83.もしかして魔法剣士?
「まあ、お前の例だけで判断するのも早計だとは思うがな。だが先にも言ったように眠り病が治った者はお前しかいないんだ。他の眠り病の患者も同様だと考えた方が良いのだろうな」
ソンジュの言葉にワイトもユウも肯いている。
確かにワイトの一例だけで眠り病の患者全員が同じ様な状態だとは言い切れないだろう。
ただ眠り病の症例の一つに安らかにそして幸せそうな寝顔がある事を考えると、あながち間違っているとも思えないのだ。
眠りに落ちて死亡するまでの二、三日の間、食事どころか水分すら取ることが出来ないのに身体的な苦痛を感じていない様子もその推測を裏付けている。
もしかすると肉体と精神が切り離されているのかもしれない。
そして普通の病ならそんな状態になる筈もない。
そしてワイトは先に浮かんだ疑問を二人に問い掛ける。
「それとちと不思議なんだが、夢にユウが出てこなかったんだよ。いや、思い返してみればユウがいたことすら覚えてなかったみてえだ」
「……私ってそんなに印象薄いの?」
「いや、そうじゃねえよ! あんたは見たことのない髪色と瞳の色なんだぜ! それにあの魔法にしろ眠り病を治せることにしろ、印象は激烈だよ! ……ソンジュに惚れてるのは確かだが、ユウ、あんたのことだって大事だと思ってんだぜ!」
「そこまではっきり口にされると、さすがに私でも照れるな」
「あ!? ……今のは忘れてくれ……」
「まあ冗談は置いといて、奴はユウを認められないようだな」
「……いや、冗談で流されるのも……なんか哀しいんだが……」
「ワイト、何か言ったか? とにかく奴は夢の中でさえユウの存在が許せないのだろうな」
「私も嫌われたものね……」
「気にすることはないさ。なにしろ自分では手を下さずに魔物を刺客に送ってくるような奴だからな」
それも私を潰そうとしている相手が全能の神様なんかじゃないって思える証拠なのよね。
なんで自ら私を消そうとしないの? なんで魔物に襲わせるの? そして……なんで人を操ろうとしないの?
確かに襲ってきたマフィアの者達は自分の手で片付けたわ。だからって人を殺すのが平気になった訳じゃない。
今でもたまに思い出すわ。あの何人もの胸にナイフを突き立てたときの感触を。その度に吐き気を催しているのよ。
もちろん襲い掛かってくるのが人であっても情けを掛けるつもりはないわ。私やソンジュやワイトの生命の方が大事なんだから。
それでも精神は病んでいくのでしょうね。ううん、もしかしたら既に壊れかけているのかもしれないわ。
だって眠り病を治す力があっても使う気がないんだもの。本気でこの世界がどうなっても構わないって考えてるんだもの。
もし私が元の世界に還れて、この経験を小説に書いたとしても不評だろうな。
主人公が自分勝手なうえに世界の危機すら無視してるんだもの。何とか出来る能力を持っていながらね。
徹頭徹尾自分が元の世界に還ることしか考えてない主人公なんて面白くもなんともないわよね。
本当にマンガや小説の主人公達って尊敬するわ。だって目立ちたくないなんて言いながら自ら厄介事に首を突っ込んでいくんだもの。
もっとも甘い異世界なんでしょうけれどね。その辺に転がっているような冒険者が人々の賞賛を浴びているのに、上位の貴族は嫉妬すらせずに認めてくれるんだから。
それどころか爵位までくれるのよ。もっともその国に取り込むのが目的なんでしょうけれど。
私は元の世界に還るのが最重要事項なの。この世界のこの国での栄誉なんて不要なの。「本気」で目立ちたくないの。
だから何もしない。眠り病だって無視する。
ソンジュとワイト以外の、この世界の人々と係わろうとも考えない。向こうから突っかかってこない限りはね。
「それで明日はどうするよ。まさか今日みてえに王都方向に誰も向かわねえなんて事があるのか?」
「さすがにそれだと誰もが不自然さに気付くと思うがな。ギルドはこの街に所属する冒険者に指名依頼でも出すんじゃないかな? 王都方面への調査か、隣街への届け物の依頼をな」
「その辺りの事は夕方ギルドに行ったら分かるの?」
「まあ王都方面の街への商人達の護衛依頼があるかどうかくらいは聞き出せるだろうね。もっともギルドは私に緊急依頼を出すつもりかもしれないがな。だがそれは断るだろうな。ユウの護衛依頼の途中だとでも言ってね。私達だけが街を出るようだと意味がなくなるからな」
「そうなる事を祈ってるぜ。この街での足止めは勘弁して欲しいからよ」
ワイトが少し投げやり気に溜息を吐く。
それでこの話は終わりだと思ったのだろう。ソンジュとユウは、ワイトの部屋を後にして自分達に割り当てられた部屋に移動する。
まだ昼三刻になる前だ。夕食を取りに出掛けるにしても早すぎる時間だ。
そして各々のベッドに腰掛けると、ユウは興味深げにソンジュに問い掛ける。
「それでソンジュの感想はどうだったの?」
「……何の話かな?」
「とぼけたってダメよ。ワイトがあんな夢を見ていたなんてねえ? ちゃんと告白する前にポロッと零しちゃうのが、ワイトらしいと言えばらしいんだけどね」
本当にワイトもあんな夢を見るくらいソンジュが気になっているなら、さっさと告白すれば良いのにね。
ソンジュだって満更じゃないみたいだしね。ワイトが眠り病に陥った時の、ソンジュの態度をワイトにも見せたかったわよ。
ソンジュは落ち着いているようにみせていたけれど、眠り病の患者を殴っても無駄なことくらい分かってたでしょ? あんなに頬が腫れるくらい張り倒したり、身体を揺さぶったりしてたの忘れたの?
私が何とかできるかもって言った時のソンジュの表情がどんなだったか、自分では分かってないんでしょ。
あの縋るような眼差しで明白だったもの。ソンジュもワイトを憎からず思っているのは。
ソンジュは自分の身長の高さにコンプレックスを持っているようだけど、ワイトが隣にいる分には問題ないと思うわよ。
「……ユウが何を言いたいのかが分からないのだが」
「ふーん、そんなこと言うんだ。だったらワイトが眠り病に倒れた時の、ソンジュの態度を話しても問題ないわよね?」
「待て! それはアイツには喋るな!」
「ふふふ、大丈夫。言わないわよ。それにしてもワイトも不器用ねえ。なんであんなにポロポロ言っちゃうのかしら」
「その辺りがアイツらしいのだろう? ただ直接言ってこないところもアイツらしいがな」
「へえ。まだ出会って一旬も経っていないのに、ソンジュはワイトの事が良く分かってるみたいね」
「……まあ、分かりやすい奴だからな」
「ソンジュってあまり貴族が好きじゃないようだけど、ワイトも元貴族よね。そのことでワイトを邪険に思ったりするの?」
「奴の場合は魔法兵だったから貰った一代爵だろう? 代々の貴族って訳でもないしな。それは気にしてないさ」
良かった。ソンジュも身分なんて気にしていないようね。
いくら二つ名持ちと言っても平民の冒険者だもの。貴族なんて堅苦しいと思ってるわよね。
この世界でも小さな女の子はお姫様に憧れたりするのかな? 白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる夢を見たりするのかな?
さすがに死が隣り合わせの世界でそんな考えはしていないかな。
残念ながら私は乙女ゲーと言われるものにあまり興味がないのよね。少し異なる種類のサークルに入っているせいかもしれないわ。
そのせいか乙女ゲーや悪役令嬢物のマンガや小説を見ても、ヒロインの考えに納得できないのよね。
と言うか、結婚がゴールって考え方が分からないと言った方が良いかな?
その後二人は幸せに暮らしました? そんな締めくくり方って冗談でしょ?
結婚ってその後の人生のスタートでもあるのよ。それまで生きてきた人生以上の期間を過ごし始めるのよ。
貴族のしきたりや統治方法も知らない庶民出の女の子が、王妃様なんてやれる訳ないじゃない。それこそどこかの政治家が言ったように「子供を産む機械」としてしか見てもらえないんじゃないの?
少なくともソンジュはそんな馬鹿な夢を見る少女って訳ではないようね。
「そっか。ならばお邪魔虫はさっさと去らないとね。何があっても私は元の世界に戻るわ。そしたら二人で冒険を楽しんでね。二人を祝えないのが残念だけど」
「だから待てと言っている。なんでユウが去った後も、私がワイトと一緒にいると考えているんだ?」
「二人に子供が出来たらどっちの血が強く出るのかな? やっぱり魔法が得意なのかな? それともソンジュが剣を教える? もしかして魔法剣士?」
「……ユウ、私の言葉が聞こえているか?」
どうやらユウは自分の妄想に嵌まり込んでいる。ソンジュの言葉も碌に聞こえていないらしい。
その後もソンジュは話し掛けようとするがユウは聞いていないようだ。
ユウの所属するサークルはある意味妄想が必要なのだ。いや、それを糧に活動していると言っても過言ではない。
間違いなくユウもそのサークルの一員なのだろう。
そしてコイバナに夢中になるのは女性だから仕方がないのだろう。子供なんて発想が出るのは齢相応なのかもしれない。
ユウに言葉を掛けるのを諦めたソンジュは武器や防具の手入れを始めていた。




