91.本気で言ってる?
「それでワイトはソンジュのどんなところが好きなの?」
ユウは興味津々と言った態でワイトに詰め寄っていく。
ワイトはユウの迫ってくる様子に少し腰を引かせている。
「ユウには関係ねえだろうが!」
「なんでよ! ソンジュに関することが私と無関係な訳ないでしょ。私が仲を取り持ってあげるわよ」
「はあ? いやいや、だから見ていたら分かるだろ? ソンジュは俺のことなんて何とも思ってないってよ」
「本気で言ってる?」
ユウはワイトの言葉に少し呆れているようだ。
眠り病から目覚めた時点で気付きなさいよ。
頬が腫れ上がってたでしょ。誰がそんな事をしたと思ってるのよ。
まさか私が殴ったとでも思ってるの?
そんな訳ないでしょ。ソンジュがやったに決まってるじゃない。
ソンジュだってどうでも良いと思ってる相手なら、そんなに必死に起こそうとしないわよ。
うーん、これは攻め方を変えた方が良いかも知れないわね。
「でもソンジュのどこが良いの? 言ったらなんだけど暴力的だし言葉遣いだって荒いしね。私には頼り甲斐があるように思えるけど、男の人だと恋人にしたいとは思えないんじゃない?」
「まあ、それはそうなんだが。でもそこが良いんじゃねえか」
「え!? ワイトって虐められるのが好きなの!?」
「違えよ! 俺は魔法兵だったって言っただろ。准爵位とは言え一応は貴族の端くれだったんだぜ。寄ってくる女もいたんだがよ」
「嘘でしょ!? ワイトがモテてたなんて!?」
「おい! まあ、そいつ等は貴族って肩書きだけが目当てでな。一代爵でも構わねえんだとよ。下級貴族の三女なんてのもいたな」
「うわあ、お嬢様じゃない。なるほどね。ワイトじゃなくて身分が興味を惹いていたのね」
「……そこまではっきり言われると辛いものがあるんだが……」
「でも、選り取り見取りだったんでしょ?」
「前に言っただろ。俺は十四まで農民だったんだよ。深窓の令嬢なんか真っ平御免だ。護る相手じゃなくて、隣に並び立ってくれるような奴が良いんだよ」
ああ、なるほど。姫騎士の方がワイトには良いのね。
……もっともそんなのが実在するなんて思えないんだけれど。
嗜み程度ならともかく、どこに令嬢に男性以上の厳しい武芸の鍛錬を課す貴族がいるのよ。
どこの世界に女性の騎士や将軍の命令に唯々諾々と従う男性がいるのよ。
そんなのマンガや小説の中にしかいないわよ。
ワイトにとっては一緒に農作業してくれるような女性が良いんだ。だったら貴族の令嬢や商人の娘に言い寄られても迷惑にしか思えないわよね。
確かに女性冒険者なんてワイトの好みにぴったりよね。
しかもソンジュは「赤弧狼」なんて二つ名で呼ばれるくらいの実力があるもの。それにスタイルも良いし美人だしで文句の付けようもないわね。
「けどソンジュって身長にコンプレックスを感じてるみたいじゃない? 私だってこの世界の男性の平均くらいあるのよ。それより十センチ……じゃなくて二オーク以上高いんだから。大概の男の人は避けるわよね」
「あん? そりゃソンジュは大柄だが、俺の方が少し背が高いんだぜ。俺となら並んでいても問題ねえだろ?」
ワイトはソンジュの背の高さも気にならないみたい。
隣に並び立てる女性が理想なんだもの。ソンジュくらい大きい方が良いんだ。
ソンジュだってワイトと並んでたら華奢……とは言えないけれど、そんなに大きくは見えないしね。
走り回れる魔法使いが一緒にいれば冒険の幅も広がるんじゃない?
私が元の世界に還った後も、恋仲云々は別にしてパーティ仲間には良いんじゃないかな。
……本当に私が還れるのならね。
ダメよ、弱気になったら。私は何があっても元の世界に還るのよ。あの世界には彼や家族がいるんだから。
けれどワイトって本当にソンジュの身長を気にしてないんだ。
貴族の令嬢ですら袖にしていたのなら美貌なんかにも拘りがないんでしょ?
ソンジュの内面、と言うか考え方や行動が好きになった理由のようね。
これならソンジュを任せられるわ。
帰ってきたら今度はソンジュの方にちゃんと恋心を自覚させないとね。
一方その頃ソンジュはギルドの入り口付近でポンチョを脱いで、ばさばさと付いた水滴を振り払っていた。
ふう、参ったな。もう少し雨が降り始めるまで持つと思っていたのだが。予想外に早かったな。
しかしこの雨と風の強さだと表を歩くのは無理だろうな。宿へ戻るのは少し遅れそうだ。
ワイトはユウにちょっかいを掛けてないだろうな。まあ、出る前にあれだけ脅しておいたんだ。馬鹿な真似はしないだろう。
それにワイトは私に気があるようなことも言ってたしな。嫌われるような事を行いはしない筈だ。
もっともアレはただの気の迷いだろうが。
危険な状況を一緒に乗り越えた男女の間では、そう言う勘違いが起こりやすいそうだからな。冒険者の間では有名な話だ。
ユウも同じ状況なのだが、彼女にはすでに付き合っている相手がいる。それをワイトも知っている。
それにユウは異界人なのだ。そう言った対象とは思えない筈だ。
膝を治された後は忠誠を誓った騎士のようなつもりなのだろう。言葉遣いは全く騎士らしくはないのだが。
そして私も同じなのだろうな。
アイツが眠り病に罹ったときの自分の行動は今でも信じられない。
眠り病だと分かっていたのに、起きる訳がないと分かっていたのに、何度も頬を叩いたりしたのだから。
怒り? 嘆き? よく分からない感情に支配されていた気がする。
起きた後に痛そうに頬を撫でているのを見た時は、アイツに済まないことをしたなと思ったよ。
今までも臨時パーティなんかで男と組んだこともあるが、そんな気持ちにはならなかったのだが。
ユウのせいか? 彼女を護るために気を張ってたからいつもと異なるのか?
だから私もワイトが気になっていると勘違いしているのだろうな。
ソンジュはポンチョに残った水滴を払い終えると受け付けに向かっていく。
さすがに嵐が来ると分かっているためか冒険者達の姿も少ない。
それに受け付けにいる人数すら少ないようだ。たぶんこのような天候不順の際のシフトなのだろう。
ソンジュは依頼を受ける冒険者が少ないため暇そうな男性の受け付けに明日の予定を確認する。
どうやら明日も普通に通行があるようだ。
もちろん依頼の詳細を聞いたりはしない。
依頼をした商人の名や護衛として随行する冒険者パーティの人数などだ。
王都方面の街道から外れて採取や見回りを行なう冒険者に関してもだ。
そんな事を知りたがるのは商隊を襲う事を前提とした盗賊か、冒険者狩りが目的の悪党だけだろう。
確認を終えたソンジュは雨が弱くなるまで、ギルド内でどうやって時間を潰そうかと考えていた。
そこに先に話をしたのとは別の受け付けの男が声を掛けてくる。
「失礼ですが隣の街で異常事態を教えてくれた冒険者の方ですよね?」
「異常事態? ああ、街道を誰も通ろうとしなかった件か。そう言えばこの街からも誰一人城門を出なかったようだな」
「ええ。そのことについて詳しく話を聞きたいとギルドマスターが言ってます。宜しければお時間を取って頂けますか?」
声を掛けてきた受け付けの男は相当腰が低い対応をしている。
昨日の状況について隣街からの連絡が届いたのだろう。そしてその異常を報告した者達のことも聞いたようだ。
そしてソンジュはその男に認識票を見せた訳ではない。だがもしかするとその外見から「赤弧狼」の二つ名持ちであることにも気付いたのかもしれない。
ソンジュは少し考える。
ギルドマスターと話をする意義が感じられない。何しろおかしいのは昨日の異常に疑問を感じなかったこの街の者達なのだから。
だが雨が弱まるまでの時間潰しと考えるなら話に付き合っても良いだろう。
「分かった。雨が弱くなるまでの時間で構わないのならな」




