8.読めるみたい
荷物を残したりせずに部屋を出て、受付の男性に挨拶をする。
入り口の辺りには厳つい顔をした少し齢をとった男性が椅子に腰掛けていた。
用心棒を雇っているのだろうか。だから安全な宿なのだろうか。
そして二人は宿を出る。
ユウはポンチョを被り、布をターバンのように巻いて髪色を隠している。
隣のソンジュは見るからに冒険者の姿のままであった。
うーん、これは下手をすればソンジュが奴隷を連れ歩いているように見えるかもしれないわね。この世界では普通に奴隷がいるようだから。
私ってばソンジュに魅入られた愛の奴隷? ……馬鹿なこと考えてないで、とにかく衣類をどうにかしないと。
「ユウは冒険者が着るような服でも構わないだろうか?」
「うん、その方がいいと思う。ただでさえ私は髪色が目立つだろうから、衣服なんかは普通な方がいいでしょ」
宿を出てから通りを歩く人々を見ていて思うんだけど、やっぱり黒髪なんて珍しいようね。
黒い瞳をした人もほとんど見当たらないし、両方共が揃って黒い色なんて私だけみたい。見せたら確実に異邦人と思われるでしょうね。
髪はこうやって布を巻く事で隠せるわ。けれどさすがに瞳はね。
目を瞑って歩ける訳がないし、カラーコンタクトなんてある筈ないし。
サングラスなんかしていたら却って目立ちそうだもの。もっともサングラスなんて持ち歩いてもいないんだけど。
でもなぜか辺りを歩いている人達って小さく感じるんだけど。
ああ、そう言えばサークル仲間の彼等が言ってたわね。
中世っぽい世界だと現在より十から二十センチは背が低い筈だって。栄養状態なんかのせいで普通の人々は確実に小さいだろうって。
もしかしてソンジュって凄く大きい? だって普通の男の人よりはるかに背が高いんだもの。
私だってこの世界では普通の男性くらいの背の高さみたい。
ソンジュとユウは連れ立って歩いていく。
大通りには幾つもの店が並んでいるがショーウィンドウなんて存在しない。
この通りにある店は裕福な者達が使う店なのだろう。小さな看板にそれぞれの店の名前だけが記されている。何を扱っている店なのかが分かっていて、さらに字が読めるような者達だけが対象になるのだ。
ソンジュは大通りを外れて裏道に入っていく。
ユウもそれを追うように続いていった。
大通りから遠く離れたところまで歩いていく。そちらにも店が並んでいた。
だが看板は大きい。しかも店の名前より服や剣、食料なんかのマークが大きく表示されている。
字が読めない者にも何を扱っている店なのかが一目瞭然だ。裏通りに軒を並べる店は識字率が低い平民や冒険者向けなのだ。
そっか、やっぱり平民なんかは字が読めない人が多いんだ。まあ、現代地球でも識字率が五十パーセントを下回る国があるらしいもの。
本当に日本って国は異常過ぎるのよ。一億を越える人口なのに識字率が九十九パーセント以上ってなんなの?
特別、ううん特殊な国扱いされるも仕方ないわよね。
……でも、なんでこの国の字が読めるのよ!? おかしくない!?
これは絶対言語理解の技能が与えられてるわね。
大通りからずっと辺りを見回していたユウにソンジュが声を掛ける。
「ユウ、君はこの国の文字も分かるのか?」
「うん、読めるみたい」
ユウのその返答はソンジュに疑問を感じさせていた。
ユウは明らかに看板の文字を理解している。
なのに、読める「みたい」だと?
まさか初めてこの国の文字を目にしたとでも言うのか? もしそうならば、なぜ分かるんだ?
ユウは本当に天から舞い降りた御使いなのだろうか。
けれどソンジュはそのことを追求もせずに、一般の冒険者が着るであろう服屋を探す。
ソンジュにとっても初めて訪れた街なのだ。
それでも店構えから、どのような服を置いているかの見当は付く。街に住む者でなく、冒険者や旅をする者が着ていそうな服を置いていそうな店かの。
そして一軒の店に当たりをつけて、ユウを伴って入っていく。
ユウは店の中を見回して溜息を吐いた。
あー、やっぱりこんな感じなんだ。
男性用と女性用で別れているけれどサイズは大小くらいの差しかないもの。
それどころか男性用の小サイズと女性用の大サイズが同じものみたい。
つまりサイズなんて三つしかないってこと?
ちょっと袖や裾が長かったら紐で縛って調節してるようね。
サイズを測ってオーダーしたりするのは大通りに面した店だけのようだわ。その代わり対価も凄い事になると思うけど。
試着室もないんだ。たぶん必要ないのね。
ざっと見た感じでは生成りの厚手の布で作られた服ばかりみたい。
まあ、冒険者用なら仕方がないかな。実用重視で当たり前だもの。
綺麗に染色していたり飾りもたくさんあったりとか、そんな訳ないわよね。
考えればソンジュの服だってそうじゃない。ほとんど染色のされていないシャツにパンツ、その上に革鎧を着てるんだもの。
なんて言うか、下っ端冒険者? 衣服と装備だけならそんな見た目じゃない?
でもソンジュはそんな風に見えないわ。
なんだろう、熟練のベテラン冒険者って雰囲気を醸し出しているような。大物のオーラを漂わせているって言うのかな?
店の人には並んで立っている私が物凄く小さく見えているのかもしれないわ。
「すまないが彼女に合うサイズの服を幾つか見繕って欲しい」
ソンジュが店員に声を掛ける。
その店員はソンジュを軽く眺めていた。そして黙って幾つかの衣類を選んで持ってくる。
店員はそれらの衣類を支払い台の上に並べていた。
ソンジュは並べられた衣類の内、端に置かれた一つ以外のほとんどを指差して告げる。
「これらは不要だ。まともな服がないのなら別の店を当たるが?」
うん、やっぱり私って奴隷って思われていたようね。
だってソンジュが除外しようとしたほとんどの衣類って、どう見ても薄手の貫頭衣だもの。
幅が五十センチで長さも二メートルくらい? 肩先から腕まで、膝から下も肌を晒したままになるじゃない。
材質だって麻か綿かの違いくらいじゃないかな。
それこそ荷物持ちの奴隷を裸のままにしないように着せるための物みたい。
その言葉に驚いたように店員は奥に引っ込んでいく。代わりに現れたのは先の店員より少し齢のいった恰幅の良い男性である。
店主であろうその男はソンジュを見て、それから少しユウに視線を移す。最後に支払い台に並べられた衣類を見る。
そして慌てたようにソンジュに対して言い訳を始めた。
「申し訳ありません。あの者はまだ善し悪しの見分けが付きませんもので。お連れ様のことを勘違いしたようです。重ねてお詫び致します」
店主の男は内心で店番をしていた者に毒づく。
あの馬鹿が! ほとんどが奴隷用の衣類じゃないか!
なんでこの女の醸し出す雰囲気に気付かないんだ! どう考えても高ランクの冒険者だろうに!
それに隣にいる女性だって奴隷に見えないだろうが!
どう見ても普通じゃないぞ! 髪色を隠しているようだが、それでもターバンから零れ落ちた毛は黒い色をしているし瞳だって黒いんだ! 明らかに異邦人だと分かるだろうが!
それに奴隷にあんな綺麗なポンチョを着せる筈がないとなぜ気付かないんだ!
あの馬鹿は鍛え直さないといけない。いっそ馘首にして別の者を雇うべきか?
「なら適当に彼女用の服を見繕ってくれ。ああ、目立つような服は避けてな」
「はい、お任せを」
店主の男はユウにサイズが合いそうな服を考えながら答えた。
そして幾つかの服を持ってくる。シャツとズボンそして布だ。髪を隠すターバンとなりそうな布も一緒に持ってきていた。それらを支払い台の上に並べていく。
「うん、これらの衣服なら問題はなさそうだ。ユウ、君が気に入りそうな物はあるかな?」
「えーと、これかな。これなら下っ端冒険者に見えるだろうし」
ユウは並べられた衣服を触り、一揃えのシャツとスボンのセットを指差す。
一見ではいかにも冒険者が着ていそうな生成りのシャツとズボンだ。だが生地は十分に厚く、それでいながら通気性にも優れた布で作られたものだった。
その目利きには店主の男も驚いているようだ。
ユウにしてみれば触り心地などで選んだに過ぎない。
それでも現代日本で二十年以上暮らした女性であれば、使われている生地の良し悪しくらいは分かる。
一番マシなのを選んだだけだ。それがこの世界では優れた目利きと思われているなんて気が付かない。
店主の男は聞こえないほどの小さな唸り声を上げていた
やはりこの女性は奴隷なんかではなかった。
良い物を見分けられる目を持っているじゃないか。
しかも流暢にこの国の言葉を操っているだと?
この国の出身かもしれないし、違うなら二ヶ国語を話せると言う事だぞ。もしかしたらそれ以上の言葉を使えるのかもしれない。
まさか異国の貴族がお忍びで訪れたのではないのか? だからこんな強そうな女性が護衛をしているのではないのか?




