表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/99

98.分かってたんじゃないのかな

 ソンジュは身体を動かそうとしているようだが、それは全く無駄のようだ。

 それでも目も見えるし呼吸だって問題ない。

 ユウの麻痺はつくづく凄いな、と考えながら大きな溜息を吐く。

 そして傍に立つユウを見上げながら言葉を発する。


「ふう。これで決着は付いたようだね。後は私に止めを刺すだけだな」

「……ねえ。他に方法はないの?」


 ユウもソンジュを殺したいなどとは思っていない。対峙していたのもあくまで己が身を守りたかったからだ。

 だから二人が共に助かる方法が無いのかと考えている。

 だがソンジュはそれを否定するように言葉を続ける。


「言っただろう? 私は眠り病が拡がる方が正しいと思っていると。今までのように、この世界はやり直しを始めるべきだと」

「でも……私がいれば……」

「もしこのまま麻痺を解いたら、私は再度ユウを狙うよ。今度はもっと確実な方法でね」


 ソンジュの言葉には嘘が感じられない。

 麻痺状態でなくなったら再びユウに襲い掛かるのだろう。

 ユウにも本当にそうなることが分かっている。


 少し離れた所で立っているワイトもユウの傍に近付いていく。ワイトにもソンジュの声は聞こえているようだ。

 そしてソンジュの言葉に嘘がない事も分かっている。


 眠り病が拡がる方が正しい? ソンジュは自分が眠り病を撒き散らしているとでも言いてえのか?

 それは世界の敵ってことじゃねえのか? だから眠り病を治せるユウと敵対したのか?

 だがどうして今になってだ?


 分からねえ。だがこのままだとユウはソンジュを殺すかもしれねえ。

 ならばユウを止めるべきじゃねえのか?


 そしてユウの肩に手を掛けようとしたワイトは気付く。

 自分の身体から力が抜けていく事に。そう、かつてユウに試しに掛けられた麻痺の状態になっている事に。

 ワイトは職業軍人だ。嫌がらせだったとは言え幾度も派遣任務をこなすほどの実力を持っている。

 それにユウの麻痺を喰らった回数も多い。スプルの群れの時と膝を治してもらった時と。

 そのおかげかソンジュとユウの方を見ながら倒れる事が出来ていた。

 倒れながら見えたユウの顔は申し訳なさそうな表情をしているようだ。


「……ソンジュ。貴女は私が元の世界に還る方法を知ってるんじゃないの?」

「ユウにも見当が付いているのじゃないかな? 自分で言ったじゃないか。世界を滅ぼしたいものと続けたいものとの代理戦争だと。私が生きている限り眠り病は拡がっていくんだ。そして私がいなくなれば、ユウがこの世界に残る必要はなくなるのだろうね」

「……つまり私の手で貴女を殺せってこと?」

「ユウはワイトに自分を恨んでも良いと言ったのだろう? そして今もワイトに麻痺を掛けて動けないようにしているだろう? 分かってたんじゃないのかな」

「……そうね。……私にも分かってたのかもしれない」


 眠り病が拡がる事を、この世界をやり直す事を望むソンジュ。

 眠り病を癒すことが出来て、そのうえ存在するだけで病の発生自体を抑制してしまうユウ。

 今のこの世界を続けるための対処方法として連れて来られたユウが、元の世界に還る方法なんて一つしか思いつかない。

 原因となる者、ソンジュを除去すれば良いのだ。


 ユウは一度は仕舞ったナイフを再びシースから取り出す。二人が出会って着いた最初の街で「ソンジュ」に買って貰った採集用のナイフを。

 ユウはナイフを携えたまま麻痺して倒れているソンジュの横に膝を付く。

 ワイトはその様子を見て何かを叫びたいようだが声が出せない。ソンジュと違い口も動かせないのだ。

 ユウはナイフを振り上げる。だがそこから動く事ができない。

 ソンジュは黙ってその様子を見上げている。

 ユウはナイフを掲げた姿勢のままでソンジュに問い掛ける。


「……ねえ……本当に……他の方法はないの?」

「ないよ。ユウがこの世界にいれば眠り病は鎮静化されるはずだ。だけど身体が動くようになったら私は執拗にユウの生命を狙うだろう。眠り病が拡がるように」

「ならば……このままソンジュを……麻痺させ続けたら……」

「それは死ぬのと変わらないのじゃないかな。いや、全く動けない状態で今後何十年も過ごすなんて拷問より酷いと思うよ。それにユウも危惧していただろう? この世界に長くいるほど、元の世界との時間のずれが大きくなるのではないかと」

「……そうね」

「下手に躊躇われる方がこちらも辛いんだよ。覚悟は出来ているが、やはり恐怖は感じるのだからね。手早く終わらせてくれないかな」


 そう言いながらも、ソンジュの表情には恐れや怯えの色が窺えない。軽く微笑んですらいるようだ。

 だがソンジュが見上げるユウの顔には涙が溢れている。


 ユウにとってソンジュは、この世界での保護者であり案内人であり何よりも頼れる存在なのだ。

 いや、この世界での唯一の同性の友人だったのだ。

 そんな相手を自分の手に掛ける? 出来る筈がないではないか。


 ユウはナイフを振り上げたまま、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも動かない。

 違う。動けないのだ。


「ユウ! お前には待っている相手が、待たせている相手がいるのだろう! 元の世界に戻るためならどんな事だってすると言っただろう! やれ!」

「うあああああああ!」


 ソンジュの強い叱責に、大声で叫びながらユウはナイフを振り下ろした。

 かつて裏組織の者達に行なったように、倒れている相手の心臓をめがけて。

 倒れている相手は麻痺している。だから痛みも感じない。ある意味慈悲と言っても良いのだろう。

 ユウはナイフを握り締めたまま、ソンジュに覆い被さるように跪いている。大きな嗚咽も漏らしているようだ。

 ソンジュは己の胸に刺さったナイフを見詰めながら考えていた。


 やはり鍛造製の武具は良いな。鋳造製なら革鎧に阻まれていただろう。ナイフの方が折れていたかもしれないな。なにしろ私の防具は特別製だったから。

 あの店は良い店だったよ。私の目利きに間違いはなかったということだな。

 ふふふ。なぜ死にゆく間際にこんな事を考えるのだろうな。


 ユウ。私はなんとしても君を元の世界に還すと誓ったからな。

 君には待っている者がいるのだろう? 私にはもう存在しない家族が。


 私は道標、道しるべだと言った筈だ。ならば一番最初に眠り病に罹るのは誰だと思う?

 そう、私の家族だよ。たぶん最初の眠り病患者は私の家族だったんだろう。

 だから私は眠り病を肯定したんだ。せざるを得なかったんだ。そうでないと私を産んだ両親の死は無駄になるのだから。


 それでも心のどこかでは眠り病に対する憤りもあったのだろうな。

 自殺をする気なんてない。でもユウに殺されるなら本望だ。

 ユウが元の世界に還れて、眠り病ももう起こらないだろう。

 「この世界」の者である私が選んだんだ。この世界がこのまま続く事を。

 もう神も世界の意思とやらも手を出さない筈だ。

 だからこれで良かったんだ。


 薄れていく意識に紛れながらソンジュの口が動く。

 慌てたようにユウはソンジュの顔を見詰める。

 そのかすれた声はユウには聞こえない。でもその唇の動きから読み取れたのだろう。

 「ありがとう」とソンジュが告げるのを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ