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73.そちらは後回しだな

 明日の隊列の確認、と言うよりソンジュへの眠り病に対する情報を聞き出して三人は打ち合わせを終える。

 そしてソンジュとユウは自分達の部屋に戻る。

 頼んでおいた湯で身体を拭って残り湯で衣類を洗うのも普段通りだ。

 ユウは下着も着けずにポンチョ一枚だけを被った姿、ソンジュも下着を脱いで身体の線が浮き出した姿になっている。

 もちろん今夜は一緒に寝たりはしない。各々のベッドで眠りにつく。

 ユウはベッドに横になり、ソンジュのベッドの方を見ながら考えている。


 確かにワイトの部屋での話の時はそう思ったわ。元の世界に還るのが一番大事な事だって。私はこの世界に責任なんてないもの。

 あの夫婦、眠り病に罹った奥さんだけでなく、目の前で二度と目覚めない死病で倒れた連れ添いを目にした旦那さんだって気の毒だと思うわ。

 でも、だからって私はどうしようもないもの。

 ワイトやソンジュの言っていた通りだと思うわ。それから先に手を出せない以上は、関わっても意味がないのよ。


 だけどね。こう考える自分もいるのよ。

 私がこの世界に来たのは本当に偶然なのかってね。

 私をこの世界に連れてきた「誰か」は、何かをして欲しいんじゃないかって。

 そしてその何かが眠り病に関係するんじゃないかって。


 だってソンジュの能力はおかしすぎるわ。

 眠り病に罹った人を判別できるなんて。それが倒れる直前であったとしても。

 もしかしたらソンジュは眠り病の解決に必要な存在なのかもしれない。

 そのソンジュを護るのが私の役割なのかもしれない。……実際は私が護られているんだけど。

 初めてソンジュに出会った時に感じた何か。それはソンジュが運命の相手だったからかな。ワイトの膝を治す時に彼に触れたり、最初の街のマフィアの人に抱きつかれた時も何も感じなかったんだもの。

 ソンジュのためだけに、私がこの世界に連れてこられたのかもしれないわ。


 ユウは寝返りを打ってソンジュのベッドに背を向ける。

 それまで見詰めていたソンジュから視線を逸らせるように。


 でもね、ソンジュ。貴女は気付いている?

 確かに現状では眠り病なんてどうしようもないわ。魔法も効かないのなら手出し出来る筈がないもの。

 私もワイトも気の毒だとは思っていても、申し訳なさそうにあの夫婦を見送るしかなかったわ。

 ソンジュは自分の能力に驚いて観察するしかなかったって言ってたけど、その時の自分の表情に気付いていないでしょ?

 私やワイトのように悲しげな表情だったり、野次馬に集った人達のように事情が分かって哀れんでいるいるような態度じゃなかったのよ。

 確かに野次馬の中には喜んでいるような人もいたわ。まるで他人の不幸は密の味だというような顔の人がね。あの人は商売敵だったのかもしれないわね。


 けれど、ソンジュ。貴女は笑みすら浮かべてなかったでしょ?

 まるで蟻が踏まれたような、ううん、枯葉が舞い落ちたような、そんな状況を見ているかのように無感情で無表情だったのよ。

 ソンジュがそんな血も涙もない人じゃないことは分かっているわ。

 もしそんな人なら私なんか放っておくでしょ? ワイトをからかって楽しんだりもしないでしょ?

 ただ眠り病に関してだけは、心からどうでも良いと思ってるんでしょ?

 ねえ、ソンジュ? 本当は眠り病について何かを知っているんじゃないの?


 ユウはソンジュのベッドに向かわないようにしながら延々と考え続けている。

 もちろんそんな事を考えているなんて口に出したりしない。その事を問い掛けでもしたら、ソンジュとの関係が壊れる事が分かっている。

 それに眠り病と自分との関係も想像に過ぎない。ソンジュが眠り病の解決の糸口になるかもしれないと言うのも妄想でしかない。

 それなら逆にソンジュが眠り病に興味がない方が、ユウにとっては好都合とも言える。なにしろユウの元の世界への帰還だけを考えてくれるのだから。

 そんな利己的な考えをする自分が嫌になってユウは頭を振る。

 そして出来る筈もないのに何も考えないようにしながら眠りに落ちていく。


 夜が明ける。朝が来る。

 ソンジュは先に起きて、着替えた後に窓を開ける。今日も快晴だ。通りには既に何人もの人が歩いている。

 その様子を確認してからユウのベッドに目を向ける。ユウは穏やかに眠っているようだ。

 少しすると扉がノックされる。ワイトの声も聞こえる。

 ソンジュはワイトに少し待つように言って、ユウを起こす。

 さすがにもうワイトの前にポンチョ一枚だけのユウを晒す気はないらしい。たぶんワイトは目を逸らしてくれるのだろうが。


 どうやらユウは寝入るのが遅かったようだ。ソンジュは少し寝惚けたようなユウを無理に着替えさせる。

 着替えている内にユウも少しずつ頭が冴えてきたのだろう。

 なにしろこの世界では陽が出ている間しか移動できないのだ。他の商人や旅人と離れたりすると、また魔物に襲われるかもしれないのだ。

 仕方ないとは言え、どうしても朝は慌しくなってしまう。


 ユウも出立の準備を終えてソンジュと共に部屋を出る。部屋の前で待っていたワイトと合流して宿を離れる。

 向かう先は朝食を取れる店だ。もちろんワイトが案内をしている。

 その店で料理が運ばれてくるのを待ちながら、ソンジュが二人に声を掛ける。もちろん周りに聞こえないような小声でだ。


「後二つほど街を経由したら王都に着くな。そろそろ王都での動き方も考えなければいけないだろう」

「私のような迷い人を探すとか?」

「いや、そちらは後回しだな。ワイト、お前なら時空魔法や召喚魔法を研究している所を知っているのではないのか?」

「まあな。何人かに伝手はあるよ。軍のように国が運営してるところは厳しいだろうけどな」

「ならばまずはワイトの伝手から当たろうか。ユウもそれでいいかな?」

「うん。だけど迷い人を探すのを後回しにするのってどうして?」

「前にも言ったと思うが、御伽噺ですらそんな存在はいないんだよ。迷い人は自分が迷い人だなんて言い触らしたりしないのだろうね。ユウも自分の事を私達以外に言うつもりはないだろう?」

「って言うより、言い回るのは止めといたほうが良いんじゃねえかな。あれだけの魔法が使えるんだぜ。絶対国やら貴族やらに目を付けられるだろうよ」

「ペットボトルだったか? あれですら奪い合いになるだろうね。たぶんユウにはあれを作り出す知識は無いのだろうが、それでも異界の知識を欲しがる者も多いだろうからね」


 うん、確かに私は言い回る気はないわ。自分が異界からの迷い人だなんて。

 そうよ、何度も考えたじゃない。私の魔法を知られれば肌馬扱いされるかもしれないって。

 今までにもこの世界への転移者がいたのかもしれないけれど、その人達も懸命に隠そうとしてたんでしょうね。能力チートも知識チートもせずにね。


 集団転移ならまだしも、個人が組織に対抗できる訳ないじゃない。

 知り合いが人質に取られたらどうするのよ。

 わざわざ人質を生かしたままで、対象を呼び出したその場に連れていく? そんな馬鹿な組織がある筈ないでしょ。

 転生者だって同じよ。両親や兄弟が人質に取られたらどうするの?

 「本当の」家族じゃないから平気で見捨てられるの?

 友人や恋人だって狙われるに決まってるじゃない。それともそんな存在は作らないようにするの?


 改めて考えるとマンガや小説の主人公達って凄いわね。平気で能力チートや内政チートを晒すんだもの。

 知り合いや家族全員を守れるだけの自信があるのよね。四六時中目を離さずにいられるのよね。

 家族や友人や恋人が攫われたとしても、自分がどんな状況下にいたとしても、一瞬でその場に現れて悪人を退治できるのよね。


 私にはそんな能力がない。だから隠すわ。

 回復魔法を赤の他人のために使ったりしないし、内政チートも行なわない。

 ソンジュとワイト以外に見られたら、たぶんその人達を消すわ。あの最初の街のマフィア達のようにね。私のことが噂にならないように。

 俺TUEEEしたいなんてそんな気はないもの。

 と言うか、自己顕示欲や承認欲求が強過ぎない? そんなに目立ちたいの? そんなに賞賛されたいの?


「分かってるわ。私はソンジュとワイト以外に話したりしない。だから二人共私のことは黙っててね」

「ああ。言っただろう、ユウが無事還れるまで付き合うって」

「俺だって恩を仇で返すような真似はしねえよ」


 そして三人は運ばれてきた料理を食する。味はワイトのお墨付きだ。ユウにも満足できる味だった。

 そして王都方面の城門に向かう。城門前はそれなりに混雑している。

 ソンジュ達三人は出市税を払って街を出る。

 見晴らす限りの麦畑の中を街道が貫いているのが見えた。そして三人は足早に進み始める。先頭を追い越して一番前に出るように。

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