脱出―⑬―
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サキの眼前で、"チキンブロウ"の右腕に青白い炎が宿る。
皮膚の表面の金色をかき消す、炎の竜巻となっていた。
彫られた"チキンブロウ"の眼が、青白い炎に照らされるサキ、サミュエルとシャロンを映す。
サキは、"紅黒の魔人"と化したロックからも、同色の竜巻が生じているのを見た。
「サキ、"磁向防"を展開して!!」
シャロンを挟み、サミュエルが"チキンブロウ"に向かい合う。
サキは、ロックの方へ右手を突き出した。
"命熱波"の守護者である、"ライラ"と"ヴァージニア"の二人もサキの前に躍り出る。
『間に合わない!!』
『間に合わせるの!!』
"ヴァージニア"の切れ長の眼差しが揺らぎ、"ライラ"の爛々とした眼が"紅黒の魔人"へ不屈の意思を叩きつけた。
"紅黒の魔人"の突き出した右腕に、紅黒の光が集まる。
目を潰す輝きを放つ業火と共に、全てを呑みこまんとする暗黒の輝きを発していた。
"ライラ"と"ヴァージニア"の展開した"熱力の場"が、サキの前で瓦礫を巻き上げながる。
"紅黒の魔人"から放たれる死の光が、サキの目を覆った。
"ライラ"と"ヴァージニア"の二対の眼も、"紅黒の魔人"の双眸に映る"チキンブロウ"の青白い炎を捉える。
サキ達も射程に入れ、ロックの紅黒の光を迎え撃つ。
しかし、どちらも三人を消し炭にすることはなかった。
「サキ、みんな……無事か!?」
吹っ飛ばされた、ブルースが一平と龍之助を引き連れてくる。
しかし、一平が上を見上げて、
「……"ベネディクトゥス"?」
一平の一言に、サキは彼の視線に思わず合わせる。
一平の視線の先にいる男――"ベネディクトゥス"――が"インヴァネス・コート"を纏い、宙に浮いていた。
時計の形をした"籠状護拳"の剣が煌き、輝きがサキ達を包み込む。
紅黒の閃光と青白い炎が、"ベネディクトゥス"を中心に広がる不可視の壁で遮られていた。
"ベネディクトゥス"の囲う力場から斥力が発生。
"紅黒の魔人"と"チキンブロウ"を、サキ達から吹き飛ばした。
「間に合いましたか……」
首筋まで髪を伸ばし、その切っ先を整えていた青年――"ベネディクトゥス"が、サキの隣に降り立つ。
柔和な雰囲気を保つ彼の眼差しが、"紅黒の魔人"に注がれていた。
「サキ、こいつは"ベネディクトゥス"。最強の"命導巧使い"」
ブルースが、"ベネディクトゥス"を右親指で指しつつ、
「そして、今回の協力者」
龍之助を"政声隊"から抜けさせる依頼だけでなく、ロック達の会話でも出て来たことも含めて、サキは漸く思い出した。
「"セイント・アンガー"……まさか、"へルター・スケルター"との拒絶反応でここまで、ロックを暴走させるとは……」
"ベネディクトゥス"の言葉に、サミュエルの視線が微かに鋭さを増した。
「とにかく、"ベネディクトゥス"。来てくれて助かる!!」
感謝を述べるブルース。
"ベネディクトゥス"は返事をしない。
今度は、視線を"チキンブロウ"に向け、
「……"へルター・スケルター"による干渉、思ったよりも強いですね」
「どういうことだ?」
龍之助が首を傾げる。
「ロックと、この巨大"ウィッカー・マン"……両方とも、"へルター・スケルター"が入り込んでいます」
「"へルター・スケルター"って、三条が出し入れしている存在って聞いたけど……」
一平の言葉に、"ベネディクトゥス"がややあって、
「正解ですけど、それは一部分です」
"ベネディクトゥス"が、時計を模した"籠状護拳"の剣を構える。
彼に飛び掛かる、"紅黒の魔人"と化したロック。
"ベネディクトゥス"は顔色を変えない。
予備動作なしで、彼の右手の"籠状護拳"が、紅黒の兜を纏ったロックの左顎を打ち抜いた。
吹っ飛んだのを"ベネディクトゥス"が確認して、
「正確には"へルター・スケルター"の本体から、三条さんが取り出せる分の熱力の一部を龍之助さんに。そして、残りの熱力がロックと"巨大ウィッカー・マン"に注ぎ込まれています」
サキの隣にいた龍之助が、眼を見開いた。
「残りは、"レン"……だな?」
龍之助の言葉に、"ベネディクトゥス"が頷く。
「しかし……」
「殺す必要はありません」
躊躇う龍之助に、"ベネディクトゥス"の力強い言葉が響いた。
「そうか、"愛されし者の右眼"!! 干渉が出来るようになるなら、触れられるようになって追い出せるかもしれない!!」
ブルースが弾けたように、言った。
「……待って、"愛されし者の右眼"は"命熱波"に干渉して、僕たちのも使えなくするはずだけど?」
サミュエルの怪訝な眼差しが"ベネディクトゥス"に注がれる。
「サミュエル、それは語弊があります……まず、"愛されし者の右眼"が反応するのは、一番強力な熱力を持つ"命熱波"です……龍之助くんの中に入っていたのは、強力な"命熱波"に干渉するが故に繋がり、三条が出し入れ出来るようになったのでしょう」
「じゃあ、この時点で"大きな力"を持つ"命熱波"は……」
シャロンの視線が、"紅黒の魔人"と"チキンブロウ"に向かう。
二体の異形に挟まれるようにして、夜に浮かぶ白い少女――"レン"。
「熱力の供給網が複数あるなら、上手くいけば"レン"の繋がりも眼に見えるようになる」
ブルースが二刀のショーテル型"命導巧"を構える。
「龍之助さん……右眼で、"レン"と言う少女を見てください。サキさん……」
"ベネディクトゥス"が向き合う。
「その"命導巧":"フェイス"の力で、補助してください」
サキが言われて、周囲が戸惑うと、
「サキさんの"命熱波"の力は、"へルター・スケルター"を抑えられます」
"ベネディクトゥス"の言葉に、ブルースが頷く。
サミュエルとシャロンも二人が眼を合わせ、その場面を思い出したようだ。
一平と龍之助が戸惑うが、
「とにかく、ロックと"ウィッカー・マン"……止めるぜ!!」
一平が拳に付けた"命導巧":"ライオンハート"を突き出す。
龍之助が深呼吸をして、上空の"レン"を見つめる。
彼の眼の色が蒼色となり、"レン"の顔が強張った。
彼女の姉を名乗る"アイ"が、龍之助の傍らに現れる。
「"アイ"、大丈夫だ!!」
龍之助の声に、サキは"フェイス"を構える。
機関銃の把手の鞘の先から伸びる蒼白い片刃が、夜の闇を照らした。
ブルースが苔色の風となり、"黄金の巨大嬰児"に翔ぶ。
鎌の刃を畳んだ散弾銃の"命導巧":"パラダイス"を携えて、サミュエルが続いた。
彼が叩き起こした鎌に砂塵を纏わせ、空中を斬る。
ブルースの翡翠の双刃も、サミュエルと同じ場所を攻撃した。
不可視の爆発が、白い少女から枝状に伸びる何かを照らし出す。
更なる爆轟がサキの耳朶を叩いた。
目を向けると、一平、シャロンと"ベネディクトゥス"の三名が"紅黒の魔人"が"レン"から伸びる白い導管を攻撃している。
一平の両拳から放たれる"ライオンハート"の炎が弾けながら、ロックと"レン"の繋がりを壊していく。
"紅黒の魔人"と化したロックが、繋がりを攻撃され呻いた。
彼に呼応するように、巨大な黄金嬰児――"チキンブロウ"――も痛みに咆哮を上げる。
"レン"が華奢な身体から、青白い光を放った。
二人の異形を繋ぐ枝状の導管が青白い光を帯び、罅を修復していく。
「させない!!」
サキの声に応える形で、守護者の"ライラ"と"ヴァージニア"が現れる。
二人が両手を"フェイス"に添え、蒼白い光の光度を増した。
"レン"から放たれた青白い光が消える。
黄金色の巨大嬰児を繋ぐ導管も大きく音を立てた。
導管が崩れると、黄金色の巨大嬰児が仰向けに倒れる。
黄金色の鏡面が、サキとロックを映す。
"紅黒の魔人"と化したロックの身体を一平が羽交い絞めにした。
腹を突き出されたロックに、シャロンが両手を突き出す。
紅黒の奔流がロックの周囲を覆った。
シャロンの身体から出された光が、紅黒の光と混ざり合う。
"紅黒の魔人"が咆哮を上げ、サキは振り返る。
彼の周りに現れた紅黒の旋毛風がサキを撫で、中心にいた一平を吹っ飛ばす。
紅黒の斥力に運ばれるシャロンと入れ替わりに、"ベネディクトゥス"が駆けた。
"インヴァネス・コート"を翻しながら、時計の形の"籠状護拳"の剣を順手にロックへ迫る。
意思を持った紅黒の突風が"ベネディクトゥス"を襲った。
"ベネディクトゥス"が時計の"籠状護拳"の剣を振るい、紅黒色の疾風が空に消える。
"ベネディクトゥス"がロックとの間合いを詰め、右掌を頭に翳した。
その眼差しは何処か寂しげに、
「まだ……ここで終わらせません……貴方には――」
彼の言葉がそこで途切れ、ロックから紅黒の風が消える。
ロックと"チキンブロウ"、それぞれに繋がっていた触手然の導管が砕け散り、"レン"が叫んだ。
痛みに狂う、白い少女の眼下に映った赤い少女――"アイ"。
姉の姿に心が動かされているのか、自らの肉体を両腕で抱く。
サキの耳に"アイ"の言葉にならない叫びが聞こえると、"レン"が夜の闇に姿を消した。
「……あれ?」
サキは一言漏らし、目の前が一瞬暗転した。
「サキ!!」
傍にいた龍之助の声が聞こえ、視界が戻る。
そこで、サキは自分が足が崩れたことに気づいた。
ブルース、一平、シャロンとサミュエルが、倒れ込んだサキをのぞき込む。
疲れなのか、力を使い切ったからなのか。
周囲の声が聞き取れない。
サキは代わりに眼を動かす。
ロックを両手で抱える"ベネディクトゥス"が、こちらに歩いてきた。
その背後から見えた人影に、サキは全身の筋肉が緊張した。
瓦礫から掘り出された際に付いた埃と泥にまみれの女性。
薄紫色のシャツの女性を覆う"バラクラバ"が、瓦礫の上に落ちる。
岡田 マナだった。
顔色から生気の抜けたマナから離れた場所を歩く、銀鏡の色の"花鎧"の戦士。
彼が向かうのは、全身の金色が色あせていく巨大嬰児。
その胸から全裸の女――雑賀 多恵――が腹ばいで進む。
サキは彼女の口の動きから、言葉が読めた。
『タスケテ』
瓦礫から出た粉塵にまみれた肌で、這ってまで救いを求めたのは"花鎧"の戦士。
俯き気味だが、戦士が彼女の助けに答えた様子はない。
覆われた"花鎧"と同じ銀鏡色の煌きが、彼女に応える。
生まれた姿の彼女から吐息でなく赤が舞った。
夜の闇に混じった血煙。
サキの中で、言葉にならない感情が大きな渦となる。
それでも動かないサキの身体が、龍之助とシャロンに支えられていた。
マナと"花鎧の戦士"の姿が小さくなっていく。
サキの意識が夜よりも濃い、闇色の混濁に包まれていった。
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