80.たぶん驚かれるのだろうな
ギルドに着いたソンジュは早速受け付けに確認に向かう。ユウはいつものように掲示板の傍に残っている。
だが掲示板は昨日と異なってまだ朝早いためか、いくつかの依頼が貼られたままだった。
ユウはそれらの依頼を眺めている。
ふーん、張り出されるのって大抵が明後日以降に街を出る護衛の依頼なのね。
まあ考えたら当然よね。
当日に依頼を出すなんて間に合わないからね。前日だって文字が読めて依頼を受けてくれる冒険者が空いているとは限らないんだもの。
最低でも二日前、本来はもっと前に商人も依頼を出すんでしょうね。
それに街道を行くのなら危険も少ないんでしょ?
だから文字が読めて簡単な計算も出来る冒険者が必要となると、たぶん近隣の村への行商の護衛なんでしょうね。
行商先で商売の手伝いが出来るような、それでいて護衛を兼任できる力量のある冒険者が欲しいんだと思うわ。
たぶんそんな冒険者は少ないんでしょうけど。
討伐や退治の依頼は……残っていないわね。戒めの依頼以外は。
まあ、その手の依頼なんて滅多に出ないでしょうからね。
そもそも毎日のように盗賊討伐や魔物退治の依頼が貼り出されるってどんな危険な街よ。そんなところに人が集まる訳ないじゃない。
盗賊が自動的にポップしてくるの? ううん、獣や魔物だって自然に湧いてこないでしょ。ゲームじゃないんだから。
採取系の依頼も貼られていないようね。
討伐系も採取系も文字の読み書きや難しい計算は必要ないもの。
その手の依頼は口頭で説明される受け付けで扱っているんでしょうね。
ユウは掲示板を眺めるのを止めて、受け付けの方に目を向ける。
そこではソンジュが何かを話しているようだ。そして受け付けは驚いて他の受け付けも呼んでいるらしい。
呼ばれた受け付けは奥の階段を駆け上っている。きっとギルドマスターに報告に行ったのだろう。
他の受け付けの者が一人ギルドの外に向かっている。そちらの方はたぶん商業組合にでも事情確認に行ったに違いない。
さすがに衛兵はギルドに来ていなかったらしい。ソンジュの城門前で見た状況の報告に受け付けも驚いているようだ。
衛兵は冒険者ではない。国か領主に雇われている兵士、言ってしまえば公務員なのだ。報告に向かうなら領主か衛兵隊長になる筈だ。
そしてギルドに連絡に来るのは領主が派遣する文官になるだろう。
そして今朝の出立を止めた事を考える。
この不自然な状況から確実に魔物の襲撃があると考えたからだ。
ソンジュやワイトが言っていたが、王都と副都を繋ぐ街道にある街で誰一人として王都方面に向かわないなどありえないのだ。
たぶん自分達三人が揃っていれば大概の魔物の襲来を撃退できる筈だ。
最初のスプルの群れこそ苦戦したが、その後のピーフスやリーノピの群れは各々の技能を使うことで楽勝で済んだのだから。
ソンジュの剣にワイトの魔法、そして自分の治癒能力。組み合わせのバランスも問題ない。
どうも自分に与えられたチートを魔法と呼ぶのは無理がありそうだ。だから能力と言い換えている。
だがそれでもユウはこの街からの出立を延期している。ソンジュからの提案を認めたのだ。
一刻も早く王都に向かいたい、王都で元の世界に還る手段を探りたい、と思いながらもだ。
理由は簡単だ。ソンジュにもワイトにも怪我をして欲しくないからだ。
確かに魔物に遭遇しても倒せる可能性の方が高いのだろう。それでも誰かが怪我をすることもあるだろう。最悪の場合誰かが死亡する可能性だってあるのだ。
それに今度は魔物を送り出す「相手」がドラゴンクラスの魔物を繰り出してくる可能性もある。この世界にドラゴンがいるのかは不明だが。
そう、三人全員が分かっているのだ。
あの魔物達が自然に群れを成して襲ってきたのではない事に。ユウを目的に襲ってきている事に。
そしてそれを行なっているだろう何者かは、ユウを護ろうとしている二人以外には被害を出さないようにしている。
そのための手段として、誰もが不審に思わずに街道を進む事を阻止したり出来るような特殊な力を持った存在だ。
それこそ神と呼んでもおかしくない相手である事に気付いている。
そしてユウはそんな相手に抗おうとしている。
ソンジュもワイトもそんなユウに付き合っているのだ。いや、二人も神のような存在に抗っているのかもしれない。
ユウを護ると言うことは、結局神のような相手に抵抗するのと同じ意味になるのだから。
「やはりギルドでも不自然だと思っていなかったようだな」
受け付けからユウの傍に移動してきたソンジュが話し掛けてくる。
そのソンジュは呆れているような諦めているような、なんとも言い難い表情をしている。
不思議なのだ。本当に神のような存在ならそんな真似をする必要などない。
一つの街全体を操れるのだ。たった一人の人間など簡単に消し去れるだろう。
それとも意識を操れはしても生命を奪う事は出来ないのだろうか。
だがそれなら街の住人全て、それこそ何千人もを操ってユウを襲わせれば済む話ではないのか。
なのに魔物を操って襲わせはしても、人を操って襲わせたりはしない。
なぜそうしないのかが分からないのだ。
「きっと商業組合の人達も不自然だと思ってないのよね?」
「ああ。ギルドの者が組合に向かったそうだが、たぶん驚かれるのだろうな。今日に限って王都方面に向かう商人が一人もいないことをな」
「その事を私達に言われるまで、誰もおかしいとは感じなかったのよね?」
「そのようだ。城門を守っていた衛兵から考えると、この街の領主か代官も同様なのだろうね」
二人は揃って溜息を吐く。
こんなにあからさまな異常事態なのに誰も不思議に思わない。
仮に神のような存在が係わっていたとしても、どうすればこんな事が出来るのだろうか?
そんな事を考えているうちにワイトがギルドにやってくる。
ワイトはなぜか一仕事終えたような感じだ。
「よう。宿の部屋は取れたぜ。さすがに朝に王都に向かうって出て行ったのに、今晩も泊めてくれって言ったら不思議がられたがよ」
「そうか……宿の者が不思議がっていたのか……」
「ん!? なんだ? それが変なのかよ」
「いや。私達が王都方面に向かって出立するのは、誰も不思議に思わなかったようだからな」
「……ああ、そう言うことか。俺達以外の者達が王都に向かわないのを疑問に思わねえのに、俺達が王都に向かうのを辞めたら驚いてるんだからな」
ワイトも宿で部屋を取った時の驚かれた様子を思い浮かべながら、ソンジュの言葉に肯いている。
そしてソンジュが二人に告げる。
「とにかく夕方もう一度ギルドに顔を出そう。明日になっても王都方面に向かう者達がいないとは思えないが確認はしておきたいからな」
「商業組合なんかは放っておいて良いの?」
「そちらまで確認すると下手すれば盗賊の情報収集と思われるからな」
「領主や代官への確認はしないの?」
「一介の冒険者が会える筈がないさ。ああ、ワイト。お前なら伝手があるんじゃないのか?」
「たぶん無理だな。代官の交代時期だって言っただろ? 前の街で挨拶に行った際に、この街と次の王都に隣接する街の代官が変わるって聞いたからよ。顔見知りの奴じゃなくなってると思うぜ」
「下手に口を挟むとユウの特異性を知らせる事になるしな。ギルド相手ならば私がどうとでも出来るしな」
「さすがは赤弧狼だな」
「あまり嬉しくない二つ名だが、それはそれで役には立つのだろうな」
「それで晩までどうするよ。この街の観光をしても意味ねえだろ」
「……そうよねえ」
ユウもこの街の観光は乗り気でないようだ。
副都のような大都市でもなければ、河の街のように変わった景色が見られる訳でもない。
なによりこの街には、ユウが王都で帰還方法を探る以上の目的としている浴場がないだろう。




