12.今の時期なら何になるの?
料理の安全を確認した後は、ユウは存分に食事を楽しむ。
実際に美味しいと感じるのだから仕方がない。空腹は最高の調味料と言われているのが原因なのかもしれないが。
ソンジュはそんなユウをじっと見詰めていた。少し不思議そうな表情で。
確かにユウは物知らずだ。いや、そんなレベルではない。一般的な常識すら知らないようだ。
今だってパンやシチューを一口だけ食べて、それらが自分に害がないかを確認していた。
いくらなんでも適当に訪れた料理屋で毒を盛られたりしないだろう。だから毒が混入されている事を心配していたのではない筈だ。
となると、目の前の料理自体が己に害があるかもしれないと恐れていたのだ。
ユウは本当にこの世の者ではないのかもしれない。
そんなことを考えながらも、その事を追求する気はソンジュにはなかった。
それどころか、それらの行為を納得している自分にも気付いていた。なぜそう思うのかは幾ら考えても分からなかったのだが。
「食事を終えたら私はギルドに向かおうと思うのだが、ユウはどうする?」
「どうするって、どういう意味?」
「先にも言ったがこの街で冒険者登録はしないほうが良い筈だ。ならば私と別れて宿に戻っていても良いだろう」
「うーん。ギルドって言うのも一度は目にしておきたいんだけど。もしかして私が一緒に居るとソンジュの邪魔になる? ならば諦めるけれど……」
「いや、そういうつもりじゃないよ。街に入る前に言ったが私はユウをパーティーメンバーと考えているからね。一緒に行動するのは当然さ」
「ならば申し訳ないけど一緒に居てくれる? ソンジュの傍の方が私も安心できるから」
ソンジュの事は信用している。いまさら私を騙したりしない筈。
でも、たぶん明日の朝には別れる事になるわ。千円札を美術品として売り払ったら今までに掛かった代金と謝礼を渡して、それで関係は終わると思う。
私はこの街で情報収集する気はないもの。さすがに分かるわよ。この街は一刻も早く去るべきだって。だから明日の朝には街を出るつもり。
ソンジュには申し訳ないけれど、それまではこの世界の情報を得るために利用させてもらう。だって怪しみながらも私のことを詮索しない貴重な相手だもの。
……うん、私って嫌な女だ。
食事を終えたソンジュとユウはギルドに向かう。
ギルドは町の中心近くにある立派な石造りの二階建ての建物だ。しかし建物自体はあまり大きくは無いようだった。
「食堂や酒場や宿屋は併設されてないみたいだけど?」
「ユウの住んでいた場所ではそうだったのかい? この国ではギルドは単なる依頼斡旋所に過ぎないよ。そうだな。パーティ募集のための場所はあるけれど、だからと言ってそこが喫茶スペースという訳ではないからね」
そしてソンジュはギルドの中に入っていく。堂々とした態度だ。
ユウはそんなソンジュの背後に隠れるように付いていく。
ギルドの建物自体は大きくはないが奥行きが広いようだ。
受付も十人以上がいるようだ。
もう夕方と言える時間のためか、そこそこの数の冒険者が集っている。依頼の完了報告のためだろう。
受付と反対の壁には大きなボードが立てられている。幾枚かの依頼票のようなものが掲げられたままだ。
「なんか受付の人が多過ぎるように見えるわね」
「それは仕方がないさ。冒険者なんてある意味底辺の職だからね。識字率も高くないし口頭での受注や報告の必要があるんだよ」
「ならばあの掲示板って?」
「あそこに掲げられた依頼は文字が読めるような者だけが対象になるんだ。そういう冒険者を依頼人は求めているのだろうな」
やっぱり冒険者って自慢できるような職業じゃないのね。必要な仕事なのは間違いないのだろうけど。
街の雑用なんかを任せている感じ? もしくは兵隊なんかを出すまでもない魔物退治をさせているのかな?
「えーと、ソンジュ。こんな夕方だと依頼なんて残ってないんじゃないの?」
「私が探すのは普通の依頼じゃないからね。そうだな、普通の冒険者が受けないような変わった依頼を探すんだ。例えばあの掲示板に貼りっぱなしになっているようなのをね」
「でもそれって危険な依頼じゃないの? 依頼料が割に合わないとかで残っているんでしょ? その……塩漬けとか言われるような依頼なんでしょ?」
「だからこそ面白いんじゃないかな? もっとも安過ぎるとか、人の足元を見ているような依頼は無視するけれどね」
うわー、凄い自信だ。
ソンジュってもしかして超高ランクの冒険者なの? 単独でドラゴンを倒せるような、そんなレベルの冒険者なの?
そう言えば、あの大容量の袋も遺跡探索で手に入れたって話だったもの。つまり高難易度のダンジョンに挑めるレベルって事?
この世界の冒険者ランクがどんなふうに区分されているかは分からないけれど、ソンジュはSクラスだと考えて良いのかも。
ソンジュは掲示板を眺めている。彼女は字が読めるようだ。
もっとも高ランクのソンジュが文字を読めない筈もない。
そしてソンジュは溜息を吐く。
「どうやら面白そうな依頼はないみたいだな。次の街に期待するしかないか。明日の朝早くに街を出るがユウはそれで良いかな?」
「え!? 私と一緒に街を出るつもりなの?」
「うん? ユウはこの街で何かやりたい事があるのかい?」
「そうじゃなくて。ソンジュこそ他にする事があるんじゃないの? 私のことなんか放っておいても構わないんだよ?」
「ふふふ、パーティーの仲間に対して冷たいな。私を見捨てるのかい? しばらくは相棒だと言っただろう」
ユウは慌てたように掲示板を見る。
確かに残っているのは割に合わない依頼ばかりのようだ。
達成するのが難しい依頼なのではない。引き受けても赤字になるような依頼しか残っていないのだ。
ソンジュもこれらの依頼を受ける気はないだろう。
この護衛の依頼なんて五日間で二百五十レイって良さそうなんだけど。単純換算でも十万円でしょ? 一日二万円になるじゃない。
……追記があるわね。五人募集で全員で均等割り? と言う事は、一人一日四千円? 食事も宿代も支給されない?
どう考えたって足が出るじゃない! 金額を大きく見せて、追記で誤魔化すって詐欺の手口だよ!
たぶん難しい単語が分からない読み書き初心者を狙ってるんだ。
それでこっちの依頼は……眠り病の調査?
え? 眠り病って何? いろんな街を駆け巡る? なのに一日当たりの支給額が最高で十レイ? 最高額でも四千円程度? それにどこまで調査すれば良いのかも書いてない?
依頼人も最高額なんて出す訳ないし、食費だけでギリギリじゃないの?
この街で私達が掛けた食事代や宿代、買った装備の額から考えると……こっちの依頼も赤字になるでしょ。
期限も書いてないし、誰がこんな依頼受けるのよ。
もしかしてソンジュって冒険者向けの依頼なんかより、私の方を面白いと思ってるのかな?
……分からなくもないけどね。
私って一般常識も知らないような、それでいながら貴重な、ううん、異質な品々を持ってる女なんだもの。興味深く感じるのも当然よ。
ソンジュのことは今までの行いから信用している。だけど未来に関しては、まだ信頼しきれない。
だって彼女と出会ってまだ半日も経ってないのよ。お昼頃に道端で会ったばかりなのよ。四半日ってところじゃないの。
優しくして信用させて、それから裏切る気かもしれない。結婚詐欺なんかによくある手口じゃない。私達は同性なんだけど。
どうしよう。この街で別れるつもりだったもの。この先もソンジュと一緒に居るなんて考えてなかったわ。
確かにソンジュと一緒の方が安全だと思う。今のところは私を騙そうとか陥れようとかも考えてないみたいだし。
本当にただ単に私のことを面白がっているだけなのかもしれない。興味本位で一緒に居ようとしているだけなのかもしれない。
あー、もう! いくら考えても埒が明かないわよ!
女は度胸パートスリーよ!
どうせこのままじゃ、たぶん私は野垂れ死にすると思うもの。彼女に頼り切るつもりはないわ。少しの間は彼女を利用する気でいよう。
……きっとソンジュはそんな私の考えを見抜いているんでしょうけど。
「うん、分かった。朝一で『アレ』を売ったら即座に街を出るので良い?」
「そうだな。それで良いだろう。ならば暗くなりきらない内に食料などを補充しておくべきだな」
「それってやっぱり焼き締めたパンだったり干し肉だったりするの?」
「いや、隣街は一日程度の距離だ。休憩時用に果物なんかで良いだろう」
「果物かあ。今の時期なら何になるの?」
「ミカンかイチゴってところかな」
へえ、この辺りって街同士がそんなに離れていないのね。一日の距離で街が隣接してるそうだもの。
ってことは、この辺って都心部? 首都か王都なんかも近い? 本当にそうなら次の街で情報収集も出来るかもしれないわね。
それにミカンにイチゴね。今の季節が春先って言うのは間違いなさそう。
でもミカンがあるって事はこの辺りは温暖な気候なの? 白パン、小麦粉のパンも普通に手に入るようだもの。
でも香辛料なんかはなさそうだから温帯の気候なのかな?
ダメね。私には温帯としか分からない。中学か高校で習った筈なんだけど。
彼やサークル仲間達なら地中海性気候とか温暖湿潤気候とか、どんな気候区分かなんてすぐに分かると思うわ。
って言うか、あの人達ってなんでそんな知識が豊富なのよ!




