不和—①―
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4月14日 上万作市 上万作駅前通り商店街 駅ビル 午後7時02分
「……一平、本当に問題ないのか?」
一平の背後から、龍之助の戸惑う声が聞こえた。
振り返ると、彼の掛けている眼鏡の奥から疲れの色が伺える。
上半身裸で戦い切ったからか、彼の身体から生傷が見える。
煤や塵にも覆われた龍之助の上半身を、苔色の外套――ブルースのもの――に袖を通していた。
龍之助が、苔色の外套越しに、紅い外套に包まれたロックを背負っている。
金髪碧眼の青年は、彼の背中で眠りについていた。
「大丈夫だって」
一平はそう言いながら、雑居ビルの内部を進む。
龍之助の後ろには、同じくサキもシャロンの背で寝ていた。
サミュエルとブルースが最後尾にいる。
飴色のジャケットとパンツを纏った青年と、苔色の外套を脱ぎ、ポロネックのインナーのブルースが自分たちに向けられる敵意を警戒していた。
"電脳右翼"と"電脳左翼"の乱闘の果てに乱入した"黄金色の嬰児"――"チキンブロウ"――と、変貌したロックの暴走という嵐に見舞われた上万作市役所。
市役所と商店街の一部を破壊したものの、ロックを元に戻すことができた。
"チキンブロウ"も動きを止めた。
いずれも、"ベネディクトゥス"の助けを得て、だが。
サキも混戦を止める為に力を使い果たした後、意識を失った。
騒動の中心となっていた二つの異形がいなくなるやいなや、警察と"ワールド・シェパード社"がなだれ込んだ。
遠巻きに見守っていた報道関係者も、乱入しようとして一悶着も起きた。
そのどさくさに紛れて、一平達は倒れたロックとサキの二人を運び出した。
だが、警察と"ワールド・シェパード社"の検問が、彼らの前に立ちはだかる。
"命導巧"を使う政治団体、"命熱波使い"に"ウィッカー・マン"との連戦により、疲れ果てた一平達。
ロックとサキにいたっては身動きも取れない。
騒動の後の喧騒も介せず眠り果てる両者を休ませる場所を、ブルースが探そうとしていた。
候補先が出ない中、一平は自分の居場所を紹介した。
目の前の"電源カフェ:アルティザン"がそれである。
一平の提案に、ブルースが二つ返事で乗った。
周囲が済し崩し的に同意しつつ、龍之助がそれに懸念を示している。
「その……"アルティザン"は凛華さんの店なのだろう?」
龍之助が、先の戦いとロックを背負う疲れで、息を切れ切れに、
「お前の姉さんの電源カフェとはいえ……大人数で負傷者まで持ち込むなんて……」
「大丈夫、電源カフェは10人未満の団体だったら講座とかで使うこともあるし、今日はお休みだ」
一平は肩をすくめ、
「ちゃんと、合鍵もある」
一平は、パーカーの右ポケットから龍之助に鍵を一つ見せた。
鍵を眼にして龍之助が溜息と共に、
「合鍵なんてよく持っていたな……」
「いや、作った……バイト代が飛んだけど」
一平の一言に目の前の龍之助が、大きく目を剥く。
瞬間、シャロン、ブルースとサミュエルの視線も一平に大きく注がれた。
「……一平、"建造物侵入罪"って……知ってる?」
サミュエルが震える口調で言うと、
「まあ、わかるけど……でも、新聞配達の帰りに一眠りしたいし、"命導巧"の修行場も近いし」
「それ、弁護士の前で言ってみな? 確実に出禁食らうし、国選すらも裸足で逃げ出すよ……」
サミュエルが額に手を当て呻く。
龍之助の顔が、言葉にしたいが言葉が出ないというもどかしさで、苦悶の色に染まった。
「どっちにしても助かった……あとは、休ませたらドラッグストアで包帯とか買えばいいし」
ブルースがそう言うと、『大丈夫だろ』という小さい呟きが聞こえた。
シャロンにいたっては、
「まさか……合鍵を作るとはね」
サキを背負いながら、複雑な面持ちを作る。
一平は、龍之助以外の反応に引っ掛かりながら、扉の前に立つ。
"アルティザン"という仏語の"職人"という言葉とは裏腹に黒と硝子張りのドアは、どこか機械的な雰囲気が醸し出される。
閉店中の札が吊るされたドアを作った合鍵で、一平は開けた。
暗がりが広がるが、眼が慣れる。
店の奥はソファとテーブル、それとホワイトボードが陣取っていた。
それから、普通の椅子と丸テーブルで2,3人座れるスペースが三か所。
「足元に気を付けて、ソファに寝かせようぜ」
一平が店の奥に進みながら言うと、龍之助たちが続いた。
最後のサミュエルが入り、一平が奥のソファに向かおうとすると、
「確保じゃー!!」
女性の声と共に、電源カフェ"アルティザン"に突然光が灯った。
一平は考える暇も与えられず、蛍光灯に覆われた天井が目の前に広がる。
左足が動かないと思ったら、右脇から何かに巻き付けられる感覚に襲われた。
首をまとう褐色の両腕を見た瞬間、一平の背筋が強制的に起こされる。
胸から腹部、背骨に激痛を与える肋折り――所謂、プロレスの"コブラツイスト"――を仕掛けられた一平は、
「姉ちゃん……!?」
痛みに悶えながら、照らされた店内を見渡した。
小麦色の肌をした短髪の少女が仁王立ちで、入口で立ちふさがっている。
店の照明のスイッチの場所を見ると、黒髪の少女の白い手が添えられている。
突然の事に、龍之助も目を白黒させて、
「キョウコに……アカリ!?」
叫ぶと二人が、笑顔となる。
アカリの方は純粋なそれだが、キョウコの方は『してやったり』と言わんばかりに勝ち誇ったものだ。
「リンカさん、狙い通りでしたね」
キョウコの悪戯めいた笑みを浮かべる瞳の奥に、映る女性。
金髪、付け睫毛と星空を思わせるメイクを両目の周りに施し、全身が褐色肌だった。
そんな彼女が、現在進行形で一平にプロレス技の"コブラツイスト"を仕掛けている。
肋骨を圧迫する更なる痛みで、一平は呻いた。
「弟よ……『どうして?』って言いたいのかな、チミは?」
含みを持った笑顔で、一平を弟と呼ぶリンカ。
心を見透かした様な声と彼の背筋を撫でる彼女の吐息に、一平は内心が凍り付いた様に思った。
龍之助、ブルース、サミュエルとシャロンという四対の眼が、そんな一平とリンカを映す。
その眼差しが、異口同音に『どんなヘマをした?』と尋問している様に見えたのは、一平の気のせいと思いたかったが、
「テメェの小遣い帳に鍵屋からのレシートが貼ってあったからに決まってんだろうが!?」
肋骨と背骨に更なる痛みが走り、一平は一際大きな叫び声を上げた。
誰も苦痛に悶える彼に手を差し伸べようとしない。
ロックを背負いながらも龍之助が、さもありなんと言う視線を向ける。
サキを背負うシャロンも、サミュエルとブルースにアイコンタクトを交わした。
三人が気まずそうに視線を泳がして、思い切り肩を落とす。
「そして、テメェが新聞配達のバイトが終わったのに最近帰りが遅いわ、今日も停学中に関わらず『ちょっと出る』という書置きをしていたから、キョウコとアカリを呼んで待ち伏せして――」
リンカの声が、唐突に途絶える。
「――サキ!?」
キョウコの声がして、一平の首と胴への拘束が解ける。
痛みを覚えながら、一平は"コブラツイスト"を見舞った姉、リンカに目を向けた。
彼女の眼に映る、シャロンの背負うサキに駆け寄るキョウコの姿があった。
シャロンの方へ、一平が眼を向けると、
「……一平、サキに何があった?」
キョウコの顔が一平の目の前にあった。
彼女の眼差しと吐息が、一平の鼻先を撫でる。
キョウコの怒りと悲しさ。
無力感も籠った無言の問いに、一平が黙すると、
「龍之助……あんたも、一平と一緒にいながら何が起きた!?」
飛び掛からん勢いで、怒りの矛先を龍之助にも向けるキョウコ。
しかし、サキの友達であるアカリがキョウコを止める。
だが、彼女の凛とした鋭い眼が、一平たちを捉えた。
「はいはい……取り敢えず、いろいろ言いたいことがあるだろうけど、みんな落ち着け?」
アカリとキョウコの前に、凛華が立つ。
ちょうど、一平たちとの間で彼女が壁を作った。
一平は、凛華のコブラツイストから解放され、痛む背中を摩る。
凜華の鋭い視線がキョウコたちの代弁と言わんばかりに、サミュエル、シャロンとブルースにも注がれる。
「ただ……あんたら、何が起きたのかくらいは話してほしいね……この娘たちの溜飲を下げたい、ね?」
凜華の冷たい声質の声が"アルティザン"の気温を下げると、
「うるせぇな……どうしたってんだよ……」
龍之助に背負われた、ロックが目を覚ました。
「……あれ、えーっと、キョウコにアカリ……?」
シャロンの背で眠っていたサキも起きると、キョウコとアカリが凜華を押しのける。
事態を理解できないサキの前で、キョウコとアカリが駆け寄る。
サキはどうしてここにいるのか把握できない戸惑い、友人と再会できた喜びの混じった表情でシャロンから降りた。
「……あ?」
サキとの再会を喜ぶ女性陣の声が、ロックの声にかき消される。
一平はロックに目を向けると、彼は龍之助の背から降りていた。
しかし、彼の眼が大きく見開かれ、ただ一点に集中している。
「……ここは地獄か、それとも……夢か分からんが……俺が、世界で一番会いたくない奴が目の前にいるんだが……」
ロックの目に映るのは、一平の姉――凜華。
彼の血の気が引いた反応に対し、姉の凜華は嬉しそうな顔で、
「よう、弟弟子……元気だったか?」
一平、龍之助、サキ、キョウコとアカリが、凜華の唐突に向けたロックへの敬称に、声を失った。
笑顔の褐色の女性とロックの間で――一平が肌で感じることが出来るほど――感情の温度差の乱高下が発生している。
「……ブルース、テメェに頼むのも癪だが、携帯通信端末とパソコンのHDD……俺に関する記録を全部、処理してくれ……あとは、死ぬ」
吐き捨てたロックの顔が真っ青になり、卒倒する。
サキとブルースが戸惑いながらロックを受け止めた。
足腰が崩れたロックを、ソファに連れていく。
一平は、突然の事態に、龍之助、キョウコとアカリに視線を交わした。
余りの事態に、互いの掛けるべき言葉が見つからず、視線が泳いでいる。
「……取り敢えず、何か食う……請求先はブルースだけど?」
凜華の言葉に、一平とブルースを除いた面々が首を縦に振った。
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