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86.ありゃあんたのせいだったのかよ!

 夕食を終えて宿に戻る。

 各々の部屋で一服した後にいつものようにワイトの部屋に集まる。


「王都への行程は今までと同じで問題ないだろうが、ワイト、お前は王都の宿には詳しくないのだろう?」

「ああ、そこは勘弁してくれ。王都じゃ兵員宿舎で暮らしてたんだからよ。王都の宿については分からねえな」


 そうよね、上級将官ならともかく一般兵士まで家を持ってたりしないわよね。

 日本の戦国時代だって足軽長屋なんかでに住まわせていた筈だったし、有事の際に一々召集かける訳にはいかないわよね。

 でもワイトは一代爵を与えられていたんでしょ? 貴族ならそれなりの生活をしてそうなんだけど。


「あれ? ワイトって貴族じゃなかったの?」

「そりゃ一応は一代爵だったけどよ。だがそれは魔法兵だから貰えた爵位だぜ。一兵卒としては当然纏まった場所で管理されてなきゃなんねえだろ?」

「……本当に名ばかりの貴族だったのね」

「仕方ねえだろ。それでも爵位持ちってんで指揮権は与えられるんだよ。一般の兵士だけでなく貴族相手にも言う事を聞かせられるようにな」

「ほう、一代爵でも上位の貴族を指揮出来るのか?」

「そこは王家直轄の軍って組織だからな。そりゃ爵位も無視できねえが、それよりは軍の階級の方が重視されるさ」


 そっか。各領主の私兵とも言える領兵ならともかく、王家直轄の国軍ともなるとその辺はしっかりしているのね。

 一般の兵士なら指揮官に選出されるのは上位貴族だろうけど、魔法兵だと素質の方が重要だものね。

 指先に火を灯すくらいしか出来ない魔法使いを、いくら貴族だからって指揮官に選出できる訳ないわよね。


「ならばソンジュは良い宿屋を知ってるの?」

「残念ながら私も詳しくないよ。なるべく王都には近付かないようにしていたのでな。王都なんて五年ぶりになるのかな?」

「やっぱ貴族の勧誘やらが面倒だったからか?」

「まあな。馬鹿な貴族やその嫡男なんかがたくさんいたのでな。普通に領兵に勧誘してくるならともかく、女性冒険者を娼婦と勘違いしている奴も多くてな」

「そういう奴はどうしたんだよ?」

「まあ、現王が賢王というのは嘘ではなかったようだな。何人かの領主が廃絶されて、幾人もの子弟が廃嫡されたようだ。もっともその子弟達も子供を作ることが出来なくなった以上は仕方ないのだろうがな」

「……一応訊くが、あんたはそいつ等に何をしたんだ?」

「なに、男性を男性たらしめる器官を潰しただけさ」


 それを聞いたワイトは、ベッドに座って開いていた脚を慌てて閉じている。

 なぜかその両手で股間を覆い隠している。

 そしてその表情には若干の怯えも見えるようだ。


 貴族にとってはある意味で殺されるよりも残酷な仕打ちだろう。

 もちろん子供が産まれなくて養子に後を継がせる貴族もいるに違いない。

 だが馬鹿な真似をして男性機能を失った貴族子弟などに、王家が継承を認める訳がない。

 爵位の継承は無条件ではないのだ。王家の許可が必要なのだ。

 もちろん王家も無意味に嫡子の変更を求めたりしない。わざわざ反乱分子を作るような真似をする筈もない。

 それなりの理由がないと嫡子の変更を強制したりしないのだ。

 例えば女性冒険者に絡んで生殖機能を失ったりしない限りは。


「よくそれであんたは無事に生きているな」

「刺客なんかは返り討ちにしてるしな。そいつらの首を雇い主の貴族の門前に並べておくのさ。そうしたら王家が上手く処理してくれているようだな」

「怖えよ! そう言えば五年ほど前に貴族の入れ替えが多かったな。ありゃあんたのせいだったのかよ!」

「ほう、そんなことがあったのか」


 え!? でも、ちょっと待ってよ!

 五年くらい前だとソンジュは二十歳かそこらじゃないの? なのに兵士として勧誘されるくらいの腕だったの?

 まさかそんな齢でランク五の冒険者だったって言うの?

 まあソンジュの美貌なら言い寄って来る男もいたのかもしれないけれどね。平民を見下している貴族なんかは特にね。

 それにしても……もしかしたらソンジュってマンガや小説の主人公?


「ねえ。もしかしてソンジュって王様とも知り合いなの?」

「まさか。私は王城に入ったことはないと言っただろう? 王族達も私の名前くらいなら聞いたことがあるかもしれないが、わざわざ接触に来たりもしないよ。その程度の関係だな」


 ああ、うん。そこまで主人公ではないようね。

 平民の冒険者なのに王家や高位貴族の後ろ盾を貰ってたり、そのうえそんな雲上人相手にタメ口で話せるようなね。


「それじゃまずは王都で有名な宿で一泊するか? ランク五の冒険者と元魔法兵だしよ。泊めて貰えると思うぜ」

「そして翌日にギルドで安全そうな宿の評判を聞くとしようか。ワイト、その間にお前は王都にいる魔法研究をしている知り合いに繋ぎを取ってくれ」

「分かった。だが相手の都合もあるし、すぐ会うのは無理じゃねえかな?」

「それは仕方がないだろうな。となると、宿は二旬くらいは抑える必要がありそうだな」


 聞きに行く私達の都合に合わせさせる訳にもいかないものね。二旬、二十日程度は見積もらないとダメなんだ。

 この世界に来てから十日くらい経ってるのに、さらに二十日間も掛かるのね。

 考えたら今までだってたぶん三百キロ程度の距離を十日も掛けて歩いてきたんだもの。

 東京から三百キロだと名古屋の手前くらい? 現代日本なら車で半日も掛からない距離よね。

 王都内の往来ですら時間を費やしそうだし、それくらいの時間が掛かるのは仕方がないのかな。


 そしてそれでも元の世界に還れる情報が手に入るかも分からないのよね。

 邯鄲の夢であって欲しい。この世界で何日過ごしても元の世界では一瞬の出来事だったって。

 元の世界に還れても何年も何十年も、それどころか何百年も経ってて浦島太郎になるなんて耐えられない。


 もし王都で元の世界に戻る手段を見つけられなかったら、ワイトの知り合いのいる街に向かうのよ。

 でもその街でも手懸かりすら見つけられなかったら?

 きっと他の国に行くことになるんでしょうね。

 でも国内を移動するだけで一旬、十日掛かってるのよ。それも端から端じゃなくて、副都の少し先にあった街から王都へ向かうだけでよ。

 もちろん日本みたいな弓状列島じゃないんでしょうし、陸沿いに他国と隣接はしているんでしょう。

 それでも王都が国の端に存在しているなんて思えない。

 つまり他の国に向かうにしても国を出るまでに今までと同じくらいの期間は必要でしょう?

 そしてその他の国の首都までもまた長い日数が掛かると思うわ。

 隣国に行くだけで一ヶ月以上、ううん、この世界の暦だと半季くらいは掛かるんじゃない?

 そして隣国でも還る方法を見つけられなかったら?

 更にその隣の国にいくことになるんでしょ。そんな事を繰り返していたら一年なんてあっという間よ。


 そしてたぶん……私は狂ってしまうんでしょうね。

 正直に言うと、今でも自分が正常かどうか分からないんだもの。

 ソンジュとワイト以外の人は平気で見捨てる、なんて口に出来る時点でおかしくなってると思うわ。

 人助けより私をこの世界に連れてきた存在への意趣返しを優先するんだもの。


 確かに自分の身を守るのは大切よ。私のチートを知られるのは避けるべきよ。

 もしソンジュやワイト以外の人を助けたりしたら?

 人の口に戸は立てられないでしょ? 絶対に他人に知れ渡るでしょ?

 そして私を巡って争いが起きると思うわ。

 ううん、それならまだマシよ。

 私は誘拐の対象になるでしょうね。そしてもし治療が間に合わなかった場合、腹いせに私を害するかもしれない。


 だから自分を守ることだけを考えて、他の人を見殺しにするのよ。

 ねえ、これって普通の考え方なの? それが当然だと思っている私は……まだ正常なの?


 明日の予定を簡単に打ち合わせてソンジュとユウはワイトの部屋を出る。

 ソンジュは受け付けに湯を頼みに行き、ユウはそのまま自分達に割り当てられた部屋に戻る。

 届いた湯で身体を拭い衣類を洗う。

 そして各々のベッドに横たわりながら、ソンジュがユウに話し掛ける。


「ユウ、大丈夫だ。私は絶対にユウは元の世界に返す。ユウはこの世界に責任なんてないんだ。だから……自分を信じるんだ」


 ソンジュもユウが焦っている事に、いや、諦めかけている事に気付いているのかもしれない。

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