不和―⑤―
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上万作駅前 電源カフェ "アルティザン" 午後5時12分
"アルティザン"の窓から見える上万作駅前通りは、人の流れで溢れていた。
帰路に向かう人々の間を縫うように、白い装甲を纏った"ワールド・シェパード社"の社員と警察官も移動している。
社名に恥じない猟犬のような鋭い眼差しが、犬耳兜の奥から市井の人々に向けられていた。
そんな光景と共に、窓に反射された自らの姿がロックの眼に映る。
昨日の戦いで、そんなに痛みは感じなかったものの、今日になって、痛みが全身を駆け巡った。
いくつか骨に罅が入っていたのか、身体を動かすたびに疼痛が、ロックの思考を中断させる。
顔に貼られたガーゼや絆創膏、フード付きトレーナーの首から見える包帯。
ロック自身に相当な負担が掛かっていたことを物語っていた。
「……ロック、もう大丈夫なの?」
背後から、サキの声が聞こえた。
振り返ると、彼女はサシュベルトをしていない。
白いキャミソールと青いショートパンツでソファに座っている。
サキの顔にも絆創膏が貼られ、包帯の白が彼女の素肌を疎らに覆っていた。
彼女の黒真珠の瞳が、ロックを映す。
ロックの紅黒の外套が、ソファに畳まれていた。
夜を明かす為の毛布が無かったので、
「取り敢えず、これを使え」
姉弟子に脱がされて、治療が終わった後にサキへ渡された。
昨夜は、思わぬ人物との再会に卒倒していた間に、ロックはブルースに治療されていた。
サミュエル、一平に龍之助も傷を負っていたが、"アルティザン"にあった救急箱で治療するには足りなすぎた。
不足分の買い出しは、その場に居合わせたキョウコとアカリが担当。
負傷者の中で一番酷かったロックが、最優先で治療を受けた。
次点ではサキだったので、店内にあったホワイトボードで境界を作ることにした。
隙間を作らない様シーツを被せ、凛華が男子と女子のスペースを分けた。
前者が入口近く、後者は店内の奥に。
ホワイトボードを境に二台の長ソファが置かれ、ロックとサキは横になった。
ロックにはブルース。
凛華の担当は、サキ。
それぞれが付いて、触診と応急処置を施した。
「"リア・ファイル"の入った水を飲まないといけなかったから、少し危なかったね……」
サキが、ソファの近くのテーブルに置かれたグラスを傾ける。
"命熱波"を使うということは、身体の機能を"リア・ファイル"で酷使するということを意味した。
それは、回復も例外ではない。
"リア・ファイル"を使うのは、身体に潜在する能力を前借する。
つまり、"リア・ファイル"を使うということは、命を削ることと同意語だ。
それを防ぐために"リア・ファイル"の粒子の入った水を、"命熱波使い"は摂取する必要があった。
「まあ……その水で作った飯でも、問題はないけどな……」
ロックは、ため息を吐く。
「協力者が色々いるとは聞いていたが……"望楼"に
いたのも驚きだったぜ」
ロックは窓に改めて眼を向けると、硝子に映るサキが"リア・ファイル"の入った水を一口含む。
治療道具が足りない中、優先順位としてロックとサキが、初めに"リア・ファイル"の入った水を飲んだ。
それから、ブルース、一平、龍之助、サミュエルとシャロンも摂取した。
怪我の治療と言うよりは、"リア・ファイル"の肉体への浸食を防ぐことを最優先にした。
アカリとキョウコが買い出しから戻った後、ブルース達の治療も始まった。
彼女達も加わった夜がかりの治療を終えた後、戦闘に加わった者の中で軽傷だった一平と龍之助は、一度家に帰らせることにした。
アカリとキョウコも、彼らに守らせる形で帰宅の途に付かせた。
ブルース、サミュエルにシャロンが――凜華から鍵を預かる形で――"アルティザン"に残留。
無論、ロックとサキを監視するためだ。
ロックについては、暴走した能力が外で発動しないように注意を払う必要もあった。
彼の能力を抑えることが出来たシャロンにも白羽の矢が立った。
ついでに言うと、サキにも何故か同じような能力があった。
サキとシャロンの何れが欠けても、ロックを抑えることが出来なくなることは避けたかった。
「サキ、また助けられたな……」
ロックはサキに振り返る。
「……その、ありがとうな」
サキの眼の中に映るロック。
しかし、彼はその中の自分自身を見られなかった。
――あいつ等が今いなくて、助かった……。
ブルース達は、店にいない。
ブルースは、何かを取りにアパートに戻っている。
サミュエルとシャロンは買い出しだ。
少し前に、携帯通信端末から、サミュエルのメッセージが届いた。
ブルースを中心に状況整理が行われる、とのことだ。
これには、一平、龍之助に加えて、アカリとキョウコも参加。
ついでに言うと、メッセージが送られた時点で、サミュエルは彼らと合流をして向かっているというのが付け加えられていた。
集まる前に、サキに礼を言えた。
ロックは、内心安堵する。
こうも言いにくいのは、心の中に沸き上がる感情をロックが整理できていない所為なのだが、
「ふぇ!?」
サキの上げた素っ頓狂な声で、一気に感情の波が消えた。
しかも、眼と口を大きく開いて言ったので、
「……何でお前が驚いてんだよ?」
ロックは呆れて、吹き出す。
彼の中で張り詰め切っていたものが、漸く緩んだ様に思えた。
サキもそれに釣られて笑うと、
「そんなの……お互い様だし、私もカナダで助けられたし」
その時、自らの死を以て、全てを終わらせようとしたサキに、ロックは激昂した。
彼女の内を支配する者から解放するために、死に物狂いだった。
ロックはそれを思い出し、恥ずかしさを覚える。
「それに……私だけじゃ、どうにもならなかったよ……」
サキの言葉に、彼女の瞳の中のロックから感情が消え失せていく。
ロックは内から生じる冷気を吐き出す様に、
「"ベネディクトゥス"……」
上万作市役所での騒動は、ロックも断片的だが覚えていた。
サキが力を使っていたのは分かった。
あとは、ブルースを始めとした何人かが行動していたことも。
しかし、その中でロックの脳裏に、最も焼き付いた存在。
それが、ロックの眼と鼻の先にいたことを鮮明に覚えていた。
「……ロック、大丈夫?」
サキに呼びかけられ、冷たい怒りが収まる。
「……何があったの、その……」
ロックを見つめるサキの眼が、躊躇いに染まる。
彼女の口調の歯切れが良くない。
そんな彼女に、ロックは沸き上がる感情の波を抑えながら、
「……殺したんだ、俺の両親を……"ベネディクトゥス"が」
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