不和―⑥―
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ロックの目の前のサキが、言葉を発しない。
ただ、ロックを映す彼女の眼の色が消えていった。
やがて、サキの眼という無機質な鏡に映るロックの眼に怒りの種火が灯る。
言葉と共に浮かぶ炎。
それを背に笑う、あの男。
彼の足元が、大切な人たちの血で染まる。
その様子が脳内で再生され、炎が勢いを増した。
「待って……"ベネディクトゥス"って……ロックの――」
言葉を選びかねているのか、サキの口調はぎこちない。
「ああ……俺のいる"ブライトン・ロック社"に所属している……」
ロックの暴走した時に"ベネディクトゥス"が、サキ達に加勢したのは聞いている。
ロック達が"アルティザン"に運ばれた時点で、彼の姿はなかった。
「そういうのって……"ブライトン・ロック社"は把握していないの……?」
サキの言わんとしていることは、ロックにも分かった。
「利益相反か……」
ロックはため息を吐いた。
サキが頷いて、
「だって……いくら"ベネディクトゥス"が強いからと言って、『彼を殺したい』というのが同じ組織にいたら、組織が成り立たないんじゃ――」
「サキ、"命熱波使い"のいる組織を普通のと考えるな」
ロックは"リア・ファイル"入りの水を飲み、
「"命熱波使い"は、固有の能力と武器を持っている……戦力としては、それこそ一人で現代の国家が有する"軍隊"の一部隊に匹敵する」
ロックの目の前で、サキが息を呑むと、
「そうなると、既存の軍隊の上意下達の命令系統は通じなくなる……軍、警察の様な治安維持組織は、標準としている装備があるだろ?」
ロックの言葉に、サキが頷いた。
「そう、一人軍隊が、どこの馬の骨とも知れない奴の言葉を聞くわけがない。だから――」
「一番強い人が率いるか、幹部になる……?」
サキが理解したのを見て、ロックはグラスの水を傾けると、
「だから、"命熱波使い"の人間関係を問わず、戦える奴が重視される……組織の中で恨みを持っている奴がいたら、それを餌に従属させる」
自分の想像しているものと、かけ離れた世界にサキが息を呑む。
「しかし、繰り返すが『力がモノを言う』……常に敵や最強を求めるから、常に争いが絶えない。しかし、そんな中で力を得ていけば生き残れるし、勝てば言いたいことも言える」
サキがロックの言葉に弾けた様に、
「じゃあ、"スコット決死隊"は……」
ロックはサキの言葉に無言で頷いた。
"ブライトン・ロック社"の中で、"スコット決死隊"のメンバーと戦ったことの意味をサキが理解したようだった。
その結果が、ロックが五体満足であることも。
「じゃあ……ロックは、"ベネディクトゥス"を……」
「ああ……殺す。その為に強くなる……"命熱波"を持つ奴ら、"ベネディクトゥス"とその周囲が、能力を悪用するなら……倒す。俺の日常を奪ったやつらは、絶対に!!」
ロックの決心が、扉の開く音と重なった。
サキが音の出所に目を向け、ロックも倣うと、
「あー二人とも……もしかして、邪魔だった?」
呑気に言うのは、ロックの双子の弟のサミュエルだった。
飴色のジャケットの青年が、ややあって、
「水を差すのも忍びないから、みんなに『もう少し待つよう』言っておくね」
「待て……"みんな"だと!?」
ロックは、ソファに放られていた紅い外套を手に、サミュエルの背を追った。
袖を通し、ドアから出てみると、
「よ、弟弟子」
褐色で目元の星屑を思わせるメイクの姉弟子――凛華が右手を上げて出迎える。
それから、
「意外と奥手なんですね」
「サキが……"お前の様なヤツ"と、大人の階段を……」
サキの幼馴染、アカリとキョウコがそれぞれ言った。
前者の黒髪の少女は何が起こるか楽しみにして、後者の日焼け肌の少女は何処か悔しがっている。
「まあまあ、こういう時くらいはゆっくり……と」
「……ブルース、戦闘は教えておいて、"アンタの専売特許"の"女をモノにする処世術"を教えないのは、少し片手落ちじゃない?」
苔色の外套を纏うブルースの言葉に、サミュエルが皮肉を言う。
それに、薄桃色のトレーナーを纏うシャロンが同意を示した。
「青春って、こういうのなんだな……」
「そういうものなのか?」
炎色のパーカーと同色の前髪に染めた一平がしんみりと語り、シャツとスリムのデニムに纏い眼鏡を掛けた龍之助が疑問を口にした。
「テメェ等……出歯亀は良いから、早く入ってこい」
ロックの呆れた口調に、
「え、みんないるの!?」
サキが驚いて、扉から顔を出した。
「兄さん……もしかして、サキに『僕たちが来ること』……話してなかったの?」
サキの驚き様に、サミュエルが問う。
気まずそうにロックは呻くと、
「……サキ、ロックは重要なことを言うのを忘れることがあるから、よろしく頼むな」
ブルースがドアから身を乗り出すサキに言うと、ロックはバツが悪そうに"アルティザン"の中に戻る。
サキが不愛想なロックを通して、凜華を始めとした面々が電源カフェに入った。
ブルースが可搬型演算器を広げ、電源を入れる。
ロック達はそれを囲むように席に付いた。
可搬型演算器が起動すると同時に、凜華もカウンターの奥に入る。
湯を沸かしながら、人数分の珈琲――市販の粉末だが――を作り始めた。
可搬型演算器内の通話素子が起動し、画面が表示される。
「ナオトさん!?」
反応したのは龍之助だった。
席としては、ブルースが可搬型演算器の置かれているテーブルの近くに座っている。
ロックは正面で、サミュエルとシャロンが後ろ。
右にサキ、キョウコとアカリで、左には一平と龍之助だった。
『みんな、集まっているようだね……』
「ナオト、悪いな……真夜中に」
ブルースの言う様に、八時間時差が日本とカナダの間にある。
日本の方が、時間が進んでいるので夜中の午前1時頃だろうか。
『いや……龍之助が"政声隊"と手を切れたと聞いて、逆に眠れなかったよ』
「待って……そもそも、龍之助が何で"電脳左翼"にいたの?」
ブルースと安堵していた画面上のナオトとのやり取りに、シャロンが口を挟んだ。
彼女の一言で、龍之助にロック達の視線が集中する。
眼鏡のレンズの奥で鋭い眼光を放つ龍之助が、溜息を吐いて、
「去年の春頃……つまり、3月に上万作市に帰って来た時だ……」
「もしかして……お前が雨の中、倒れていたってやつか?」
一平が言うと、サキ、キョウコにアカリが、納得した様だった。
龍之助が頷いて、
「その時に、襲われて意識を失った……そして、倒れていたところを――」
「一平が見つけて、救急車を呼んだ。そして、サキやあたし達に一平から電話がかかってきて、病院に駆け付けた」
龍之助の言葉を、キョウコが引き継いだ。
「……もしかして、その時に"愛されし者の右眼"を植え付けられた……!?」
サミュエルが驚きと共に呟き、龍之助が首肯する。
「そうか……それで、あの時か……」
「もしかして……発動したの!?」
一平の言葉に、シャロンが食いついた。
「そうだ……ある日、不良と言うか……変なヤツと龍之助と一緒に喧嘩していて、それで俺がソイツに殺されそうになった時に……」
一平がその時の苦々しさを思い出す様に話し、
「ああ……俺自体、それ以前から右眼の違和感を感じていた……ただ、不要な心配を掛けたくないから……」
龍之助が悔いた眼を伏せて言うと、
「隠されていたから感情をぶちまけて、最近まで話を出来なかった……次からは言ってくれよ?」
一平が安堵の吐息と共に言うと、呆れながら龍之助が不器用に頷いた。
「二人が仲良しなのは、よくわかったけど……本題として、なんで"政声隊"に?」
一平と龍之助の友情話にしびれを切らしたシャロンが、先を促す。
ロックとシャロンは――サミュエルを中心に人間関係のすれ違いがあるものの――龍之助の話の続きが気になって仕方がないという点では、不思議なことだが気が合った。
彼らの視線に気づいた龍之助が、右側へ首を向ける。
彼の右眼が蒼色に輝き、赤い光がロックの眼の前に現れた。
赤い光が、少女の形を作る。
「こいつは――!?」
龍之助の右眼から出た少女――"アイ"に、ロック達の視線が釘付けとなった。
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