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71.……少ししか考えてないわよ

 三人は魔物の襲撃に出会うことも無く次の街に着いている。

 やはり人目に付く状態だと何も手出しをしてこないらしい。

 城門を潜ってワイトの行き付けの宿に案内される。さすがに昨夜のように部屋が空いていないと言うことはなかったようだ。

 二人部屋を二つ借りると、ギルドでの近隣情報を得るのと夕食を取るために街に繰り出す。


 街の景色も今までの街と変わらない。十日程度の距離だ。そんなに気候も変わらないし同じ国内で明確な差が出る訳もない。

 ユウも何度か辺りを見回してからは、そんなに興味を持てないようだ。この風景にも慣れてきたのだろう。


 夕食を取る店もワイトの案内だ。年に四、五回も王都と副都を往復していたワイトの案内する先は、やはり結構美味しい店だった。

 三人は満足そうに舌鼓を打っている。


「夕食を終えたら私はギルドに情報収集に向かうが、二人はどうする? 今日は魔物に襲われる事もなかったしな。揃っていく必要もないだろう?」

「確かにな。けど俺はギルドの雰囲気ってのも知っておきてえしな。冒険者になるつもりだけど、脚も治ったし王都に拘る必要はねえからよ」

「私もギルドに付いて行って良い? ソンジュと一緒の方が安心できるもの」

「……それは俺と二人きりだと危険を感じるって意味か?」

「そんな訳ないでしょ! ……少ししか考えてないわよ」

「やっぱそう思ってるんじゃねえか!」


 騒ぎながら夕食を終えて三人は店を出て、そのままギルドに向かう。

 今の時刻は昼四刻半ばと言ったところか。ユウの感覚だと午後五時過ぎになるのだろう。春先の今だとまだまだ明るい時間だ。

 この街でもギルドは中心近くの大通りに面した場所にあるらしい。半国家機関なので当然なのだが。

 大通りなので並んでいるのも裕福な層に向けた店も多いのだが、それでもこの時間だと人通りも多い。

 三人はそんな大通りをゆっくり歩いている。


 そんな中で一組の夫婦に目を留める。

 共に四十くらいの齢だろうか。裕福な商人なのだろう。背後には荷物持ちの者が控えている。

 その夫婦は楽しげに会話をしているようだ。

 ユウは自分も彼とあんなふうになれたら良いな、などと考えていた。


 だが次の瞬間奥方の方がしゃがみこんだように見えた。

 急に気分が悪くなったのだろうか。慌てたように主人が彼女を抱き寄せようとしている。

 だが女性はそのまま腰まで落として、そして上体も倒れていく。まるで道の上に静かに寝転んでいくようだ。

 主人の方はそんな女性の身体を揺さぶっている。


 ユウは脳溢血か脳梗塞でも起こしたのかと考えた。

 もしそうなら身体を揺する行為はしてはいけなかった筈だ。少なくとも静かに邪魔にならない広い場所に移すべきだろう。

 一瞬ソンジュの方にユウは視線を向ける。

 そしてユウは慌てたようにその夫婦の元に駆け寄る。ワイトもその後に続く。

 ユウは大声で主人に声を掛ける。


「身体を揺すっちゃ駄目よ! 静かに邪魔にならないところに移すの。そして横向きにして。それから絶対頭を持ち上げたりしないように」


 ユウにだって看護の技術がある訳ではない。

 ただ知識として身体を揺さぶったりするのは駄目な事は知っている。吐瀉物で喉が塞がらないように横向けに寝かせたり、急に頭を持ち上げて脳の血圧を下げたりしてはいけない事もだ。

 主人はいきなり駆け寄ってきた異国人に驚いているようだが、それでも言われたように身体を揺するのを止める。

 同じように駆け寄ってきたワイトと協力して、道の端のほうに女性の身体を動かしていく。

 軍属だったワイトにはある程度の心得があるのだろう。脈を計ったり呼吸の様子を確認したりしている。

 そして横たわる女性の顔を見て何かに気付いたのかワイトは小声で告げる。


「……眠り病だ」

「え!? だって直前までご主人と普通に話してたのよ! もっと別の病気じゃないの?」

「脈も呼吸も静かなんだ。胃の中の物を吐き出しもしていなけりゃ、痙攣のような様子も示してねえ。それに表情を見てみろや。まるで幸せな夢を見ているようじゃねえか? まぎれもなく眠り病の症状だよ」


 主人の方もワイトがある程度の医療の心得がある事に気付いたのだろう。急いで女性の方に顔を向ける。

 そこには幸せに微笑んでいるように眠っている連れ添いが横たわっている。

 そして主人の男は絶望したような表情になった。二人の方に向き直った主人に、ワイトは静かに告げる。


「ご主人さんよ。俺は元軍属だ。ちゃんとしたものじゃねえが、それでもそれなりの心得がある。そのまま連れ帰って休ませてやりな。一応医者に診せた方が良いだろうが、たぶん俺の見立てと同じだと思うぜ」


 その言葉を聞いた主人は静かに顔を伏せる。そして連れていた荷物持ちに女性を背負わせる。

 そしてワイトに礼を言って立ち去っていった。

 周りには何が起こったのかと騒然としている野次馬が集ってきていた。

 ワイトは苦々しそうな表情をしている。その隣でユウは呆然としている。


 え!? ほんの今まで夫婦で仲良く喋っていたじゃない!

 眠り病って突然掛かるって言ってたけれど、あんなに急なの!?

 だってそれまで具合が悪い様子もなかったでしょ。楽しそうに二人で歩いていたじゃない。自覚症状も無しでいきなり病になるって言うの?

 そんな病気ありえないでしょ。


 それに思い返すと倒れ方も不自然だったわ。

 膝の力が抜けたようになって、それから腰を下ろして、上体も力が抜けたように倒れていったんだもの。

 首だって最後に力が抜けたようだったじゃない。それも地面に頭を打ち付けないようにゆっくりと。

 まるで怪我を負わないように「誰か」が静かに横たえたみたいじゃない。

 ……本当に眠り病って病気なの?


「……初めて見たぜ、眠り病に罹るところなんてよ」

「ねえ、ワイト。あれって本当に眠り病なの?」

「ああ、たぶん間違いねえと思うぜ。まあ今までは既に罹っている奴しか見たことはねえけどな」

「でもあんなに突然に罹るものなの?」

「あの亭主以外に他の誰かが近付いた形跡もねえし、あの婦人にも外傷は見当たらなかったしよ。それにあの幸せそうな表情をあんたも見ただろう」

「そうなんだけど……そうじゃなくって本当に病気なの?」

「呪いかなんかだとでも言いてえのか? そんなものあるわけねえだろ」


 そりゃ魔法がある世界だもの。呪いやおまじないなんて非科学的? と思うかもしれないわ。当然魔女狩りなんてないんでしょ。

 でもあれが病気っておかしくない? 確かに他に言いようがない事も分かるんだけど。


 ふと気付いて辺りを見回す。

 野次馬のように群れていた人々もあの婦人が眠り病だったと分かると、なにか諦めたように散っていく。

 そして元の位置から全く動いていない状態だったソンジュが、二人の方に向かいゆっくりと近付いてくる。


「済まないな。突然の事に驚いて動けなかったようだ。眠り病に罹るところなんて初めて目にしたからな」

「まあ、気持ちは分かるがよ。ユウは治癒の魔法が使えるし、俺は軍にいた時に緊急時の対応について教えられていたしな」

「私の場合は『私の国』の知識のせいかもしれないけれどね」


 ソンジュに答えながらも、ユウの内心には疑問が渦巻いている。


 嘘よ。ソンジュって赤弧狼なんて二つ名で呼ばれるような冒険者なんでしょ。

 驚いて動けなかった? 突然の事態に対応できなかった? そんな人が高ランクの冒険者になれる筈ないでしょ。

 それにあの視線。まるで観察するかのような、何かを見極めようとするかのような視線。私が顔を向けた時に気付かなかったと思ってるの?

 ねえ、ソンジュ? 貴女には初めからあの女性が眠り病で倒れたって分かってたんじゃないの?


 でも初めて見たってソンジュの言葉にも嘘はないみたい。私には真偽判定のスキルなんてないけれど、それでもソンジュの様子で本当の事だと分かるわ。

 それにメデューサの目を見た相手が石になるように、ソンジュが見た相手を病にしているとも思えない。

 それなら私はともかく、一緒にいるワイトや今までのギルドのマスターなんかが無事な理由に説明がつかないでしょ。

 そもそも伝染性のない病気を、あらゆる国のあらゆる地方に起こすなんて無理に決まっている。

 だからソンジュが眠り病をばら撒いている訳じゃない。


 眠り病の症状なんて初めて見たのよ。どんな病気かなんて知らなかったのよ。

 なのに私はどうしてソンジュが眠り病に罹らないって確信しているの?

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