脱出―⑪―
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温かい風と共に、ロックは目を覚ます。
振り向くと、いつも大切な人たちがいた。
父、母、弟のサミュエル。
そして、ロックとサミュエルの後で生まれた妹のレナ。
穏やかな風の下に建つ家、隣人に囲まれた騒々しい日々。
何物にも代え難い日常が、いつもそこにあった。
否、あるはずだった。
続くはずだった。
炎に包まれた日が来るまでは。
炎とともに訪れた男。
彼の足元に、炎の様に赤く真っ赤な血が広がった。
父と母から流れている。
血と炎という赤色に包まれた世界で笑う"インヴァネス・コートの男"。
弟と妹の泣き叫ぶ声。
その全てが、紅黒い風となりロックの中に入りこむ。
血が沸き、天地が逆転する感覚の荒波に、ロックは飲まれていった。
※※※
『お願い、ロックを……止めて!!』
河上 サキは、その声に思わず息を呑んだ。
――ファンさん!?
戸惑うサキを他所に、目の前に突如として現れた紅黒い竜巻。
それがロックを包み込む。
そればかりか、市役所に隣接する商店街の瓦礫を巻き上げ、青白い炎もかき消した。
時間としては、数秒くらいしか経っていない。
だからこそ、ロックの立っていた位置に現れたモノに、サキは眼を疑った。
「もしかして……」
サキは呟きを漏らす。
彼女の眼の前に立つのは、自分を一回り大きくした何か。
上半身が膨張し、その背から生えた双翼。
身体の表面は、金属の光沢を思わせる輝きを発する紅黒色に覆われていた。
光の見え方のせいだろうか。
騎士の甲冑を思わせる無機質さと、甲殻類を思わせる有機質さを併せ持っていた。
"チキンブロウ"――三条が指して言っていた、巨大な"黄金色の嬰児"――の、鏡を思わせる皮膚の頭部が、その魔人然とした大きな人型を捉える。
「……おお、これぞ……"スパイニー・ノーマン"!!」
顔の半分が銀鏡となった茶髪で毛皮の外套を着た男――"スコット決死隊"のダグラス=スコット=クレイ――が歓喜で飛び上がりそうにして、言った。
「触れるもの全てを切り裂き、串刺しにしそうなほど鋭い剣の翼! そして、龍を思わせる頭部!! ボクが憧れ、胸を焼かれ、そして……死の深淵を見せつけた、破壊の化身!!」
サキ達はおろか、金色の嬰児すらダグラスの眼中に無いのだろう。
多弁となり、恍惚色に染まる眼を輝かせていた。
「まずいぞ……」
サキの隣で、ブルースがショーテル型"命導巧":"ヘヴンズ・ドライヴ"を構える。
狐の毛皮を思わせる茶髪の優男が顔を強張らせる中、
「そうだよね……」
シャロンが右手で立てた"滑輪板"を蹴り、車輪を大地に叩きつける。
無言で散弾銃型"命導巧":"パラダイス"の上に畳んだ鎌の刃を、サミュエルが起こした。
「ちょっと待て!! ……あれは、ロック……なんだよな?」
自分の背より頭二つ高い、紅黒い人型を指した一平が聞く。
目の前に起きたことに困惑し、額に皺を寄せ、言葉を絞り出していた。
「それ以前に……熱流が体中を回っている……」
龍之助が蒼い右眼で、見据える。
「一平、龍之助……そうだ、一緒に戦っていたロックだ……」
ブルースが二人に答えると、
「同時に言えば、倒すべき敵だ」
両極端な言いぐさに、一平と龍之助は眉を顰める。
特に一平が、
「待て、一体どういう――」
食って掛かると、大地を蹴る音が二つ聞こえた。
紅黒い鎧か甲殻を纏った大男と、毛皮の外套に包まれたダグラスが消える。
銀の雫をまとった右拳をダグラスが、"紅黒の魔人"に放った。
テルミット反応で発生した炎の一撃が、"紅黒の魔人"の龍を思わせる頭部に向かう。
驢馬のしゃれこうべから放たれる炎の舌が、"紅黒の魔人"に触れることは無かった
鈍く輝く紅黒の右拳を突き出し、炎を潜り抜ける。
紅黒の颶風が、ダグラスの腹に入った。
骨と肉が、爆轟の中心地となって周囲を震わせる。
サキの肌を撫でる衝撃。
刹那、紅黒の右手で首を掴まれたダグラスの巨体が、瓦礫に叩きつけられていた。
――見えない!!
"紅黒の魔人"の動きは、身体の大きさの割に速い。
"紅黒の魔人"が、背中の剣翼を羽ばたかせる。
宙に浮かんだと思うと、ダグラスから一歩分距離を離した。
宙返りをしたあと、更なる爆轟が毛皮の外套の男の中心で発生。
中空からの滑空からの紅黒の飛び蹴りが、ダグラスの腹をぶち抜いた。
周囲を震わせる衝撃に、毛皮の外套の男から叫びは聞こえない。
否、ロックの攻撃の衝撃が、周囲が息を呑む音と共にかき消した。
ダグラスの口から吐き出された血と歯の欠片が、夜の天蓋の下で放物線を描く。
「何だってんだよ、アレ!?」
一平が叫んだ。
眼が強張り、彼の眼の中には"紅黒の魔人"の殺戮しか映っていない。
「……ブルースの言ったようにロックだよ、一平?」
サキは自分でも驚くほど、目の前の事実を冷静に受け止めていた。
彼女の眼の前で、紅黒の甲冑魔人からダグラスが距離を離す。
ダグラスが周囲に、銀色の奔流を発生させる。
銀色の奔流が炎を作ると、大口を開いた驢馬のしゃれこうべとなった。
ダグラスの声と共に、"驢馬のしゃれこうべ"が"紅黒の魔人"と化したロックに向かう。
炎が飲み込むと、ダグラスは確信に満ちた笑みを浮かべた。
しかし、彼の勝利の笑顔が唐突に消える。
表情どころか、姿も消えた。
サキが戸惑った時に、大きな足音が響く。
金色の嬰児――"チキンブロウ"――が、"紅黒の魔人"に向かった。
両腕の黄金槌で、ロックを叩き潰そうとする。
しかし、それは振り下ろされなかった。
それどころか、槌をなす両拳ごと潰される。
"黄金の巨大嬰児"の攻撃を潰したのは、"紅黒の魔人"が放り投げたダグラス。
彼の身体が、巨大嬰児の両手の手首から肘まで破壊したのだ。
"紅黒の魔人"が、翼を羽ばたかせて跳躍する。
商店街を見下ろせる位置まで飛翔し、放り投げたダグラスに肉迫。
空中を漂うダグラスに、右拳を振り下ろす。
鈍い紅黒の光の放つ殴打音と共に、ダグラスの身体が急降下。
両手を失い、潰れた両肘で月を仰ぐ"チキンブロウ"の頭の右半分が、撃ち放たれたダグラスで大きく抉られる。
衝撃と土煙の立つ商店街を背に、"チキンブロウ"が仰向けに倒れた。
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