97.それ以外に見えるのかな?
二人は木立ちから離れて草原の方に歩を進める。その姿勢は変わらずに。
それはソンジュの発する圧力にユウが押されているようでもあった。
木立ちの方へ向かおうとするユウを、ソンジュが木立ち側から回り込むように圧力をかけているのだ。
二人は木立ちから少し離れた位置で再び対峙する。
先に動いたのはソンジュだった。
ユウに切っ先を向けた剣を一気に突いてくる。その動きの速さにユウは全く対処できない。
ユウの胸部を守っているポイントアーマーの鉄になっている部分が、バラバラに弾け飛ぶ。と同時に、ユウの身体自体も後方に吹き飛ばされている。
ソンジュはその後はその場を動かずに剣を構えたままだ。鉄を突き破ったと言うのに刃毀れ一つ起こしていない剣を。
ユウの着けているポイントアーマーは壊されているが、身体自体は吹き飛ばされて地面に叩きつけられて出来た痛みしかないようだ。
吹き飛ばされたユウは打ち身で傷付いた自分の身体に治癒を掛けている。
うっすらと淡い光がユウの身体を覆っているのがソンジュにも見えていた。
「その力を本当に魔法と呼んで良いのか分からないが、ユウは治癒が出来るみたいだからね。一撃で心臓を貫くか、意識を飛ばさないとダメなんだろう。そして私にはそれが可能だと分かってくれたかな?」
今のって牽制、いえ、示威よね。
ソンジュはいつでも簡単にお前を殺せるんだぞって言いたいのよね。
確かにあのスピードに私が対応できる訳ないもの。
それにしても鉄板じゃないのよ? 鉄の椀と言うのか皿と言うのか、とにかく湾曲しているのよ?
今みたいに心臓を狙われても反らしたり出来るようになっている筈なのよ?
その部分をを刺し貫くんじゃなくて、破壊するなんて本当に出来るの?
さすがに赤弧狼なんて二つ名で呼ばれるだけの実力があるのね。
そして再びソンジュが剣を突き出そうとする。
だが何かを感じたのかソンジュはその剣を引いて身体ごと後ろに跳び退る。
そのまま剣を突き出していたら腕を伸ばしていただろう空間を、幾つかの炎の玉が通り過ぎる。
「おい! 戻ってこねえから探しに来たら何やってんだよ!」
ワイトが木立ちから姿を現しながら、二人に向かって話しかける。いや、怒鳴っていると言った方が妥当だろうか。
そのまま二人の方に歩み寄っていく。
ソンジュとユウの中間くらいの場所で立ち止まると、ワイトは改めて二人を交互に見ている。
そしてユウの胸部を覆うポイントアーマーが破壊されている事に気付く。
「ソンジュよ。あんたがやったのか?」
「ああ。力の差を教えてあげるためにね。いくら治癒魔法が使えるユウでも心臓を貫かれたら治せないだろう? だからまずは邪魔になりそうな胸部の装甲を取り除いたのさ」
「……つまりあんたは本気でユウを殺そうとしている訳か?」
「それ以外に見えるのかな?」
ソンジュは淡々とワイトの問いに答えている。
再び剣を構えていつでもユウに飛びかかれる姿勢を保ったままで。
ユウも敵わないと分かっていてもナイフを構えたままだ。
ワイトは改めてユウの構えを見ている。
相変わらず素人同然だ。腰だめにナイフをかざしている。
少なくともナイフは身体の中央、心臓や首を守れる位置に置いて最小の動きで急所を守れるようにすべきだろう。
それこそ一撃で心臓を貫かれるか首を刈り取られるかしない限り、ユウは治癒魔法で自身を治す事が出来るのだから。
ユウに最小限の対人戦闘の方法を教えておくべきだったな、とワイトは後悔している。
もっとも自分とソンジュが傍にいれば、ユウに接近戦の必要はないと思っていたからだが。
「理由は俺にも教えてくれるのかよ?」
「さてね。理由を告げてもたぶんお前には分からないだろうな」
「それなら俺はユウを護る側に立つしかねえんだが」
「ふむ。お前は私に惚れているのだろう? ユウを消し終えたら、私はお前の物になろう。だから何も聞かずに手は出さないでくれと言ったらどうする?」
「……魅力的な条件だな。けどよ。再び俺を走れるようにしてくれたユウを見捨てるには、ちと不足だと思わねえか?」
「お前ならそう言うと思っていたよ。まあ、魅力的な条件と言ってくれただけでも感謝しておくべきかな?」
「それに俺は出来れば自分の力で、あんたを振り向かせたいたいんでね」
そう言うとワイトはユウの前に立って、その背にユウを隠そうとする。
しかしユウはワイトに近付いて行き、そのまま前に出ようとしていた。
「おい! ソンジュは本気みてえだぜ。大人しく俺を盾にしてろや」
「分かってるわよ。ソンジュが本気で私と対峙している事くらい。だからワイトは見届けて欲しいの。そして私を『恨んで』欲しいの」
「はあ!? ユウ、あんた何を言って……」
そしてユウはワイトの前に立ちながらソンジュに声を掛ける。手にしたナイフをシースに戻しながら。
「ねえ、ソンジュ? どうして防具を狙ったの? 貴女なら私の首だって簡単に落とせたでしょ?」
「言っただろう。力の差を見せるためだと」
「嘘ね。貴女は私の力が治癒だけじゃないって知っているでしょ? 私が心臓すら止められる麻痺も使えるってことを知っているでしょ? ねえ、ソンジュ? 貴女は死にたいんじゃないの?」
「眠り病を止めたいのなら自ら生命を絶てば済む話だろう? だけど私は自殺する気はないよ」
確かにそうよね。
ソンジュが道標、道しるべならいなくなれば目標の指定が出来なくなる筈よ。眠り病も納まっていくでしょ。
たぶんソンジュは眠り病のために死のうとしている訳じゃない。
それに眠り病を拡げていくのがソンジュの使命だという言葉にも嘘は感じられなかったわ。
だったらなぜ私を殺さなかったの? なぜ私に殺されようとしているの?
「さて、では終わらせようか」
言うや否やソンジュは少し俯く。そして顔を上げないままで剣を突き出す。ユウの心臓を狙うように。
だがその剣がユウに届く前に、ソンジュの身体は崩れ落ちていく。ユウの麻痺に掛かってしまったらしい。
だが全身が麻痺しているのではない。
ユウの甘さだろう。
かつてワイトに試したように自律神経系を外して、そのうえ首から上は麻痺をさせないようにしていたようだ。
ソンジュは顔を上げながら、口に咥えていた小型のナイフのようなものをユウに向けて飛ばしている。
飛ばされたナイフは一直線にユウの心臓に向かっている。信じられないような攻撃に、さすがにユウは反応できない。
だがそのナイフはユウの手前で何かに遮られたかのように弾かれている。
「本当にワイトは凄腕の魔法兵だったようだね。よくあれに反応できたよ。いや、私の様子から事前に防御の魔法でも張っていたのかもしれないな。あいつは何があろうとユウを護ると言っていたがその通りだったな」
ユウの背後で片手を伸ばして掌をこちらに向けているワイトを見詰めながら、ソンジュは呟く。
目の前に落ちているナイフを確認して、自分が無事な事に気付いたユウが倒れているソンジュを見下ろしながら話し掛ける。
「ソンジュ……貴女って凄いわね」
「ユウが甘い事は分かっていたからね。麻痺を使うにしても心臓まで止めるような真似はしないだろうと思っていたよ。それに私とまだ話し足りないだろうから、首から上は麻痺させないとも考えていたのさ。ワイトがいなければ決まっていただろうな」
「でも……貴女はワイトが魔法を使うのも計算してたんじゃないの?」
首から下は麻痺状態で動けずに、それでも瞬間的に身体を捻り仰向け状態に倒れ込んだソンジュが微笑んでいる。




