11.いただきます
服と防具そして靴を揃えたおかげで、見た目だけは新人冒険者らしくなったユウを伴ってソンジュは店を出る。
今までユウが着ていた服や靴なんかは、ソンジュの腰に付けたバッグに格納している。他人に見せびらかす訳にいくまい。
衣類屋の店主はユウの着ていた化学繊維の服に気付いていたかもしれない。
防具屋や靴屋の店主もユウの履いていたエナメル状の合成皮革のパンプスに気付いていたかもしれない。
だが支払いが相場の金額以上だった事で察している筈だ。その代金に口止め料が含まれているのは。
「それでこれからどこへ行くの?」
「私はギルドに顔を出そうと思っている。ああ、そうだ。ユウは冒険者ではないようだが、冒険者になろうと考えているのかな? それとも登録をする気なんてないかな?」
「冒険者に登録していないと不味いの?」
「別にしなくても構わないよ。ただ身分証明にはなるだろう。だけど、そうだな。この街での登録はしないほうが良いかもしれないな」
「それってなぜ?」
「登録を行なった街がホームタウンになるんだ。それにあくまで最初は仮登録に過ぎないからね。登録を行なった街で何年か依頼をこなして、信用が出来たら本登録されるのさ。まあ、近隣の街なら仮登録の段階でも身分証明にはなるだろう。隣の街への配達の依頼もあるからね」
「ああ、そういうことね。さすがにこの街で何年も過ごす気はないわ」
「だろうね。それにこの街だとすぐに呼び出される可能性がある。たぶん無いとは思うが、宿や今まで巡った店なんかが、代官や貴族に通報する可能性も考えられるからね」
「その呼び出しって冒険者だと逆らえないの?」
「いや? 無視しても構わないよ。冒険者なんて自由業みたいなものだしな。罪を犯したならともかく、呼び出しに応じなかった程度で処罰は出来ないだろう? ただまあ、この街には二度と近寄れないだろうが」
「冒険者に登録してなかったり、身分証明が無いと他の街にも入り辛くなる?」
「多少は誰何されるだろうね。もっとも指名手配されるくらいの犯罪者や盗賊でもない限りは問題ないと思う。実際この街にだって入城できただろう?」
「それはソンジュが一緒にいたからじゃ……」
「冒険者だと荷運びなんかが一緒な事が多いからな。さすがにそんな者達が冒険者として登録されている筈もないからね」
なるほど。簡単に街に入れたのって、やっぱりソンジュのおかげなんだ。
そう言えば事前にパーティを組んでいる事にするとか、口を出さないようにって言われたもの。私は荷物持ちと思われていたのね。
でも身分証明かあ。あれば便利だとは思うんだけど、私はこの世界に骨を埋める気なんて無いわよ。
マンガや小説だと名前を告げるだけで冒険者登録が出来たりするけれど、実際はそんな筈ないわよね。少なくとも現住所か出生地は確認されると思うわ。特に黒髪黒目の私だと。
それに同じ街で信用を稼がないと本登録されないんだ。
当たり前よね。ギルドだってその街で登録した冒険者が他所の街で馬鹿をやったら責任持てないでしょ。
うん、冒険者の登録は無しね。できるだけ私の痕跡はこの世界に残したくないもの。いざとなれば、バフ魔法で城門破りや関所破りも出来ると思うわ。
まあ、ソンジュもこの街での登録はしないほうが良いって言ってるしね。
あれ? そう言えば、ソンジュってこの街には詳しくないって言ってたけれど他所の街から来たの?
だったらなんであんな所で寝てたのかな?
「ねえ、ソンジュってこの街で登録した冒険者じゃないの?」
「そうだよ。武者修行中の流れの冒険者って所かな。あちらこちらの街を巡りながら、面白そうな依頼があれば受けると言った感じだな」
あー、私が盗賊じゃないのを惜しがっていたのってそういう事かあ。
盗賊討伐の報奨金や、あるのかは分からないけれど犯罪奴隷としての売り渡し金が目当てだったのかもしれないわ。
だけどそれならソンジュって相当高レベルの冒険者なんじゃない? 自分を囮や餌扱いにして、それでも数人の盗賊なら難なく倒せるって事だもの。
日本の中世でも武芸者が諸国放浪してたとか聞いた事あるしね。各地で弟子を取ってその授業料で食べていたとか。
少し違うかもしれないけれど、ソンジュもそんな感じなのかも。
「だけどまずは昼食だな。いや、もう夕食かな? すでに昼四刻に近い時間になっているからね」
ソンジュの言葉を聞いて、ユウのお腹が小さく音を立てる。
ユウは慌ててお腹を抑えながら顔を赤らめている。そんなユウを見ながらソンジュは軽く微笑む。
あああああ! 恥ずかしい! 正直過ぎる身体なんて嫌いよ!
空腹なんて意識しないようにしてたのに。
この世界の時制だと昼四刻って言うのは、たぶん午後四時をはるかに越えてるはずよね。
さすがに見せびらかしていると不味いと思って、彼のプレゼントの腕時計は街に入る前に外してバッグに隠しておいたから正確な時間は分からない。
だけど、その時点で太陽の位置から考えても正午を越えてたもの。
街に入って宿を探して、それから服と靴と武器防具を買って。たぶん四時間くらいは経過している筈だわ。
そりゃお腹もすくわよ。考えたら早朝から水しか口にしてないもの。
……でも、そっかあ。お腹が減るんだ。やっぱり夢なんかじゃないんだ。
「でもこんな半端な時間帯に料理屋が開いてるの?」
「半端な時間帯? この季節なら夕食の時間でもおかしくないが」
あ、そうだよ! 灯りが貴重な世界だと日が落ちたらお店も閉まるんだ。
最初に気が付いた草原で、今の季節は春先だと思ったんだもの。午後六時には暗くなると思うわ。
だとしたら、その二時間前から店が開いているのもおかしくないわよ。
この世界の料理屋が日が出ている間ずっと営業しているとは思えないもの。朝昼夕と分けて数時間ずつの営業でしょ。
蝋燭なんかはあるかもしれないけれど、たぶん高価だと思うわ。
仮に魔法使いを雇っているにしても、ずっとライトの魔法を使い続けさせる訳にもいかないものね。そんな事をしていたらきっと魔力切れになるわ。
それ以前に普通のお店で魔法使いって雇えるのかな? 魔法を使える人って千人に一人くらいと言ってたと思うんだけど。
ソンジュに連れられて適当な料理屋に向かう。
裏通りに構えている店だ。高級料理店と言う事もない。ただ冒険者が通う店としては少し上級な感じの店だった。
初めての街でも高ランク冒険者のソンジュの嗅覚は優れているようだ。良さそうな店を探り当てている。
二人掛けの席についてソンジュがユウに問い掛ける。
「ユウは何か食べられない物があるかな?」
「え!? 特にはないけれど……その……」
「ああ、料金は心配しなくても良いよ。『アレ』を換金した後で色を付けて返してくれると嬉しいけれどね」
「もちろんお金は返すわ。そうじゃなくて……」
言えないよ。怖いだなんて。料理を口にするのが恐ろしいだなんて。この世界の料理が私には毒になるかもしれないなんて。
この世界の空気が呼吸可能なのは判っているわ。半日近く経っているのに何の問題も起きていないもの。
だからこの世界の料理だって大丈夫な筈よ。たぶん、きっと。
いつこの世界から還れるかなんて分からないんだもの。
何日も先になるかもしれない。年単位の時間が掛るのかもしれない。もしかしたら還ることが出来ない可能性もあるのよ。
いつまでも何も食べない訳にはいかないわ。そうよ、飲み水ですら残り少ないんだから。
えーい、女は度胸パートツーよ! 即死さえしなければ私の回復魔法でどうにかなるわ!
「注文なんだけど……ソンジュに任せても良いかな?」
「ふむ。ならば適当に頼もうか。女将さん、今宵のお勧めを二人分お願いできるかな。あれば白パンを一緒に付けてくれると良いのだが」
「はいよ。白パンだとすこし割高になるけれど良いのかい?」
「ああ。折角の美味そうな店なんだ。出来ればおいしく味わいたいからね」
「あはは、ありがと。それじゃ旦那に美味い物を作らせるから待ってなさいな」
ソンジュって口が上手いわね。それも煽てるんじゃなくて自然な感じだもの。
やっぱり女性で冒険者なんかやってると、コミュニケーション能力なんかも高くなるのかな?
しばらくして運ばれて来た料理を目にする。
どうやら何かの肉を煮込んだシチューのようだ。
白パンが一つの籠に入れられて席の中央に置かれる。
「いただきます」
「……それはユウの故郷の食前の儀式なのかな?」
「あ! うん、そうそう。気にしないで」
ユウがつい習慣で両手を合わせて言った言葉にソンジュが疑問を呈する。
あー、やっちゃった! どうしても食事の前には無意識でしちゃうわよ。日本人なら仕方ないでしょ。
マンガや小説では意味を説明して周りの人達もそれに倣ったりするけれど、そんな訳ないもの。
その地域の宗教や慣習を無視して異国の風習を押し付ける? 私はそこまで独善的になれないわよ。
さて、まずは白パンね。たぶん小麦で出来たパンだと思うんだけど。
ユウはパンを小さく千切って、少し躊躇いながら口に入れる。すぐに飲み込まずに口の中で噛み締めながら転がしている。
そしてしばらく経ってから、その白パンを飲み込む。
その後は他の物を口にせずに待ち続ける。
うん、小麦のパンね。ちゃんと発酵させているわ。それも一次発酵、二次発酵としっかり分けているみたい。
でも酵母じゃなくてパン種を使っている? 酸味もあるようだし乳酸発酵で作っているのかな?
とりあえずパンは問題なさそうね。
それからシチューを一匙すくって口に運ぶ。肉などの固形物も一緒にだ。
再び噛み締めながら口の中に溜めている。
そして少し待ってから飲み込むのも先と同じだ。
お肉の味は牛に似ているみたい。少し固く感じるのは仕方ないのかな。
現代のように配合飼料を餌にして専門に育てている訳でもないだろうし、もしかすると老齢で働けなくなった牛を処分しているのかもしれないわ。
それに幾つもの野菜でブイヨンを作っているようね。結構複雑な味だわ。
でも香辛料は入ってないみたい。やっぱり高価なのかな?
こっちも大丈夫のようね。ならばこの世界の料理が私にとって毒になる事もなさそう。
……ソンジュが不思議そうに私を見てる。視線が痛い。
そりゃ、そうよね。一口毎にこんなに時間を掛けるなんて変だと思われても当然だもの。
ごめん、ソンジュ。勘弁して。私も生命が惜しいの。こんなところで碌に確認も取らずに死ぬ気はないの。




