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15.呆れたかな?

 三十分近くユウは泣き続けていた。ソンジュの胸に抱かれながら。

 ソンジュもその姿勢のままで黙っている。

 そしてようやくユウは顔を上げた。それからソンジュから一歩離れた位置まで移動する。

 既に日は落ちたのだろう。外は暗くなりかけている。

 今の顔を見られないで済むのが救いかなと、ユウは考えていた。

 ユウは服の袖で顔をぬぐいながら言った。


「ごめんね、ソンジュ。胸を借りっぱなしで。みっともないところも見せちゃったね。呆れたかな? こんな齢の女が泣き叫ぶなんてね」

「いや。構わないし、気にしてないよ。ユウは大変な目に遭ったんだろう? 今の状態に不安を感じているのも分かるさ」

「でもソンジュの鎧が濡れちゃったね。ごめんなさい」

「既に持ってきて貰った湯も冷めてしまったな。この時間だと温め直させるのも無理だろう。軽く手足だけを拭いて我慢しようか」

「あ、うん。そうね、仕方ないわよね……」


 うーん、自業自得とは言え、現代日本女性の私には辛いものがあるわね。

 まだ春先だもんね。冷めたお湯、ううん、もう水といった温度になってるのに、それで全身を拭くのは不味いわよね。風邪を引くかもしれないもの。

 風邪とか病気って回復魔法は効くのかな? なんか怪我にしか通用しそうにない気がするんだけれど。

 あ、でも体力回復が出来たんだから問題ないのかも。……さすがに初日から試す気は起きないわ。


 ソンジュ、ありがとう。私の話を聞いてくれて。

 サークル仲間が言ってた事を思い出したわ。

 自分の現状を知ってくれている人が例え一人いるだけでも力になるって。

 それは心の余裕になるし、この先もやっていく自信になるって。

 仲間の存在はこれ以上ない頼りになるって。

 本当ね。ソンジュに話を聞いて貰えただけで気持ちも軽くなったみたい。

 私の事情を知ってくれている人がいる。私の境遇を分かってくれる人がいる。

 大丈夫。もしソンジュと別れることになっても私はやっていける。

 彼女に頼りきる訳にはいかないものね。


 だけど一つだけソンジュにも告げていない事があるの。

 回復やバフの魔法、チート能力を持っている事は話していないわ。

 自分以外に通用するか分からない。他人には効かないのかもしれない。

 それに魔法なんて私が努力して習得したものじゃない。そんなものを自分の力だなんて驕る気はないわ。

 神様みたいな誰かが気まぐれで与えてくれたものなら、逆にいつ奪われてもおかしくないんだもの。


 ソンジュはポーチから蝋燭を取り出して火を点ける。蝋燭の淡い光が室内を照らし始めた。

 それから二枚の手拭いを取り出し、一枚をユウに手渡す。

 当然だがそれはタオルではない。この中世のような世界でタオル地、テリークロスが作られている筈もない。

 ユウはソンジュから手渡された手拭いを見ながら、バッグに入れているハンドタオルを思い返す。

 あれですらこの世界では未知の技術になっちゃうのね、と考えながら。


「それで顔や手足を拭いて欲しい。使い終わったら濯いで、そこの棒に掛けておいて貰えるかな」


 あの窓際に立っているのってハンガーだったんだ。木製のようだし衣紋掛けみたいだな、と思ってたんだけどその通りだったのね。

 ソンジュの話から考えるとブラなんて存在しないようだし、軽く洗って掛けておこうかな。ショーツと一緒に。

 私は寝る時はブラはつけない派なのよ。開放感が欲しいじゃない?

 ショーツも今履いている一つしかないし、これも洗うとなるとノーパンで寝るしか無いようね。

 恥ずかしがってる場合じゃないしね。


 パジャマとか夜着は……ある筈ないわよね。どうやらソンジュも革鎧や下着代わりの巻いた布は外すようだけど、衣服はそのままのようだもの。

 やっぱりこの世界ではそんな感じでも仕方がないのかな。


 でもサークル仲間の彼等ってその手の話はしなかったわね。

 もし異世界に行けても、まさかずっと同じ下着を着続けるつもりだったの?

 もっとも男性だとボトムしか要らないし、布を巻くのだってふんどしと変わらないから平気なのかな? ……彼はトランクス派だったけれど。

 まあ考えたら、女性の私を相手にそんな話をする訳ないわよね。


「残り湯で、と言うか……もうほとんど水なんだが、下着なんかを洗えば良いだろう。ユウの下着はあの衣類と同じく変わった物じゃないのかな?」

「たぶん、そうだと思う。驚かないで、って言っても無理よね。あまり詮索しないでくれると嬉しいんだけど」

「そんな事を言い出すなら相当変わっているのだろうな」


 トップは服を着たまま外す。だがボトムの方は、さすがにズボンを脱がないといけない。

 部屋の隅に行って、更にソンジュに背を向けてズボンを脱ぐ。そしてボトムを脱ぐとすぐにスボンを履き直す。

 ブラとショーツは両手に持ったまま、桶のある場所に戻る。

 これらは隠しても意味がない。どうせ両方ともあのハンガーに掛けて乾かす事になるのだから。


 ソンジュは革鎧を脱ぐと、そのままシャツも脱いでいる。

 そして胸を巻いていた布を外そうとしている。ユウに隠そうともしない。

 ユウはシャツを脱いだソンジュの胸を見て肩を落とす。


 うん、やっぱり神様って不公平だ。

 なんでブラを使って無理矢理寄せて上げてる私より、ただ布を巻いただけのソンジュの方が形も良くて大きいのよ!

 それにそんな姿すらカッコいいってなんでよ! ただ布を巻いているだけなのにチューブトップに見えるってなんなのよ!

 うん、もう止めよう。ソンジュは同じ女性とは考えないでおこう。ソンジュと言う別の性があると思う事にしよう。

 なんかそんなアニメかラノベがあったような気がするんだけど。


 ソンジュが胸を巻いている布を外そうとするのから目を背けて、ユウは下着を洗い始める。

 もう冷めて水に近い温度だが冷水と言う訳ではない。石鹸や洗剤なんかもある筈がない。

 軽く手揉み洗いだけをして、ハンガーに吊るす。

 振り返るとソンジュも二枚の晒しのような布を洗っているようだ。いつの間にかアンダーを覆っていた布も外していたのだろう。

 その場で少し待っていると、ソンジュもハンガーの傍に着て布を干し始めた。


「詮索はするなとの事だが……どうしても聞きたい。なんだ、その光沢は? 絹で出来ているのか? そんな小さいのに腰を覆えるのか? それに隣のそれはなんなのだ? 胸の形に合わせているのか? まさかオーダー品じゃないだろうな? もしかしてユウは貴族だったりするのか?」

「ごめん、ソンジュ。言えない、って言うか私にも分からないの。でもオーダー品じゃないし絹製って訳でもないわ。もちろん私は平民だし、お金持ちって事もないわよ」

「つまり誰でも手に入る程度の既製品って事になるのか。ユウのいた世界と言うのは相当進んだ世界のようだな。まあ衣類やあの紙片で分かっていたつもりだったんだが……それでも信じられないな」


 本当に元の世界の物って、どんな些細な物でもこの世界ではオーバーテクノロジーになっちゃうのね。

 でも聞かれても答えられない。と言うより分からないのよ。

 例えばナイロンやポリエステル、化学繊維は石油が原料だって知ってるわ。だけどどんな風に作られるのかなんて分からない。

 使われてるゴムだって天然ゴムじゃない筈よ。でも合成ゴムがどんなゴムかって聞かれても答えられない。

 ブラのワイヤーだって、私のに使われているのは樹脂製ワイヤーだけど。樹脂が何を原料にして、どんな加工をして造られているのかなんて知らないもの。


「ユウ、疲れているだろう。今夜はさっさと寝た方が良いな。先に聞いた話によると君は丸一日休んでいないのだろう?」

「あ、本当だ!? 言われてみればそうだよ! 興奮と緊張で眠気も起きなかったみたい。うん、もう休ませてもらうね」


 ヒールのおかげで肉体的な疲労は感じてないけれど、やっぱり精神的な疲れはどうにもならないみたい。

 ソンジュに言われたら急に眠気も襲ってきたような気がするわ。

 ソンジュが適当なところで起こしてくれないと、このまま延々と眠り続けるかもしれないわね。


「私が起こすから安心して眠るといい。明日は早くから動く事になるからね」

「換金屋に寄ったらすぐに街を出るんだよね」

「そうだな。この街ではユウの異様な、いや失礼、変わった姿が皆に見られているだろう。街を預かる代官や貴族が目を付けているかもしれない。私なら撃退する事は可能かもしれないが、やはり出来れば避けたいからね」

「えーと……もしかしてソンジュって強いの?」

「これでもランク六間近なんだよ。と言っても、ユウにはそれがどの程度かは分からないかな。そうだな。さすがに超一流とは言えないが、それでも一流と呼ばれる程度の力はあると思っているよ」


 なるほど、道の真ん中で寝ながら盗賊狩りが出来る筈ね。

 本当は私が近付いているのも気付いていたのね。

 私が女で良かったわ。男だったらソンジュが倒れているのを見たら確実に良からぬ事を考えそうだもの。


「じゃあソンジュ、起こすのは任せる。私も寝起きは悪い方ではないけれど、それでも今の状態だと起きれないかもしれないから」

「ああ。ゆっくり休むと良いよ、ユウ」

「おやすみなさい、ソンジュ」


 そう言ってユウはベッドに潜り込む。

 藁のマットの上に薄く綿の入った寝具が敷かれている。上掛けも同様に薄く綿の入った物らしい。

 煎餅布団と言ったら失礼かな、と考えながら上掛けを被る。

 それでもこの世界では綿入りの布団は高級品だろう。普通の一般人なら藁のマットに麻布を敷いただけの筈だ。

 そしてユウは目を閉じる。すぐに意識が薄れていった。


 ソンジュは隣のベッドに入ると、ユウを眺めていた。

 彼女が一瞬で眠りに落ちたであろう様子に気付くと小声で呟く。


「おやすみ、ユウ」


 そしてソンジュは蝋燭の灯りを消した。

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