72.優先順位を間違えては駄目だな
眠り病に罹った女性を見送って三人はギルドに向かう。
ユウはソンジュに対する内心の疑問を問い質したりしない。少なくともこのような往来でそれをする気はない。
ワイトもソンジュの不自然な対応に気付いているのかもしれない。
わざわざソンジュに治療の知識がないと言っていたのだ。高ランク冒険者で赤弧狼の二つ名持ちのソンジュがそんな筈はないと知りながら。
だがワイトもこの場でソンジュを問い詰める気はないようだ。
この街のギルドは副都や河の街に比べるとあまり大きくないようだ。
それでも王都と副都を繋ぐ街道に位置する街のためか、それ以外の街のギルドよりは設備なども整っているらしい。
ソンジュが受け付けに向かい、掲示板の傍に二人が残るのもいつもと同じだ。
ユウは相変わらず掲示板を眺めている。
この街の戒めの依頼は採集のようね。
一日で帰れない距離なのかな? それとも探すのが大変な物なのかな? どちらにしろランクが上がったばっかりの冒険者だと足が出るんでしょ?
ソロで俺TUEEEの出来る冒険者だと難なくこなすのかもしれないけれど、そんな人がそうそういる訳ないしね。
やっぱり他の人に相談できないような人への戒めなんだわ。
……やっぱりこの街にも眠り病の調査依頼が貼ってあるわね。でもさすがに報酬は変わっていないみたい。たぶんこの額が出せる限界だと思うわ。
そっか、やっぱり国の依頼だったんだ。
村が壊滅したなら税収もなくなるだろうしね。それに眠り病が伝染性でなくても遺体を放っておいたら……その……疫病の元になるでしょ。
この世界が火葬か土葬なのかは分からないけれど、村人が全滅したその村の近くの街では冒険者に遺体を葬るための依頼が出てるんでしょうね。
ソンジュがギルドで聞いた話では、この街の近隣にも特に問題はないようだ。
だからと言って油断をしていたら、何者かが魔物を集めて三人を襲わせるのかもしれないのだが。
ソンジュ達は宿に戻る。そしてワイトとソンジュとユウの女性組に分かれて部屋に入っていく。
部屋に戻ってもユウはソンジュに眠り病の事を問い掛けたりはしない。ワイトも一緒にいる場で話した方が良いと考えているからだ。
ソンジュも気が付いているらしい。ユウが何かを問いたげにしている事に。だがその事をユウに聞く気もないようだ。
軽く一服してからワイトの部屋に集う。ただ今までよりもはるかに短い時間しか別々に過ごしていない。
そしていつもより早くに二人が部屋に訪れた事を、ワイトも不思議に思っていないようだ。
「ギルドで言ったように特に周辺に問題はない。明日も今日と同じように後方の商人達と間隔を取れば良いだろう」
「ああ、分かった」
「そうね。私もそれで良いと思うわ」
「後二つほど街を経由すれば王都だしな。気を抜かないようにしておこう」
それだけ告げるとソンジュは黙り込む。
自分から眠り病に罹った女性の時の事を話すつもりはないようだ。
意を決したようにユウがソンジュに問い掛ける。
「ねえ、ソンジュ。ギルドに行く前に出会った夫婦の事だけど……」
「何の事かな? と言うのも白々しいね。何が聞きたいのかな?」
「ソンジュはあの女性が眠り病に罹ったのが分かってたの?」
「……ああ。なぜかは私にも分からないのだが、彼女が眠り病で倒れたという事は分かっていたよ」
「あんたは今までにも誰かが眠り病で倒れる瞬間を見た事があった……って訳じゃねえよな。初めて見たって言葉も嘘じゃねえようだったしな」
「眠り病で眠ったままの者を見たことはあったが、眠り病に罹って眠りに入っていく者を見たのは初めてで間違いないよ」
「どうしてソンジュには彼女が眠り病だと分かったの?」
「……それが本当に分からないんだ。ただ、どうしてか『ああこれが眠り病で眠りに入る瞬間なのか』と納得していたのは事実だけどね」
「もしかしてあんたは眠り病に罹る者が分かるってのか?」
「さて、どうだろうな。ただ倒れていく者が眠り病だと分かってもどうしようもないだろう? 治せる訳じゃないのだからな」
「事前に眠り病に罹る人が分かるわけじゃないのね?」
「そうだね。突然意識をなくした者が、貧血なんかで倒れたのか、眠り病で眠ったのか、その違いが分かるといったところかな」
確かにソンジュの言う通りだわ。眠りに入る瞬間にそれが眠り病によるものだと気付いても意味がないもの。
だって治療が出来るわけじゃないし、起こす事も出来ないんだから。
でも本当にそれだけなの? ……もしかしてと思うんだけど。
「……ねえ、ソンジュ。……貴女が眠り病を広めているんじゃないわよね」
「まさか。伝染病ならありえるかもしれないけれどね。この世界の全域に、しかも無差別に撒き散らすなんて不可能だろう?」
「まあ、そうだろうな。あんたが自分の意思で眠り病を引き起こせるって言うのなら、馬鹿な事を言ってきた貴族なんかは軒並み罹ってねえとおかしいしな」
「私が眠り病を掛けられるなら、平民ではなくこの国の貴族連中が真っ先に罹っていただろうな」
ソンジュの言う通りだ。
この世界の広さなんて分からない。だけどもし地球と同じサイズだとしても、無作為に病を撒き散らすなんて出来ないと思うわ。
人って「本当」に偶然に選ぶなんて出来ないのよ。ランダムに見えていても、そこには必ず何らかの意思が働いちゃうから。
コンピュータですら本当の意味でのランダムな数を出せないわ。一見ランダムに見える数を「計算」しているだけなのよ。
だとしたら……ソンジュだけが持つ特殊能力なの?
だから私はソンジュは眠り病にならないって思えるの?
でもそれって意味のない能力じゃない?
倒れた相手が眠り病かどうかを判別するだけの能力なんて無駄でしょ?
ソンジュの様子を見る限り、嘘を言っているとは思えないわ。
今までそんな力を持っている事にも気付いていなかったようだもの。
「ソンジュ、ごめんなさい。私って馬鹿な事を言っちゃったわね」
「いや、構わないよ。たぶん二人には私が冷静に状況を把握しているように見えていたんじゃないかな? 私だって、もしあの場であんな態度をとる者がいたら少しは疑っていただろうからね」
「あん? 観察してたんじゃねえのか?」
「観察していたのは確かだな。気付かなかったか? あの不自然な倒れ方に。まるで怪我をしないように横たえられたような倒れ方に」
「さすがに俺はそこまで詳しく見てなかったな……聞いた話だと朝になっても目覚めねえってパターンが多いらしいからな」
「眠り病はただの病気じゃないのかもしれないな」
そっか、ソンジュも気付いてたんだ。あの女性が倒れた時の様子に。
あんなおかしな倒れ方を自然にする筈がないって。
私もワイトの言う通りだと思っていたわ。眠り病って夜に眠りについて、そのまま朝を迎えても目覚めないんだろうって。
あんなに突然倒れるなんて思ってなかったわ。
ソンジュの言うように本当に病気なの?
もしかしたらソンジュの能力が成長して、事前に眠り病に罹る者が分かるのかもしれない。
そうなったら治せなくても準備くらいはできるようになるでしょ。遺書を書いたり、資産整理をしたりね。
「何者か」が邪魔に思うならソンジュじゃないの?
なら私の役目ってソンジュを護ること? ソンジュが怪我した時に癒せるように回復系の魔法が与えられたの?
ううん、違うわね。それなら私が狙われる理由が分からないもの。
「まあ、眠り病のことは置いておこう。倒れた相手が眠り病だと分かっても、実際どうする事も出来ないんだ」
「確かにな。治せないなら分かったところで意味ねえよな」
「私達が一番考えなければいけないのは、どうすればユウが元の世界に還れるのかだろう? 優先順位を間違えては駄目だな」
「……うん」
そうよ、この世界が滅んだって関係ないって思ってたじゃない。
私は還るのよ、元の世界に。彼や両親が待つあの世界に。
他の事を気にしている余裕なんてないのよ。




