96.私にとっては迷惑な話よね
ソンジュが私の存在を許せない?
確かに眠り病を広めようとしているものは、治せる可能性を持つ私を邪魔だと思うのも仕方がないわ。
だけどソンジュがどうして?
「ユウは私が眠り病に全く興味がない事に気付いているだろう?」
「え? でもワイトだって同じような態度だったけど」
「アイツの場合は諦めていただけさ。眠り病は治癒魔法ですら治せない病気なのだからな。どうしようもないと思っていたのだろうな」
「だけどソンジュも同じような事を言ってたでしょ?」
「口ではね。でも本当に興味がなかったのさ。いや、むしろ眠り病が蔓延した方が良いと考えていたのかもしれないな。誰が眠り病に罹って亡くなったとしても、それが天命だと思っていたよ。あの婦人が急に倒れた時の、私の態度で分かっていたのではないのかな?」
「でもワイトの時はあんなに必死に……」
「あの時ユウは私が冷静だと言っただろう? その通りだよ。最初は何も感じていなかったんだ。ただ少し経つと何か許せない気持ちが湧き上がってきたんだ。ワイト『だけ』は眠り病で死ぬのは許せないとね。私にも少しは普通の人間らしい気持ちが残っていたのだろうな」
「それなら……」
「それならどうするんだい? ユウは元の世界に還るのを諦めて、私が寿命で亡くなるまでずっと傍にいてくれるのかな?」
「え!?」
単純に眠り病のことだけを考えればそれがベストなんでしょうね。別に私が治さなくても眠り病は鎮静していくんだから。
ただそれは私の元の世界に還りたいという思いを無視しているんだけれどね。
いくら私が眠り病の「薬」になるからと言っても、この先何十年もこの世界で暮らすの?
眠り病を誘発するソンジュが寿命で亡くなるまで?
だってソンジュが怪我をしたら私は絶対に癒すもの。ソンジュが寿命以外で亡くなることなんてないでしょ。
何度も思ったことだけど、私はこの世界に責任を持つつもりはないわよ。
なぜ私がこの世界のために何十年も拘束されないといけないの?
力を持つ者の責任? 望んで得た力でもないのに?
責任を取るのは私をこの世界に連れてきた誰かでしょ!
ソンジュはユウが何を考えているのか分かっているのだろう。
「前にも言ったが、ユウはこの世界に、眠り病に責任を感じる必要はないよ」
「じゃあどうしてソンジュは私を消したいと思うの?」
「責任、義務を負わないということは権利もないということだよ。私は眠り病が蔓延する事を是と考えている。ユウはその摂理に反するんだ。だからユウはこの世界から消えなければならないんだ」
義務と権利ね。
確かに現代日本にも大勢いるわね。権利だけを主張して義務には目を瞑っている人達は。
差別を無くせなんて言ってる人の方が、差別を助長してるんじゃないかと思うことも多いもの。
ヘイトはダメだと言いながら、他人のプライバシーを平気で暴き立てるような人だっているんだから。
確かに私はこの世界を救う義務なんてないわ。勝手に連れて来られて「この世界を救え」なんて言われても、黙って従う気なんてないわよ。
だから私にはこの世界で生きる権利もないって言うの?
何度も言うようだけど、その責任は私を連れてきた「誰か」に取らせるべきじゃないの?
「でもそれって誰かにそう思わされているんじゃないの?」
「いや。ユウに初めて触れた時からどこかで感じていたのだろうな。ユウがこの世界にいるのはダメだと」
「……最初に出会ったときから私を殺す気だったの?」
「まさか。それなら最初の裏組織の襲撃時でも、スプルの群れの襲来時にも機会はあっただろう?」
「それなら……いつから私を邪魔に感じ始めたの?」
「やはりワイトを眠り病から救った時からだろうな。あの時にこれはダメだ、眠り病を治してはいけない、と思い始めたのだからね」
「つまりソンジュは眠り病を肯定してるのね」
「……そうなのかもしれないな。ああ、ユウにはこの国の暦は教えただろう? でもね。他の国では別の暦が使われていてね。もっとも長い暦だと八千年を越えているんだ。ユウの世界の暦は知らないけれど、おかしいと思わないかな?」
八千年越え!?
エジプトや中国でも辿れる歴史は五千年って聞いた事があるわ。
いくら魔法があると言っても八千年も経っているのに、文明がこの程度の筈がないでしょ?
ここは絶海の孤島って訳でもないようだし、歩いていけるところに別の国もあるんでしょ? 私の髪色や瞳の色だって、この辺では珍しいけれど他にそんな色をした人達がいることは分かってるんでしょ?
暦の違いもソンジュが知っているようだし、他の民族と隔絶された世界じゃないと言う事でしょ?
……まさか何度も人類絶滅寸前までを繰り返しているの?
「ユウにも分かったようだね。そう、たぶんこの世界は何度も滅亡寸前を繰り返しているのだろうな。人口が十分の一以下にまで減るんだ。技術の継承はなされないだろう。それに言ってなかったが、五歳以下の子供は眠り病に罹らないんだ」
「え!?」
子供は眠り病に罹らない? 五歳以下だと通常の病気にしか罹らないの?
もちろんその病で亡くなる子もいるのでしょうけれど、それでも十人に一人しか生きられない訳じゃないんでしょ?
現代日本に残っている七五三の風習だって、その齢まで生き残れたらもう大丈夫だからって事だった筈よ。
その齢の子供達は眠り病の対象じゃないって事? 技術の継承が出来ないような子供達は残すって言うの?
……眠り病って本当に自然な病ではないのね。
意図的に誰かを選定する病なんてある筈ないもの。それも体質や人種でなく年齢で選ぶような病気なんかね。
「今までは眠り病ではなかったのかもしれない。だが私のような存在はいたのだろうな。そしてそれを阻止するためとしてのユウのような存在も」
「カウンターウェイト……阻止する人達も異界から連れて来られたのかな?」
「いや、たぶんこの世界の者だろう。だが今までは全て失敗したから異界から人を連れ込んだんじゃないかな。そう、『ユウ』をね」
ああ、それは分かるような気がするわ。
この世界の人達だと突飛な発想はしないだろうし、出来ないと思うから。
魔法なんて存在しない世界の者、私なんかだと治癒だって自然回復しない箇所を治すって考えが浮かぶもの。それに治癒応用の麻痺なんて発想も出来るからね。
だから眠り病を回復することも可能なんだわ。
そして医療知識に詳しくない者、それでいながら最低限の知識は持っている者が望ましいんでしょうね。
医療に詳しかったら逆に回復不可能と診断してしまうでしょうから。
だからって私を選ばなくても良いんじゃないかな?
「だから私はユウを消さなければダメなんだ。このまま眠り病を止める訳にはいかないからね」
「あくまでソンジュは眠り病でこの世界をリセット……一からやり直しさせないといけないと考えているのね?」
「もしかしたら私は産まれたときから何者かの意思に操られているのかもしれないけどね。だけど眠り病は治してはいけないと言うのは確かな私の意志だよ」
「でも私も素直に殺される訳にはいかないわよ?」
「だろうね。だから初めてユウに触れた時に衝撃が走ったのだろうな。運命の相手だと思ったんだろうね」
やっぱりソンジュも初めて触れ合った時に衝撃を受けていたのね。運命の相手だと思っていたのね。
ソンジュと出会ったのも偶然なんかじゃないのね。
私を連れて来た誰かが、ソンジュの近くに私を配置していたのね。
今思い返すとなぜかこんなことになるんじゃないかって気がしてたわ。ソンジュとはいつか敵対することになるんじゃないかって。
「ユウは他に聞きたいことはあるかな?」
「そうね。結局ソンジュを道しるべ、道標にしているのは誰? 眠り病を引き起こしているのは誰? それに私をこの世界に引き込んだのは誰なの?」
「さてね。それは分からないよ。この世界の意思とやらかもしれないな。ただその意思とやらは一つではないのだろう。人類を滅亡寸前に追い込んでやり直しをさせたい意思と、このまま文明を発展させたい意思とがぶつかり合っているんじゃないかな」
「本当に代理戦争なのね。その世界の意思が話し合えば済むのにね」
「人に選ばせたいのかもしれないな。やり直すのか、このまま進むのかを」
「私にとっては迷惑な話よね」
「そうだね。でも『ここ』にいる以上は諦めて貰わないといけないのだろうな」
そう言いながらソンジュは剣を抜く。そしてユウにその切っ先を向ける。
ユウも最初の街でソンジュに買ってもらった採集用のナイフを引き抜く。
二人は静かに対峙している。
ユウは元の世界に還りたい。だから殺される訳にはいかない。それゆえ対峙しているのだ。
人々に美しい白昼夢を魅せる者、今の世界を滅ぼす白昼夢を見る麗しき者。
ビューティフルデイドリーマー、ソンジュと。




