82.恐ろしいこと言うなよ
「とにかくユウを亡き者にしようとしている相手は、焦っていると思って良いのだろうな」
「でも私はこの力を使う気はないわよ。冷たく聞こえるかもしれないけれど、私はこの世界のために何かをしようなんて考えてないもの」
「それ以前にユウ『一人』じゃ無理だと思うんだがよ。一日に何人治せるんだって話さ。一日に十人癒しても年間四千人治せりゃ良い方だろ?」
「まあ、そうだな。それに眠り病は世界中に蔓延している病気なんだ。ユウの手の届く範囲なんて知れているだろうからな」
人気のない公園、いや広場の中央の台座に腰掛けたまま三人は話を続ける。
さすがに周りに人がいるところで出来る話ではない。仮に開いていても料理屋なんかでは話せなかった筈だ
喫茶店なんて言葉が出てくるユウは、やはり現代日本人なのだろう。
「いっそユウが眠り病を治せるって大々的に発表でもするってのはどうだ? そしたら魔物を気にせずに済むだろ?」
「お前は馬鹿か? 確かに魔物に襲われなくなるかもしれないが、襲ってくる相手が人間に変わるだけだろう?」
「分かってるさ。言ってみただけだよ。ユウもそんな甘くはねえだろ?」
「そうね。言っておくけど、この世界のこの国の王族や貴族の権威なんて私は気にしないわよ? 私を無理に連れて行こうとしたら、命令されただけで罪のない兵士にだって麻痺を喰らわせるわよ? だってそれは私にとっては敵なんだから」
「いっそ王の御前までは素直に従った振りをして、王宮で麻痺をばら撒いた方が面白いかもしれないな」
「恐ろしいこと言うなよ。俺も今は一平民に過ぎねえが、魔法兵の時には一代爵を貰ってたこともあるんだからよ。そんなに忠誠心がある訳でもねえが、それでも少しは感謝してるんだぜ。……やっぱり他の者に知らせる訳にはいかねえな」
ワイトが肩を竦めて言葉を翻す。
ユウは実際に言った事を行なう可能性が高い。
ソンジュも連れて行こうとする兵士を斬り捨てる筈だ。ソンジュはユウを元の世界に還すためならどんなことでもやりそうだ。それこそ国を敵にしてもだ。
そしてたぶんワイトもそれに付き合うのだろう。
そうしている内に昼に近付いてくる。
何人かの人影が目に入るようになってきている。昼の休憩をこの広場とも公園とも言える場所で過ごすつもりなのだ。
祭りも公演も行なわれていない今は静かなところなのだ。ゆったりと昼休憩を過ごしたい者がいてもおかしくはない。
ソンジュ達三人はこの場を離れて昼食を取るために料理屋に向かう。
料理屋でも話の続きはしないだろう。三人共にあの手の話を人前で行なう気はないのだから。
料理屋の案内はワイトの仕事だ。ソンジュもユウも任せている。少なくともワイトの舌だけは信用しているのだ。
ワイトのお薦めの料理屋の味はまたも納得いくものだった。
異世界人で味覚の違うユウですら満足している。もっとも彼女は異国料理や郷土料理の食べ歩きが趣味の一つだったため、通常の日本人の味覚とは少し異なっているのかもしれない。
ソンジュとユウを料理屋に残したままで、ワイトは一足先に出ていく。
宿が使えるようになっているのかを確認しにいったのだ。
ユウの能力の話をするとなると人の多そうな場所を避けたほうが良い。となると宿の部屋が妥当になるのだ。
ソンジュやワイトなら宿の者が聞き耳を立てていても気が付くだろう。
ユウは気配察知や探知のスキルが欲しかったなと呟いていた。
ソンジュとユウがゆっくりハーブティーを飲みながら待っていると、ワイトが戻ってくる。
どうやら宿の部屋の用意が済んでいるようだ。
ユウですらこの街の観光なんてする気はない。三人共に宿に篭って話の続きをするつもりだった。
宿の受け付けに軽く挨拶を行なう。
受け付けに立っている者は少し不思議そうに三人を見ている。なぜもう一日泊まるのだろうと思っているようだ。
その様子に三人はこっそりと溜息を吐いていた。
そしてワイトに割り当てられた部屋に揃って入っていく。
「あの受け付けの顔を見たかよ。どうして俺達がもう一泊するだけであんな表情をするんだろうな」
「訝しげな顔をしてたわよね。そんなに出て行って欲しかったのかな?」
「誘導されているのだろうな。もしかしたら宿の部屋が空いてないと言われるかもしれないと思っていたのだが」
「さすがにそりゃねえだろ。朝一で出てそのまま引き返して部屋を頼んだんだぜ。それで空いてねえなんて言われたら怒鳴り込んでるよ」
「えーと、数日前からの予約なんて……出来る訳ないわよね」
「ユウの世界だと可能なのかい? 本当に泊まるのかも分からない相手のために部屋を取っておくなんて出来ないだろう?」
「私の世界だと逆に事前に予約していないと部屋がなかったりするかな。もちろん連れ込み宿なんかは別だけど」
当たり前よね。事前に電話やネットで予約なんて出来る筈ないもの。
マンガや小説だと遠距離でもリアルタイムで通話可能な魔道具があったり、転移ゲートなんかがあったりするけれど。
って言うか、転移ゲートって何よ。どこかの青い猫型ロボットがポケットから取り出すどこにでも行ける扉のようなもの?
時空間を捻じ曲げられるってとんでもない量のエネルギーが必要だと思うんだけど。それこそ太陽一つを使い潰すくらいのね。
……だから私は正直言うと時空魔法には期待していないわ。
ただソンジュの持つ袋があるから、大昔にはそんな魔法があったのかもしれないとは思ってるんだけど。
それに電話みたいな魔道具があったって、そんなものをギルドなんかに置いている訳ないじゃない。
置いているとしたらまず国家機関、領主や代官の屋敷の筈よ。なんでこんな封建制みたいな世界で民間組織の方が進んでいるのよ。
もっともギルドも完全な民間組織ではないのかもしれないけれど。それでも純粋な国家機関の方におかれていると思うわ。
それに民間にまで普及しているなら、それが必要なのは商人達の組合の方だと思うわ。情報の即時性が重要なのは冒険者なんかじゃなくて商人の方でしょ。
当然スタンピードなんかの情報は、領主や代官もしくは商人の組合からギルドへの通達になる筈よ。
「さて。それでワイト。お前が見ていた夢の話を聞きたいのだがな」
「あ、それ! 私も聞きたいわ」
「だから勘弁してくれって! 恥ずかしい夢だったんだからよ!」
「いや、興味だけで聞きたい訳じゃないんだ。なにしろお前は唯一の眠り病から生還した例だろう? 内容によっては公表……は不味いか。お前に迷惑が掛かりそうだしな。そうだな、噂程度にひろめるのが良いだろう」
「……ごめん。私は興味本位だったよ……」
ユウが申し訳なさそうに告げる。ソンジュの見識に比べて、なんて浅ましい了見だったのだろうと落ち込んですらいるようだ。
ワイトはソンジュの言葉ももっともだと思っているが、それでも夢の内容を話すのを躊躇っているようだ。
そしてワイトはなんとか概要だけを述べようとしていたが、結局最後には二人の追及によって全てを吐き出していた。
いつものようにソンジュとユウはテーブルに着いて、ワイトはベッドに腰掛けていたが眠り病のときのようにワイトはベッドに横になっている。
ただその足が羞恥のためかバタバタと動いているため、あの時とは異なり起きているのが明白なのだが。
「まあ、私がお前と恋仲だったとかの寝言は置いておくとして。その者の願望を夢に見ているようだな」
「だけどおかしくない? いくら夢だと言っても、何日にも渡る冒険をしていたなんて」
「あの時は八半刻の半分にも満たない時間だったと思う。なのに夢では二旬以上の期間を過ごしていたのか? もしそうなら眠り病の患者は夢の中で四十年以上過ごすことになるのだが」
「ねえ、ワイト? それって同じ日々を繰り返してたんじゃないわよね?」
ワイトは恥ずかしい夢を延々喋らされていたせいで、ベッドで悶えている。
そしてソンジュにはっきりと文字通りの寝言だと言われて落ち込んでもいたが、単純な興味ではなく考察をしている二人の問い掛けに顔を上げる。
そして夢の内容を思い出そうとする。その夢は未だにはっきりと脳裏に刻み込まれている。
大概の夢なんて起きて八半刻も経たない内に忘れてしまうものだが、眠り病の間に見ていた夢は細部まで覚えているのだ。
「ああ、最後の方は季節が変わるから涼しいところに行こうって話をしていたよ。同じ日を繰り返してたんじゃねえな」
「つまり時間も日数の経過も普通にしていた訳だな。まるで残りの人生を眠り病で亡くなるまでの間に詰め込んでいるようじゃないか。それも本人の希望? 願望と言った方が妥当か? とにかくその通りの人生を」
何よ、それ!?
あの同じ一年を延々と繰り返す何とか時空って訳でもないようね。
夢の中で望み通りの人生を歩ませるの? そして老衰で亡くなるのと同時に、眠り病で最期を遂げるって言うの?
結婚して、子供を作って、その成長を見守って、孫や曾孫に見守られながら人生を終える夢を見てるって言うの?
眠り病がただの病気じゃないのは確かだわ。それこそ神にも等しい何者かが蔓延らせているんだと思うわ。
そしてその誰かは眠り病で死んでいく者に慈悲を与えているって言うの?
その者の望む最良で幸福な人生を夢で見せるって慈悲を。




