79.どうせ碌な情報はねえんだろうけどよ
ユウがこの世界にいるのは危険だ。
ユウはこの世界を救おうなんて考えていないらしい。
当たり前だ。無理矢理に連れて来られた世界を助けようなんて考えるお人好しなんている訳がない。
誘拐された先で拉致犯のために働こうなんて考える者がいる筈もない。
前にユウとの雑談で訊かれたことがあったな。この世界には邪神教団みたいなものはないのかって。
私は笑ってそんなものはないと答えたよ。
宗教なんて現世利益か来世での救済を目的にしているのだからな。そのために規律ある生活を送りましょう、と言ってるのだから。
現在の世界を滅ぼすなんて宗教がある訳がないだろう。
もしそんな教団が存在していたとしても、極小人数で隠れ潜んでいて世界に碌な影響を及ぼす事が出来ない筈だ。
ただそんな宗教を信じていなくても、自棄になった者がどんな行動を取るのかは分からない。
大事な人を眠り病で奪われた者が何を考えるか。治すことが出来るのにそれをしなかった者に対してどう思うか。
ユウに眠り病を治す「義務」なんてない。だが他の者がそう思うだろうか。
だからユウの力は隠さなければならない。
私だってワイトを救ってくれたことには感謝している。
自分があんな風になるなんて考えてもいなかったよ。もしかしたら私はワイトに対して特殊な感情があるのかもしれないな。
だがあのまま放っておくべきだったとの思いもあるんだ。あれがワイトの天命ではなかったのかとね。
そして頭の他の部分では別のことも考えている。
ユウがこの世界にいるのは危険だ。
ユウにとって危険なのではない。ユウの存在がこの世界の危機になっていると思えるのだ。
ユウの能力が知れ渡れば世界規模の争いが起きるかもしれない。だがそんなのは些細な事だ。
それ以上にユウがこの世界にいるのは駄目だ、と頭のどこかで誰かが叫んでいるような気がする。
出来るならば今すぐにでもユウを消し去った方が良いのでは、との考えすら浮かんでくる。
なぜそんな考えが浮かぶのかは分からない。だけど私はそんな真似をする気はない。
だから出来るだけ早く無事にユウを元の世界に還す。それが一番良い結果になると思うからだ。
ユウのためにも、この世界のためにも。
翌朝ワイトがソンジュとユウの泊まる部屋の扉をノックする。
ソンジュはとっくに起きて出立準備も整っている。だが未だにユウは寝ている様子だ。ソンジュはユウを起こして着替えさせている。
やはり現代日本人のユウには日の出と共に起きると言うのは辛いのだろう。
ソンジュもワイトもある程度はユウの世界の事を聞いている。異界の者であるユウを急かす気はないようだ。
ワイトお勧めの店で朝食を取り、王都側の城門前まで行く。
だがそこで見たのはいつもと異なる光景だった。
「おいおい! なんだよ、こりゃ! ありえねえだろ?」
「私も朝の城門前がこんな風景になるのを見るのは初めてだな」
「もしかしてこちらの門から出るのを禁止されているのかな?」
見渡しても城門前にはほとんど人がいなかったのだ。
馬車を牽く商人も見当たらないし、商品を背負った行商すら見受けられない。
冒険者もいなければ、旅人の姿も存在しない。
数人の衛兵がぼんやり立っているだけだった。
「ワイト。お前と初めて出会って着いた街もこんな風だったのかもしれないな」
「かもしれねえがよ。見ろよ、あの衛兵共を。これを全然異常だと感じてねえみてえじゃねえか」
「そういえばそんな話してたわね。私達のやって来た方向の城門を出た人が一人もいなかった街があったって」
「あの街は副都の先だったから、まあ有り得ないとは言えないだろうがな」
「けどよ。王都と副都を繋ぐ街では、ぜってえ見られねえ光景だよな」
副都から先の街なら特定方向へ出る商人が全くいない事もあるかもしれない。ただ冒険者までを含むとなると、やはり有り得ないと考えられるのだが。
それが王都と副都を繋ぐ主要街道にある街では、絶対にそんな事は起こらないと断言出来る。
門を守る衛兵達だって、この異常事態に気付かない筈がない。大慌てで代官の屋敷やギルド、商業組合なんかを駆け回っているだろう。
なのにそんな様子も見られないのだ。
「とにかく確認してみるしかないな。ユウの言うように城門が封鎖されているのかもしれないからな」
「だがよ。昨日ギルドで情報聞いた時には何も言われなかったんだろ?」
「まあ、夜中から朝方に掛けて急にと言う事もあるだろう。……それなら逆に混雑していそうだがな」
そう言い残すとワイトとユウをその場で待たせて、ソンジュは一人で城門前に近付いていく。
門の傍に立つ衛兵達は暇そうに、だがこの状態を疑問にも感じずに立っているだけのようだ。
そんな衛兵の一人も近付いて来たソンジュに気付いたらしい。軽く声を掛けてくる。
「この街を出るのか? なら出市税は……」
「いや。『忙しいところ』済まない。少し確認したくてな。この城門は封鎖でもされているのか?」
「ああ? 特にそんな話は聞いてないぞ」
「その割には誰一人として城門を出ようとする者がいないようだが? 商人も旅人も冒険者すら見かけないので疑問に思ってな」
その言葉を聞いた衛兵は辺りを見回す。
確かに普段のように混雑していない。それどころか今話しかけてきている女性冒険者らしき者以外の姿すら見当たらない。
その衛兵は急に目が覚めたような様子でソンジュに激しく問い掛ける。
「おい! どういうことだ!? なんで誰も街から出ようとしていない!?」
「私がその理由を訊いているのだが?」
その衛兵はソンジュをしばらく見詰めている。それから「すまない」と一言だけ謝って、他の衛兵のところに駆け寄っていく。
他の衛兵達も、ソンジュの元から駆け寄ってくる衛兵の叫びに辺りを見回して騒然となっていく。
一人の衛兵が走り出してもいるようだ。たぶん彼は代官の屋敷にこの異常事態の報告に行ったのだろう。
その様子を見たソンジュは溜息を吐いた。そしてワイトとユウの傍に戻ってきて小声で話し掛ける。
「城門は閉鎖されていないようだ。衛兵達も今更のように人気のないことに気付いたらしい」
三人は顔を見合わせて揃って大きな溜息を吐いた。
「やっぱあの街と同じなのかよ。……ってことは、この街から出たら魔物に襲われる訳か?」
「その可能性が高いのだろう。なるべく早く王都に向かいたいところだが、やはりこの街でもう一泊した方が良いかもしれないな」
「俺もその方が良いと思うぜ。この辺りまで来ればそんなに強力な魔物がいるとも思えねえが、数で押されると厄介だろうしよ」
「ユウもそれで良いかな?」
「そうね。私もまた夕方にでもギルドに行って、詳しい情報を聞いてからの方が良いと思うわ」
「どうせ碌な情報はねえんだろうけどよ」
ワイトがユウの言葉に諦めたように呟く。
前に同じような状況だった街の衛兵やギルドでも理由が分からなかったのだ。
この街でもたぶん同じなのだろう。
「ワイト。お前は宿屋に戻ってもう一泊する手筈を整えてくれ。この時間なら部屋は空いているだろう。私とユウはギルドに向かう。今の時点では大した情報はないのだろうがな」
「了解だ。俺も部屋を押さえたらギルドに行くぜ。そこで合流で良いよな」
そう言ってワイトは昨晩泊まった宿の方に駆け出していく。
ソンジュとユウは城門を背にしてギルドのある方に向かっていった。




