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95.ならば都合が良いのだろうな

 木立ちを突っ切るようにユウは進んでいく。

 この辺りはちょっとした林のようになっているようだ。五メートルほど歩いていたが、まだ林の半ばくらいらしい。

 ユウは、お花摘みなら周りが木に囲まれているこの辺りが妥当なんじゃないのかな、と思いながら先へと進んでいく。

 そのまま林が切れる位置まで歩いていたが、それでもソンジュの姿が見つからない。


 入れ違いにでもなったのかなと周りを見回すと、少し離れた位置にある木に寄り添っているソンジュを見つけた。

 木立ちの先の草原の方を向いて立っていたために、姿どころかその背中すら見えなかったようだ。

 どうやらソンジュはその木に背を預けて、腕組みしながら何かを考えているように見える。

 ユウはゆっくりとソンジュに近付いていく。

 近付いてくるユウに気付いたのであろうソンジュだが、その体勢は変えずにユウを見詰めるだけであった。


「ソンジュ? どうしたの? なんで戻ってこないの?」

「……ユウか。一人で来たのか? ワイトはどうした?」

「ワイトなら街道で待ってるわよ。それよりこんなところで何をしてるの?」

「少し考えることがあってね。そうか。ユウ一人なのか。ならば都合が良いのだろうな」

「……私を殺す決心がついたの?」


 ユウは怯える様子もなくソンジュに問い掛ける。

 こんな状況が訪れるのではないかと思っていたのだ。

 初めてソンジュと手を触れ合った時の衝撃。運命の相手と感じたのは間違いではなかったのだ。

 ただその運命がお互いに殺し合うことになると言うだけのことだ。

 その証拠にソンジュからは否定の言葉が出てこない。


「ねえ、理由を聞いても良いかな?」

「ユウも一昨日の夜中から私の様子がおかしいのは感じていただろう?」

「あの魘されていた時の事ね。悪夢でも見せられていたの?」

「あの時見ていたのは、ユウが元の世界に戻るのを諦めて私とワイトとユウの三人で世界中の眠り病患者を癒して旅する夢だったよ」

「え? それが魘されるような悪夢なの?」

「いや、ある意味理想的な夢だね。でも私はそれをダメだと感じたようだ。ユウを止めないといけない、ユウを消さないといけない、とね」

「それで私の顔を見た途端に突き飛ばしたのね」

「済まなかったな。あの時にはそんなつもりはなかったのだけどね」


 「あの時点では」か。それが昨日には変わったということね。

 昨夜はソンジュもぐっすり眠っていたようだもの。悪夢に魘されている様子もなかったからね。


 けれど、私が元の世界に還るのを諦めて眠り病を治すために三人で世界中を周る夢……ね。

 確かに私にとっては悪夢かもしれないけれど、ソンジュがそれを悪夢だと感じるなんておかしくない?

 私を元の世界に還さないといけないと感じるのは分かるわよ? だけど消す必要があると思うのはどうして?


「昨日の嵐でギルドから戻れなかった時に軽く仮眠を取ったんだ。その時にも夢を見たよ。ユウがこの世界に初めから存在していなくて眠り病患者が溢れている世界の夢をね。千人に一人どころか最期には十人の内の九人までが眠り病で亡くなっていく夢だよ」

「それって人類が滅亡していく夢じゃないの? その方が悪夢じゃないの!?」

「いや。全滅したりはしていなかったな。生き残った者が数百人から千人くらいの集落を作って暮らしていたよ」

「……つまり眠り病は人減らしのために何者かが引き起こしているの?」

「そうかもしれないな」


 そんなマンガか小説を見た事があるわ。

 邪神によって人類が滅亡寸前にまでなるのよね。それとも増えすぎた人類を抑制するために神様が人減らしをするんだったかな。

 彼が冗談がてら教えてくれたわよね。聖書だと神の方が悪魔より人をたくさん殺しているって。


 でも前にもちょっと考えたことがあるけれど、神のような全知全能の存在がいるとも思えないんだけど。

 それにソンジュが夢を見せられたくらいで操られるようになるとも思えない。

 それならどうしてソンジュの考えが変わったの?


「昨夜も夢を見たよ。私が眠り病をばら撒いている夢だ」

「え!? ソンジュが眠り病の原因なの?」

「いや、私がばら撒くと言うのとも違ったな。私が訪れた村や街が眠り病に汚染されていくと言うべきかな」

「でも伝染性はないって言ってなかった?」

「ああ。眠り病は伝染しないな。だから気が付いたんだよ。私は道しるべ、道標ではないのかとね」

「……道標?」

「ユウだと分かるんじゃないかな? 世界は果てしなく大きいのだと言うことを。私はこの国と精々隣国くらいしか知らない。だがその先には他の国々があることは知っている。だけど世界と言うのはその程度じゃない。ユウのいた世界でも空の果てまで世界は続いているじゃないかな?」


 たぶんソンジュの言っているのは宇宙って意味よね。

 この星以外にも人の住む星があるかもしれないと言っているのよね。

 そうよ。私の世界だって広いわ。観測できる範囲だけで七百八十億光年だかの広がりがあるんでしょ。実際にはもっと大きいんでしょ?

 あのオカルティスト達が言うような空飛ぶ円盤や宇宙人なんてのは信じていないけれど、それでも他の星に生命があってもおかしくないと思ってるわ。もしくは過去にあったのかもって。

 だって宇宙の年齢が百三十八億年でしょ。なのにホモサピエンスの登場から二十万年なんでしょ。はっきり言って誤差でしか無いじゃない?

 そんな短期間に知能を持つ生命体が偶然複数の星に存在しているなんて信じられないわよ。まあ、もしかしたら本当に宇宙人がいるのかも知れないけれど。


 もしかしたらこの世界の宇宙では同時期に複数の生命が存在しているのかもしれないわ。

 それでこの星が目的地だと知らせるためにソンジュが存在しているの? 道しるべ、道標ってことはそういう意味よね。

 ……ならばソンジュがいなくなれば眠り病の拡散は納まるの?


「……ソンジュは眠り病の事をどう思ってるの?」

「残酷な病だな。罹った本人は幸せな夢を見ているのだろう。ワイトが言ったような夢をね。でもユウも見ただろう? 連れ添いに急に倒れられたあの商人の姿を。残された者には耐え難いことなのだろうな」

「……なら」

「だからと言って私は自殺する気はないよ」

「!」


 そうよね。ソンジュが生きていたら眠り病は広がっていく。ならソンジュが死ねば良いの?

 眠り病を鎮めるためにソンジュの生命を犠牲にするの?

 小の虫を殺して大の虫を助けるってこと? ソンジュ一人だけの生命を対価に差し出して何百万もの生命を助けるの?


 こんな事を考えるのは間違っているのかもしれない。

 だけど見たこともない何百万人のために、ソンジュが死ぬなんて私には認められない。

 ソンジュの見た夢が本当になるのかは分からないけれど、眠り病で人類は滅ばないんでしょ。

 人口だって新たに増えていくんでしょ。

 一からのやり直しになるかもしれないけれど文明だって進むんでしょ。

 だったらソンジュを死なせてあげない! 私が何度だって癒してあげる!


 でもそれならなぜソンジュは私を殺す必要があるの?

 私が眠り病を治せるから?

 でも言った筈よ。私は誰も治すつもりはないって。

 それでも眠り病を治す可能性があるだけでも邪魔なの?


「ねえ、私がこの世界にいたらダメなの?」

「夢の中の話だけどね。ユウがいるだけで眠り病の患者数は減っていくんだ」

「え!? でも私の目の前で眠り病に罹った人もいるじゃない!?」

「ああ、あのご婦人やワイトもそうだったね。ただワイトの場合はユウが治しただろう? あれが切っ掛けだったんだろうね。それまでも治せる可能性があると言うだけでユウは魔物に襲われていただろう? そしてユウが眠り病を治せるのが確実になったから、私を動かそうとしたんじゃないかな」

「ワイトを治したのがダメだったって言うの?」

「私自身は感謝しているよ。やはり私はワイトに特別な感情を持っているんだろうな。アイツが生きていて嬉しいと思っているんだから」

「だったら私が早く元の世界に還れたら良いんじゃないの!」

「……たぶん無理なのだろうな。いつかは戻れる方法が見つかるのかもしれない。だけどそれまでに眠り病の患者は激減する筈だ。それが許せないのだろうな」

「誰がよ!?」

「ユウを消そうとしているものが。そして……私自身が」

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