77.それこそ戦争も辞さずにね
「良かった……効いたのね……」
そう呟くと、ユウはワイトに抱きつく。
そしてワイトの胸に顔を押し付けて泣きはじめた。
状況が分からないワイトは辺りを見回す。そしてユウの一歩後ろに立っているソンジュに気が付くと何でこうなっているのかを問い掛けようとする。
だがそのソンジュも足を進めると、ユウとワイトを一緒に抱きかかえるように手を回した。
さすがにソンジュはユウのように泣いてはいない。だがその手に込められた力は強いものであった。
ワイトだけは現状が分からない。
なぜいきなりユウが自分の胸に顔を埋めて泣いているのか。なぜソンジュがワイトとユウを抱えるようにしているのか。
ただ何かあったのだろうなと推測はしていた。だが自分が眠り病だったとは気付いていない。
「ちょ、ソンジュ。く、苦しいよ」
「あ、ああ。済まない。力一杯抱いていたようだな」
ある程度の時間が経ってようやく気が付いたのだろう。泣き止んだユウが息苦しげにソンジュに話し掛ける。
ソンジュもユウのその声にようやく力を緩めた。
ワイトは戸惑った様子で二人が離れるまでじっと待っている。何も言わずに。
たぶんソンジュかユウが説明してくれるのだろう。
「……あー、なんだ? つまり俺は眠り病で寝てたってことか?」
「ああ、間違いなく眠り病に罹ってた筈だ」
「信じられねえな。まあこの頬の痛みから考えて、何をされても起きなかったって事かもしれねえけどよ」
「あ、痛む? 治したほうがいい?」
「いや、後で構わねえさ。まず話を聞きてえからよ」
赤く腫れあがった頬を撫でながらワイトはユウに答えている。
ワイトの頬を散々殴ったソンジュは知らん振りだ。ただユウはソンジュがホッとした表情をしているように思えた。
そしてユウが今までのことをワイトに教える。
「やっぱ信じられねえな。俺が眠り病に罹ったんだとしたら、なんで俺はこうして起きてるんだよ? 二度と目覚めねえから眠り病って呼ばれてんだろ?」
「えーと、私の魔法で起こしたんだけど」
「それがそもそもおかしいんだよ。眠り病は魔法でも治せねえ病気の筈だぜ? 今までだって治癒や回復の魔法を使える者が散々試している筈だぜ?」
「それは私の魔法が『この世界』の魔法とは違うからじゃないかな」
「はあ!? どういう意味だよ」
「ユウはお前と違って誰かに魔法を教わった訳じゃないって事だな」
横からソンジュが口を挟む。
ソンジュは実際にユウの魔法によって目を覚ましたワイトを見ているのだ。
自分が眠り病だったと信じようとしないワイトを、自分も説得する必要があると考えたのだろう。
なにしろソンジュは眠り病かそうでないかを判別出来るのだから。
「だから何だってんだよ?」
「お前は魔法の才能があると認められたと言ったな。ならばそれまでも魔法を使えていたのか?」
「……いや。王都に集められて訓練を受けてからだよ」
「その時もいきなり大魔法を使えたのか?」
「指先に小さな明かりが灯っただけで興奮してた記憶があるな」
「ユウの話を聞いただろう? 彼女の世界には魔法なんて存在しないと。それならユウが使う魔法はこの世界の魔法と別物だと思わないか?」
「……つまり俺の膝を治せたのもユウだからって事か? この世界の高位魔法士ですらそんな真似は出来ねえのかよ」
「その可能性が高いのだろうな」
ユウは黙ってソンジュとワイトの間で交わされる話を聞いている。
そうよ。私は誰かに魔法の使い方を習ったんじゃない。
元の世界のマンガや小説、ゲームなんかの知識から魔法「らしきもの」を使っているだけなのよ。
魔法なんかじゃないのかもしれない。呪文や詠唱が必要ないなんて、頭の中で唱えるだけで発動するって、それこそ超能力と言われるものかもしれないのよ。
自分で言ってて中二病っぽいなと思うんだけどね。
一応魔法って呼ぶ事にしておくけれど。
とにかく私の使う魔法ってこの世界のものとは違うみたい。
当たり前よね。だってこの世界の魔法なんて、ワイトと知り合う前には見たことが無かったんだもの。
ううん、この世界に魔法があるなんてことも想像してなかったんだもの。
そりゃ少しはよくある剣と魔法の異世界かなって考えたりもしたけれど。
「ああ、分かったよ。どうやら俺は本当に眠り病だったみてえだな。それでユウの魔法で目を覚ましたってことだな」
「ようやく信じたか。まあ正直に言うと私だって信じられないのだがな。眠り病から生還した存在がいるなど。それでどんな風だったのだ? 眠っている間は」
「いや、良く覚えてねえや。寝ている間に見る夢なんてそんなもんだろ? たぶん幸せな夢を見ていたんだろうけどよ」
ワイトは申し訳なさそうに告げる。なぜかソンジュから目を背けるように。
だがそれは嘘だった。ワイトははっきりと夢の内容を覚えているのだ。
ソンジュとユウの話だと僅か八半刻にも満たない時間だと言うのに、数旬を過ごしていたかのような夢を見ていたのだ。
まいったな。あんな夢見るなんてよ。
惚れた女と一緒に冒険に明け暮れるなんてよ。
ギルドでいろんな依頼を受けて、それを完遂していってよ。泊まった宿では一緒の部屋で……その……愛し合ったりよ。遺跡なんかに潜ってお宝発見したりさ。
なんだろうな。俺の望みを叶えてくれるような夢って感じか?
って言うか、俺の願望ってそんなんだったのかよ。しかも夢での……その相手がソンジュだったなんてよ。
言えるかよ。そんな恥ずかしい夢を見てたなんてよ。
ただ眠り病の患者って全員があんな夢を見てんのか?
あの幸せそうな寝顔はそのためなのか?
ワイトはその考えを頭を振って追い出す。そして二人に話し掛ける。
「しかし、そうなるとユウの存在があからさまになると不味いんじゃねえか?」
「そうだな。ただでさえ目立つ容姿なのだからな」
「え!? どういうこと?」
「ユウよ。あんたはこの世界で何十年も過ごす気はあるか? それこそ死ぬまでの間ずっとな」
「な!? 冗談じゃないわよ! 私は元の世界に還りたいの! そのために王都を目指しているんじゃない!」
「だろうね。だけど、ユウ。君はこの世で唯一人だけ眠り病を治せる魔法の使い手なんだよ」
「……だから?」
「たぶんこの先も眠り病は広がっていくんじゃねえかな。そして国や貴族は唯一眠り病なんて死病を癒せる者を放っておきはしねえだろうよ」
「良くて国中を廻って治療させられる。いや、たぶん王都に監禁されて貴族専用の治癒士になるのだろうな。ユウが亡くなるまでね」
……冗談でしょ? この先何十年もこの世界で暮らす? それも眠り病の治療のためだけに?
私は聖女じゃないわ。ううん、聖女と言われたってそんなの御免よ。
私は「この世界」のために犠牲になる気なんてないわ。
「それだけじゃ済まねえだろうな」
「ああ。他国にも眠り病は広がっているしな。ユウの存在が知れたら奪い合いになるだろう。それこそ戦争も辞さずにね」
「世界中を巻き込んだ戦争か……死者の数なんて眠り病の比じゃねえだろうな」
私が世界戦争の原因になる? ……確かに考えられるわね。
もちろん私を害そうなんて思わないかもしれないけれど、どの国だって私を欲しがると思うわ。
でも私本人にそんな気はないんだけど、どうするのかな?




