参
「カンナリ様は、尾が七尾あるのに対し、ヤコウ様は一尾しかないのじゃよ」
父君は、それは、お怒りになって。
「ヤコウ様は、御子ではないとおっしゃたのじゃ・・・・母君も亡くなり、あの方の酷い癇癪が始まったのはそのころじゃのー」
茶を啜りながら話す巫女婆様たちの隣で、私は侍女たちの衣を繕っているところだった。
ぽつりぽつりと、様々な話をする巫女婆様たちは生きる歴史だ。
様々なことを知っていて、よく肩もみのお礼にと私の質問に答えてくれる。
確かに言われてみればヤコウ様の尾は一尾のみ。
「尾は、狐族にとって重要なものじゃ。ヤコウ様のような身分の高い血筋の弧ならなおさらの」
ヤコウ様の住まいはカンナリ様やお父上と離れた場所にある。
笹の葉が生い茂るその住まいは、とても静かで私は気に入っているのだがヤコウ様はそうではないらしい。
襖は、びりびりに破かれ穴が開き、あらゆるものがひっくり返されている。
鮮やかな色の見事な衣が部屋中に散らばり、色の洪水の部屋の隅にそっとヤコウ様が寝息を立てて眠っていた。
ぷっくりとした頬には、涙の跡が出来ており、私はやっと彼の気持ちに気づいた。
我が儘を言ったり、癇癪を起したりするのはきっと自分を見てほしかったのだろう。
______余が怖くないのか?
叫んでも、叫んでも気づいてもらえない_____段々と周りの者たちは自分を恐れて離れていく。
(お寂しかったのね、ヤコウ様)
「よし、決めた」
ヤコウ様のお父様をびっくりさせるような服を繕おう。
決意を新たにサキは部屋を出たが暫くすると部屋に戻り、取りあえず部屋の片づけから始めることにした。
尾が欲しいのなら尾に変わるものを。
銀色の美しい布を細かく裂いていき、まるで尾のように一つに繋ぎ合わせていく。
着物も巫女婆様たちに教わりながら、布から仕立て上げていく。
「で・・・出来た」
侍女の仕事もあったので寝るのを削っても、結局完成するのに1か月もかかってしまった。
(着ないって・・・言うかもしれない)
所詮、裁縫部出の素人が作ったものだ。デザインは、作った尾が可笑しくならないように、衣に巻きつけたり肩にかけたりしてお洒落に出来たと思う。
(自信作だけど・・・ヤコウ様が気に入らないっていうなら仕方ない)
ヤコウは、やっぱり日を改めようと思うぐらい今日も不機嫌だった。
「余のことなど、忘れておるかと思ったぞ」
声をかけてみればぷいとそっぽを向き、手に持っていた鞠をサキに向けて投げつけてきた。
私が、鞠を避けずにキャッチするとヤコウ様はつまらないのか地団駄を踏んだ。
サキは、そんな少年の様子にくすりと笑うと、小さなその手を握ってそっと引いた。
「ヤコウ様、こちらへ」
触るなと何故か顔を赤らめる少年を引き、サキは自分が作った衣を見せた。
少年は、目を大きく見開いて衣を見つめている。
「ヤコウ様のために作ったんですが・・・気に入らないのなら捨ててしまって結構です」
迷子の私を拾ってくれたお礼ですとサキは言った。ヤコウは、私を見つめると不機嫌な顔で言った。
「本当にお前は・・・面白い女子じゃの」
そして、初めて会った時のように少年はにっこりと笑んだ。
「お父上に進言するヤコウ様を見たのは初めてじゃ」
「カンナリ様と仲睦ましげにしている御姿は、まるで母君が生きておらっしゃった時のようじゃ」
にこにこと笑いあう巫女婆様たちの横を通り過ぎながら、今日も私はお香と薪を運ぶ。
「ヤコウ様が着ていた着物は、サキが作ったんだって?」
巫女婆様たちが言っていたとお香は、興奮気味に言った。
狐族の間で、サキの作ったあの着物は大人気となった。
尾がないコンプレックスはどの弧にもあったようだ。噂を聞きつけて私にも、主にも、夫にもと、サキのデザインした着物を作ってほしいと言う者たちが現れ始めた。
(ブランドでも立ち上げようかなぁ・・・)
最近そんなことを考えているが、ヤコウ様が余の侍女が生意気なと不満を言いそうだ。
ふと、ヤコウ様とカンナリ様が話しているのを見かけた。
「ヤコウ様も、ああ見るといい男になると思うんだよね」
ぽおっと少年を見て、頬を赤らめるお香にサキはそうでしょとにっこりと笑んだ。
拝啓
お母さん、お父さん。
私は元気です。
今日も、届くあてのない手紙を書いています。
最近の出来事をと思ったのですが_____この頃、一つ困ったことが起きてしまっています。
「サキ」
何度も何度も私の名を呼ぶヤコウ様は、あれから笑顔が多くなった。
もともと美しかったヤコウ様が、一皮剥けたように大人の美しさを纏い成長し続けている。美しくて綺麗でかっこいいと思う私の自慢の主。
だのに。
ぎゅっと抱きしめて欲しいというおねだりはまだ続いているのです。
「狐になって下さい」
「いやだ」
前はヤコウ様が恥ずかしがって狐に変わっていたのに、どうしてか最近、人型でこの行為をしたがる。手を広げて期待の眼差しで、スタンバイし続けるヤコウ様。
仕方なくぎゅっと抱きしめると、あれと首を傾げる。頭一つ下だった少年の背は、今では同じぐらいで銀色の美しい瞳は私を捉えた。意識してしまい顔が赤くなってしまう私を見てヤコウ様が耳元で呟いた。
「余は、もっとサキとぎゅっとしていたい。ずーーーとな」
そう言われ、なお一層顔を赤らめる私に、ヤコウ様は最近カンナリ様から身につけた艶のある笑みを向ける。
「大好きじゃ、サキ__お前がの」
拝啓
父さん、母さん。
何年後か経ち、ヤコウ様がもっと大きくなられたら耐えられる自信がありません。
とりあえず。
私は今、幸せです。
この言葉が、どうか異世界からあなたたちの元へ届きますように。
あなたたちの娘________
サキより。
お父上は九尾
カンナリ様は七尾
ヤコウ様は一尾
しっぽが少ないヤコウ様は、自分に自信がなかったんです。
でも、生きるためには尾っぽだけが重要なんじゃないと思ったヤコウ様は、見事非行少年から立ち直りました。
めでたし、めでたしです。