14.貴女って何も聞かないのね
携帯食料を買った彼女達二人は宿に戻る。
昼と夕を兼ねた食事も取っているし、そろそろ暗くなりかけてもいる。街灯なんか存在しないのだ。以降の時間帯だと街を出歩くのも大変になるだろう。
宿の入り口の傍には護衛と思われる年配の男が座ったままだった。寝ているようにも見える。夜遅くなってからが本番なのだろう。
ポンチョを脱いで冒険者風の格好になったユウを見て、受付の男性は何か言いたげでもあった。
初めに宿に訪れた時に着ていた異国風の衣類や靴はどうしたのだろうかと。
だが客の詮索をする気も無い。黙ったままだ。
「身体を拭くための湯を用意して貰えるかな? それから申し訳ないが、明日の朝にはこの街を出立する。宿泊は一晩きりになるが構わないかな?」
「ええ。今宵の内に申し出てくだされば問題ありません。お湯を沸かしたら部屋にお持ちします」
ソンジュは受付の男性に軽く注文をして部屋に戻る。ユウは黙ってその後を付いていく。
部屋に入るとすぐにユウは心臓部を護るためのポイントアーマー、両腕に装備したガントレット、両脚に着けたレッグアーマー、腰に巻いたレザースカートを外していく。
いくら部分鎧とは言えども全てを合わせたら数キロの重さはあるだろう。
それに膝から下や、肘から先に防具を着けていたのだ。二十四歳まで生きてきたが、そんな場所に荷重が掛かるような装備などしたことがない。
普段なら掛からない重さのために疲れも倍増しているのだ。
「やはり部分鎧でも辛いのかい?」
「ごめん。ちょっと不用心過ぎるかな?」
「いや? 宿に戻ってまで防具を付け続ける必要はないさ。でも出来れば、あの受付の男性が湯を持ってくるまでは不用意な姿を晒さない方が良いだろうね」
「う!? 確かにそうよね……」
「まあ、湯の受け渡しは私がするよ」
「ごめんね。お願いしていい?」
あー、部屋に戻った途端に気を抜いてたわ。アパートの自分の部屋に戻ったら、いつも服を脱ぎ散らかしてたもの。やっぱり精神的に疲れてるんだろうなあ。
でも今更もう一度防具を身に着け直す気も起きないし、対応はソンジュに任せるしかないわよね。
しばらくすると受付の男性が湯を持ってやってきた。
木製の桶に湯を満たしただけらしい。タオルなんかは付いていないようだ。
本当にお湯だけなんだ。桶の大きさもちょっとしたバケツくらい? 十リットルも入ってないわね。
身体を拭いて、余ったお湯で洗濯するのかな? もう一つ桶が欲しいわ。
あ! しまった! 下着に関する事をソンジュに確認してない!
たぶんこの世界にショーツやブラ、キャミなんてある筈ないもの。
下はズロースやドロワーズと呼ばれる物? それとも腰巻のように布を巻いているだけ? さすがに何も履いてないって事はないと思うんだけど。
胸もきっと布を巻くだけよね。立体成型されたブラがある筈ないわよね。
異世界物のマンガやアニメではどうだったかな? って、現代と同じに決まってるじゃない。
まあビキニアーマーを着ている女剣士や、ショートパンツやミニスカートを着てオーバーニーを履いている女性冒険者がいる世界に突っ込むのも野暮よね。
受付の男性が湯を置いて部屋を去ってからユウはソンジュに問い掛ける。
「あのね。下着とかどうしてるの?」
「ああ、そう言えばユウの分は買ってなかったな。私のを貸すよ。どうせ布を巻くだけだしね」
「……やっぱりそんな感じなんだ」
うん、分かってた。たぶん現代的な下着がないって事くらい。
下着の貸し借りも普通で平気なんだ。現代日本だと抵抗ある人が多いと思うんだけど。私も抵抗ある派だなあ。
今から身体を拭くのよね。当然下着姿になるわよね。
私が着ているショーツやブラをソンジュが見たらなんて言うだろう。
……もう誤魔化しようがないわね。ソンジュに本当の事を告げよう。
私が異界からの迷い人だって事を。この世界よりはるかに進んだ文明の出身だって事を。
ソンジュが信じてくれるかは分からないけれど。私だって未だに異世界に転移したのが本当なのかを疑ってるんだもの。
異世界転生なら分からなくもないわよ。人生をゼロからやり直すんだし、その地の常識も幼児から学べるでしょ。その上に前世知識が残ってるんだもの。比較だって出来るでしょ。
でも異世界転移物のマンガや小説の主人公達って独りきりなのに、なんであんなに余裕があるんだろう。
いくらチート能力を持ってたって個人なのよ? 国や軍なんかの組織に敵う筈ないでしょ。
自分の境遇を隠し通せる訳ないじゃない。そして下手に明かすと幽閉とか拷問が待ってるわよ。貴重な異界の知識を吐かせるためにね。
……今までの対応からソンジュは大丈夫だと思うんだけど。
「ねえ、ソンジュ。貴女って何も聞かないのね。私がこの世の者じゃないって気付いているんでしょ?」
「……ユウが話さない以上は聞いて欲しくないのだろう? それを無理に詮索する気はないよ」
「うん、ありがと。気を使ってくれてたんだ。それなら今からする話を聞いてくれる? 私がここにいる理由や、私が何も知らない訳を」
「……ああ」
そしてユウはソンジュに話し出す。
気が付いたら早朝の草原にいた事を。この世界に現れてからまだ半日しかたっていない事を。
異界からの迷い人だという事を。あの紙片や衣類なんかも元の世界では当たり前に存在している事を。
ソンジュはユウの語る話を黙って聞いている。
やはり、そうなのか。ユウはこの世界の者ではなかったのか。魔物がいない世界の出身なのか。
そこはどんな世界なのだろう?
身近に危険な生物が存在しない世界。あんなに美しい布や革で作られた衣類や靴を着て、あんなに精細な細工を施された紙片が当然のように溢れている世界。
きっとすばらしい世界なのだろう。見てみたいものだ。
ユウは最初は淡々と話していた。自分の身に起こった事実だけを語るように。
そして一旦話を終える。
だが次の瞬間まるで堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「ソンジュ……元の世界に還りたいよ……戻りたいよ! 家族や友達や彼だっているの! まだまだやりたい事だってたくさんあるの! ねえ、一体どうすれば戻れるの!? お願い! 教えてよ! なんでもする! どんな知識だって教えて上げる! ……だから還してよ、あの世界に……お願いだから……」
既にユウは嗚咽を漏らしている。泣き叫ぶような言葉も最後の方は涙で声が歪んでいる。
朝から張っていた気がソンジュに真実を伝えた事で緩んだのだろう。その顔も涙が頬を濡らしている。
ソンジュは慌てたように、そんなユウを抱きかかえて背中を軽く叩いている。
ユウはそのままソンジュの胸に顔を埋めて泣き続けていた。
駄目よ。泣いたら終わりよ。ここまで耐えてきたじゃない。
まだこの世界に来て一日も経ってないのよ。
元の世界に戻るために努力するつもりだったんでしょ。私みたいな迷い人や、転移や召喚なんかの時空魔法の情報を集めるんでしょ。
明日にはソンジュとも別れて独りで頑張るつもりだったじゃない。だから泣いている暇なんてないのよ。
それでも泣くのが止められない。不安で胸が押し潰されそうなの。
本当に元の世界に還れるのかも分からない。このままこの世界に取り残されるのかもしれない。二度と彼に会えないのかもしれない。
そう思ってしまうだけで苦しくて堪らないのよ。
もしかしたら死んだら戻れるんじゃないのかな、って考えたりもするの。そんな事をしたって還れる筈がないのが分かってるのに。
ソンジュに詰め寄ったって意味がない事も分かってる。
彼女は偶然出会っただけの人だもの。異界の話にも驚いていたし、元の世界に還る方法なんて知ってる筈ないじゃない。
ただの八つ当たりに過ぎないのも分かってるのよ。
ごめんね、ソンジュ。でも……今だけは許して。
ソンジュもユウの背中をあやすように撫でながら考えている。
ああ、ユウは本当にただの迷子なんだ。見知らぬ場所に放り込まれて、何をして良いかも分からずに泣いている子供と同じなんだ。
馬鹿だな、私は。ユウがこの世界で何を為すのか見てみたいだって? ユウが自分の物だって?
ユウの本当の願いに気付かなかった。ユウの外面や行動を見て面白がっていただけなんだ。
つくづく私は愚かだったよ。
ユウ、君が元の世界に戻れるように私も一緒に考えてあげよう。
言っただろう? パーティーの仲間だって。相棒だって。君が元の世界に還れる日まで私が護り続けるよ。
私がユウに出会ったのは、このためだったのかもしれないな。




