81.公園にでも行くことにしようか
「まだ朝三刻と言ったところか。昼食を取るのには早すぎるな」
「商店街でウインドウショッピング……っていうのは無理よね」
「なんだ? ウインドウショッピングってのはよ。それに商店街だと? 商店だけが並んでるところがあんのかよ」
「うん、ごめん。そんな感じの通りはないわよね。窓際に陳列されている服なんかを見て回ったりするんだけど……この街だと商品を見えるように飾ったりはしてないわよね」
「よく分からないな。買いもしない物を見て回るのか? ユウの世界ではそんなことまでしているのか。しかし、よく商品を傷付けられたり盗まれたりしないな」
「ガラスで隔てているから。……ごめん、そうよね。この世界に大きな平面ガラスなんてないわよね」
あー、もう。つくづく馬鹿な事を口にしたわね。
今までの買い物で分かってたじゃない。商品を陳列してない事くらい。そりゃ食品なんかは店先に並べてたけれど。
それに商店だって固まってなかったじゃない。一般市民が通うようなお店なんて裏通りに点在していたじゃない。今まで泊まった宿だって表通りに面してなかったもの。
どうしても現代日本の考えが抜けないわね。
もっともこの世界の常識に染まりたいとも思えないけれどね。私は絶対元の世界に還るんだから。
「うーん。それなら普通はどうやって暇を潰しているの?」
「そもそも旅の最中に暇になることなんてねえからな。余程の嵐か河の増水で足止め喰らわねえ限り、少々の悪天候ならそのまま進むだろうしよ」
「確かにな。嵐だと商店なんて開いていないだろう。旅の者は宿に篭って休んでいる筈さ。河の増水での足止めだと、行商人なら露店を開くか組合か知り合いの店で情報収集だろうな。旅の冒険者だと一日で終わる依頼を受けるか訓練かな?」
「だったら休日はどう過ごしてるの?」
「休日ってのが分からねえな。ユウの世界じゃ病気や怪我以外で休む日があるってのか?」
そっか。そう言えば日本でも昔は休日なんて無かったって聞いたわね。せいぜい盆と正月くらいだったっけ?
あの宗教の蔓延っていた国だと、安息日とか言って七日に一日休みの日があったそうだけど。
この世界にはあの宗教もないし、そもそも月とか週なんて区切りも無いみたいだもの。特定の日に休んだりしないわよね。
現代日本の暦が通用するような異世界だったら良かったのに。
一年が十二ヶ月で、一ヶ月が三十日で、一週間が七日の、神様が現代地球を模したように造った異世界に行きたかったわ。
もちろん一日が二十四時間で、バレンタインやクリスマスが出来るようなね。
「とにかく一旦ギルドを出ようか。受け付けの者達が私達の様子を窺っているようだからな」
「さすがに街内作業の依頼を受ける気はねえんだろ? まあ、冒険者資格を持ってるのはあんただけだしな」
「そうよね。とりあえず人目に付かないところに行った方が良いんじゃない?」
「と言っても、まだ宿は掃除すら終えていないだろう。魔物が待ち構えているだろう街の外に出るのは避けたいしな」
「喫茶店なんて……ある訳ないわよね」
「それは料理屋とは違うのかな?」
「えーと。お茶や軽食だけを出してるお店だけど」
「そんな店はねえな。料理屋なんて朝昼晩で営業してんだぜ。それぞれの間で仕込みをしてるんだからよ。と言うか、そんな店がやっていけるのか?」
「酒場なんかはないの?」
「その手の店も晩だけしかやってないよ。昼間から店で酒を飲む奴なんている訳ないだろう?」
そうよね。貴族や商人なんかは自宅にお茶を飲める部屋があるわよね。
一般の平民がそんなところで時間を潰したりしないわよね。飽食の現代だから通用するお店よね。
お酒だって昼間からお店に行って飲まないんだ。たぶんお酒も高価なのよね。
それに蒸留酒があるのかも分からないし、アルコール度数の低いお酒しか無いんでしょ。
だから昼間から酒浸りの人もいないと思うわ。そんな人は自宅で飲んでいるんでしょうね。
「そうだな。公園にでも行くことにしようか」
「あ! 公園はあるんだ」
「そりゃあるさ。祭りやらに使ったり、旅の芸人一座が公演したりするしよ」
ああ、うん。公園って言っても野音、野外音楽堂みたいなものなんだ。
防災計画としての公園設置なんて考えている訳ないわよね。
城壁で囲まれた街だもの。この中世みたいな世界で余裕を持った計画都市なんて造られている訳ないわよね。
三人はワイトが先導して公園に向かう。
やはり何度もこの街を経由していたからだろう。ワイトはその手の施設の場所も把握しているようだ。
案内された公園は結構な広さを持っていた。公園の中央には舞台のような台座まで存在している。だが緑に囲まれた自然感の溢れた公園ではないようだ。
どちらかと言うと広場と言った方が妥当だろう。
祭りや公演が行なわれていないためか人の姿は見当たらない。
ユウにとっては静かで人影も見当たらなくて良い事なのだが、ある意味で不気味にも感じていた。
まあ、そうよね。広場は用意されているわよね。村なんかにもある筈だもの。
パンとサーカスって事かな? 娯楽施設があれば民衆は満足するって事?
勘違いしているマンガや小説を見たことがあるけれど、「パンとサーカス」って政治から目を逸らせるための愚民化政策を表しているのよね。
それにしても静か過ぎて逆に怖くなるわね。暇を持て余した人達が来ている様子もないし、子供達が遊んでいたりもしないもの。
でも考えたら当然かな? 子供だって貴重な労働力だからね。無駄に遊ばせている訳ないわよね。就学前の児童なんて考え自体が間違っているのよね。
この辺りも私の駄目なところだわ。どうしても現代日本のように勘違いしてしまうんだから。
もちろん広場には並んだ座席なんて存在しない。中央の台座の周りは舗装もされていない赤茶けた土の見える空間が広がっている。
ソンジュ達は中央の台座に向かって歩いていく。そしてその台座に揃って腰を下ろした。
「しかし相手も形振り構わなくなってきたみてえだな」
「ああ。足止めなのかもしれないな」
「足止めってどう言うこと?」
「あんなにあからさまに、この先で襲うぞ、と言ってるんだぜ。俺達に、いやユウにこの街を出て欲しくねえんだろ?」
「そこまで考えてないのかもしれないがな。人間の思考なんて理解していないのかもな」
「はん、そりゃ相当馬鹿にされてるみてえだな。蟻の考えることなんて人には分からねえってことか? 相手にとっては俺達は蟻程度なのかよ」
街一つの人間全員の意思を逸らせるような神様みたいな存在にとって、私達は蟻以下の存在なのかもしれないわね。
でもね。そんな神様みたいな存在だって全能じゃないのよ?
だって私はまだ生きているんだもの。
本当に全能なら既に私の生命を奪えた筈でしょ? それが未だに出来ていないのなら相手は全能じゃないってことになるんじゃない?
「ワイト。やはりユウがお前の眠り病を治した事が原因なのだろうな」
「あん? なんでそれが理由なんだよ」
「こんな真似を仕出かした奴も、本当にユウが眠り病を癒せるとは思ってなかったんじゃないのか? 可能性は高いと思っていたのだろうがな」
「なるほどね。実際に私がワイトを治したから焦ったって訳ね」
「ちょっと待てよ! ならソイツが眠り病をばら撒いているってことになるんじゃねえのか?」
「お前だって不思議に思ったことはあるだろう? 前兆もなしにいきなり眠りに落ちて、そして二度と目覚めずに死ぬ病なんておかしいと考えたことがあるんじゃないのか?」
「……まあな。あんな夢を見続ける病があるとは到底思えねえ」
「うん? お前は倒れていた時の記憶がなかったんじゃないのか?」
「あ!? ……いや……その……夢の内容は……よく覚えてねえんだが……幸せな夢だったような? そんな気がするんだよ」
「お前が見ていた夢の内容は後で詳しく聞き出すとしようか」
「私も知りたいわね」
「頼む! 勘弁してくれ!」
ワイトは必死になって拒んでいる。
ソンジュと恋仲になって二人で冒険している夢だったなんて言える筈もない。
だがそこでワイトはふと疑問に感じた。なぜその夢の中にユウは出てこなかったのだろうと。
ワイトにとってソンジュとユウはセットの存在だ。なにしろ出会ってから二人はずっと一緒にいるのだ。
もちろんソンジュの方に気があるのは間違いない。だからと言ってユウを無視している訳でもない。
何よりワイトはユウに恩を返すために同行しているのだ。
なのにどうしてあの夢にはユウが現れなかったのだろうか。




