94.うるさいわね!
ドアがノックされる。ワイトが来たようだ。
既に起きて身支度まで終えているユウがドアを開ける。
ワイトはドアを開けたのがユウであることに驚いているようだ。
「おいおい、ユウが起きているなんて嵐でも起こるんじゃねえの? ……って、嵐は昨日来たんだったか」
「うるさいわね!」
昨日は部屋に閉じこもっていて疲れもしていないんだから早起きしていてもおかしくないでしょ。
だけど考えたら、ドアを開けてワイトを迎えるのが私なのってもしかしたら初めてじゃない?
と言うか、ワイトが起こしに来たときに私が着替えまで終えていること自体が珍しいんじゃないかな?
……確かに寝起きは良い方じゃないけれど、さすがに今朝までのことを考えるとへこむわね。
三人は宿を出て朝食を取りに向かう。
道はさすがに乾き切っていないようだが、それでも昨晩夕食を取りに出掛けた時よりは歩きやすくなっている。
これなら王都への街道も泥濘にまみれている訳ではないだろう。
朝食を終えて三人は王都方面の城門前に立つ。
昨日は嵐のために通行出来なかったためだろう。城門前は人の波でごった返しになっている。
商人の数などはいつも見かける倍以上ではないかな、とユウは考えていた。
さすがに倍と言うことはないが、それでも昨日旅立つ筈だった者達と今日街を出る予定だった者達が混ざっている。
城門前の衛兵達も通常の倍近くに膨れ上がって混雑している人々を捌くために増員しているらしい。
だがどうやら冒険者や旅人の人数はいつも通りのようだ。
当然だ。昨日の嵐で冒険者向けの依頼は破棄されているだろうし、副都側から来る旅人もいなかった筈だ。
三人は出市税を払い終えて特に問題なく街を出ていた。
街道はやはり乾き切っていない。それでも泥で足を取られるほどでもない。
馬車であっても車輪が沈み込んだりはしないだろう。
三人は先頭を歩むために少し足早で進んでいく。
この先は王都だ。昨日は嵐のために街道沿いの獣や魔物の退治はされていないだろう。だが嵐の中を街道までやってくる獣や魔物がいるとも思えない。
それでも後方の商隊と一定の距離を保ちながら三人は歩いている。
ある程度進むと景色は草原に変わっていく。
昨夜の雨に洗われた草原は輝くほどの瑞々しさを見せている。
その草原を貫く街道を三人は会話もなく歩いている。
ワイトは先頭を歩いている。背後のソンジュとユウが全く話をしないのを不思議に思いながら。
昨日辺りから二人の様子がおかしいように思えるんだがよ。
なんかあったのか? だが喧嘩をしているようにも見えねえしな。
お互いを無視している? いや、そう言う訳でもねえよな。
朝食の際には普通に会話してたんだからよ。……いや、俺が喋ってるのに返答していただけか?
ああ、ソンジュとユウがお互いに話し掛けようとしてねえのか。俺が間にいると普通に遣り取り出来るのによ。
そういや昨日の朝ソンジュが夢がどうしたとか言ってなかったか?
眠り病に関することかと思ってたんだが違うのか?
眠り病に罹ってた時にはユウを思い出しもしなかった。そして俺は二人の今の状況を幸せだとも思っていない。
だから今の俺は眠り病じゃなくて現実にいる筈だ。
ならばどうしてソンジュは夢なんて言葉を口にしたんだ?
まさか「敵」がソンジュを操ろうとしている?
いやそれはありえねえ筈だ。俺達は前の街でも誰の王都方向に向かわないと言う異常事態に気付いたんだ。そう、俺達三人だけが。
なぜか「奴」は俺達三人の認識を逸らせたりは出来ねえんだ。
しかし……なぜ俺達には敵の魔法が効かない?
俺達がユウの傍にいるからか? それなら宿の者にも効かねえ筈だろ。
後は……ユウの魔法を受けたことがあるかどうかか!
最初のスプルの襲来の時に俺とソンジュはユウの魔法を受けたよな。それが原因なのか? だから俺達だけは操られねえのか?
そんな俺達にも眠っている間なら夢を見せられるのか?
ソンジュは何か夢を見せられたのか? だからユウを避けるような態度を取っているのか?
だがそれならどうして俺はそんな夢を見てねえんだ?
ユウを孤立させたいなら俺にも同じ夢を見せないと意味ねえと思うんだがよ。
……分かんねえな。
とりあえず王都に着けばどうにかなるだろ。時空系や召喚系の魔法を調べるのに少なく見積もっても一旬程度はかかる筈だ。
その間にソンジュを問い詰めてやる。夢の内容を聞き出して、それがただの夢である事を教えてやる。
眠り病に罹っていた時の幸せな夢。俺はあれが「悪夢」だったって事が分かっている。だからどんな幸せそうな夢だって俺は否定することができる。
ソンジュがどんな夢を見せられているのかは分からねえが、俺がその夢から覚まさせてやる。
そろそろ昼刻に入る時間だ。後方の商隊も歩みを止めている。
それに合わせるように三人も昼休憩を取っている。
さすがに王都とそれに隣接する街を繋ぐ街道だ。休憩用の木立ちが大きく取られているようだ。
三人もその木立ちの下で休んでいる。
買っておいた果実を齧り、宿で用意してもらった湯冷ましを口に含む。そのような昼食を取りながら身体を休めている。
そんな中ソンジュが二人に断って少し席を外す。そのまま木立ちの奥の方に進んでいく。用足しなのだろう。
ワイトとユウは動かずにそのまま待っている。
だが後方の商隊が休憩を終えて動き始めようとしているのに、ソンジュはまだ戻って来ない。
さすがに残っている二人も気になっているようだ。
「ソンジュはどうしたんだろう? 戻ってこないよね?」
「そうだな。俺が見に行くよ」
「ダメよ。私が行くわよ。もしソンジュが具合を悪くして倒れていたりしたらどうするのよ。ソンジュはお花摘みに行ったんだからね」
「はあ? 花摘み? あいつは便意を……」
「馬鹿ね! それを口にしたら駄目でしょ。女性はそれを誤魔化すためにお花を積みにいったって言ってるんだから」
「はあ……いや、ユウの世界だと気にするかも知れねえけどよ。この世界の冒険者や兵士だと仲間から離れる時にはちゃんと理由を言うんだよ。ソンジュだってこの場を離れる時には言ってたろ」
ああ、うん。そうよね。私の常識で言ったらダメよね。
確かにワイトの言う通りだわ。冒険者や兵士だと、仲間から離れる時にはきちんとその理由を告げないとね。
いきなり行方不明なんて訳にはいかないものね。
今までだってソンジュはちゃんと用足しだって言ってから離れていたもの。私がお花摘みなんて言って離れても悟ってくれてたんだ。
ワイトは気にせずに用足しだって大声で言って離れていたけれど。
「とにかく私が行くわよ。その……ワイトには見せたくない格好で倒れているのかもしれないでしょ?」
「まあ周辺にやばそうな雰囲気もねえしな。ソンジュの具合が悪いってんなら治癒が使えるユウの方が向いていると思うしよ」
「うん。だから私が行ってくるわ。あっちの方だったよね」




