76.私は冷静に見えるのか
嘘よ! ソンジュは嘘を吐いているのよ!
あの表情だって演技よ! ワイトと示し合わせて私をからかっているだけよ!
だってそんな筈ないじゃない! 千人に一人しか眠り病には罹らないのよ! ワイトが罹る訳ないじゃない!
ユウは改めてソンジュを見つめる。
ソンジュのその表情の奥を窺うように。ただの演技だと冗談だと種明かししてくれるのを待つように。
だがソンジュの表情は変わらない。再び諦めたような声音でユウに告げる。
「……ワイトは眠り病に罹ったんだ」
ユウは一瞬立ち眩みにあったような気がした。
目の前から色がなくなっている。まるで貧血を起こしたかのようだ。
ぎこちなく首を動かして再びワイトの方に向き直る。
そこには変わらずにベッドに横たわっているワイトの姿があった。
まるで前に見た眠り病で倒れた婦人と同じように、幸せそうな表情で眠っているワイトの姿が。
「……冗談よね。……だってほんの今まで話をしてたじゃない。……王都で手懸かりが見付からなかったら別の隣街に行こうって言ってくれてたじゃない」
「ユウも先日見ただろう? 普通に会話して歩いていた商人の夫婦の女性の方がいきなり崩れ落ちる様子を。眠り病は前触れもなく罹るんだ。それまで何をしていたかに係わらずに」
「でも……だからって……」
「ワイトは間違いなく眠り病だ。どうしてかは分からない。だが私は断言できる。たんに眠っているだけなのか、眠り病なのかを私は判別できてしまうんだ」
……確かに凄い能力だと思っていたわ。もしかしたらソンジュが眠り病解決の要因になるんじゃないかって考えていたわ。
私は彼女を護るために、この世界に連れて来られたんじゃないかって。
だけど現状だとソンジュってただの死神じゃない。治す術の分からない死病を宣告するだけの存在なんて無意味よ。
言ってたわよね。眠り病の患者って一切の食事や水分を取らなくなるって。
食事抜きだけなら一週間は持つそうだけど、水が飲めないともっと短くなるわよね。人間が水を飲まずに生きられるのって二日? 三日?
ワイトはそれだけしか生きられないの!? ううん、眠りに入ったならもう既に死んでいるのと同じじゃない!
ユウは背後から掛けられるソンジュの言葉を聞きながらも、ワイトから目を逸らす事が出来ない。
そのままの姿勢で喚き続ける。
「なんでよ! なんでワイトなのよ! 眠り病に罹るのなんて千人に一人くらいなんでしょ! どうしてそれがワイトなのよ! おかしいでしょ!」
「その確率がゼロでないなら誰にでも起こり得ることだよ。それが千分の一でも万分の一でもね」
「……ねえ、ソンジュ。……貴女はどうして冷静なのよ。……ワイトなのよ! ワイトが眠り病で倒れたのよ! 今まで一緒に旅してきた仲間でしょ!」
「冷静? ……そうか、私は冷静に見えるのか」
その言葉に驚いて振り向いたユウが見たのは、何かに憤っているようなソンジュの表情だった。
口調こそ落ち着いているように感じたが、その言葉に怒りが含まれていた事にユウは今更ながら気付く。
「ワイト! お前はユウを護ると言ったのだろう! なぜそんなところで寝ているんだ! さっさと起きろ!」
そう言いながらソンジュはベッドに近付くと、ワイトの身体を強引に揺さぶり始める。その頬を叩いたりもしている。
何度も何度もワイトの身体を揺さぶり、叩き続けられている頬も赤くなってきている。
それでもワイトは幸せそうな表情のままで起きてくる様子もない。
「私達にカッコいいところを見せるのだろう! 馬鹿面で眠りこける姿をカッコいいと誰が思う!? さっさと目を覚ませ!」
ワイトの身体を揺さぶりながらソンジュは怒鳴り続ける。
ソンジュのその姿にユウは彼女も焦っているんだと気付いた。
ああ、ソンジュも気が動転しているんだ。私と同じように。
ワイトが眠り病だと断言したのはソンジュでしょ? 眠り病の患者は何をしても目を覚まさないって教えてくれたのもソンジュでしょ?
いくら話しかけても、いくら身体を揺さぶっても無意味だって分かってたんじゃないの?
魔法も効かないんでしょ? 治癒や回復の魔法も無駄なんでしょ。
……魔法? 私のチートって本当に「魔法」なの?
確かにワイトの膝を治したわよ。それに治癒を応用した麻痺だって使えるわ。
でもそれってこの世界の魔法と同じものなの?
ワイトはこれこそが本当の治癒魔法なんだって言ってくれたけれど、魔法兵だったワイトが治癒や回復の魔法を見た事がないなんてありえないでしょ。実際膝の治療も受けていたんだもの。
私は神様なんかに説明を受けていない。
あくまで自分の認識だと、これは魔法じゃないかって考えているだけよ。自分の考えた通りの効果を発動しているだけよ。
……もしかすると私の魔法ならワイトを起こせる?
ユウは腰掛けていた椅子から立ち上がると、ワイトの寝ているベッドに近付く。そして必死にワイトの身体を揺さぶり続けるソンジュに声を掛ける。
「ソンジュ、試してみたいの。ワイトから離れて」
だがソンジュはその声が聞こえないかのようにワイトを揺さぶっている。
そして眠ったままのワイトに必死に声を掛け続けている。
「起きろ! 目を覚ませ! お前は何をしているんだ!」
「ソンジュ!」
ユウの大声に気付いたのか、ソンジュはワイトを揺さぶっている手を止めた。そして縋るような視線をユウに向けている。
まさかソンジュがこんなに必死な様子を見せるとはユウも思っていなかった。
もしかしたらソンジュはワイトの事を、とユウは考えていた。
「無駄かもしれない。ううん、無駄な可能性の方が高いと思うわ。でも試させて。ワイトを起こしてみる」
「……何を言っている? 魔法も効かないんだぞ?」
「ええ。『この世界』の魔法は無意味なんでしょ。でも私はこの世界の者じゃないのよ。私の魔法……ううん、能力を試してみたいの」
ユウの言葉に一筋の光明を見出したかのように、ソンジュはワイトを掴んでいた手を離す。そして一歩下がりユウを見詰めている。
ユウはソンジュと位置を変えてベッドの傍に膝を付く。それから幸せそうな表情で眠っているワイトの額にその手を伸ばす。
静かに話しかけるように日本語で呟く。
「眠り病よ、去れ!」
ユウはナルコレプシー、俗に居眠り病と言われる病気がある事は知っている。
だがこの世界の眠り病はそんな病とは異なるのも分かっている。揺すろうが叩こうが起きない眠りなんてありえない。
だから元の状態に戻るように念じながら言葉を囁いている。呟いている言葉の内容はあまり関係がないのだ。
ユウの呟きでワイトの額に当てたユウの手が薄く輝く。淡く清浄な青い光がその手を覆っている。
ソンジュはその様子を瞬きもせずに見詰めている。
そしてユウの手に輝いていた光が薄れていく。だがワイトに何も変わった様子は見受けられなかった。
だが次の瞬間ワイトが表情を変える。
幸せそうな表情からなにか痛みを感じているような表情になっている。
そしてワイトは声を上げる。
「ああ、いけねえ。話の途中なのに眠っちまってたか。そんなに疲れていたとも思えねえんだが。……と言うか、なんだよこの痛みは! 顔が熱いぞ! なんで頬がこんなに腫れてんだよ!」
ワイトは跳ねるように起き上がると、その手で頬を擦りはじめた。




