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93.冒険者の餌なんだけどね

 昼三刻の少し前、ユウの感覚だと午後二時半過ぎくらいだろうか。ソンジュが宿の部屋に戻ってくる。

 雨はまだ降っているが止みかけのようだ。閉じた鎧戸を叩く雨音もほとんど聞こえなくなっている。

 その鎧戸から漏れてくる外光も少し明るくなってきているようだ。


「よう、おかえり。やっぱギルドで雨宿りでもしてたのかよ」

「……ああ」


 ソンジュはワイトの言葉に少し躊躇うように肯きながら、ユウをじっと見詰めている。

 ユウもそれに気付いたのだろう。何も言わずにソンジュを見詰め返している。

 ワイトは二人の間に流れる何か穏やかでない雰囲気を感じ取ったのか、気を逸らすために軽くソンジュに話しかける。


「それで明日の街道の通行は問題ないのか? ギルドに行ったのは、そいつの確認が目的だったんだろ?」

「大丈夫だ。雨も止んできたようだしな。明日は晴れるさ。少しは道も悪くなっているかもしれないが、荷馬車でも問題なく日暮れまでに王都に着けるだろうな」


 ワイトの問い掛けに、ようやくユウから目を離したソンジュが答えている。

 ユウも同じようにソンジュを見詰めるのを止めて話しかける。


「ソンジュはお昼御飯は食べたの? 私達は先に食べちゃったんだけど」

「ああ、ギルドが出してくれたよ。と言っても、冒険者の餌なんだけどね」

「冒険者の餌? え!? それってどんなの?」

「少し古くなった黒パンと干し肉だよ。常備している分を処分がてら出してくれたのだろうな」

「おいおい。向こうはあんたが赤弧狼だって知らなかったのかよ?」

「いや、知っているから食事を出してくれたのさ。普通の冒険者相手に食事を用意してくれる筈ないだろう?」

「まあ、そりゃそうだな。あの雨じゃ買出しにも出れねえだろうしよ。備蓄品でも出してくれるだけマシってことか?」

「ああ。ギルドマスターも顔見知りだったしな」

「あれ? ソンジュって王都に来るの久しぶりって言ってなかった? なのに顔見知りって……そんなに長い間ギルドマスターって変わってないの? 前に聞いた話だと下級貴族が持ち回りって言ってたと思うんだけど」

「いや。辺境での知り合いだよ。いつの間にやらこの街のギルドマスターになっていたようだな」

「へえ。そりゃ栄転だろ? 辺境の街から、王都に隣接する街のギルドマスターになったんならよ。あんたのおかげじゃねえのか?」

「私だけが理由じゃないだろうさ。あの街でも何人かと組んだりはしたからな」

「つまりそれで塩漬けになっていた依頼を片付けてったんだろ。やっぱあんたのせいじゃねえか」


 赤弧狼の二つ名は伊達ではないと言うことか、とワイトは納得している。

 しかしこのソンジュがパーティを組まなければ片付けられない依頼ってどんなのだ? ノガルドでも退治したのか? などと考えてもいた。


 ユウは普通にソンジュに尋ねながらも別のことを考えている。


 ギルドで何かあったのかな。

 ううん、違うわね。たぶんギルドで仮眠を取ったんでしょうね。

 そこでまた「夢」を見たんじゃないのかな。私を拒絶するような夢をね。

 でもさっきのあの視線はそういう感じでもなかったのよね。

 なんて言うのかな? 確かめる? 見極める? 探るような視線?

 それも違うわね。哀れむような感じもしていたもの。


 ……もしかして私が元の世界に還ることのできる方法が分かったの?

 でも夢って記憶の整理じゃなかったかな? なら夢で分かるって変じゃない?

 まさかソンジュは神様とか世界の意思なんかから夢を見せられているとでも言うの?


 たぶん私はこの世界に連れて来られて眠り病を治せる力を与えられたのよね。

 けれど私はその力を使う気は全く無いわよ。

 この世界の総人口が何百万人、何千万人いるのか分からないけれど、その全てを救うなんて出来ないもの。

 近隣の人達だけを治したりしたら、前に話に出たように地方の反乱や世界戦争の危険すらあるのよ。

 それに私だって生活全てを他人を癒すことだけに使う気はないわ。それも何十年も死ぬまでの期間ずっとね。

 私は勇者でも聖女でもないんだから。

 だからそういう意味で私を消し去ろうとしても無意味だと思うんだけど。

 その可能性があるだけでも邪魔だと言うのかな。


 それともこの世界で死ぬ事が元の世界に還れる条件なの? だからソンジュは哀れむような視線を向けていたの?

 そしてそれが本当か分からないんでしょうね。

 たんに私が死ねだけかもしれないんだもの。この世界から眠り病を治せる者を消し去るだけだもの。

 まあ私はその力を使う気はないと宣言してるんだから、生きていても死んでしまっても一緒かもしれないけどね


 神のような存在はソンジュを操ろうとしているのかもしれない。

 だけど人間相手だと精々意識を逸らせることくらいしか出来ない筈。それも私達が話し掛けるだけで気付いてしまう程度のね。

 だからソンジュも夢の内容を鵜呑みにしたりはしていないと思うわ。

 それでも眠るたびにそんな夢を見せられたら、やっぱり影響を受けるのかもしれないわね。


 何かに気付いたようにソンジュは窓際に寄っていく。

 そして鎧戸を開け放ちながらワイトとユウに向かって告げる。


「どうやら雨が上がったようだ。まだ道はぬかるんでいるようだが、この様子だとしばらく待てば多少は乾くだろう。店なんかも開いたりしているようだな」

「なら晩飯は外で喰えるってことか?」

「もっとも私達が行くような店だとやっていない可能性が高いがな。一般の冒険者が通うような店なら開いているだろう」

「ああ、そっか。今からじゃ今日届く予定だった野菜や肉も用意できねえもんな。日持ちのする黒パンや魔物肉を使った冒険者の餌くらいしか作れねえだろうな」

「最初の街で食べたような料理ってことね?」

「へえ。ユウも一般の冒険者の飯を食べた事があるのかよ?」

「ユウにも普通の街の者が食べるような物を知って貰っていた方が良いからな」

「なら冒険者の餌でも問題ないってか?」

「さすがに餌って連呼されると少し嫌なんだけど。でも、そうね。私はどんな食事だって平気よ」


 郷土料理や異国料理の食べ歩きも趣味の一つだったからね。

 蛙や蛇や虫だって食べた事があるのよ。さすがに初見では平気ではなかったけれど。それでも二回目からはあまり気にせずに食べられるようになったわ。

 だから魔物肉だって一度食べられたんだから平気だと思うわ。身体にも影響はなかったようだもの。


 昼四刻過ぎにソンジュ達三人は夕食を取るために宿を出る。、

 ワイトもさすがに一般冒険者が食事する料理屋の良し悪しは知らないらしい。宿の受け付けで情報を仕入れている。

 宿で聞いた料理屋の味は可もなく不可もなくと言うところだ。いや、通常なら一ランク上の料理屋に通い慣れている彼女等には味付けも大雑把な感じだった。

 それでもこの大雨の後で開いている店だ。文句を言っても仕方がない。


 食事を終えて宿に戻る。

 王都への道程は既に話し終えている。だから身体を拭うお湯を頼んだ後はワイトは自分用に割り当てられた部屋に引っ込んでいく。

 ソンジュとユウは身体を拭い衣類の洗濯を終えると、各々のベッドに潜り込んでいく。

 どうやら今夜はソンジュも寝る気のようだ。夢を恐れている様子もない。

 それどころか自分の見る夢の意味を考えようとしているようだ。


 ユウはソンジュの見ている夢の内容を知りたいと思っているが、彼女から言ってくれるまでは訊かないつもりだ。

 もしかしたら訊くのが怖いと思っているのかもしれない。

 どうせなら寝ている間に苦しまないように殺してくれれば良いな、などと考えてすらいた。


 夜が明ける。

 ソンジュは既に起きて着替え終えて、窓の傍に立って空や通りを眺めている。

 本日は快晴であり、乾期のためか道も昨日のように泥まみれではないようだ。もちろん乾き切っている訳でもないのだが。

 ソンジュは外の様子を確認してからユウを起こしにいく。


 ユウも昨夜は早く寝たためか眠そうな感じではない。

 生きている事を喜びもしていない。ソンジュになら殺されても良いのにと思っている。

 死んで元の世界に還れる事を期待しているのかもしれない。

 こんな事を考える自分は壊れかけているんだろうな、と思いながらポンチョ一枚被っただけの姿から着替えていく。

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