13.やっぱり買うんだ
ソンジュとユウが若い女性の二人組だからといって、ギルド内で他の冒険者達に絡まれたりはしない。
当然だ。
ギルドの建物内で他の冒険者に絡むような真似をすれば、即座に冒険者登録は抹消される。
マンガや小説では、冒険者同士の諍いにはギルドは関与しない、などと描かれている事もあるが実際にはそうはいかないだろう。
その街のギルドの信用問題に関わるのだ。そんな乱暴な、もしくは無法な冒険者を在籍させたままのギルドに依頼を出したいと思う者など存在する訳がない。
他の冒険者達はそんな馬鹿者を一丸となって消し去ろうとする筈だ。
ソンジュとユウはギルドを後にする。食料を買いに行くのだ。
ソンジュは表通りに並ぶ店を無視して進んでいく。
「表通りのお店には行かないの?」
「ああ、あの手の店は見栄え重視だからね。そのくせ値段は高くなってるんだ。庶民用の店で十分だろう」
「じゃあ裏通り……って言うか衣類や靴なんかを買った通りに行くの?」
「そうだな。形なんかは悪いが、だからと言って味が変わる訳でもない。お貴族様の晩餐に使うんじゃない。どうせ道中に食するんだ。見栄えに拘る必要なんてないだろう」
「けどもう夕方じゃない。こんな時間にまだ残ってるの?」
「うん? 何を言ってる? 野菜や果物なんかは昼三刻過ぎから並ぶ物だろう」
あ、そうか! その日に収穫された物がお店で販売されるんだ。
朝から収穫しても当然お店に届くのはお昼過ぎから夕方になっちゃうもの。
やっぱり冷蔵冷凍技術の進んだ現代の考えだと駄目ね。どんな遠距離からでも時間を掛けずに持ってこれる現代とは違って当然なんだ。
それから……ソンジュが「お貴族様」って言った時、心底嫌そうな声音だった気がするんだけど。
貴族に対して何か思うところがあるのかもしれない。
うん、ソンジュには貴族関連の事は尋ねないようにしておこう。
二人は裏通りに入っていく。服に防具と靴を買った店が並ぶ通りだ。
どうやら庶民向けの食材屋なんかも同じ通りにあるらしい。
ソンジュとユウは一軒の青果店の前に立った。そして並んでいる野菜や果物を眺めている。
ジャガイモもトマトも、それにトウモロコシもトウガラシもないみたい。
どうやら新大陸の発見には行き着いてないようね。まあ、この世界が地球と同じとは限らないんだけど。
あ! トウモロコシは穀物扱いなのかな? なら青果店には置いてないかも。
タマネギにニンジンなんかの常温保存可能な物が多いかな?
青物、葉物野菜なんかは収穫直後の物が並んでいるのね。なるほど、やっぱり生鮮野菜は夕方から翌朝にかけて運ばれてくるんだ。
果物はミカンにイチゴと、あれはリンゴのようね。この辺は地球と変わらないみたい。
って言うか、おかしくない!? なんで地球と同じなの?
そりゃ地球と同じような重力と空気、生きるのに問題のない気候だもの。同じような進化を遂げていてもおかしくはないとは思うんだけど。
もしかして神様が地球を模して創った箱庭? それともパラレルワールド?
……だめね、いくら考えても仕方ないわ。たぶん哲学の領域だもの。本当の事なんて分かる筈がないんだから。
ソンジュがその店の親父に声を掛ける。
「どうやら問題ない値のようだ。ミカンを四つとイチゴを一籠貰えるかな?」
「はいよ。お客さんは他所の町の人かい? この街は王家の直轄領だからよ。代官様が目を光らせてるんだ。下手に他の店と談合なんかして値を吊り上げようものなら即刻立ち退きさせられちまうよ」
「なるほど、そうだろうな。隣街も王家の直轄領だったが、似たような値段だったからね。商売は正直なのが一番だな」
「ほらよ。そうさ、あんたの言う通りに違いない。他には要らないのかい?」
店主の親父がソンジュに品物を渡しながら問い掛けるのと同時に、ユウがソンジュの袖を引っ張りながら小さく告げる。
「ねえ。日持ちのする物、非常食になりそうな物が少し欲しいんだけど」
「ふむ、そうか。分かった」
ソンジュはユウの言葉に頷きながらも考える。
確かにユウの持つあの小さな鞄に携帯食料が詰まっているとは考え難いな。
だけどユウは旅人なのではないのか?
幾らこの辺りは街と街の間の距離が一日程度とは言えども、何かの事情で足止めを喰うこともあるんだ。
普通なら最低限度の、少なくとも一日分程度の食料を携帯していない筈がないだろうに。
だが何も口にせず、改めて店の様子を眺めている。どうやら軽くて日持ちのする物は置いていないように見える。
そして店主に向かってソンジュが話し掛ける。
「私は見ての通りの冒険者だが、携帯用の食料なんかは置いていないかな?」
「すまんな。この店は野菜や果物しか扱ってないんだ。そうだな、五軒ほど先の斜め向かいの店なら冒険者用の食い物が置いている筈だ。そっちで頼みな」
「ありがとう。この店の紹介だと言っておくよ」
「わはは、そんなの気にする必要はないさ。だが、感謝はしておくぞ」
ソンジュが店主に礼を言って青果店を後にする。ユウは軽く頭を下げてその後に続く。
頭を下げる事がこの世界の礼になるのかは不明だが、何もせずにいるよりはマシだろう。
ユウは通りに並んでいる店を眺める。
先の青果店の他に穀物を扱う店もあるようだ。だが肉類を扱っている店が複数存在している。
「ねえ、お肉屋さんが幾つもあるみたいなんだけど競合したりしないの?」
「ああ、あれらの店は扱う肉の種類が違うんだよ。家畜や獣を扱う店と、魔物の肉を扱う店があるのさ」
「ええと、家畜や獣と魔物って違うの?」
「……ああ。魔物の肉には魔力が宿っているからな。捌き方なんかも異なるよ」
ソンジュは一拍置いてからユウに答える。そして考え込む。
ユウは一体何を言ってるんだ? 獣と魔物の違いが分からないだと?
仮に天からの御使いであっても、そんな事を知らない訳がないだろう。
ならばユウは魔物が存在しない世界から来たのか? この世界とは摂理が異なる世界があって、そこから来たとでも言うのか?
あの特異な衣類や不思議な紙片もその世界の物なのか?
……あはははは、本当に面白い!
冒険者稼業はしばらく休業でも良いな。ユウがこれから「この世界」で何を為すのか傍で見ていたい。
心配しなくても良いよ。君の特異性を他の者に漏らしたりしないさ。君を縛るものがあれば排除もしてあげよう。
ユウ、君は私だけの物だ!
二人は青果店で教えられた冒険者用の食料店の前に立つ。
固く焼き締めたパンや干し肉、干し野菜や木の実なんかが並んでいる。
確かに日持ちのする、それでいて軽くて荷物にならない物が多いようだ。
ソンジュはこぶし程の大きさの黒パンを数個と干し肉を手に取る。合わせても数百グラムだろう。それでも何日かに分けて食べる量はありそうだ。
「黒パンと干し肉で良いかな? とりあえず二日分あれば良いと思うのだが」
「そうね。それなら背嚢に入れていても、そんなに邪魔にならないものね。ありがと、ソンジュ」
ソンジュはユウの分の携帯食だけを買っている。
たぶん自分の分はあの大容量の小袋に収納しているのだろう。
ソンジュはユウから離れる気はないが、それでも四六時中一緒にいる訳にはいかない。目を離した際にユウが迷子になる可能性もある。
となると、ユウ自身も幾らかの食料を携帯しておいたほうが良い筈だ。
携帯食料を仕入れてユウがソンジュに問い掛ける。
「それからお水ってどこで手に入るの?」
「ふむ、今すぐ必要かな? 宿でも売ってるだろう。明日の出掛けに買おうと思っていたのだが」
「あ、やっぱり買うんだ」
「湯を沸かすのには薪がいるだろう。熱い湯にしても、湯冷ましにしても、当然手間賃は必要になるさ」
なるほどね。井戸から汲んだ水をそのまま飲むって訳にもいかないもの。
宿ではそんなサービスもしているのかあ。お風呂なんて無かったし、お湯で身体を拭くのが精々なんだわ。
飲み水も一度沸かしてから湯冷ましにするんだ。それをあの竹筒なんかに入れて持ち歩いているのね。ならば当然冷えてなんかいないわよね。
ペットボトルに残った水は今夜の内に飲み干さないと駄目ね。明日になって混ぜるのもなんだしさ。
って言うか、人目に付かないように補充できるのかな?
うーん、ソンジュにはペットボトルを見せても良いかな。もう彼女にはいろいろ現代地球の物を見せてるし、今更隠しても意味が無いと思うもの。
でもペットボトルだけだからね。腕時計やスマートフォンなんかは見せるつもりは無いわよ。




