脱出―⑫―
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「ブルース……『ロックが敵になった』って、言ったよね?」
片刃に機関銃の柄の付いた"命導巧":"フェイス"に銃弾を装填しながら、サキはブルースに問う。
彼が頷くと、
「戦ったことがあるの!?」
サキの鋭い視線を翠眼に受け、ブルースが天を仰ぐ。
炎を思わせるパーカーの一平と、上半身裸でスリムフィットを履く龍之助も苔色の外套の男に視線を向けた。
「ああ……去年のクリスマス、ロンドンで」
「ブルース……もしかして、クリスマスの夜に突如飛来した未確認飛行物体の事件か!?」
龍之助の口から、サキの脳裏にある事件が浮かぶ。
逡巡とした目と眼鏡の光が、ブルースに向いた。
彼の問いにポニーテールにしたロックの弟、サミュエルも神妙な顔つきとなる。
「……その混乱で、"ワールド・シェパード社"と"ブライトン・ロック社"が激突した。そして、派遣された"ワールド・シェパード社"の中隊――五部隊の内の一隊を半死半生で壊滅させ、もう一隊を全滅させた」
「ブルース……部隊って何人だ?」
一平が困惑して、ブルースに問う。
「一平……現代の分隊が概ね10人前後の筈だから、その十倍強……ただ、考え方自体が対人のもので、兵装にもよるけど……」
サミュエルの回答に、一平が言葉を失う。
龍之助も、ブルースに倣い天を仰いだ。
サキの周囲から言葉が少なくなる中、"紅黒の魔人"となったロックの"チキンブロウ"への攻撃は激しさを増している。
黄金の巨大嬰児が、破壊された右の眼窩を中心に頭部を再生。
紅黒の輝きを発するロックの一撃一撃が、その隙を与えない。
黄金の嬰児の眼窩から後頭部をロックの紅黒の一撃が貫く。
崩れた身体を右脚で支えようとする"チキンブロウ"に、ロックが膝から下を右拳の一振りで砕いた。
紅黒の暴風が前のめりとなる巨大嬰児に迫る。
紅黒の閃光が、巨大な額を蹴り上げた。
右眼窩を再生させた顔の額に傷が新たに刻まれる。
眼まで達した窪みが、どこか涙を思わせた。
「問題はロックのやったことじゃない」
ブルースの視線が、ロックと"チキンブロウ"を捉える。
巨大な嬰児が寝返りを打ちながら、"紅黒の魔人"から逃げた。
這いずる黄金の背中を逃さず、ロックが紅黒の双翼を広げる。
跳躍をして、両足を紅黒の槍にして"チキンブロウ"目掛けて急降下。
重力加速度と体重を掛けた紅黒の一擲が、巨大嬰児の背に突き刺さった。
雑賀の腹の底から上げた悲鳴が、黄金色の嬰児から轟く。
彼女の鳴き声に呼応するように、嬰児が上体を上下させた。
「どういうことだ、ブルース?」
龍之助が首を傾げる。
「"命熱波使い"の中で、"ウィッカー・マン"の弱点を見られるのはサキ、シャロンにロックだ」
ブルースの言葉に、龍之助が何かに気づいた顔をする。
一平もその意味を理解して呻いた。
「ロックは、"命熱波使い"の中で、近距離と遠距離の攻撃が出来る……」
「そう万能型だ……だから」
サキの言葉をブルースが引きつぐ。
「ロックは戦力ではなくなった」
「最悪なことに『見境もない』……止めないと、僕たちだけでなく住民にも危険が及ぶ!!」
"滑輪板"を地に叩きつけるシャロンに応える様に、サミュエルが鎌を畳んだ散弾銃を構える。
「みんな……どんな姿でも、ロックはロック!!」
サキは"命導巧":"フェイス"の機関銃の柄を握る。
蒼く輝く片刃の切っ先を、ロックに向けた。
"紅黒の魔人"が、嬰児の背中に右拳を叩き込む。
"超微細機械"が、ロックの作った穴を塞がんと増殖。
しかし、ロックの左拳が巨大黄金嬰児の背中の塞ぎかけた傷口をかき回す。
再生が追い付かない巨大嬰児の肉体の痛みに喘ぐ、雑賀。
彼女の絶叫が瓦礫に包まれた商店街に響いた。
「ロック……雑賀を引きずり出す勢いじゃねぇか!?」
「まずいよ……ナノマシンが身体の深部に入っているなら、それが生命維持装置になっている!! 引きずり出したら、死んじゃうよ!!」
一平の言葉に、シャロンが叫ぶ。
『ロックを、助けて!!』
サキの頭にファンの声が響くと、"命導巧":"フェイス"を突き出した。
「ロックを……助けよう!!」
――ロックに助けてもらった……だから、今度は……私の番!!
サキは片刃の輝いた"フェイス"から、蒼白い弾丸を放った。
紅黒の装甲が、サキの放った攻撃を弾く。
彼女の眼の前から"紅黒の魔人"の姿が消えた。
生温かい風が吹き、ブルースが駆け寄った。
苔色の外套の青年の目に映るのは、サキ。
サキの背後に二人の"命熱波"の守護者、"ライラ"と"ヴァージニア"が現れた。
守護者と対峙する"紅黒の魔人"と化したロックが迫る。
"ライラ"の右手から生えた"細剣"が、"紅黒の魔人"の右腕の一振りで消える。
"ヴァージニア"の右手の弓から放った"フォトニック結晶"の鏃が、"紅黒の魔人"の前で炸裂した。
鶏冠の兜の"命熱波"の攻撃に怯んだ隙を突き、サキは距離を稼ぐ。
「正気に戻れ!!」
サキと入れ違いに、"紅黒の魔人"と化したロックに飛び掛かるブルース。
二振りのショーテルが、翡翠色の輝きと共に振り下ろされた。
紅黒の光に阻まれ、双刃を振りかぶったブルースが宙に止まる。
紅黒の光を纏った右回し蹴りが、ブルースの腹を大きく抉った。
声を出す間もなく、ブルースが瓦礫の積まれた商店街に吹き飛ぶ。
"紅黒の魔人"が、跳躍。
剣の双翼を羽ばたかせ、サキに突進した。
「させない!!」
龍之助が、サキの前に躍り出る。
蒼く輝く矛槍の一撃をロックに放った。
紅黒の光と蒼い光が衝突。
その衝撃で粉塵が、舞い上がる。
サキの視界から一瞬、二人が消える。
粉塵が晴れると、"紅黒の魔人"の右腕が龍之助の首を掴んでいるのが見えた。
龍之助の名前をサキが呼ぼうとした時、炎が"紅黒の魔人"の背後から上がる。
炎は、一平から放たれた。
龍之助を囮にして、一平が背後から忍び寄ったのだ。
爆轟と共に紅蓮の炎が"紅黒の魔人"を焼き尽くす。
勝利に満ちた一平の顔をサキは見られなかった。
龍之助を掴む手で、"紅黒の魔人"は裏拳を一平に見舞う。
当たると龍之助も手放し、一平にぶつけた。
二人が意識を失ったまま瓦礫の上に重なり、倒れる。
「兄さん、随分と好き放題してるじゃない?」
「バカ兄貴、サキから離れろ!!」
サミュエルとシャロンが、それぞれの得物を構えて、サキの前に出た。
"紅黒の魔人"の関心はそこに向いていなかった。
微かに上を向く彼の視線。
その先を見ると、再生を終えた"黄金の嬰児"――"チキンブロウ"――が、サキの背後で仁王立ちしていた。
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