不和―④―
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4月15日 上万作駅前 午後4時46分
――秋津……学校に来ていなかったな……。
堀川 一は上万作学園からの帰り道で考える。
上万作市役所で起きた"政市会"と"政声隊"の衝突から一夜が明けた。
報道では、どちらの政治団体の名前も取り上げられていない。
それどころか、上万作市役所と商店街で起きた"ガス爆発事故"として、昨夜の出来事は広まっていた。
――本当にこれじゃ、陰謀論の世界だよ……。
"在日外国人には特権がある"。
"反日勢力が国会や芸能界に紛れ込んでいる"。
"移民や外国人に日本を乗っ取られる"。
そういった話題が日々飛び交うのが"政市会"だった。
自分たちの活動が"陰謀論"として隠ぺいされる側になるという事実が、堀川の心中を複雑にさせる。
それに加えて、連日の出来事が、堀川の中に大きな影を落としていた。
――俺は……どうしたら良いんだろ……。
"政市会"側ではある。
しかし、あくまでSNSのアカウントをフォローしているだけで、正式な会員かと言われれば説明に苦しい。
電脳世界だけでなく、現実世界の集まりにも顔を出していた。
自分でも驚くほど、彼らの共有する問題点に感情を抑えて話すことが多かった。
その姿勢から、堀川は幅広い年代と話せる印象が付いた。
それが同年代のまとめ役としての堀川 一を作り上げていった。
――ただ、左翼連中は……じいちゃんを……。
平和式典での左翼側の狼藉を、堀川は許すことはできない。
怒りは、今も彼の胸の内にある。
だが、最近の"政市会"と"政声隊"の衝突を通して、堀川の脳裏に刻まれた光景。
それが、彼の中で大きくなっていた。
――秋津……どう考えているんだろうな……。
上万作学園と上万作市役所。
二つの場所を舞台にした大騒動で見せた秋津の眼。
怒ることが出来ない。
泣くことも許されない。
ただ、どれだけ多くの人に囲まれても、その中でポツンと一人で立つ。
人は多いが、その中の誰一人も彼女に耳を傾けようともしない。
堀川は気づいたら、上万作学園の乱闘の時、秋津を背に”紅き外套の守護者”の二つ名を持つ青年と対峙した。
"政市会"と"政声隊"。
どちらにも属さず、どちらも敵として戦うロック=ハイロウズという同級生。
徒手空拳でも侮れない脅威的な存在を前に、堀川の腰が抜けそうだった。
友人の同田貫を締め上げるほどの、ロック=ハイロウズの膂力にも圧倒された。
しかし、それでも立ち向かわないといけない。
それが、堀川の全てだった。
恐怖は愚か、所属団体の違いすらも彼に付け入る余地はなかった。
だから、秋津のいるクラスを覗いてみた。
話を聞いてみたいと考えたが、クラスメートから彼女の欠席を伝えられた。
秋津と話したい気持ちが宙に浮きながら、周囲を見渡す。
"ワールド・シェパード社"の白い装甲を纏った社員と警察官が、駅前商店街を行き交っていた。
上万作市役所が近くだったことを堀川は思い出す。
交通規制をしつつ、事故被害でも調査しているのだろうか。
思考に耽っていると、ブレザーのポケットに入れた携帯通信端末が振動した。
取り出すと、携帯通信端末に搭載されていたメッセージ機能が着信を告げる。
『右を見ろ』
短い一言に従うと、その先にいたのは、
「同田貫君!?」
素っ頓狂な声を上げた堀川を、茶髪の同級生――同田貫 剛多――が両手を突き出す。
それから、堀川に右手で手招きをして、
「バカ、声が大きいって!!」
同田貫に言われるがまま、影に覆われた路地裏に連れ込まれた。
「どうしたの、同田貫君!?」
「堀川、お前……これから、"政市会"の会合に出るのか?」
堀川は頷いた。
昨夜の一件から"政市会"側に膨大な死傷者が出たので、これからの方針について話すという一報が今朝"リーネア"に届いた。
時間としては放課後だったので、行こうと考えていた。
「行くな!! 集まりがあっても、行くな!! "政市会"は……もう、俺たちの考えていた様な場所じゃない」
同田貫の眼の中の、堀川が怪訝な表情をしていた。
「実は、親父が電話をしていたんだ……相手からして、民自党や"大和保存会"に近い政治団体、政経塾や親父の後援会の関係者……『そいつらを"政市会"に入れる』って……」
目の前の茶髪の少年の父親が広島県議会議員の同田貫 剛一だったことを、堀川は今更ながら思い出した。
「それが……どうかしたの?」
「"政市会"の尾咲さんに近い人たちを、鍛冶さんがクビにしたんだよ。そして、彼らのいた場所に、親父の呼んだ連中を据えるって」
堀川は耳を疑った。
「それって――!?」
「"政市会"が民自党傘下の政治団体になったんだ!! あいつら、最近若者の投票率を上げるためにネット専門の部会を立ち上げると言っていたし……」
同田貫が言うと、堀川は言葉を失う。
「でも……"政市会"自体、与党――特に、渡瀬 大二郎からも、距離を置かれているって!!」
"政市会"が支持を失った大きな原因としては、憎悪表現や実力行使を辞さない姿勢だ。
それは渡瀬政権にとっては、百害あって一利もない。
だから、渡瀬政権は"政市会"の姿勢を受け入れられないというのが公式の見解だった。
「それは、渡瀬 大二郎に限っての話だ。民自党の中にも、それこそ政治の姿勢としては"政市会"を支持している議員もいる。若い世代の投票率は低い。でも、ネットの中では"政市会"に入っている様に、政治的関心が強いヤツも多い……なら、"政市会"を乗っ取って、会員を活動員にして票田にすればいい」
同田貫の言葉に、堀川は一つの可能性に至った。
それは、"政市会"の尾咲 一郎を、民自党の傀儡に仕立てること。
「何か、噂によると尾咲さん……最近、ハチスカという人を探していたみたいなんだ……それも、失敗する様に仕向けられていたみたいで……」
堀川の知らない事情に、血の気が引いていく。
日本の将来を憂いていた者たちで集まっていたのが、実は大きな悪意の掌に踊らされていた。
自分を取り巻く事態の深刻さと、その深遠に、堀川の膝が今にも竦みそうだった。
「なら、同田貫君も……抜けなきゃ!!」
よく考えると、そんな事情を知っている目の前の同級生も危ない。
自分だけがそういうことを知って、逃げることは許されなかった。
「いや……俺は、無理だよ……」
堀川は異議を唱えようとしたが、それが憚られる。
同田貫 剛多の眼に諦め、後悔と罪深さが見えた。
「俺が、爺ちゃんに頼んだんだよ……"大和保存会"に"政市会"を助けてくれって……そうしたら、親父も動くことになって――」
「そんなのって……」
堀川は項垂れると、
「俺は"同田貫の息子"だから……でも、それでも普通に話してくれて嬉しかったよ。堀川……ありがとう。だから、逃げてくれ」
同田貫が、歯を食いしばって言った。
堀川は、前に学校で歴史の授業での不満を漏らした。
それを聞いた同田貫が、彼に話しかけてきたのが始まりだった。
それから、志を同じとする高校生と共に"政市会"で活動を始めたのだ。
そんな彼の見せたことのない顔に、堀川は手を差し伸べようとする。
しかし、同田貫が話し終えると、堀川に背を向けた。
堀川の手は届かない。
同田貫が暗い路地を歩いていくのを、彼はただ見送るしか出来なかった。
「おい」
突然の声に、堀川は振り返る。
耳を覆うほどの長さの茶髪の男が、堀川の眼の前に立っていた。
その眼は静謐で、大森林の奥で流れる滝を思わせた。
「堀川だな」
その声には、大岩を思わせる重厚感も孕む。
加えて、知らない男に自分の名前を言われて、堀川の身体が固まった。
沈黙が支配する。
男が自分の名前を言ってから、二の句を継がない。
いや、その継ぎ方が分かりかねるという風で、堀川はそれはそれで戸惑った。
「"バイス"!! 何してんだよ!!」
大男の後ろで、男が叫んだ。
「人待たせてんだから、早くソイツを連れてこい!!」
黒いライダースーツを着ている男。
背は堀川より少し高いが、バイスと言われた大男よりは低い。
「"ライト"……」
言われてバイスが振り返り、堀川に頷く。
行けと言うことらしい。
堀川は"ライト"という青年の下へ走った。
"ライト"が叫んでいたのは、ファストフード店の入り口だった。
そこは、ハンバーガーと言うよりはサンドイッチが美味しい店で知られている。
"ライト"という青年に促されるまま、堀川は席を案内された。
"ライト"の言う待ち人と目が合う。
"彼女との再会"を予期していなかったので、彼の声が店内で大きく響いた。
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