10.問題はないみたい
「武具も置いていると服屋で聞いたが。そうだな、ナイフはないか? 採集なんかに使うような頑丈な物が良いのだが」
防具屋の店主もその言葉で分かったようだ。
もちろん店主はソンジュを見た時点で気付いていた。彼女が高ランクの冒険者であろうことは。
たぶん三軒隣の衣服屋で聞いてきたのだ。そこの店主もソンジュが相当なクラスの冒険者であるのに気付いていた筈だ。
たぶんこの黒髪黒目の異国人と思われる女性は新人冒険者なのだろう。それも防具の付け方も分からないレベルの。
この赤毛の美女が世話をしているのだ。
今までの装備で支払われた額も相場通りだ。いや、少し色を着けている。半端な物ではなく良い品を出しているのが分かっているのだ。
店主は知り合いの店の紹介客に対して、愚かな真似をせずに済んだことに胸を撫で下ろしていた。
そして店主は奥からナイフを持ってくる。鍛造品のナイフだ。
ナイフのような小物の武器だと鋳造品が一般的なのだ。
溶けた金属を型に流し込めば量産可能な鋳造で造られる物が多い。当然だ。一般的にナイフなんかは消耗品なのだから。
それに対して一本毎に叩いて鍛える鍛造だと値も高くなる。ただし強度は比較にならない。鋳造品に比べてはるかに頑丈なのだ。
「ほう、良いナイフじゃないか。鍛造で造っているようだな」
「お客さんの御目に適う物と言うと、それくらいしか無いのですが」
「私はそんなに目利きに優れている訳でもないが」
「そのナイフを一目で鍛造品だと見抜ける方が何を言ってるんですか?」
店主が苦笑しながら告げる。
ソンジュも微笑みながら店主に訊く。
「さすがに鍛造製のナイフの値は分からないな。幾らだろうか?」
店主は一瞬考えるが相場通りの金額を告げる。
彼女は初見の客だ。こんな美人が今まで訪れていたなら忘れる筈もない。
確かに鍛造製のナイフなんて珍しい。だが高ランク冒険者であろう彼女なら普通に鍛造された剣などの値は知っている筈だ。
ここで無茶な値段を吹っかけでもしたら、今まで用意した防具も全て付き返される事になるだろう。
「それとこのシースはおまけしておきますよ。そちらの女性が使う予定でしょう。たぶんシースなど用意されていないと思いますので」
店主は手頃な革製のシースを取り出しながら告げる。
シースとはナイフ用の鞘の事だ。
腰に吊るすためか取っ手の箇所が折り畳まれて縫われていた。ベルトか紐を通せるようになっている。
こちらは高級品ではない。いかにも汎用的な手頃な値段の物だ。
そう、見た目では仕舞われているナイフが鍛造製だと分からないように。初心者の冒険者がそんな高級なナイフを持っているなどと思わせないようにだ。
「ああ、そうだ。背嚢なんかはあるかな?」
「そちらの方が使うと考えて良いのでしょうか?」
「ああ、採集なんかの依頼から始める事になるだろうからな」
「では、こちらなど如何でしょう?」
ソンジュはユウを新人冒険者だと思わせる事にしたらしい。
そしてユウの持つバッグを仕舞えるものを用意するつもりだった。
あのバッグも不味い。見た目は革製のように思えるが、たぶん違うのだろう。それに革をあんな色に染め上げられる筈がない。
髪や瞳の色はどうしようもないが、それ以外は普通の冒険者のようにした方が良いだろう。
ユウもそれに気が付いたようだ。
そっか、合成皮革も駄目なんだ。現代地球の物ってこの世界では未来テクノロジーになっちゃうんだ。
何も言ってこないけれど、たぶん店主さんは私の履いている靴も気にしていると思うわ。エナメル状の光沢が出ているんだもの。
靴もこの世界の物を買わないと駄目みたい。
異世界に転移するマンガや小説なんかを読んだこともあるけれど、その辺りには全然触れてないんだもの。
それどころか自動車やスマートフォンなんかを見せびらかしても何も言われないなんておかしいわよ。
だってどう考えても、貴族や王族に供出を強要されたり、盗賊に執拗に狙われたりすると思うんだけど。
店主が差し出した布製の背嚢をソンジュは検分している。
そこそこ頑丈そうで、それでいて軽い物だ。その大きさもユウのバッグを隠した上で、それなりの空きがありそうだ。
これなら問題はないだろう。
ソンジュは全ての装備の代金を差し出しながら告げる。
「ありがとう。なかなか良い店だ。他の者にも伝えておくよ。また厄介になるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
店主は黙って頭を下げる。
先にも言ったが、このような世界では口コミなんかは重要なのだ。
新聞もなければ、その中に折り込みチラシが入っていたりもしない。テレビやラジオがあってコマーシャルを流す事もない。もちろんネットやウェブなんかも存在しない。
店の評判はその店を使った者の伝聞しかないのだ。
しかも相手は高ランクと思しき女性冒険者だ。いつの時代であっても女性達の噂話には相当の威力があるのだ。
ソンジュとユウの二人は店を出る。
もちろんユウからポンチョは取り上げている。
ユウは自分の格好を少し恥ずかしがっているようだ。だけどその姿に慣れてもらう必要があるのだ。いつまでもポンチョを被っているわけにもいくまい。
髪を隠していた布も外されている。一般的な冒険者の格好をしている以上は、黒い髪も黒い瞳も隠す必要はない。
むしろ異国の冒険者だと見せ付ける方が不自然ではなくなるだろう。
「次は靴だな」
「あの冒険者用品のお店には置いてなかったの?」
「さすがに靴は合うものでないと不味いだろう。靴は専門の店があるんだよ」
「そっか、考えてくれてたんだ。ありがと、ソンジュ」
そう言いながらユウはソンジュの足元を見る。
革製の靴だ。さすがに冒険者がサンダルなんかを履いている訳がない。
どうやらブーツのように足首まで覆っていて、スボンの裾を靴に入れ込んで紐で閉じている。足の甲の部分も紐で調整しているようだ。
そして靴の底面は二重に革が張られているらしい。
たぶん冒険者だと草臥れやすいのだ。そしてすぐに張替えが出来るようになっているのだろう。張替え用のソールを幾つも持ち歩いているのかもしれない。
うん、靴の見た目は問題なさそう。
今更だけど通勤時は運動靴にして、職場で履き替えるようにしておけば良かったかな。でもポリエステル製の運動靴なんて、やっぱりこの世界では目立つよね。
郷に入りては郷に従え、って事かな。変に目立ちたくはないもの。
だけど中敷きも無いみたいだし、土踏まずの部分を盛り上げたりもしてないみたい。あれで長時間歩くのは辛いんじゃないかな?
今履いているパンプスから中敷きだけは取り出して使うことにしよう。
二人は靴屋に向かう。掲げられた看板に大きく靴のマークが入っているので見つけるのも容易い。
店に入るとそこそこの人数がいるようだった。
どうやらこの世界では靴は消耗品だ。
街に住む一般人は安価な草履やサンダルのような物を履いていた。
日本のように家に戻ると脱ぐ事もなければ、必要に応じて複数の靴を使い分けたりもしないらしい。当然草臥れるのも早い。
だから靴屋は繁盛しているようだ。ただそんな靴だと利幅も少ないのだろう。薄利多売といったところだろうか。
「すまない。冒険者用の靴を用意してくれないか?」
ソンジュが店主らしき男に声を掛ける。
店主は相手していた客を他の者に任せて慌てて飛んでくる。
冒険者は身体が資本だ。足首までしっかり固めたブーツが必要となる。サンダルなどのように足の甲を晒す靴を履く訳にもいくまい。
だから多少値が張ろうとも革製の物が良いのだ。そして革製の靴は高級品だ。その点は現代地球と変わらない。
もっとも裏通りに構えている店だ。表通りに並ぶオーダーメイド専門の店なんかとは値段は桁が一つ以上落ちるのだろうが。
それでも冒険者用の靴を求めてきた客だ。他の一般客を放っておいても付き添うべきだろう。
そして声を掛けてきた女性の隣に立つ者を見る。
どう見ても新人冒険者だ。彼女用の靴を求めているのだろう。
冒険者用の靴など種類がある訳でもない。店主はユウの足の大きさを測って、ある程度合った靴を持ってくる。
その靴を履いたユウはその場でジャンプしたり駆け足を行なう。
「うん、問題はないみたい」
「そうか。ならば、この靴と張替え用の靴底の革を三枚ほど貰えるかな」
ユウの動きを確認した後で、ソンジュは店主に告げる。
靴屋の店主だって分かっている。自分に声を掛けている相手が高ランクの冒険者であろう事が。靴も張替え用の革も安物なんかを売りつける気は無い。
それが新人冒険者用であってもだ。
口コミの力は馬鹿には出来ないのだ。
高ランク冒険者にあの店で買った靴のせいで怪我をしたとか死人が出た、などと言われでもしたら他の冒険者達も二度とこの店には来ないだろう。




