84.そりゃ何も言えねえよな
しばらくすると扉をノックする音が聞こえてくる。
ソンジュが扉を開けるとワイトが立っていた。どうやら夕食の時間になったので誘いに来たようだ。
ユウもさすがに妄想には飽きたのだろう。ソンジュに習いながら防具の手入れをしていた。
予定では夕食を取った後に再度ギルドに向かうことになる。明日の王都方面への通行があるのかを確認するために。
三人は宿を出て昨日と同じ料理屋に向かう。
ワイトになぜ同じ店に向かうのかと尋ねたら、どうやらこの街は通り過ぎるだけだったからだそうだ。
あの河を挟んだ街からは上流や下流の方向に派遣されることもあったが、それより王都寄りの街だと他の者が派遣されていたらしい。
ワイトは派遣期間が半旬程度で済ませられない場所に送られていたようだ。
やはり成人近くなってから魔法兵になったワイトは、邪魔者や厄介者扱いされていたのだ。
ただそのせいでワイトは上の者に認められていたのだから、それでも王都近郊にしか行く気のない同僚や所属していた部隊の隊長は愚かだったのだろう。
夕食を終えてギルドに顔を出す。
ソンジュのみが受け付けに向かって、ワイトとユウはいつものように掲示板の傍で待っている。
ユウは朝方に掲示板を眺めていたからか、今更貼り残されている依頼を確認するつもりはないようだ。
少し待っているとソンジュが二人の傍に寄ってくる。
「どうやら明日は問題なく街を出立出来そうだ」
「商人の護衛依頼なんかの変更はねえってことか? それとも冒険者を隣街まで送るってのか?」
「両方だよ。なにしろ隣街からの来る者達もいなかったそうだからな」
「はあ!? なにか? つまり今日はこの街からも隣街からも、あの街道を通った者がいなかったってのか?」
「ああ、そのようだ。私達を人目に付かずに消し去りたかったのだろうな」
「いやいや! そんなあからさまにおかしな真似したら誰だって気付……かねえように出来るんだよな。魔物を操れる奴はよ」
「まあ、この先はもう使えない手だろうがな。領主やギルドや商人までが疑問に感じるようになったんだ。これはおかしいとな」
「あん? けど奴は認識を弄れるんだろ?」
「そこまで詳細には出来ないのだろうな。朝の門衛の様子で気付いただろう? 少しでもおかしいと気付いたら正気に戻るんだ」
「ああ、なるほどな。つまり知能の低い魔物だと操れるが、人間相手だと一時的に意識を逸らせるくれえしか出来ねえ訳か」
「よほど人間を舐めているのか。それとも人間と言う種を理解していないのか。もしかしたら奴は人間も獣も魔物も、同じような存在と考えているなのかもしれないな」
ユウはソンジュとワイトの間で行なわれる会話を黙って聞いている。
うん、やっぱり相手は全能の存在じゃないわね。
神様にとっては虫も人も同じように考えてるのかもしれない。
さすがに人間が万物の霊長なんて驕る気はないけれど、それでも他の獣よりも高い知能を持っていると思うわ。
なのにそれが区別できないなら全知の存在じゃないわよ。
それとこんな時に考えることじゃないんでしょうけど……やっぱり二人はお似合いだと思うわね。
ワイトは背もソンジュ並みに高いし、魔法兵だったおかげか身体も鍛えられているようだし。美男子って程じゃないけどそこそこ見られる容姿だもの。
ソンジュは言うまでもなく絶世の美女だからね。
さすがに仲人をしようなんて気はないけれど。うん、お互いに多少は気があるようだし陰ながら応援するわ。
「ユウ? 聞いているのかな?」
ソンジュはなぜか自分達をにこやかに眺めている様子のユウに声を掛ける。
「え? あ、うん。聞いてるわよ。でも冒険者を隣街に送るのってどうして?」
「代官の依頼か、もしくはギルドが自主的に行なうのだろうな。さすがに主要街道にある二つの街で双方の行き来が全くないという不自然さに何かあると思ったのだろう。そして向こうの街では気付いていない可能性が高いからな」
「気付いていない?」
「この街の門衛だって、私達が問い掛けるまで城門前に人がいない事を疑問に感じていない様子だっただろう?」
「そういうことかよ。なら向こうの街じゃまだ気付いていねえ可能性が高いな」
「それを確認するために代官やギルドの職員と護衛の冒険者を送るのだろうな。私もその護衛の一員にならないかと言われたよ」
そっか。この街の方は私達がギルドに報告したことで異常だと気付いたけれど、向こうの街では気付いてないかもしれないのね。
門衛の人が連絡したからこの街の代官もおかしいと思ってるわよね。
前の時は王都と副都を結ぶ街道じゃなかったし、そのうえ事後報告だったしで、そんなに気にはしてなかったんだろうな。
でもさすがに主要街道だと隣街の確認が必要よね。もしかしたら王都への報告も必要になるんじゃないかな。
「先に言ってたように断ったんだろ?」
「もちろんだよ。ユウを放っておく訳にはいかないしね」
「でも指名依頼って言うことじゃないの? 断っても良いの?」
マンガや小説だと指名依頼を断ったらペナルティがあったりするじゃない? 最悪の場合は冒険者資格の剥奪とか。
私のせいでソンジュをそんな目に遭わせるのは申し訳ないわよ。
「問題ないよ。断ったっところで特に影響はないからね。それに大概の街では緊急依頼用の冒険者を用意してるんだ。当番制だったりギルドが雇っていたりと色々あるけれどね」
「緊急依頼用の冒険者?」
「冒険者ってのは言ってしまえば自由業だからね。その街に所属する冒険者が全員出払っている可能性もあるだろう? だからある程度の力を持った冒険者を、何人かギルドに待機させるようにしているんだよ。もちろん報酬を出してね」
そっか、冒険者って自営業者なのよね。ギルドも互助組合に過ぎないのよね。強制力なんてないんだわ。
この世界だと電話一本で全支部に資格剥奪の連絡出来る訳ないしね。無理難題を振られたら他の街に移れば良いだけだもの。
その街に家でも構えてない限りはね。
そういえば元の世界で聞いた事があるわね。家を買った会社員なら地方に転勤させやすくなるって。家のローンがあるから多少の無茶を言っても従うしかなくなるからって。
ある程度のランクより上の冒険者だと、特定の街に腰を押し付けている人も多いんでしょうね。そういう人達を用意してるんだろうな。
「私達に話を聞きたいとも言っていたが、それも断ったよ」
「ああ? 俺等に何を聞きてえって言うんだよ」
「なぜ不自然さに気付いたのかが知りたいらしい。私は逆になぜ気付かなかったのかを調べるべきだと返したけどね。そう言うと向こうも黙ったよ」
「あはは、まあその通りだよな。気付けなかったお前等の方がおかしいって返されたら、そりゃ何も言えねえよな」
「とにかくギルドでの用件は済んだし、宿に戻ることにしようか」
ソンジュがそう言うと三人はギルドを後にする。何かを言いたげな受け付けの視線を無視しながら。
宿に戻ると各々の部屋に別れる。今晩はワイトの部屋に集まることもない。既に昼の間に相談は終えているからだ。
ユウはベッドに腰掛けながらソンジュに尋ねる。
「なんか冒険者って私が考えているような存在じゃないみたいね」
「まあ一般の市民にとっても分かり辛いからな。異界の者であるユウにはなおさら分からないだろうね」
「例えばソンジュって赤弧狼なんて二つ名を付けられるような有名な冒険者よね。だから指名依頼を断っても平気なの?」
「冒険者なんてのはある意味で腰掛けの仕事なんだよ。長く続ける仕事じゃないんだよ。ランク四、中堅と呼ばれるくらいになったら辞める者も多くなるんだ」
「辞めてどうするの?」
「そうだな。軍に入る者もいるし、貴族の私兵になる者もいる。商人の常雇いの護衛になる者もいれば、開拓民になる者もいるな。ランク四の冒険者ならそれなりの力を持っている筈だからね」
「ソンジュってランク五だったよね。それってベテランって呼ばれるランクよね。ならばそういう人達ってなんなの?」
ユウのその問いにソンジュも少し考え込んだようだった。
そして何かを諦めたように、少し自虐的に返答する。
「たぶん大抵のランク五以上の者達は金や名声が欲しいのだろうな。実は王都や副都にはランク五以上の冒険者が多いんだ」
「え!? だって王都には大した依頼はないって言ってなかった?」
「ああ。魔物にしろ盗賊にしろ周辺の街で退治討伐されるからね。それまでに稼いだ金で王都に家を構えるんだ。中には商売を始める者もいるかな」
ああ、芸能人がやるようなお店みたいなものね。ネームバリューだけでお客さんが来るような。
そっか、ランク五まで上がると有名芸能人みたいなものなのね。
「ソンジュはそんな気はないようだけど?」
「大抵と言っただろう? 自由でいたいからと冒険者を続ける者も一部にはいるんだよ。まあ、私もその一部の方だな。二つ名持ちなんてのはそう言った輩だな。だから高ランク冒険者と言うのは王都か辺境にしかいないのさ」
なるほどね。高ランク冒険者って金銭だけが目当ての者と、良く言えば人の助けになりたい者がいるってことか。
そしてソンジュは後者なんだ。
まあ無料で私が戻れるように手助けしてくれているんだから納得だけどね。




