 総本部の入口から、件の女性が現れた。


 呑気に背伸びなんかして、それから脱力。目を輝かせながら辺りを見回している。あれは絶対、何か面白いものを探している目だ。


「…ん……が……ぐっ……!」


 本格的にヤバい。喉を詰まらせて死に、折からの不具合と相俟ってログイン不能。結果としてミッション失敗。そんなことにでもなったら間違いなく見捨てられる。


 って、何なのよそれ。今こっちを見るな。いつもは厳しいパパに新しい玩具を買ってもらって、心底喜ぶ子供みたいに無邪気な視線と笑顔を向けて……!


 だが、背に腹は代えられない。いやこの場合、腹を殴られても助かるか。


「何?叩いてほしいの?」


「…ほ………し…です」


「え?よく聞こえない」


「………すけ………て」


 死ぬ。さすがにそろそろ本気で。他の客はいない。店員さんも奥へ引っ込んでしまった。今や私の命は、接触禁止の調査対象により握られている。


「…これってネタじゃなかったの?」


 喋ると台無し――受付さん、あなたの言葉は正しかったです。



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:50

Sub:追伸2

 ・カフェで注文するのは飲み物だけにすること。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 小腹が空くのも我慢して、私は尾行を開始した。


 私は身体を使うのが好きじゃない。元々ゲーマーなんてのはインドア派。そこへ来てVR技術の普及によりアウトドア&体育会系のプレイヤーも増えたが。レオン氏はどうやら後者らしい。RPGの醍醐味たる装備強化には執着を見せず、ハイキングにでも行くような格好でふらふらと町の外へ彷徨い出る。


(…準備を調える奴は臆病とか、それ系の頭が悪いことを言いたいわけ?)


 公立の初等科から中等科には、そういう脳筋な台詞を吐く連中がいた。不快なニヤニヤ笑いを浮かべて余裕を取り繕い、無謀さとか野蛮さをアピールして悦ぶ人種。クレヴァーなイケメンやスマートなオジサマ方には遠く足元にも及ばない。


 リアル社会において、腕力はいかなる時代も一定の存在感を有してきた。相手の正論すら封じ込める陰険な武器として。だがこのグラキエル世界では違う。純粋な知力さえも他者の横暴を撥ね返す直接的な力となり得るのだ。


 念のため断っておくが私はノーマル。二次元作品でよく見かける○○っ子(自主規制)の類ではない。私がラフィ様に従うのは、あの方の優しさや気品に魅せられたから。普通に結婚もして、究極のグータラ生活を満喫したいと願っている。


「ビット達。あの女の型を取りなさい」


 不可視の装甲を煌めかせて、小さな端末が曇天の空に舞った。数は六つ、高さや角度を変えて立体的に情報を得るためだ。調整棟では棺桶の外装が邪魔をして採寸できなかったが、3Dモデルを獲得すれば人混みに紛れても追跡を継続できる。



 ――三十二パーセント あと五十四秒



 レオン氏と重なって表示されるメッセージウィンドウ。これは私にしか見えないし、ラフィ様から授かった私だけの力。公式に設定されたいかなる高難度ミッションをクリアしても、これと同じアイテムを得ることはできない。


 一種の拡張現実に分類されるものだが、細かい指示を出さなくても自分で考えながら仕事をやり遂げてくれる。プログラム以前にインターフェースとして凄い。あまり楽なため、ついつい余計なことを考えてしまう。仮想現実世界内の拡張現実は、やはり拡張仮想現実と呼ばれるのだろうか……?



 ――八十七パーセント あと十二秒



 そろそろ終わりだ。これで第二段階が完了する。この後については示されていないが、夜光都市に着いたら次の仕事を頼まれるだろう。ラフィ様に選ばれ続ける私としては、ニーズを先読みして期待に応えなければならない……



 ――九十九パーセント あと二



 ほっと肩の力を抜く。そのとき順調に値を減らしていた数字が突然動きを止めた。かと思えば五時間十七分三十五秒を示し、次の瞬間には三分六秒となる。五分十一秒、一時間七分八秒、十九時間一分二十六秒、三十二分五十七秒――もう当てにならない。


「……誰?」


 レオン氏の視線が私を貫いた。


「あ……」


 チェックメイト。


 間違いなく木陰に隠れた私のほうを見ている。


 あり得ないでしょ。ここから五百メートルも離れているんだよ?



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:50

Sub:追伸3

 ・ビットによる三次元データの収集は諦めること。

 ・なるべく近づかないこと。他者の接近を察知する機序は不明。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 メールの最終行を見て、私は微かに呻いた。


 なるべく近寄らないこと。ビットの使用は避けること。二つの指示は矛盾している。しかし前者のニュアンスの弱さが、この難問を解く鍵となるか。


(……自分で遠巻きに近づく)


 それが導き出した答え。要するに古典的な尾行だ。専門の訓練を受けたことのない私に、そんな芸当ができるかどうかは疑わしい。


 充分に余裕を取り、消えかける後頭部の先を追う。単調な道だから一定の距離を保つのは難しくなかった。問題は歩く速さ。都会っ子で自信はあったのに、油断すると見えなくなることも。そんな具合だから、茂みで潜む不審な影に気づくことはできなかった。


「え……!?」


 あっという間の出来事。三人が一斉に襲ってきて、それぞれの役割をこなす。一人は喉を押さえつけ、別の一人は杖を奪う。残る一人は身体ごと組みついてきた。女性の身としては、これだけで反射的に竦んでしまう。


 離れて歩く二人がいれば、犯罪者に狙われるのは必ず後ろの人。前のほうを襲えば、後から来たほうに問答無用で見つかってしまう。おまけに私はプチ裕福そうな後衛、レオン氏は貧乏そうな前衛とくれば。どっちを狙うかは火を見るより明らか。


 目の前には汚らしい山賊共の顔があった。まずは金目当てだろうが、どうやら他のこともしようと企んでいる。まともに戦えれば圧勝でも、こうなってしまった言霊使いは普通の人より無力。あっちのほうが綺麗なのにとか、そんなことを考える余裕もない。


(ラフィ様っ!助けて!)


 救いの手は思わぬところからやってきた。


「お邪魔かと思ったのだけれど……そうでもなさそうね」


 ものの十数秒で蹴散らされるゴミ屑共。


「弱い?…あぁ、だから山賊なんて非効率な真似してるのか」


 魔法は使っていない。少なくとも私の知る範囲では。


 ただ異様に速かった。一夜漬けでは到達できないレベル。まず間違いなくパラメータを弄ってる。鯖のファイアウォールを破って解析、書き換えたとしたら相当な腕前だ。ラフィ様のビットもだが、多分あちらのほうが使い勝手は上。


「…って、いきなり何してんですか!?」


「え。追い剝ぎ」


 さも当たり前のように言われた。


 襲ってきた連中の武器はおろか、ぱんつ一丁になるまで身包み剝がしつつ。その一丁にすら未練を持って見えるのは、是が非でも私の思い違いであってほしい。


「だから、どうして!」


「物資に余裕がないもの。戦場で敵兵の装備を奪い取るのは、ずっと昔から行われていることよね?」


 ここは戦場でもないし、神話や伝承に含まれる中世のミリタリー事情なんて分かるはずもなく。呆れる私を尻目に戦利品の吟味まで始めていて。


「…碌なのがないわね。売り飛ばすにしても町まで運ぶのが面倒だし……」


「奴隷ですか!?さすがに人道上マズいと思います!」


「そこまでは考えなかったわ。あなた結構やるわね」


「あ……いや……」


 勇み足で変な感心をされたり。いずれ勝手なことを言ってる。お金はもちろん一番最初に懐へ入れてしまった。これではまったく、どっちが山賊か分からな……


「…どちらが強盗か分からない、って思ったでしょう?」


 どうにか表情を隠すことだけは成功。私に構わず武器を拾い上げた。


「これだけにしとくか。鎧は町まで帰るのにも必要だし」


 妙な気遣いを見せる。一番重そうな金袋を摑むと私に向かって放り投げた。


「慰謝料」


「え……」


「でも殺すのは勘弁してね。インカネイトにも魂はあるから」


 何言ってる。この女、頭がおかしいのか?


「いずれ解るわ。分かるようにする。だから無謀な真似はしないで」


 杖を置いても魔法を使えなくなるわけではない。代わりに短剣のひとつも携え、革鎧を身に着ければフェンサーで誤魔化せる。言霊使い丸出しのまま、単独で治安が悪い辺境を抜けようとしたことは確かに無謀。いっそ恥ずかしいとすら言えるレベル。


 それにしたって酷い。私も相当な中二病だが、その遥か上を逝っている。


 私が魔界伯爵なら、レオン氏は公爵を飛び越えて大公か最上位の魔王クラス。生かしておくメリットのない山賊の命を救うなど主人公症候群の疑いあり。このまま放っておけば類例なき『魔皇帝』の称号すら恣にしてしまうかも。いずれにせよ危険。これ以上この女に近づくのは。折れかけた心を励まし、早々に立ち去ろうとしたとき。


「あなたも夜光都市へ向かうのよね。私はレオン、よかったら護衛も兼ねて一緒にどう?心配しなくても堅気の人を襲ったりはしないから……あ、でも。お酒を飲んで絡んだり、別の意味で襲ったりはするかもしれないケド♪」


 この後も一緒に御飯食べるなとか、お風呂に入るなとかいう意味不な追伸メールが続いて。


 推定五回目、マナが漲る気配。ラフィ様の『再編』が始まる予兆だ。


 これで大丈夫。全部やり直し。私の失敗はなかったことになる。


 本当に凄い。種も仕掛けもないそうだから正真正銘の神業。


 それにしても……いや些細なことなんだけど。


 多分、私の勘違い。怖い目にも遭ったみたいだし、気持ちがささくれてるだけ。


 うん。そうに決まってる。


 メールの文面が、少しだけ怒ってるような……?



From:rafi To:froggy 0414/10/09 12:48

Sub:お願いの変更

 急ですみませんが、ワヤドとイーサの確認をお願いします。レオンについては泳がせておいて大丈夫でしょう。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「『中世』エリア。インカネイト名『アスラン』」


 蜂の巣を突いたような騒ぎが聞こえてきて、私は棺桶の戸を蹴り開けた。廊下へ出ると見知った顔が歓声を上げる。


「アスランさん!大丈夫でしたか」


「んむ。この騒ぎは何ぞ?」


「それが……」


 彼は最近ワヤドへ来たばかり。ガンアクションがホームグラウンドで弓矢を使いこなそうとしていたコンバート組だが、諦めて軽装のダガー使いになった。やはり飛び道具のセンスは抜群で、白兵戦よりも投擲による奇襲作戦が得意。


「…ユニゾンして協会の奴らが攻めてきました」


 ここ『中世』エリアと『近代戦場』エリア。これらは同じゲーム世界にありながら、それぞれ全く別の独立した閉鎖系だ。あるパラダイムでのプレイ結果を以て他のパラダイムに直接的な影響を与えることはできない。セカンドキャラ、サードキャラを作りさえすれば、身体能力の初期化を伴うコンバートもしなくて済む。


 インカネイトが何人いようと、つまるところプレイヤーは一人だ。VRMMOの特性上、一度に動かせるアカウントは一つ。同盟に対し質で劣り数に勝る協会は、他のパラダイムで陽動作戦を行うことによりワヤドを手薄にしてみせたのだ。


「支部に攻め込まれるなんて。遊撃隊は何してたの」


「はっきりしたことはアレですが多分マナ停。ニュース見てませんか?ミスラの西で大規模な精錬所事故があったらしくて。ガチゲーマーが多い分、うちは都会の自宅警備員も多いですから」


「……事故?マナ精錬所の?」


 それってヤバいんじゃ。下手すると汚染されて住めなくなるし、避難民を受け容れるだけでも周辺地域がパンクしかねない。にしてはパパもママも、帰ったとき普段と変わらなかった。うちもミスラの首都圏だが、たまたま影響を免れたのだろうか。


「とにかく私も出る。ホームに合わせて人員を再配置したほうがいいかも」


 完全にキャラコンバートをした彼には無理だ。しかし他のメンバーには、可能性のある者も多い。同盟発祥の地は、ここならぬ『近代戦闘』エリアだったから。


「私は前線で盟主を捜す。サームさんは非常呼集よろしく。土曜の午前で厳しいと思うけど、何もしないよりマシ」


 ログイン率の低いギルマスの指示にも従ってくれた。宣言したことを半分だけ実行するために、私も調整棟の外へ向かう。


(さて。どう転ぶ……)


 考えながら走っていると、敵が三人ほど襲ってきた。かなり柄が悪い。アスルタン以外の町では見かけない人種。褒賞目当ての傭兵か何か。これではっきりした。この攻撃は一部メンバーの独断によるもの。


「…『焔の息よ。我創り出さむ、大いなる輝きの緋扇』」


 遺体が臭うのは生焼けだから。灰で噎せたりしないよう鼻と口を塞ぐ。


 この『アスラン』はラフィ様と知り合う前から使っている。美少年っぽい顔がお気に入りで、週四日は魔法習得ミッションや装備強化をこなしていた。『けろ』には無理な大技を連発して攻めきることも。ソロ言霊使いの鉄則は、頻繁に戦場を変えること。捕まらないのはもちろん、マナが薄れると攻撃も防御も途切れてしまう。


 それから五人ほど黒焦げにして、昼前に始まったらしい防衛戦は終了した。


 盟主の秘書から『ギルドマスター諸侯』と題したメールが届く。今回の件を話し合うのだろう。敵の侵入を許した遊軍ギルドの責任についても。紛糾が予想される。


 サブマス初めギルメン連中が続々と集まってきた。マナ停の影響はどうやら最小限だったらしい。昼間なことを差し引いても結構数が多い。


(…あれ。サームさん……?)


 このとき私は不本意ながら気づいてしまった。非常呼集は出されたものの、調整棟の棺桶にも砦内のどこにも彼の姿が見当たらなくなっていることを……



 ☆★☆★☆★☆★☆



「…以上が、正午前から十三時過ぎまでの防衛戦に関する報告です」


 盟主秘書えりっちさんは、出席者全員を見渡してパピルスの資料を閉じた。


「事実関係に訂正はありませんか?とりあえず応戦ということだったので、こちらも自信がないんです。なるべく違う視点からの補足をお願いします」


 視線を交わすマスター達。やがてないな、との声が口々に上がった。慌てて作ったものと言いながら、この報告書は大変よくできている。そのためリアルでも社長や政治家の秘書ではないかという噂が絶えない。そんな社会的地位のある人が、ゲームに現を抜かす時間があるのかは疑問だけど。


 この場に集まったギルドマスターは十二人。他にもマスターはいるが、最高幹部と言えるのはこの顔ぶれだ。一人は荒らしにギルドを潰され出席資格停止中の計十三人。中二病の私としては盟主をアーサー王と戴く円卓の騎士でも気取りたいところだが、残念ながらお呼びではないらしい。


 ディープな真正ゲーマーはリアリストなのだ。無数のタイトルをプレイしたため、貴重な自己表現の機会であるキャラ名さえ一発ネタのための文字枠と化している。盟主秘書殿もその気はあるが、とりあえずマシなほうと言える。『jyhtgr』(キーボードに指を滑らせただけ)とか『姉さん僕もう』とかいうふざけきった名前が多い。


「協会にしては凄かったよね。相変わらず質はダメダメだけど」


「数は揃ってた。不具合にかこつけて治安回復狙ったとか」


「情弱の野良雇って?協会にそこまでの強者いるかな?」


「かといって連合はそこまでやる気ないし。お行儀いいから」


「山賊のほうが一枚か二枚上手だよねwwww」


 こんな感じだ。ある意味、危機意識なんてない。攻められても絶対に負けることはないものの、寡兵だから版図を拡大できないことも分かっている。それゆえ廃人と重篤プレイヤーだけの狭いコミュニティの中で、ひたすら相手の上に立とうと全精力を注ぐ。


 どんなに美味しい食べ物も、全員に行き渡ったのでは意味がない。自分だけが――あるいは自分と近しい数人だけが。その親しい相手にも恩を売りつけねばならない。この俺が、私が手に入れさせてやったのだと。常日頃から、そのように考える人種。


 こいつらの強さは確かに異常だ。この場に私がいられることさえ、いっそ不思議と思えるくらいに。それも同盟では稀な、数と組織による力のお蔭。


「…ラフィ様。もう充分ですか?」


 小声で呟く。こちらから回線を開けば、グラキエル世界とリアル世界の通話も可能だ。そして向こう側の声は、どれだけ張り上げても私以外に聞こえることはない。


(お疲れ様でした。少し休憩の後、次はイーサへ向かってください。必要があれば、またレオンとの接触をお願いするかもしれません)


 少し驚いた。変更に変更を重ねる――長期視点の見通しを描きたがる、聡明なラフィ様にしては珍しいこと。


(今は非常時ですから。ワヤド、イーサ、ミロスそれぞれ数時間置きに視察してください。何かあれば連絡を欠かさないようにお願いします)


「…了解」


 映像回線が切れた。つまりここからはリアルタイムの『再編』が期待できないということ。お預かりしたビットと私自身の力だけで任務を遂行しなければ。


 同盟は静観することに決めたようだ。まあ人数は少ないし、無理からぬことかもしれない。ミロスを離れるとき、協会は何かしらの動きを起こそうとしていると風の噂に聞いた。時刻から考えて、あの襲撃騒ぎではないと思う。向こうの使者なり軍勢が現れてから、精々本気になって慌てることだ……


「…相変わらず黙ってるねぇ。まあ、発言権ないの分かってるからだろうけどさ」


 遠巻きに眺めていると、出席者の一人が私に水を向けてきた。その尻馬に乗る、度し難いお調子者がもう一人。


「だってアスランちゃん弱いもん。ログイン率も低いし。ギルメンの面倒みないギルマスとかありえないでしょ」


「次は席ないかもよ?ちゃんと自分も鍛えないとさ」


「なるほど。仰るとおりですね」


 あっさり頷いたので、盟主を除く全員が唖然とした。


「死んだ人の席はなくなる、そのことに例外はないでしょう。ですがお忘れなく。うちは少人数のカリスマで作り上げたギルドではありません」


 マスターが代替わりしても議席自体は維持する。


 私達の力は『数』。二番目に大きいギルドの約四倍、中堅クラスのベテランゲーマーが多数在籍している。攻城戦の三倍則に触れるまでもなく、単独で同盟内のギルドを滅ぼせる可能性を持つのは我が『親衛隊』を措いて他にない。


 無数の小派閥に分かれた張子の虎だけど、それでも虎は虎。野良よりは結束しやすい。十人程度ならすぐ動かせるし、ラフィ様の頼みを聞くうえで結構便利でもある。


 他のギルドはマスターの戦闘力で惹きつける小さな所帯。平時なら問題ないが、今の特殊な状況下ではどうか。メンバー一人の死が無期限の戦力低下に繋がってしまう。そうなれば領土を維持できなくなるのは、火を見るより明らか。


 飛び抜けた英雄は要らない。気骨ある勇者達が多く揃っていれば。


 ギルドやアライアンスは、純粋にヒト同士の契約で決まる。上限人数の設定もなし。企業の社員数が法令で規制されないのと一緒だ。


 ちなみにビットを使えば楽勝。後が面倒臭いから我慢してるんだけど。


「き、協定違反だろ!」


 最初に挑発してきた男。慌てたように椅子を蹴って立つ。


「同盟内の刃傷沙汰は御法度だ。☆ナマコさん、ここは盟主として毅然とした対応をするべきじゃないのか?」


「可能性を言っただけですよ。油断してると協会にやられる。欠員だらけのギルドは没落もやむを得ないかな、と」


 応じながら私は上座に視線を向けた。


 会議の最初から何も言わず、にこにこ微笑んでいる少女――もとい幼女。外見は完璧に中の人の趣味。それより問題は別のところにある。


 このインカネイトはダミー、いわゆる捨てアカなのだ。小さな女の子キャラを未成年禁止エリアで使うためだけに、毎月一回アスルタンの公式衛視と壮絶な脱出戦を繰り広げている。初期能力値でも他のマスター達と実力的な差はないというから驚く。


 ただ、このところは中身――精神のほうも急激に幼児退行が進んでいるのではないかと専らの噂。どうせ演技だろうが、廊下で擦れ違うと妙に怯えていたりするらしい。


「……ん~~……」


 童顔を曇らせながら悩み、議長用のハンマーを打ち鳴らすと明るい声で宣言した。


「…ぎりぎりアスランちゃんの勝ち、かな。でも今後、誤解を招く発言は控えること!売られた喧嘩は全部私に預けること!以上!」


 再びハンマーを鳴らし、更に大きな声で「閉廷っ!」と叫ぶ。


 いつから裁判所になったんだよ、とは居合わせた全員の心の声。緩んだ生温かい空気が、代わってこの場を支配する。


「…それでは、皆さんお疲れ様でした。何か進捗があれば、再度私のほうから御連絡を差し上げます」


 秘書氏が淡々と補足。主は玉座の置物に戻って……


「差し上げまぁす!」


「………………………」


 同盟という組織は、盟主閣下の御機嫌な遊び場なのだ。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 翌朝ミロスへ戻ってみた。案の定、協会でも会議が開かれたらしい。


 気になったのは、前日の襲撃事件について何も噂がなかったこと。呑気な協会での情報統制は考えにくい。もしかしたら本当に知らないのか。死んだ者以外は残らず捕虜にしたから、そういうことだってあるかもしれない。


 連合のほうは平常運転。運営のお膝元にいる自分達だけ「世は全て事もなし」って話でもないと思うんだが。いずれにせよ動きはなかった。平凡にミッションをクリアして、普通に狩りを愉しんで、変わらず開拓に勤しんでいる。


 戦闘の同盟、産業の協会、開拓の連合。昔どこかのガイドブックで、そんな言葉を見たことがある。こんなときでも――いやこんなときだからこそか。どのアライアンスも、自らの特性を色濃く顕さずにはいられない。


 大国が惰眠を貪る中。次に続く変化は、私が思うより早く辺境の土を踏んだ。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「侵入者?」


 報告を受けた私――『深紅の大熊』頭首エルネスタは、軽い驚きと共に訊ね返した。こんな辺境に客とは珍しい。物好きな命知らずがいたものである。


「はい。男は大剣、女が杖。もう一人は何も持っていません」


「素手か。ますます珍しいな」


 頷いて続ける。そいつは小柄な女?だという。疑問符がついたのは、平板な体つきで髪も短かったから。しかし繊細とすら言える容貌は間違いなく女。


 嫌な予感が脳裏をよぎった。半年前の悪夢も同じような姿で現れた気がする……


(あいつは荒らしだった。仲間なんかいるはずない)


 不安を振り払って部下の後に続く。緒戦の激突で死んだ彼は、名誉ある戦場が忌まわしき混乱の渦に呑み込まれてゆくところを見ていない。


 あれは領土回復戦の最中だった。協会所属ギルド『あいす☆とーねーど』の奇襲を受け、我ら『深紅の大熊』が領土の四割を失ったときのこと。もう少しで押し潰せるところだったのに、そこであの化物が出てきた。まず我が軍に襲いかかり、甘い期待を抱かせたところで敵軍にも牙を剥いた。


 誰彼構わず殺しまくり、結局生き残れたのは私と敵軍の将を含む十数人だけ。最後にやられたのは『あいす☆とーねーど』の言霊使い。血の海に沈みながらも、賊はまだ生きていた。護身用のダガーを奪われ、そのまま脇腹を刺されて死んだ。何故そんなに近く寄ったのかは分からない。以後、話をする機会もなかったから。


「…いました。奴らです」


 言われて足を止め、叢へ身を隠し。それから驚愕した。三人のうち二人、大剣を背負った男と杖を持つ女に見覚えがあったのだ。女のほうは荒らしの討伐に決定的な役割を果たし、やられた仲間の仇を一緒に討っている。名前は噂で聞いた……そう、イスカ。


 いつ仕掛けますか――目で訊ねる部下を、私は片手で制した。彼女らのせいで幹部資格を停止されたと思う者は少なくない。しかし守るべきものが仲間の命だけという今、犠牲を覚悟してまで戦うメリットもなかった。ここは先に姿を現し、落ち着いて話ができる空気を作ったほうが賢明だろう。ゆっくり立ち上がると、私は声高らかに名乗りを上げた。


「我が名はエルネスタ。同盟十二師団が一つ『深紅の大熊』のマスターだ。貴君は我らの領土を侵している。来訪の意図を説明されたし!」


 顔を見合わせると、大剣の男が進み出た。概ね堂々としている。名乗りを求めなかったのは、元より互いのことを詳しく知っているからに他ならない。


「協会所属『あいす☆とーねーど』サブマスターのハンスだ。目的は盟主との会見。具体的な話はこっちの女から聞いてくれ」


 言いながら元の位置へ戻った。部下達からは「ふざけるな」だの「サブマスごときが」だの総じて不満の声が漏れる。


 それはそうだろう。アライアンスのトップと再建途上ギルドの副長。軍隊で言えば二階級か三階級の違いがある。一国の元首を相手に大佐クラスが話をするようなものだ。況してやイスカは無役、好意的に解釈しても言霊の長シャロンの補佐。残る一人に至っては、どこの馬の骨とも分からない。


「…私では不足か。へこぽんのカウンターパートと見るなら、必要十分と思われるが?」


 穏やかに言ったつもり。形式の非礼よりも、まずは流血の事態を避けねばならない。ただでさえ先日、鉄砲玉による支部襲撃があったばかり。ここで三人を殺せば、同盟と協会は全面戦争に突入する。


 仲間のほうを振り返ると、ハンスが小声で愚痴っぽく囁いた。


「だから言ったじゃねーか。いきなりエースを切るべきだってよ」


「そうかな?お蔭でこの人の位置付けが分かったじゃない。没落ギルドのトップと同格、大した権力は持ってないってね」


「没落って言うな!再生中と言え!それにエルネスタだってな、明らかにお前より強ぇんだぞ。幹部会を追放されたといっても侮れる相手じゃねえ」


「やってみなくちゃ分からないよ。せっかくだし、ちょっと試してみようか?」


「いいからお前は黙ってろ!…イスカ、やっぱりこいつは帰したほうがいい。お子様だから社会の基本を分かってねーんだ」


 ……聞こえている。全部余すところなく聞こえているんですが。


 二人の頭を等しく杖で殴ると、イスカが前に進み出た。女子も三日会わずば括目して視るべきか。半年前とはまるで雰囲気が違う。


「協会の全権大使イスカです。代表幹事の親書をお届けに上がりました。突然お伺いして恐縮ですが、盟主の☆ナマコさんに取り次ぎをお願いします」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 その連中が現れたのは、ギルドのホームにいるときだった。


 誰にも邪魔されない至福の楽園。特別に認めた仲間だけが入境を許される。そこで私は、重要な儀式を行っていた。とても危険であり、余人に知られれば世界が滅ぶ。盟主であっても取り次ぐなと守衛の子に伝えたほど。


 見た者には確実な死を――秘密にするのは、お互いの幸せを考えてのことだ。それでも生きていたいのなら、我々の仲間となってもらうより他なく。


 覚悟はいいだろうか?では私の楽園に御案内しよう……



「んん~♪クヂャたまセフェリスたま最高☆うきゅ~」


 ぎぅっと精巧な縫いぐるみ抱っこ。いやいやいや、はふぅ……


「シィモアたんとレーザドたんも可愛いよねぇ~。もーどうしてくれちゃおうかな?」


 別のゲームキャラ縫いぐるみ(♂)を摑んで頬擦り頬擦り頬擦り。ええもう、意識飛んじゃってます。以前エルネスタに見られたとき、思わず吐きそうなくらい怖かったって言われたけど。あの筋肉女には、この子達の魅力が分からないのだ。


「今日はねー、みんなに新しい友達を連れてきたんだよ?…ほら、ルファースたーん!あっこら、駄目だよ喧嘩しちゃ。仲良くしなさい♪」


 ここで私は、滅びの時を予感する。


 説明したくもない。邪悪な天敵の襲来だった。


「やめんか変態!気色悪い!」


「げふっ」


 いきなり蹴られた。かなり痛い。もんどりうってベッドから転げ落ちた。なおも容赦なく怒鳴りつける。あんたは悪魔か、地獄の鬼か。


 変な女であることは保証する――こいつは私を、いつもそんなふうに紹介する。他人のことは言えない戦闘マニアの中二病が。そのせいで評判は駄々下がり。廃人率高めの同盟でも、ヲタクがキモいって男子は結構な割合で存在する。


「何すんのよ魔界伯爵!あんたが〇×△□(自主規制)系のヤバいヲタクだってバラされたいの?」


「黙れ楽園侯爵。また崖の上から吊るされたいのか?お前に客だ」


 言われて、ようやく周囲を見渡す。


 私は取り囲まれていた。エルネスタとその副長デュラン(彼は視線を逸らしている)、そして余所者三人と申し訳なさそうな同好……もとい側近の子。


 よく見れば全員知ってる。あの三人はラフィ様から聞いた奴ら。もう見張らなくていいとは言われたけど、そういえば同盟領に向けて旅立つのを見送った。全員それなりの腕利きと記憶しているが、目的のほうは分からず仕舞い。監視を頼まれたときも、結局何ひとつ教えてもらえなかったような……?


「…アレと交渉しなければならないのですか?」


 白いローブの女が嫌そうに呟く。さも合理的で、効率の悪いことは絶対に認めないような顔をしている。つまり私の苦手なタイプ。


「悪いが、そいつ以外のコネがない。他の幹部連中は、自分が優位と見れば碌に話も聞かないからな……」


 これはエルネスタ。どうやら私に何か相談があるらしい。


「でもよ……アレだぜ?まともに会話成り立つのか」


 男の声に不愉快さが滲む。でもというのはこっちの台詞だ。レディの寝室に上がり込んどいて、その言い種はないと思う。


「すみませんアスランさん。お止めしても聞いてくれなくて」


 この子は悪くない。エルネスタなら命までは取らないと思ったんだろう。事実そのとおりだし、まあ大体の状況は想像できた。同じ趣味なのがバレたら殺される――そう思い込んでしまうくらいに、ローブの女が放つ殺気は恐ろしかった。


「協会全権大使のイスカです。お楽しみのところ邪魔して申し訳ございません」


 全然そう思ってない口調で言い切った。この女は嫌い。ラフィ様に殺せと命じられたら、多分リアルでも遠慮なくやっちゃう。


「すまねえな。少しだけ付き合ってくれ。あんたに大事な話がある」


 筋肉男はアウトオブ眼中。そしてもう一人は……


「…僕達、盟主に会いたいんだ。親衛隊って側近のことでしょ。そのマスターなら、余所者を紹介するのも難しくないよね?」


 雷に撃たれました。まさか……その、まさかです。


 驚きのあまり敬語になってしまうほど。こんなことがこの世にあるなんて。


 変に聞こえるのは承知の上、思わずお願いしてしまいます。もう一度言ってください、後生ですからと。エルネスタが変な顔をしたのは言うまでもありません。


「え?いや、だから僕達を盟主に紹介……」


「……ありがとう。話は分かりました」


 本物の僕っ娘!いやエレン語は区別つきませんけど。脳内で勝手に変換しますた。


 ラフィ様に感謝です。この御恩は必ずお返しいたしますね。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ウゥヤたんの動機は、イスカのために働くことだった。彼女の望みが叶うように。『狂犬』の悪名が薄れて少しは立場がよくなるように。


 何のことはない、私は知り合ってから五分で失恋したというわけ。ラフィ様をレオンに取られ、ウゥヤたんは最初からイスカのもの。


 思わず泣きたくなったけど、約束は約束だからなとエルネスタに見透かされてしまえば放り出すわけにも。ええ、ええ。分かってますよ。盟主に会わせればいいんでしょ?ただ盟主は、どうもこのところ様子がおかしい。


「どういうことだ?詳しく説明しろ」


「うん。何ていうか……人前に出なくなった。だから会わせるのは難しいと思う」


「……あの盟主が?まさか」


「他にもあるよ。目を見て話せなかったり、廊下で擦れ違うとき逃げ腰だったり。最初は巧妙な演技だと思ってたんだけど。そういうことが続いて、現在に至る」


「わけが分からん……それは本当に盟主なのか?」


 その反応は理解できる。でも事実だった。協会から来た三人のために、もう少し詳しく説明する。


「エルネスタとデュランさんは知ってるけど。うちの盟主、捨てアカなんだ。毎月末にBANされるから、直後は幹部でも見た目が」


 別に不正というわけじゃない。他のユーザから現金を騙し取ったりしなければ。一応規約違反だから、メアドと口座のリアル情報確認で弾かれるだけだ。マネロン絡みで公安の名簿に載るくらいのことはあるかもしれない。そのあたりの面倒な説明は、私の代わりにエルネスタがやってくれた。


「誤解を恐れずに言えば、我らが愛する『皆殺し』と一緒……いや恐らくそれ以上だな。公式衛視を子供PCで撒く、そんな真似を他の者ができるとは思えないんだよ」


 そして盟主の目的は、荒らしや犯罪などとは違うところにある。


 小さな女の子キャラを使いたいから。要するに単なるロリコンだ。


「よかったですね。あなたのいいお友達になりそうで」


「何なら移籍してもいいぞ?推薦状を書いてやる」


「虐待で訴えるよ。言葉の暴力反対」


 とりあえず盟主のいる町まで案内することになった。


(こいつらは、あのレオンと関わりがある)


 調べておけばラフィ様のお役に立てるかも。そして一緒に御褒美のお茶。何となくだけど、そういう下心があったのは間違いない。


「ところでエルネスタよ。領土は買い戻せたのか?」


「…お前が言うか。四割は協会に取られたままなんだぞ」


「いや……まぁな。それで、どうなんだ?再建できそうなのか?」


「直轄領化なんてのは単なる口実。実際に買い戻した奴はいなかった。うちは大きすぎたから他の十一諸侯が牽制しあってな。結果、誰のものでもない無法地帯になった」


 移動する間もよく喋った。ハンス氏が近況を訊ねると、エルネスタはギルドの経営について愚痴を零す。リアルの彼は、意外にも結構な歳の大人らしい。


「……苦労、したんだな?」


「まだまだこれからだよ。いっそ引退したほうが楽かもしれん……息抜きのはずが、仕事以上のプレッシャーを感じる」


「分かります。軽い気持ちで始めたのが、いつの間にか時間を支配されて」


「そうなのだ。利益を配分できるうちはいい。だが一度失敗して、急な坂道を転がりはじめると……」


「あっという間。リアルの経営と一緒だな」


 身に抓まされる話だった。とりあえず今は、できることをやるだけ。


「どうしたアスラン。黙ると死ぬぞ?」


 筋肉なりに気を遣ったらしい。唐突な設定は理解に苦しむところだが。それでも私は一縷の望みに賭け、友達に甘えておくのを忘れなかった。


「イケメン紹介して。そしたら元気になるかもよ」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 ラフィ様からの連絡がないまま、私達はワヤドの町に到着した。


 レオンの存在を知って以来、この沈黙が何となく怖い。今までにも一週間以上放置されることはあったが、こんな不安は感じなかった。歩いてるときも上の空で、何度エルネスタに足元を注意されたか分からない。


 こっちからメールを出すことも考えたが、やはり躊躇われた。指示がなければ何もできない無能な子と思われたくないし。万一にも無視されたら立ち直れそうにないから。


「アスラン氏の言うとおりか。本当に調整棟以外は入れん……」


「盟主のギルメンも同じだった。例外はえりっちだけらしい」


 領土持ちの大ギルドは、それぞれの拠点に調整棟を持っている。幹部資格を停止されながらも、エルネスタ達『深紅の大熊』はその特権を死守していた。


「……えりっち?」


「そういう名前なの。盟主のギルド『海鮮☆市場』のサブマスを務めてる」


 何もしないマスターだから、事実上は彼女がトップ。典型的な事務屋だが、何でも卒なくこなすため参謀格としては申し分ない。


 ここまでは事前に調べたとおり。十中八九、えりっちが代役として出てくる。これで全権大使殿が諦めてくれればいいのだが……それは確かめるまでもなかった。


「忍び込みましょう」


「だね。他に方法はなさそうだし」


 それは同盟幹部の前で言う台詞じゃない。


「いやいやお前ら、ちょいと待てよ」


 さすがにハンス氏が止めてくれた。常識あるオジサマ最高。


「それじゃ俺様が楽しめねえだろうが。正面からガツンと行こうぜ?」


 ……もっと非常識だった。エルネスタとデュランさんまで潜入ミッションの相談を始めるに及んで、私は説得を諦めた。もう、どうにでもなれ。


「任せろ。しっかり不埒者を演じてやる」


「楽勝じゃない?演じる必要ないもんね」


「黙れ伏せ字野郎。イスカに怪我させたら殺す」


 陽動は変装したエルネスタとデュランさん、それにハンス氏。


 エルネスタは同盟屈指のフェンサーだから、全く助ける気が起こらないのは何だけど。潜入部隊の私達は裏口へ。せっかくの珍しい光景を楽しめないのが残念。


 支部の建築様式は、古代ニケアの伝説を模している。白塗りの壁が敷地を囲み、内側に用途別の建物。どちらかと言えば軍事施設の色彩が強い。


 最も人口が減る早朝。私達三人の姿は、瓦屋根の上にあった。


 勤務時間の都合でデュランさんは外れたが、残る二人で陽動をやり遂げてくれた。お堅い仕事と聞いてるし、とりあえず仕方がない。質実剛健な雰囲気からして、私は勝手に軍人か警察官の類だろうと思っている。


「…本当に人がいないね」


 朝焼けのゴーストタウンを見つめながら、ウゥヤたんが呟く。


「世界に僕達しかいないみたい」


「本当にいなかったら困りますが。そのあたりアスランさん、どうなのでしょう?」


 ログアウトしていたらという意味。が、その点については心配無用だ。


「盟主がいないときは、必ずえりっちさんがログインしてる。二人ともこっち側に住んでるようなものだから、話ができないことはないと思うよ」


 いわゆる典型的な廃人。グラキエルで莫大な金額を稼ぎ出し、もう最低限の食事と排泄以外リアルに帰る必要性を感じなくなった人種。あの二人にとってはゲーム内こそが現実なのだ。本物の肉体がどうなっているか、想像するのが恐ろしくもある。


 大抵の人にとってグラキエルは遊び。今こそラフィ様のためだけど、最初は私も。そういえばイスカの目的を、まだ聞いていなかったが。


「……お金です」


 身も蓋もない答えに、私は唖然とした。


「いけませんか?」


「…いけなくは、ないですけど。もっとこう、他にもありますよね?楽しくお喋りしたいとか、強くなって目立ちたい、とか……」


「ないですね。そういうのは」


 言霊もなしに飛び降りる。軽く三メートル半はありそう。案内役のはずが出遅れてしまった。慌ててウゥヤたんの後を追う。


「えぇっと足場……『浮かべ。硬くなれ』……」


「まどろっこしいな。ちょっと摑まっててよ」


「!?」


 戻ってくるなり攫われた。そして何の小細工もなくジャンプ。瓦屋根が遠ざかる。こんな怖いこと、自分では絶対しない。地面に背を向けてるのがせめてもの救いか。


 それから鈍い衝撃、気がつけば庭石に座っていた。車も買えそうな値段を思い出し、悲鳴を上げながら飛び退く。見ていたイスカも驚いている様子はない。


「じゃ、行こっか」


「案内よろしくお願いします」


「…………………」


 今更、文句を言う気も起こらなかった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「おはよう、えりっちさん。アスランだよ。いる?」


 読みどおり、ギルドの区画に人影はなかった。ここの入口には当直が二人いたが、それはウゥヤたんが眠らせている。視線は調整棟のほうを向いていて、盟主見たさの侵入者より他アライアンスが放つ鉄砲玉に備えたものだろう。


 ドアの向こうから、低く押し殺した声が洩れてくる。


「…一人ではないようですね。あなたの他に……二人。どちらも女性」


 歩いてくる気配を察知されたか。今更隠しても仕方ないので、正直に白状する。


「実はね。お客さんを連れてきたんだ。エルネスタの紹介だから大丈夫。危険がないことは……多分、保証する」


 我ながら頼りない言葉。いい奴だからこそ、それだけに騙されないとも限らない。


「…盟主は外しております。用向きは私が伺いましょう」


「できれば会えないかな?外交的な話なんだ。このところ様子がおかしいことは知ってる。絶対に口外させないから安心して」


 二人にアイコンタクト。無言のまま頷き返してきた。


「約束してくれるって。だから」


「Password 『rg4s7mnk』,open.」


 蝶番が軋みを上げた。部屋の中には言霊使いのえりっちさん、その腕にしがみついて怯える女の子がひとり。幹部会で見たピンク髪のロリキュートで間違いない。小さな手を優しく握り返すと、切れ長の瞳がウゥヤたんとイスカを狙撃した。


「私達の盟主は捨てアカ。昨今の異常事態による悪影響を受けません。暗殺行為は心証を害するばかりで、何ら益がないことを憶えておかれますように」


「……………」


 えりっちさんの蔭に隠れる。これじゃ普通の子供と変わらない。こっちが素なら、幹部会での姿は巧妙な演技。だとすれば、よく仕込んだもの。同盟の十一大諸侯が全員、見事に騙されてしまったのだから。


「……アスランさんの考えているとおりです。この子……ケイト=ハーティリーは、盟主☆ナマコではありません。いいえそれどころか、我が同盟のメンバーでさえも」


 確かに聞いたことのない名前。それなら無関係の子供を攫ってきたのか。


 戦力を集めれば、アスルタンから連れ出すことはできるかもしれない。若しくは保護エリアの消滅に伴う未成年のログイン制限が解除されたとか。いや仮にそうだとして、えりっちさんが盟主でもない子供を匿う理由にはならない……


「本物が現れないんだね。月末から何日経っても」


「今回のPSEは七日前。アカウントを再作成する時間はあったはずなんです。みんなが☆ナマコの不在を言い出した頃……あの子が現れて」


 替え玉にした。多分、全く戦えない女の子を。


 ……それにしても。


「ケイトちゃん、だっけ。子供はアスルタンしかログインできないよね。どうやってここまで来たのか、よければお姉さんに教えてくれないかなー?」


「……………っ」


 涙目でえりっちさんの後ろへ。確かに可愛いけど、私の営業スマイルで屈しないとは生意気なクソガ(自主規制)。別に懐かれやすいほうじゃないし、ウゥヤたんとイスカも警戒されてるから痛み分けだ。今回のところはよしとしておく。


「…申し遅れました。協会全権大使のイスカです。このパラダイムに限った話ではありますが、あなた方と休戦協定を結びに参りました」


 南の協会は西の連合と東の同盟に挟まれ苦しいこと。同盟が協会を併呑しても連合と拮抗するほどの戦力増強には時間がかかること。それらを理路整然と説明した。


 受け容れないときは、国境地帯を治める『深紅の大熊』が協会側に寝返るという。防波堤を務めた挙句に味方からも狙われるのでは業腹ゆえ。すぐには弓引かないつもりだが、いずれ古巣とも戦わざるを得ないだろう、と。


「…アスランさん。今の話は……」


「知らない、知らない。これは私も初めて聞いたし」


 自分が楽しめる場所へ行くのは当然。負担を強いるばかりで配慮が欠けていた――有体に言えば、そういうこと。見限られても仕方ない。


「協会には『深紅の大熊』を受け入れる用意があると?」


「味方が多いに越したことはありません。ですが個人の感想を言わせてもらえば、『深紅の大熊』は好敵手でした。以前の形に戻れるなら、それが一番だと思っています」


「…処遇については検討します。その代わり……」


 こうして元の鞘に収まることが決定した。盟主の不在については秘密を守る。要は事件前と同じ。正体不明のケイトが現れたことを除いては。


「…結局、何だったのさ?影武者やらせるにしても、分かってないと気持ち悪いよね」


 こんな台詞を聞いたら、ケイトがどんな顔をしてるか見なくても分かる。


「言葉を選んでください。が……落ち着かないのは事実ですね。少なくとも、どこから来たのかは確かめませんと」


「…だよね。あんなの見せられると疑り深くなっちゃう」


 あんなのってどんなのだろう?口振りからすると二人には好ましくないもののようだ。加えて理解に苦しむ何か――ラフィ様の『再編』能力も、全部やり直せる代わりに私の記憶まで飛ぶ。前の世界であったことをラフィ様は憶えてるのに。ゲームの中とはいえ、やはり信じ難いことではある……


「お茶に、しましょう。話をしたら、少し楽になりました」


 えりっちさんが淹れ、ケイトの運んでくれたミルクティーを飲みながら考える。


 イスカ達はレオンと関わりがある。レオンはラフィ様と関わりがある。イスカ達とレオンは、必ずしも敵対関係じゃないようだ。少なくともイスカについては、ミロスのオープンカフェでレオンと和やかに話すところを目撃されている。


 分からないのはラフィ様とレオンの関係。味方にしては距離があるし、敵にしては遠慮を感じる。そもそもレオンはラフィ様を知ってるのか?ケイトのことは、どんなふうにお考えになるだろう……?


「…ちょっと、訊いてみますね。ケイトのこと。詳しい人を知ってるから」


 思いついたら、いても立ってもいられなかった。慌てて席を外し、映像回線を開く。


 ラフィ様はすぐに出てくれた。お疲れなのか、いつもより声が低い。


(どうしました?)


「いえっ、その……すみません。ちょっと気になることがあったので……」


 しどろもどろ説明した。それに対するラフィ様のお言葉は。


(何故、早く言わないのです)


 静かすぎるのが怖かった。続けて命令が下される。重なって爆音、かなり近く。ギルドホールの中、それも百メートルと離れていない。


(その子を確保してください。レオンは必ず狙ってきます。殺しても構いません)


 駆け出しながら映像回線に訊く。


「…殺していいって、どっちを?」


(両方です。可能なら始末してください)


 震えが止まらなかった。いつか来ることは予想してたけど。大丈夫――ここはゲームだから。やり遂げてみせる。私を選んだこと後悔させないように。


 争いの音が聞こえてくる。多分レオンとえりっちさん。イスカとウゥヤは向こうにつかなかったようだ。それなら、まだ勝機はある。


「ビット全機展開、攻撃レベル8。防御属性は接触不能とスペルカウンターを基本」


 そうしなければ私がやられる。相手は身体能力チートの化物。他にもイレギュラーな力を持ってるかもしれない。


 世界には、私とラフィ様の二人だけ。


 それで迷いなどなくなった。

――聖人クラリスの伝記  ※ 大陸各地の遺跡より出土、著者及び発行年不明



 エルニア歴四七七年三月九日、後に聖人と讃えられるセラ教大社権宮司クラリス=ヴェルファーシアは、エル教宮司ラディウス=ヴェルファーシアの一人娘として誕生した。敬虔なエル教徒であり、周囲から将来を嘱望されて育ったと伝えられている(中略)。


 神社庁より信仰対象の実在を公認された宗派は数あるが、エル教は政治哲学的な要素を多分に含む。人間を大衆と呼ばれる均質な塊として捉えることが多く、法の支配による秩序の維持を推奨する。一方のセラ教は個人向けの人生訓という色彩が強かった。人は自由に生きるべきであり、その代わり全ての結果を己の責任として受け容れる。責任なき放埓は戒めているため、道徳を否定するものではない。しかし力さえあれば何をしてもよいと曲解する者がいたのも事実。秩序の敵として忌み嫌うエル教徒によるセラ教徒の弾圧が行われ、この事件は以後の歴史を方向づけるエルニア王国の南北分裂及び西方諸都市の自治独立運動にまで発展した(中略)。


 聖人クラリスが生を享けたのは、王国分裂から百年後の第八次エンハーサ戦役前夜。第七次戦役の傷が癒えぬエルニア王都エレンで、多くの仲間と共に祈りの日々を送る。清廉かつ偉大な父に国を治める術と行儀作法を学びながら。

 クラリスの物心がつく頃、ラディウスは王都の大社を纏める権宮司となっていた。生来の快活な性格により友人は多かったとされるが、得てして権力者の子というも(激しい汚損のため以下判読不能、中略)


 転機は十四歳の誕生日に訪れた。父や自分が世のため人のために働いても全く改善しない現実。秩序の神エルの教えに限界を感じていた折、自由の女神セラによる啓示を受けた。このとき既に母は亡く、父を捨てることに躊躇いはあったものの、全ての教えが集まる土地クラウベルで亡命。セラ教団の門を叩いた。本人が黙して語らなかったため、今なお啓示の内容は明らかになっていない(推定略奪による欠損、以下別冊子)。


 初めて歴史の表舞台に現れたのは、当時覇王と恐れられたセリム王レティスⅡ世を廃し、傀儡として外孫のヴィンセントⅠ世を擁立したときであろう。当時のセリム王族は根絶やしの危機に瀕していた。神懸かり的武勇を誇るレティスⅡ世により、悉く反逆の嫌疑をかけられたのである。迫害を恐れ聖地へ亡命していた教統に代わり、クラリス大社権宮司はセラ信者達の危機を救った(中略)。


 老衰して死を待つばかりだったレティスⅡ世が魔神の奇跡で復活させられると、大陸統一を目指して第八次エンハーサ戦役が始まった。このときクラリスはエルニアとの和平交渉のため聖地へ渡航しており、セリム国内の掌握に失敗。側近一名と共に危険を圧して帰国するも、傀儡としていたヴィンセントⅠ世の裏切りに遭い捕縛された。

 クラリスのその後については、正確なところが伝わっていない。秘密裏に処刑されたとも、警備の隙を突いてレティスに直接対決を挑み殺されたとも、逃げ延びて表舞台から身を退いたとも言われている。謁見の間に大量の血痕があったため、人々はクラリスが死んだものと噂した。しかしいくら捜しても遺体が見つからず、やがて別の噂が流れるようになる。復活して女神セラの御許へ行ったのだ、と。覇王レティスが北の英雄騎士ルグリア公爵に討たれた後も帰還せず、支配者を失ったセリムは内乱状態に陥った。辺境や国外に逃れる者、果ては新天地を目指し海を渡る者さえいたという。

 劣悪な情勢が変わらないまま没後百年を迎えると、神社庁は大社権宮司クラリス=ヴェルファーシアを教統号に諡し、セラ教徒初の聖人として列することを決めた。理想の代償として自分の命を天秤に載せ続け、責任を全うした彼女に対する最大級の賛辞であろう。享年二十七歳、恋多くも信頼すべき伴侶はおらず、また短すぎる生涯だった。

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