9.これで終わりじゃないの?
「ならばこちらの衣服を一揃い貰おう。代金はこれで足りるかな? それから着替えられる場所を提供して欲しいのだが」
ソンジュが店主の男に呼び掛ける。
そして対価を腰のポーチから取り出して支払い台の上に乗せた。
店主の男が見るに、その額は代金の五割増しくらいはありそうだ。たぶん口止め料をも含んでいるのだろう。
店主の男は黙って店の隅に二人を案内する。
そして大きな一枚布を取り出した。
「申し訳ありません。この場所でこの布を使って隠して頂けませんか? もちろん私は来客が入って来ないように、離れて入り口付近で見張っていますので」
ユウはそっと溜息を吐く。
うん、分かってた。フィッティングルームや試着室なんてないわよね。
サイズ合わせなんて考えてもいないみたい。まあ三パターンくらいしかサイズの違いもないし、アームバンド……と言うか紐で縛って調節するみたいだもの。
ソンジュが布を高く掲げてユウを覆い隠す。店の隅の角の箇所なので三角形の小部屋のようになっている。もちろんそこに姿見などは存在しない。
ユウにも分かっている。同室の離れた場所に男性がいても、それに恥じらっていられないことくらいは。
それでも手早く着替える。
まずポンチョを脱ぐ。それからブルゾンとブラウスを脱いで、買ったばかりのいかにも冒険者と言った感じのシャツを着る。
それからパンツも脱いで、これも冒険者と言ったズボンに履き替える。
そして腰をベルト代わりの紐で縛ってずり落ちないようにする。袖や裾も余った部分を紐で縛って調節する。
ソンジュは向こうで大きな布を掲げているのでユウの様子が分からない筈だ。
ユウはバッグからスマートフォンを取り出す。電源を入れて鏡のアプリを立ち上げる。それで自分の今の姿を確認するつもりだった。
そして数秒間画面を眺めて崩れ落ちる。
……似合わない。いや、似合ってたら逆に嫌なんだけれど。
この格好はなんなの? まだ工場とかの作業着の方が格好良いんじゃないの?
そりゃ綺麗に染色された生地の服が高価なのは分かってるわよ。でもいくらなんでもこれはないでしょ。
同色のシャツとパンツを着るとこんなに垢抜けないの? ううん、生成りってのが問題なのよ。
それに私の体の大きさも半端みたい。これより小さいサイズだとたぶんいろんなところがパツパツよ。
たぶん私には女性用だと小さ過ぎて、男性用だと大きいんだわ。
それでもたぶんこの衣服が一番マシなのよね。
でもそれならなんでソンジュは同じような衣類なのに格好良いのよ! 絶対に神様って不公平よ!
ユウは諦めたようにスマートフォンの電源を落としてバッグに戻す。今まで着ていた現代日本の衣服を畳んで抱える。
そしてソンジュに声を掛ける。
「着替え終わったわ。けれどあのポンチョもうしばらく貸して貰えるかな?」
「うん? あれを着ていなくても済むような衣服を買ったんだが?」
「……そうよね。……でもちょっと見てもらえるかな。ああ、もう布で隠さなくても良いわよ」
ユウの身体を隠していた大きな布を未だ片手で掲げたまま、ソンジュが店の隅を覗き込む。そして着替えたユウを眺めている。
ユウは少し恥ずかしそうにしていた。
「うん……まあ元の姿よりは良さそうだ。後は……そうだな。軽い革鎧、いや特定部位だけを護れる防具の方が合うか、を付ければ良いだろう」
「あれ? これで終わりじゃないの?」
「さすがに防具の一つもないと冒険者や旅人には見えないからな」
なるほど。心臓部だけを覆うようなポイントアーマーとか、脚絆、レッグアーマーや、手甲、ガントレットみたいな物を装備させるつもりだったんだ。
たぶん私にあまり体力がない事も見抜いているんだ。
だからソンジュが着ているような全身を覆う革鎧じゃなくて、急所や目立つ場所だけを護る防具を考えていたのね。
「ならば次は防具屋に向かうの?」
「ああ、その予定だよ。さすがにその衣類だけでは不味いだろう」
ソンジュもユウの着替えた姿を見てそう述べるに留まる。あまりにも似合わな過ぎたからだ。
着慣れていない。いや、初めてそんな格好をしたようにも思える。
もしお世辞のつもりでも似合っているなどと言っていたら、確実にユウに殴られていただろう。
ユウが抱えている今まで着ていた服を受け取って、ソンジュは腰に付けたポーチに仕舞い込む。
店の者にあからさまに見せるつもりがないのだろう。目隠し用の布を片手で掲げたまま、もう片方の手で器用に収めている。
それから店の主人に問い掛ける。
「後は……そうだな。手頃な防具屋を知らないかな」
「でしたら三軒ほど右隣の店が良いでしょう。手頃な武器も置いていますから」
「そうか、ありがとう。また必要な物があれば来させて貰おう」
「はい。こちらこそお買い上げありがとうございました」
店の主人も分かっている。
碌に確認もせずに五割増しの値段を支払ったのだ。相場が分かっていながらの上乗せの金額だ。口止め料を含んでいるのは間違いない。
犯罪者ではないのだろう。それなら入城検査の時点で捕まっていた筈だ。
だから彼女達の事を街の衛兵などに通報したりする気はない。
ソンジュとユウは店を出る。
やはり恥ずかしいのだろう。ユウはソンジュに借りたポンチョを被っている。
ソンジュはそんなユウを見ながら考える。
確かに似合ってはいないが、そんなに恥ずかしい格好ではない筈なんだがな。
辺りを歩いている人々の姿を見たら分かるだろう。似たような衣服を着ている者だって多いじゃないか。
私だって似たような衣類の上に革鎧を着けているだけだぞ。そこまで恥じ入られると私の姿もおかしいのかって気がしてしまうのだが。
やはりユウはこの近辺に住む者などではないのだろうな。本当に天からの御使いなのではないだろうが。
二人は教えられたように三軒隣の店に入る。
なるほど、数打ちの簡易な冒険者用品の店のようだ。
防具を身体に合わせてオーダーするような中堅以上の冒険者はあまり来ないのだろう。駆け出しや初心者レベルの冒険者が求める物を置いている店なのだ。
「ユウ、君はたぶん防具に詳しくないだろう。私が適当に選んでも良いかな?」
「うん、ソンジュに任せる」
ソンジュはユウに合いそうな軽い防具を幾つか見繕う。
胸の前面部、心臓の箇所だけが小さな鉄製の椀のようになっていて、革紐で肩や脇を締めて固定するポイントアーマー。
肘から手首までの外側だけを覆うガントレット。それから膝から下の前面を護るレッグアーマー。
それらなら全部装備しても大した負担にはなるまい。
「今挙げた物を用意して貰えるか?」
「それらだけで宜しいので?」
「構わない。装備するのは女性だしな」
店主が不思議そうに問い掛けるのを、ソンジュは軽くかわす。
持って来られた防具をソンジュが装着させていく。さすがにポンチョは剥ぎ取られている。ユウは少し恥ずかしげだ。
だがユウにはそれらの防具を装着する知識も技能もないのだから仕方がない。
そんな様子のユウを見て、店主も「ああ、新人冒険者か」と納得したようだ。
一通りの装備をしたユウをソンジュは眺めている。
やはり似合っていない。それに前面は胸部にポイントアーマーだけなので少し不自然に見える。
「ふむ……腰の辺りを覆うような物はないかな?」
「そうですね。革を巻きつけるタイプの防具はどうですか?」
そう言って店主は一枚の革を取り出す。
長辺の端のほうの何箇所かに穴を開けられた革製の布だ。ラップスカート、巻きスカートのように着るのだろう。
だが丈はせいぜい膝上程度のミニスカートのようだ。そして前面で重ね合わせて留めるらしい。脚が動きやすいようにしているのだ。
もっともズボンの上に纏うので肌が漏出する事はないのだが。
腰鎧や草摺と言った方が合うのかもしれない。
ユウもラップスカートなら着る方法は分かる。
たぶん幾つかの穴の部分がベルトか紐を通す箇所だろう。先に紐を通してから腰に巻いて前面で重ね合わせる。それからウエスト辺りで紐を括って調節する。
その姿を見たソンジュは肯いている。
うん、これなら冒険者に見える筈だ。もっとも駆け出しか初心者レベルと思われるだろうが。
後はナイフでも装備させれば良いか。手頃な武器も置いていると衣服屋の店主も言ってたしな。




